これからは週1の更新を目標にします。
時間が欲しい働きたくない。
1
雨が降っていた。車に当たる雨音は無言の車内によく響く。
「そこを右だから」
助手席に座った姫野先輩は紙の地図を開き目的地へのルートをナビしてくれている。
バディを組んでから一か月、まだ大きな事件に直面していない。
書類仕事を教わりながら偶に姫野先輩とパトロールを行う。
かかってくる通報の現場に駆けつけ誰でも倒せるような悪魔を倒して適当に談笑する。
東京での仕事は想像よりも平穏で緩やかだ。これなら京都にいた時の方が忙しかった。
姫野先輩とは一定の距離を保っている。いや、保たれているのか。
きちんと会話はする。仕事のこと以外にもあそこのお店が美味しい…とかどこどこの雑貨屋にイイのがあって…とか。
でもお互いに壁を作っている。俺も姫野先輩も。
別に仕事上の付き合いなんだからそれでもいい気がしなくもない。
「綺麗な顔をしている人は嫌い」
彼女がそう言った。前を向きながら視線だけを肘を窓枠に引っ掛けつまらなそうに外をみる姫野先輩に向ける。
「何故ですか」
そう言うと彼女は助手席の背もたれを大きく倒し後方に向かい両手を伸ばしノビをした。
「生きてる人はみんな傷だらけだから」
吐き捨てるようだった。それは彼女のこれまでの経験からくるものだと簡単に推測できた。
姫野先輩に初めて会った時を思い出す。頭に包帯を巻き、悪魔との契約により右目を失った彼女はもう4人のバディを失ったと語っていた。
つまりそう言うことだろう。
でもそれを俺に言われても困る。だって俺の顔は…体はどれだけ傷つこうとも数日すれば勝手に綺麗さっぱり治っているのだから。
「俺の顔は綺麗ですか?」
そう言うと彼女は運転している俺の方に身を寄せ目を張る。
蕾のような新緑の匂いの中に花の蜜の甘い香りがした、勿忘草の匂い…彼女の香水の匂いだ。
「…綺麗な顔をしてる。」
「じゃあ、俺はすぐに死ぬと思いますか」
意地が悪い質問だと少しだけ言ったことを後悔した。
姫野先輩は黙っている。二人の沈黙は激しい雨音をさらに強調させた。
ワイパーが一定のリズムを刻み続ける。不規則に降り注ぐ雨は止む勢いを見せない。
「…ついた」
彼女がそう小さく呟いた。
ヘッドライトに照らされた目的の廃墟はとても人の気配を感じさせないほど荒廃していた。
まるでこの空間だけが切り取られ、時間の流れが止まっていてもおかしくないほどの異物感がそこにあった。
2
そこは経営難を理由に廃業した病院の跡地だ。
細かい顛末は分からなかったが放棄された設備や家具はそのままで放置され当時の書類などが散乱している。
そんな場所だからか、廃墟マニアや心霊マニアがこぞって集まる人気のスポットであった…最近までは。
18人、この廃墟に訪れその消息が途絶えた人の数だ。
公安のデビルハンターは少しでも悪魔の気配がする現場にケツを蹴られ飛ばされていく。
今回もその例に漏れなかった。
割れたガラスが散乱する玄関を大股で進む。ここまでくれば勢いだ、戦場じゃ躊躇した奴から死んでくんだぜ。
当たり前だが電気が通っていない屋内はとても暗い。眼を凝らせば見えなくはないが歩くたびにガシャガシャバキンバリバリクシャと散乱しているゴミや紙やガラスが素敵なオーケストラを演奏する。音に敏感になってるから本当にやめて欲しい。
暗くて古臭くて汚い場所は嫌いだ。足元を照らすライトにはコバエが集まり隅っこを照らせば光から逃れるように野ネズミが駆けていく。都会に戻りたい、もし心霊スポットの悪魔が居たらきっとボコボコにされるだろうね。
「オバケ苦手なの?」
左手に懐中電灯を持ち辺りを散策していた姫野は無表情に…いや少し悪い表情を顔に出しながらからかう様に言った。
別に怖いわけじゃない。いつも携帯している青龍刀に塩を塗っているしお経だって暗記してるから直ぐに唱えることが出来る。臨兵闘者皆陣烈在前、ほら言えた。
対策バッチリいつでもかかってくればいい。そもそも俺は実体を持たない雷の悪魔を倒している、幽霊畜生なんて三枚おろしにしてホルマリンにつけて博物館に寄贈してフクロウも大喜び、ついでに借金も返してゆっくりスローライフだなも。
こういった趣旨の内容を震えながら鬼のような早口で高速詠唱すると姫野先輩は「後ろぉ!」と急に叫ぶから俺は反射的に抜いた刃物を後ろに向き思いっきり振りぬいた。
受付のカウンターとその裏にある事務室を遮る壁は両断され匠の技により開放感のあるリフォームが完了されたエントランスは壁の落下と共に大量の粉塵をまき散らす。
砂埃が晴れた後に残されたのは全身埃だらけの二人。
「本当に幽霊とか怖くないし」
本当だし、怖くないし全然。岸部とか母親の方が怖…いや俺に怖いものとかないし、全部余裕だし。
沈黙が流れる。時計の針が進む音がやたらと大きく聞こえ、外から聞こえる雨音とブレンドされ心地の良いBGMになっている。オシャレな喫茶店みたいだね。
刀をゆっくりと鞘に納め開放的になった玄関を後にし奥の通路に向かう。
似たような構造の診療室が直線的に続く。同じ規格のテーブル、同じ規格の診療台、同じ規格の壁掛け時計。傷み具合や部屋の腐食状況が違う同じ構造の部屋が連続するとなんだか間違い探しをやっているような気分になる。
「私が契約している悪魔の名前知ってる?」
後方に位置していた姫野先輩がそう言った。後ろから、耳元で、囁くように。
俺は未だにこの人が良く分からない。さっきの車内のようなつっけんどんな思わせぶりな態度をとったと思えば今のようにこちらをからかう悪女のような振る舞いを平気で行ってくる。
猫のような人とはまさに彼女の為にある比喩なんだろう。
「…知らないです」
バディの悪魔を知らない、本来ならそれはあり得ないことだ。
生きるか死ぬかの瀬戸際で反復横跳びしているデビルハンターは互いの情報共有を徹底する。
ではなぜ知らないのか、それは何となく聞くタイミングを逃したから。いや、最初スベッてからきまずかったし相手も聞いてこないしだからそのアレですよアレ。
「それはねぇ、……ゴースト」
距離を取る、彼女はきっと悪戯の為にその力を活用するから。
ポケットからブツを取る、これ以上痴態を晒すのは抵抗があるからだ。
塩を丸呑み、霊的エネルギーに対抗するには体の内側から。
ぐえー、しょっぱい!
「え、えぇ!?塩を携帯してる人初めて見た。あ、アハハ、馬鹿じゃないの!ウ、ウヘヘへ」
そう言うと彼女は腹を押さえ体をくの字に曲げ大きな声を出して笑った。
そんなに笑うことなくないか。
3
手術室の入り口にあるランプが赤く点灯している。
廊下の先、電気が通っていないはずの廃墟で照らされる電気的な光は非常に怪しい。
「十中八九罠だろうね」
隣に立った姫野先輩が低い声でそう言った。先ほどまでのふざけた態度とは違う、デビルハンターの目だ。
扉の両サイドずつに位置し背中を壁につける。
目を合わせる。
――――突入は俺からする。
――――うん、分かった。
熟練のデビルハンターはアイコンタクトで会話が出来る。それが即席のタッグであろうとも。
合図はない。阿吽の呼吸で二人は動き出した。
姫野先輩がドアを蹴り破り室内に入っていく。
あれ、全然伝わってないな。リウシェンは、「いや、別に指示の通りだし。初めから分かってたし。」みたいな顔して後に続いた。
手術室の様相は見るからに異質だ。
真っ暗な室内を懐中電灯で照らすとそこには傷一つないまるで当時の姿そのままの内装がそこにあった。
「確か大型の医療用機械は競売にかけられた筈ですよね」
「そうだね。金にならない物だけが残されたはずなのに…これは」
大型のX線撮影装置、内視鏡カート、UFOのような形をした天井に吊るされているピカピカのライトガイド、未使用の手術器具が並べられたカートに処置台には綺麗なシーツが駆けられている。壁に埋め込まれている手術時間を図るデジタル時計だけが点灯しその時間を正確に記している。
まるで当時から時間が経っていないみたいに。
額に汗が流れた。まずい、これは厄介なタイプかもしれない。
悪魔には二種類ある。
脳筋タイプか搦め手から攻めるタイプだ。
コイツはきっと後者だ、そしてそれはリウシェンが最も苦手としている。
姫野先輩の持っていた懐中電灯がチカチカと点滅したと思えばあっという間にその電源が落ちた。
「あれ、あれれ?今日電池変えたばかりなのに」
リウシェンは自分が持っている懐中電灯を姫野の懐中電灯に当てる。彼女は裏ブタを外し電池を確認した。
そこには両端が焦げ明らかに劣化している電池があった。まるで何十時間も使用したあとのように。
「何ですかね…これ」
リウシェンは彼女の顔を見ながらそう言った。
そして違和感を感じた。おかしい、何かがおかしい。
視線の先で電池を見ながら怪訝な表情を浮かべている姫野先輩は何かがおかしい。
暗くて良く見えないので顔を近づけて目を凝らした。
「え、なんで、近いよちょっと!」
彼は距離を取ろうとする姫野の肩を両手で抑える。
「ちょ、ほんとに、近、近いって、セクハラだから」
少し赤らめ恥ずかしそうに注意する彼女を無視して凝視する。
やや緑がかった少し癖のある黒髪、エメラルドのような瞳、鼻の形、口の大きさ、ふわりと香る香水と煙草の匂い。変化はない、だがなにか……そうか。
「シワが増えている!」
「ゴースト」
ぐげごぉ!姫野は契約しているゴーストの悪魔の力を使い、透明で目に見えないゴーストの右手を召喚し彼の首根っこを掴み壁に叩きつけた。
「ふざけてるならいつでも絞め殺してあげる」
首を掴まれた状態で宙に浮かび壁に押し付けられているリウシェンはその怪力でゴーストの腕を無理やり剥がそうとするが、その手は空を切る。
ゴーストの悪魔には触れることは出来ない。
「ゲ、ゲホゲホ、ち、違います。シワが増えてるんです」
「煽ってる?」
彼は言葉選びが下手くそだ。
リウシェンは自らの顔に懐中電灯を当て彼女に見せつける。
「俺の顔!か、顔が歳とってませんか!」
リウシェンの真剣な物言いに本気であると感じた姫野は彼の言う通りにリウシェンの顔を確認すると小さな声で「…ぁ!」と漏らした。
「そんな老け顔…なわけないよね。なるほど、時間か」
姫野はリウシェンの言わんとしていることをすぐに理解する。
すぐ切れた電池、時間が止まったままのように当時の姿を模した手術室、二人の急速な老化。
これだけ条件が揃えば馬鹿でも分かる。今回の悪魔は時間に関係している。
「だとすれば長居は危険か。よぼよぼのおばあちゃんになる前に悪魔を見つけて倒さないと」
え、時間?なんの話これは。
勘が鈍いリウシェンは姫野の話についていけてない。
彼はただ不思議な空間にいたら二人の皺が増えちゃってる、ふしぎぃ~!くらいにしかまだ考えが至っていない。
「なるほど、時間。確かに、分かります。そうですよね…時間めぇ~!!」
「そう、でも本体が分からな」
視界が暗転した。いや、違う。彼が持っていた唯一の光源がついにその寿命を迎えたのだ。
壁に埋め込まれたデジタル時計だけが薄い光を放っている。
カチッと言う音と共に暗闇の炎が浮かんだ。姫野先輩のライターだ。
「このままだと本当にまずいね、どうしよう、取りあえず外に出るか」
ライターの明かりを頼りに手術室の外に出た二人を出迎えたのは明らかに構造が変化している病院の廊下であった。
直線になっていたはずの廊下は迷路のように入り組みその原形を留めていない。
「これ、来た道はこんなんじゃないよね」
「迷路みたいになってますね、なるほど。だからあんなに行方不明が出てたのか」
姫野の脳裏には悪い予感が浮かぶ。迷路のように変化した病院に閉じ込められ出口を求め彷徨い急速な老化によりついには歩けなくすらなった自分が徐々に干からびていく未来を。
首を振ってイメージを払う。悪魔は人間の恐怖を糧にする。怖がるなんて奴らの思うつぼだ。
彼女はリウシェンを見る。関西で一番強い男。岸部のお気に入り。京都に出張に行ったデビルハンターは皆彼を手放しで褒める。デビルハンターになるべくして生まれた男だと。
彼ならこんな状況をどう打破するのだろう。
そんな期待を向けられた彼はずっと違和感を感じている。彼は野生動物のような異常なカンを持っている。
普段は糞の役にも立たないが、生命の危機に瀕した際に彼の感性は爆発的に研ぎ澄まされ生きる為の最適解を導き出す。リウシェンにその自覚はないが彼のカンは今、この状況でも正しく冴えていた。
悪意を感じる。何かに嗤われているような、そんな感じ。
これは学生の時に他校の女の子にメッセージアプリで告白したらその文章のキモさをネットで晒されて学校の友達に陰で嗤われていた時に似ている。
目を閉じる。感情には実体がある。俺がそう信じている限り世界はそうであってくれる。
感覚を研ぎすませ、俺が人を笑うのはいいが笑われるのは許されない。
暗闇の世界に一瞬の閃光を見た。
それは無意識だった。手術室の外に設置されたソファ。きっと患者の遺族が手術の行く末を見守る際に座り祈りを捧げるソファを彼は軽快に持ち上げると手術室の中に戻り壁に埋め込まれていたデジタル時計に向けてぶん投げる。
轟音と共に綺麗な直線を描いたソファはもの見事にデジタル時計を粉砕した。
高鳴り、共鳴、悲鳴、振動。
二人を閉じ込めていた病院はまるで一つの生物のような叫び声をあげ地震のように揺れる。
思わず耳を塞いだ二人は揺れと声が収まると同時に口を開く。
「「時計(だ)!」」
思えばこの病院は時計が至る所に置いてあった。
玄関のエントランス、診察室、廊下にも等間隔でご丁寧に壁掛け時計が見られた。
「全て壊せば…でもそんな時間は」
そう不安そうに呟く姫野とは対照的にリウシェンの表情は明るい。
だってちゃんと悪魔の仕業だったから。彼の頭の中には一つの疑念が巣くっていた。
もし悪魔じゃなくてオバケの仕業で行方不明者が出てたらどうしよう。
ホラー映画で見た、最初は廃墟散策するユーチューバーが大体呪い殺されて中盤から主人公たちも呪われるノリ。悪魔じゃなくてそれやったら対処できんって。
でも悪魔の仕業だった。
ここに彼の知らない未知はなくあるのはぶち殺し慣れた既知だけだ。
「姫野さん、知ってます?」
彼は今日一番の笑顔を見せ、口を開く。
「悪魔って絶対に死ぬんですよ」
4
「蟻」
そう彼が呟くと地面から子供ほどのサイズの人型のアリが10匹ほど現れた。
「皆さんにはこの病院にある時計を全て壊してもらいます。少しでもサボると生まれてきた事を後悔させるので皆さんは生まれてきて良かったーと叫びながら働いてください、それでは解散!!!」
ウマレテキテヨカッター ウマレテキテヨカッター ウマレテキテヨカッター
言葉が上手に話せないアリの悪魔達は声変わり前の少年のようなたどたどしい声とイントネーションで叫びながら目標に向かい走り出す。
そして両腕を組み、大家族の大きな父親のような顔つきだったリウシェンはその表情を戻し姫野の方に顔を向けると手を差し出した。
「じゃあ俺らも行きましょうか」
「…そうだね」
手を取った彼女の顔は好転する状況に反しその影を濃くしていた。
物を壊すのは気持ちが良い。壁に掛けられた時計を縦一線に両断したリウシェンは快楽物質の分泌を実感し思わず垂れそうになった涎を呑んだ。
病院中に配置されている時計を破壊する度に建物全体は悲鳴を上げ徐々に建物内の構造が変化しより簡素になっていく。これはつまり攻撃が効いている証左だろう。
アリの悪魔もちゃんと働いているようで定期的に建物の悲鳴が聞こえる。
この勢いなら無事に帰れるだろう、そう考えた二人は病院の玄関エントランスに置かれた大きなのっぽの古時計…振り子時計を前にする。
「こいつが一番デカいですね。弱点ですかね」
「さっさと壊して家帰ろう、走り回って汗くさいし」
彼は使い慣れた青龍刀を慣れた手つきで構え振り下ろし―――――
――――――――峰を掴まれた。
二人は瞬間的に距離を取る。
掴まれた青龍刀を抜くことは困難だと即座に理解した彼は得物から手を離している。
青龍刀を掴んでいるのは破壊対象であった振り子時計。
両サイドからは歯車が重なり形成された人間の腕を模した両腕。
底面からは木製のパペットのような両足が生え、上部に位置する文字盤は生き物の顔のように変化している。
「オクロックンロールじゃねえぜお前らは」
手足の生えた振り子時計改め、時間の悪魔の両腕を形成する歯車が回転を始める。掴まれた青龍刀はプラスチックのおもちゃのように折り曲げられた。
「コン!」
「ゴースト!」
二人の初動はほぼ同時だった。
虚空から現れた狐の尻尾と目には見えない透明な左腕が時間の悪魔に襲い掛かる。
「チクタクチクタク…ぬるい攻撃だぜてめぇら」
そう言った時間の悪魔はファイティングポーズを取ると、頭部に位置する時計の秒針が高速回転を始め、まるでビデオを早送りのような高速で移動し尻尾を避けた。
「貰った!」
姫野が操るゴーストの右腕が時間の悪魔の腕を捉えた。その腕力を活かし時計の悪魔の腕を破壊しようとする…が、掴まれた腕はただキリキリと軋むのみで効果が無い。
「何もねぇのに掴まれてやがる…しかも触れねぇときたか。…だせぇ、ださいぜ。オクロックじゃねぇぞコイツはよぉおおおおおおおお!!!!」
大きく構えた時計の悪魔はその場で体を回転させ始める。
それと同時に頭部の秒針が再度、回転を始めるとその回転速度に比例して時計の悪魔の動きは加速した。
腕を掴んでいたゴーストの悪魔はその遠心力に耐えきれず思わず手を離し、その勢いのまま壁に激突した。
「ベイブレードの悪魔かよお前は」
ゴーストの悪魔を振りほどいている間に距離を詰めたリウシェンは拳を振りぬいた。
狙うは時間の悪魔の胴体、振り子の部分だ。
人間の姿を模していることから、振り子部分は内臓に位置すると推測したからだ。
時計の悪魔の背面を突き破った拳は振り子の重りに直撃する。シンバルを叩いたような伸びた奥行きのある金属の響きがこだました。
「良い一撃じゃねぇか、ロックだぜ、お前」
「人間様を上から褒めてんじゃねぇぞ」
時計の悪魔の拳が彼の頭部に突き刺さる。脳が揺れる。生まれた一瞬の隙を時間の悪魔が見逃すわけもなく、緩急をつけた加速により把握しづらいリズムから繰り広げられる時計の悪魔のラッシュが彼に襲い掛かる。
防御が間に合わず直撃を食らったリウシェンは全身から血を流し、崩れるように倒れた。
リウシェンを見下ろす時計の悪魔は意外にも満足そうな笑みを浮かべ語りかける。
「ステゴロは最高にロックだ。お前の一撃、効いたよ。最初から得物なんか使わずにステゴロで戦いたかったぜ」
悪魔は姫野の方を向く。
彼女はこれからくる未来を瞬時に予測し………諦めた。
ゴーストは効かない。自分なんかより遥かに強いはずのバディは力尽き倒れている。
あぁ、私はここで死ぬのか
迫りくる死は不思議と恐ろしくはなかった
死んだらお母さんに会えるかな
瞼を閉じる
闇に呑まれた視界の中でふと思った
私が死んで泣いてくれる人はいるのだろうか
「なぁにい勝手に進めてんだ悪魔畜生がぁ!」
目を開けた。声の先を見る。
リウシェンだ。彼が立ち上がってる。頭部から血を流し、顔や腹部を腫らしながらも彼は時計の悪魔を睨みつけ羽織っていたジャケットを脱いだ。
そのままネクタイを外しシャツを脱ぎ捨て上裸になると、拳を握りしめ口から折れた歯と血が混じった痰を吐き捨てる。
「コレだよ、コレコレ!今日は最初から頭使うことばっかりで俺らしくもねぇ。何が老化だ、何が時間だ、しち面倒くせぇ事ばっかり強要してきやがってよぉ!やっぱり悪魔退治はこうでないとなぁ!!!!」
「そもそもおかしいよなぁ! ロックロック言ってる奴がよぉ~何回りくどいことしてぇんだおカマ野郎がよ! ぶち殺してやるから列に並んで正座して待ってろやボケェ!」
彼は気取っていた。周りからはそう思われていないが彼は気取っているつもりだった。
だって東京に来たから。関西から来た芋ガキがお洒落でナウでヤングなシティに住んでみて何の影響も受けないわけがない。
姫野と行くお洒落なバーやこじゃれた雑貨屋の影響を無意識の内に受けていた彼は次第に自分を都会の人間であり粋な大人であると思い込むようになった。
スマートに仕事をこなし教養を感じさせる会話を繰り広げる。
カッコをつけた所作は麻薬のように彼の感性に入り込み、無自覚ながらも自らの本能をセーブし始めていた。
弁が外れた。逆流した原生は血液を循環しその本能を回帰させる。
「……ロックンロールの語源は性交やバカ騒ぎを意味する。これは当時の黒色人種のスラングだった。」
時計の悪魔は姫野に背を向けた。視界にはもう彼しか映らない。
「俺達はロックだ。さぁ来い、俺達のバカ騒ぎを始めよう」
「悪魔に抱かれるわけねぇだろバァーカ!」
ロックンロールの始まりだ。
5
銃の悪魔を自分の手で殺してやりたい、だからデビルハンターになった。
母を殺し、友人を殺し、私の人生を滅茶苦茶にしやがった銃の悪魔の胸元に刃を突きたてる事が出来た時、きっと初めてこの胸に灯った黒い炎を鎮めることが出来る、そう思った。
自分が夢物語を語るだけのただの小娘だと気付かされたのは本物を知ってしまったから、私はただの普通の人で、まだ死んでいないのもただ運が良かっただけで、ただ少しコツを掴むのが早いだけの凡人だと気付いてしまったから。
バディのお墓に毎月お参りするのも、本物を見て憧れを抱いてしまったのも、こうやって未だにデビルハンターを辞めずにダラダラ続けているのも、全てが私の罪。
5人目のバディである彼を最初に見た時、私は年甲斐もなく嫉妬した。
京都の化物、岸部のお気に入り、ポスト最強のデビルハンター、公安の次期エース。
異常で、マトモじゃなくて、もしかしたら銃の悪魔すら倒せてしまうかもしれない私よりも一回り年下の男の子は凡人の私にとって眩しくて憎くてどうしようもなく焦がれてしまった。
だから彼の中にある普通に敵意を抱いてしまった。その傷一つない綺麗な顔も、ちょっと揶揄うと年相応に恥ずかしがるのも、皆が好きそうな雑貨を集めてお洒落な喫茶店で休憩するのが好きな彼を否定したくなった。
だって彼はマトモじゃない、マトモであってはいけない、もっと滅茶苦茶でなければならない。
私が思う彼であって欲しかった。
私がなりたかった理想に穢れた私が泥をかけた。
時間の悪魔との素手での一対一の殴り合いを終えた彼は叫び声をあげる。
まるで獣の雄叫びだ。本当に同じ人間なのか分からなくなる。
私だと一撃でも致命傷になるような殴り合いを制した彼はやはり化物なんだろう。
銃の悪魔を倒すような主人公はきっと彼や岸部さんで、私はそれを見守るモブBで…いやモブにすらなれないのかもしれない。
「…羨ましいな」
思わず口に出した自分を醜いと思ってしまった。
6
「老化というタイムリミットを前に生きる為に奔走する人の姿はロックだと思ったんだ。本当だ、分からないかも知らないが俺はそれを本当に美しいと思ったんだ」
「だからって殺していい理由にはならんやろ」
拳を振り下ろす。砕けた振り子から大量の血が噴き出し、時計の悪魔は二度と動かなくなった。
呼吸を整える。全身の細胞が危険信号を発している。
時間を早め加速する悪魔とのタイマンはもう懲り懲りだ。
姫野先輩の側による。床にお尻をつき体育座りで待っていた彼女に手を伸ばす。
「遅くなりました」
「…ん」
手を掴んだ彼女を引っ張り上げる。
彼女と目が合う。
あぁ、そうだ。一つ彼女に言いたいことがあったんだ。
俺は自分の顔…殴られ大きく腫れた顔を指さすと彼女に聞いてみた。
「俺の顔は綺麗ですか」
呆気に取られたような、間の抜けた顔を彼女がする。
少しの間を置いて彼女は笑顔を浮かべた。
彼女は大きな黒目をなぞるように上下左右に動かすとしばらく黙った後に両手を俺の頬に添え目を合わせたまま顔を近づける。
「うん、やっぱり綺麗な顔してる」
彼女はそう言った。傷だらけの顔を見てそう言った。
「そんなことないですよ」
「それで?次は何を言うべきだと思う?」
「…姫野先輩の方が綺麗です」
「いいね、悪くない。百点だよきっと」
そう言って彼女はゆっくりと手を離し、背を向け歩き出した。
頬にはまだぬるい手のぬくもりが残っている。
距離感が近い女性はやっぱり苦手だ。
「リウシェンくんはさ、強いね。すごく強い」
後ろ手を組み、彼女は振り返る。
カラスの濡れ羽のように黒い髪が靡いた。
「きっとそれだけ強いと涙なんか流さないだろうね」
今にも泣いてしまいそうな表情を浮かべた彼女の言葉はまるで悲鳴のようだった。
「……泣きますよ、俺だって」
誰にも聞こえないようにそう呟いた。
弱い自分を見せたくはないから。
俺は無知で馬鹿な人間でいたいから。
二人で病院を抜け出す、雨はもう止んでいた。
時間の悪魔を倒したので二人の老化は元に戻っています。
説明を入れ忘れてて、上手く入れることが出来なかったのでここで説明します。