公務員がいっちゃんええ   作:鯨油

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週一更新って書いたけど多分週二更新できそうだなぁ~

と思っていたのですが仕事がバカみたいに忙しくなって週一も難しいかもしれない。助チェ


6話

 

口にしたコーヒーの匂いを落とすためにハウスクリーニングを終えたばかりの、まるで新品のように傷一つない洗面台に立ち、歯を磨く。

鏡に映る自分を見た。少しは跳ねた後ろ髪に霧吹きで水をかけ寝癖を整えた。

 

新品のシャツの襟を裏返し、ネクタイを締める。

ネクタイはあまり好きじゃない、首が閉まって呼吸がやりづらくなる。

 

部屋の電気を確認して戸締りをする、一人暮らしにしては広い部屋は空間を持て余しているからか何処となく空虚な雰囲気を感じさせる。

 

両頬を軽く叩いた。

痛みによって少しだけ纏っていた眠気を覚ます。

毛細血管が破裂し少しだけ顔が赤くなった。

 

「行くか」

 

デビルハンターとしての最初の研修を終え、初めての現場配属。

早川アキはいつものルーティーンを行い、玄関の扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

研修での指南役だった岸部に連れられて公安本部に隣接している喫茶店に向かった。

岸部の話によれば、自分のバディとなるはずだった男性が二日前に殉職したようで、新しいバディが決まるまでの間は別のバディと同行することになった。

 

喫茶店のテラス席に二人の男女が座っている。

眼帯を付けた黒髪の女と、目が細く大陸系の顔立ちをしたあまり特徴らしい特徴が無い男、二人とも二十代前半ほどであろう。

 

「無礼だが少しは使えるように育てた、上手くやれ」

 

岸辺がそう告げるとその場を後にした。

 

よく見れば目が細い男性が背を向ける岸辺に中指を立てているが、わざわざ何か言うことは無いだろうと思い、黙って見ていた。

 

「俺はアキ、よろしく」

 

そう挨拶をして、軽く頭を下げた。

慣れ合う気は無かった。銃の悪魔を殺す為だけにデビルハンターになった。

父を、母を、弟を殺した銃の悪魔を自分の力で殺すことが出来れば他になにもいらない。

媚びる必要も気に入られる必要もない、最低限の交流。それだけやっていれば良いだろう。

 

「私の名前は姫野、これからよろしくね~」

 

眼帯を付けた女がそう言うとニコニコと手を振る。

もう一人の男に目を向ける。

目の細い男はゆっくりと立ち上がると俺の目の前まで距離を詰めゆっくりと口を開けた。

 

「立ち回りとスピ―ド、お前はどちらが重要だと思う」

 

言葉から推測するに悪魔との戦闘の話をしているのだろう。

コイツの名前は知っている、リウシェン。

デビルハンターの同期が言っていた、公安には怒らせてはいけない人が3人いる、と。

 

1人は岸辺、最強のデビルハンター。研修の際にヤツのイカレ具合は身に染みて理解した。

 

1人はマキマ、内閣官房長官直属のデビルハンター。直接会ったことはないが怒らせてはいけないと噂になっているそうだ。「噂ってなんだ、実際に怒ってるの見たのか」と聞けばソイツは知らないと言った。所詮は噂、実際に目で確かめないと意味ないだろ。

 

1人はこいつ、リウシェン。悪魔と素手でケンカして殴り殺す脳筋。

 

でもそうは見えない。少し背が高いぐらいで体格は俺とそう変わらない。むしろ俺の方が良いんじゃないか。

 

思考を質問に戻す。

立ち回りとスピード、ニュアンスは理解できるが正確な意味は掴めない。

だが、これは…そうだな。

 

「立ち回りだ」

 

腕を組んだリウシェンがそう問うてくる。

 

「その心は」

 

「悪魔は人間に比べ総じて身体能力が高い。巧遅は拙速に如かずとは言うが一撃でも食らえば致命傷になってしまう点で考えればやはり重要されるのは怪我を負わない戦闘、つまり立ち回りだ」

 

「……?おう、そうか」

 

なぜ不思議そうな顔をした?別に的外れな事は言っていなかったはずだ。

俺は隣にいた姫野と名乗った女に目を向ける。

 

姫野はテーブルの上にあるパンケーキに意識を集中させ、丁寧に切り分けたパンケーキを口に運ぶ度にその表情をコロコロと変え味に浸っている。全然話聞いてねぇなこいつ。

 

「蟻」

 

目の前にいたリウシェンが地面に指を指し、そう呟いた。

そうすると音も無く虚空から人型のアリの姿をした化物が出現する。

思わず背中に差していた刀に手をかける。何故ここに悪魔が…?いや、コイツが召喚したのか…でもなぜ。

 

そこで気がついた、俺の足が動いていない事に。

今の俺は思考が足枷となり身動きが出来ていなかった。悪魔はいつだって唐突に表れる。

悪魔が出るたびに、攻撃を受けるたびに、その都度都度考えて行動していてはきっと俺はどこかで足元をすくわれてしまう。

今回だってそうだ。

いきなり目の前に現れた悪魔、最適解はきっと距離を開けるか間髪入れず攻撃を加える事。

だからスピード…つまり足を動かし続けろ。そうコイツは言いたかったのだろう。

 

 

 

どうやら考えを改める必要があるのかもしれない。

 

そう思った俺は次の一言で考えを改めた。

 

「蟻、この金で7番の馬券買ってきて。おら、走らないとぶちのめすぞ走れ走れ。…あぁ、さっきのはどっちの馬にしようかなって思ってさ。やっぱ位置取りが上手い方が良いよな、俺も同じこと考えてた。それでなんだっけ…えー、俺はリウシェン。よろしく」

 

そう言って握手を求める馬鹿。

 

「ん!このカヌレ美味しい!ほら、食べてみて」

 

「カヌレって何ですか?今握手しようとしてる最中なのに…まぁいいや」

 

勝手に食べ物を勧める馬鹿に会話を切って勝手に頂くクソ馬鹿。

これが先輩デビルハンター、俺が学ばなきゃいけない相手、こんなふざけたやつらが。

 

「ふざけやがって…」

 

二人との遭遇は早川アキにとって最悪のファーストコンタクトであった。

 

 

 

 

 

デビルハンターとしての毎日は思い描いた物とは全く違っていた。

 

「なんで俺がこんな…」

 

特異4課の執務室は日当たりが悪いのか他の部屋に比べて常に薄暗い。

電池の切れかけた白熱球は点滅をしていないものの、その明度を著しく低下させている。

 

机には膨大な書類の山が築かれ、部屋の隅には埃が溜まっている。

 

数枚書いてはすぐ他の事に目移りして一向に終わらせない姫野先輩に、勝手に書類を俺の机に移動させ、空けたスペースに足を上げ踵をつき椅子の座板に背中をつけゲームをしているゴミ。

配属されてから俺がやっている仕事は毎日降ってくる書類を処理するだけだった。

おかげでいまだにデビルハンターになったという実感が持てないでいる。

 

「全然書類終わんないね~」

 

書類仕事に飽きたのか、メモ用紙として使っている白紙のA4紙で折り紙を始めた姫野先輩がそう言った。

終わらないんじゃなくてやってないだけだろ、そう言いたくなる気持ちを抑える。

別に堪えている訳じゃない。既にそう言っている、もう2回も言っている。

その度に「そうだよねぇ~」と流されるだけなので諦めた。

それよりもっと問題なのはアイツだ。

 

「このマゼンタ型のミノを丁度いいタイミングで回すと本来は入れない空間にも入れることが出来るらしいけどさ、これ多分ガセな気がすんだよな、全然できる気がしない」

 

リウシェン。クソのサボり魔。仕事のやる気が無いとかそんな話ではなく、そもそもやっていない。

今だって本来アイツがやるべき仕事を俺に押しつけゲームをしている。

 

「…おい」

 

俺がそう言うとアイツはまるで椅子に寝転がっているような体勢を一切変えず目線だけをこちらに向ける。

 

「どうした、早川」

 

「アンタ…何してんだよ」

 

馬鹿は自分が手にしている長方形のゲーム機に目を移した後に俺を見た。

そして考えるような顔から何かに気が付いたように目を大きくするとゲーム機の画面をこちらに見せ画面に指を指した。

 

「これはゲームボーイ、人類が発明した最もスマートな電子機器。知ってるか、これが一万円を切るんだぜ」

 

「知らねぇよ働けバカ」

 

俺がそう注意するとリウシェンは「なるほど」とだけ言い、その場を椅子に寝転がりながらクルクルと回転し始める。

 

「早川はアレだ。せっかくデビルハンターになったのに書類仕事ばかりで退屈だなぁ~、それに先輩は仕事を押しつけてサボってるよぉ~、もう僕チンどうしたらいいのぉ~、…そう思っているのだろう」

 

わざわざ口調を変えて返答してくる馬鹿に殺意が沸いた。

 

「俺が新人の頃もそうだった、書類仕事ばっかりで退屈だったよ。でもね、一つ大切な事を教えてあげよう」

 

リウシェンは上に伸ばしていた足を地面に下ろし、椅子の回転を止めた。

 

「部下はね、上司の言うことに絶対なんだ」

 

それとこれとは別だろ、殺すぞ。

 

すんでのところで抑えた。

 

 

 

「それとこれとは別だろ、殺すぞ」

 

抑えきれていなかった。

 

「そうだよ!アキ君は私が楽するためにいるんだから!」

 

それも違う。

 

「大体リウシェン君もサボってばっかでずるいよ~私はちゃんと働いてるのに」

 

「姫野先輩、人には得手不得手があるんですよ。出来ない奴は他人の足を引っ張るだけなんですから出来る後輩に任せた方が効率的なんですよ…ん!?そうか、俺は早川を信頼しているから仕事を任せていたのか!」

 

「サボってるだけだろうが」

 

「じゃあ私もアキ君に全部お願いするもん!私だって書類仕事やりたくなぁ~い」

 

「ノンノン、やりたくないと不向きは違うんですよ姫野先輩」

 

訂正しようと机の上に身を乗り出した姫野先輩のポケットから呼び出し音が鳴る。

音を立て、勢いよく立ち上がったリウシェンが俺にこう言った。

 

「喜べ早川、この仕事で一番楽しい部分が今日出来るぞ」

 

思わず拳を握った。

ようやく先に進める、そう思った。

 

 

 

 

 

 

「カマキリの悪魔が町で暴れてる、俺らで殺す、以上。他に質問は?」

 

「ない」

 

リウシェンが運転する車の中で、助手席に座ったアキは口を開いた。

姫野は後部座席に座り、リアドアガラスを開け外を向き煙草を吸っている。

 

悪魔は全員殺す。そのぐらいの覚悟が無いと銃の悪魔にはたどり着けないだろう。

記憶に深く潜る。料理を作る母親、スーツに着替える父親、そして最後に見た弟の後ろ姿。

家族との記憶が何度でもあの宿怨に回帰させる

銃の悪魔を許すな、銃の悪魔を殺せ、復讐の為に生きて奴の息の根を止めろ。

助手席に座るために足と足の間に挟んだ刀を強く握った、その為に力をつけた。

あの頃の何もできない俺とは違う、ようやく俺の復讐を始められる。

 

車内ではリウシェンが歌う鼻歌が響いている。

会話はない。目的の街を指した標識を通り過ぎる。どうやらもう少しで着きそうだ。

 

「アキくんはさぁ」

 

後部座席で煙草をぷかぷかと吹かしていた姫野は早川アキが座る助手席のヘッドレストに手をかけると横から早川アキの顔を覗き込んだ。

 

「煙草とか吸わないの」

 

「吸わない、骨が腐る」

 

「え~つまんないの!」

 

そう言った姫野は後部座席の背もたれに勢いよく体を預けた。

 

「ねぇ、緊張してる?緊張するよね、だって初めての悪魔の駆除だもんね」

 

「緊張はしてない」

 

「そう?ま、新人なんだしそんな気張らなくていいよ、最初は見とくだけでいいし」

 

「いや、今回は早川にやらせる」

 

姫野が指で挟んでいた煙草の先端は燃え尽きその灰がポロリと車の床に落ちた。

 

「…ダメだよ、アキ君は新人なんだから。最初はもっと別の悪魔とかで」

 

「いや、カマキリの悪魔は早川に任せる、大丈夫だよな早川」

 

俺がカマキリの悪魔を殺す…上等だ。

銃の悪魔を殺すのにたかがカマキリ一匹殺せないなんて話通用しない。

せっかくの力をつける機会をみすみす見逃すほど俺は鈍間じゃない。

 

「俺がやる、やらせてくれ」

 

「ダメ!…ダメだよ、最初から強い人なんていないよ。何も最初にカマキリの悪魔なんて」

 

「出来る奴は最初から死なないし、出来ない奴はどっかでどうせ死にます。大丈夫です姫野先輩。」

 

「リウシェン君は黙って!」

 

姫野の金切り声が車内に響く。思わず出した声に彼女自身も驚いてるようであった。

彼女は吸いかけの煙草を窓から投げ捨てると運転席と助手席の間にあるコンソールボックスに身を乗り出すと後ろから早川アキの肩を掴んだ。

 

「ダメだよアキ君。私も他の長くやってる人も最初は弱い悪魔から倒して強くなったんだよ。焦る必要なんてないよ。」

 

焦る?…焦り、それはあるだろう。

人の身体能力のピークは二十代で終わる。

現在が18歳、つまり俺に残された時間はあと十年ほどしかない。

俺だって馬鹿じゃない、銃の悪魔を倒すためには自分の最大限の力で挑まなければその足元にもきっと届かない。

 

焦る必要…あるさ。焦らなくては、俺は最短距離で強くならなければならない。そうでもしないと銃の悪魔を殺すことは…。

 

「死ぬよ」

 

それはとても低く鼓膜に直接響く芯のある声だった。

瞳は酷く虚ろで暗い、初めて見る姫野先輩の顔だ。これまでの明るく彼女とは違う、もしかしたらこっちが姫野先輩の本質なのではと思うほどに。

 

「私のバディはもう4人死んでる。みんな銃の悪魔を殺すって、それまでは死なないって言っていた。でも全員死んだ、全員死んだの。そういう風になってる、自分だけは死なないって思いながらデビルハンターはみんな死んでいくの」

 

「…」

 

姫野先輩は俺を見つめたまま動かない。

飲み込んだ唾が乾いた喉に張り付いた。

きっと姫野先輩にとって俺は毎年現れては勝手に死んでいくデビルハンターの1人と思っているんだろう。それが正しいのかは俺には分からない。

だが、それでも俺は銃の悪魔を殺すまでは死ぬつもりはない、何があろうとも。

 

運転席に座っている男を横目に見た。

 

「…アンタは、アンタが最初に倒した悪魔はどうだった」

 

俺がそう聞くとリウシェンはハンドルを指で数回突くと思い出しているのか小さな唸り声を出すと返事を返した。

 

「先輩が戦ってたけど俺の方に逃げてきたから殺した、強いとか弱いとかは分からなかったな」

 

「そうか」

 

黙って姫野先輩に視線を送った。これが答えだ、そう伝えるように。

コイツの仕事ぶりや人間性は到底尊敬できないがその実力だけは本物なんだろう。

配属されてから過去の報告書を見る機会があったが、そこに記載されていた内容が全て真実ならコイツは化物と呼ばれる存在だ。

 

ならば俺が目指すべきはコイツだ。

それぐらいでないと銃の悪魔には届かない。

 

そうすると車が何度か大きく揺れ停止した。

乗っている人間の事を考えていない荒い運転だ、俺が運転できるようになったらコイツよりは丁寧な運転をしよう。

そう思いながらドアを開け、外に出る。

急に立ち上がったからか、少しだけ眩んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

カマキリの悪魔が目撃された住宅街は住民が避難しているからか、異様な静けさが辺りを支配している。

この辺りは団地が多いようで、人の気配を感じさせない団地群はまるで文明が滅んだ後の世界のようだ。

避難勧告があって急いで逃げたのか、公園に放置された三輪車や干したままになっている布団が人のいた痕跡を感じさせる。

路上には放置された食べかけの弁当をカラスが群れで貪っている。

 

「早川、倒せたら焼き肉に行こう。金なら大丈夫だ、最近知ったんだけど経費で落とせば全部タダらしい」

 

経費は多分下りないだろ、そう声を出そうとしたが乾いた口内に舌が張り付いて声が出なかった。

上等だ、ようやく復讐を始めることが出来る。

何もできなかったガキの頃とは違う。

 

カマキリの悪魔はすぐに見つかった。

なにせ物音ひとつしない町の中だ。耳を澄ませば聞こえてくる物音をたどるとすぐに目的の悪魔と遭遇出来た。

 

全長3mはありそうな緑色の巨体。

前後に細長く、見た目はよく見るカマキリがそのまま巨大化したようだ。

その特徴的な鎌状の前脚は血で汚れ、3人が駆け付ける前に犠牲になってしまった者がいるようであった。

その感情を感じさせない巨大な網翅目はより不気味さを際立たせる。

 

「大丈夫、本当にヤバいと思えば助けてやるよ。これでいいでしょ、姫野先輩」

 

「……やっぱりよく「やってやる」

 

背負った刀の柄を握り、鞘から抜く。

鈍い銀色の輝きを眺めると次第に心が落ち着いてくる。

今はまだ悪魔と契約していないので武器はこれだけだ。

 

 

片手で刀を握ったままゆっくり歩きカマキリの悪魔との距離を縮める。

こちらに気が付いたカマキリの悪魔は「キシューッ!キシューッ!」と声にならない金切り声を上げると涎のような液体を飛ばし威嚇する。

 

刀を両手で握り構えた。

岸辺から教わった事を思いだす。

 

悪魔を恐れるな。

悪魔を常識で考えるな。

悪魔の言うことを信じるな。

 

息を整えた。

カマキリは威嚇しているがまだ静止している。

歩みを進める。まだ動かない。

カマキリのカマは二本ある、もし刀で受け止めてしまうともう一本のカマでやられてしまうだろう。

 

もう少しでカマの間合いに入る、まだカマキリは動かない。

目の横を汗が流れた。大丈夫だ、こんなところで死ぬわけにはいかない。

ゆっくりと一歩ずつ距離を詰める。

まだだ、まだ動いてはいけない。

カマの射程圏内まであと3歩…2歩。

 

あと1歩。

そう思った瞬間、その巨体には似つかぬスピードで間合いを詰めたカマキリの悪魔は恐るべき速度で鎌状に変化した前脚を振るう。

 

それは本能であった。無意識の内に身を捻ると胴体の前に刀を構えた。

次に襲ってくる衝撃、車に轢かれたような重みと勢いを全身に受け、後方に飛ばされる。

 

「…っあぁ!」

 

背中に受けた衝撃で体中の空気が吐き出される。

息が苦しい、呼吸が出来ない、頭が真っ白になった。

次の一撃を避けることが出来たのは幸運でしかなかった。

 

思わず閉じた目を開く。

視界の端には振り上げられたカマ、思わず体を捻り地面を転がる。

この時初めて自分が地面に倒れていたと気が付いた。

 

鈍い金属音が響く、先ほどまで自分が倒れていた場所に突き刺さっているカマ。

地面に敷き詰められたコンクリートがまるで豆腐のようだ。

カマが突き刺さっている箇所からひび割れが広がり、カマキリが前脚を地面から引き抜くと破裂音と共に辺り一面のコンクリートが割れた。

 

もし本能的に避けていなければ今頃は事務仕事の時に見た死亡報告書に自分の名前が載っていただろう。

 

「う、うおおおおおおおおおお!!!」

 

頭によぎった自分の未来を振り払うように声を上げると刀を振るった。

緑色の血が飛び散る。

力任せに振るった刀はカマキリの中脚の表皮を切りつける。

 

浅い…!

 

距離を取るために後ろに一歩引けば、先ほどまで自分がいた場所にカマが横薙ぎに振るわれる。

スーツの表面が裂ける。紙一重の回避。だが攻撃はこれで終わらない。

もはや思考では動いていなかった。

絶えず自分に向け振るわれる二対のカマ。視覚から届けられる情報を吟味する暇なく、反射で回避を行う。

 

避けきれないカマが体に掠る。その度に皮膚が裂かれ、血が流れる。

痛みに狼狽えている暇はない。絶えず体を動かし迫りくる死神の鎌から逃れる。

 

呼吸が苦しい。体が重い。集中を切らさず戦い続けることがこんなに苦しいとは思えなかった。

 

「あ…」

 

足がもつれた。視界はスローモーションになりゆっくりと地面と平行になる。

まずいまずいまずい、体勢を戻し…だめだ、間に合わない。

刀を体の前に向け構える。

振り下ろされる二対のカマ。瞬間的に理解した。全てを防ぐことは出来ない。

 

ならばどうすればいい、どうすれば死なずに済む。

いや駄目だ。死を回避するだけではない。どこで攻撃を受ければ、どこが一番犠牲にしていい。腕の欠損はだめだ、腕を無くせば銃の悪魔を相手するのは困難になる。

 

足か?足を欠損しても義足を付ければ走れるようになる。足で…でもどうやって足を犠牲にして防げばいい?

 

襲い掛かる二対のカマ、一本は刀で防ぐ。だが二本目がある。

カマの軌道を読む。胴体…胴体はまずい、どうにか身をよじらせる。

駄目だ避けきれない。くそ、俺はこんなところで…こんなところで。

 

「死んでたまるかぁ!」

 

一本目のカマを防いだ刀を手の中で滑らせ振り下ろされる最中の二本目のカマ…前脚に横から突き刺す。軌道が変えられたカマは胴体の中央から横薙ぎに逸れ、早川アキの脇腹に突き刺さる。

 

「ぐぁ!」

 

最初に感じたのは熱であった。加熱された鉄の棒を押しつけられたような猛烈な痛みが体を襲う、だが痛みに悶えている暇はない。

 

「うおおおおおおおおおお!!!!!」

 

カマに突き刺さった刀を引き抜き地面に倒れた姿勢のまま刀を振るう。

早川アキの体に刺さったカマキリの悪魔の前脚は切断されその緑色の体液が早川アキの体に降り注ぐ。

 

痛みに悶えているカマキリの悪魔を置いて、そのまま左腕で刺さったカマを引き抜くと即座に体勢を整える。

 

手で傷を抑えるが脇腹から流れる血が止まらない。はやく止血しないと取り返しのつかない事になるだろう。

だがまずはコイツの処理からだ。

 

上段の構えで両手で刀の柄を握る。

息を止めた。心を落ち着かせる。

一撃だ、一撃で仕留める。

脳が分泌させた脳内麻薬のおかげか痛みは感じなくなっていた。

 

カマキリの悪魔も構えた早川アキの姿を見て身悶えを止める。

攻撃手段を半減させ絶えず血を流しているがその目は死んでいない。

 

最初は感情を感じさせなかった虫特有の網翅目からは死に抗う生者の意思の様なものを感じる。

 

「俺は…銃の悪魔を殺すまで、死ぬわけにはいかない!」

 

頭によぎる死のイメージを振り払い大きく踏み込んだ。

まっすぐと突きのように放たれるカマ、その先端に刀を滑らせるように合わせると、閃光のような火花を散らせ弾いた。カマキリの悪魔に大きな隙が生まれる。

 

足をカマキリの胴体に引っ掛けてそのまま飛ぶとその勢いのままカマキリの首を刎ねる。

頭部を失った首から噴水のように体液がまき散らされビクビクと胴体が痙攣するとゆっくりと倒れ動かなくなった。

 

そしてカマキリの悪魔の生死を確認すると同時に早川アキも地面に倒れその意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

意識を取り戻した早川アキが病室で目を覚ますと、隣で憔悴した様子で看病をしていた姫野は思わず抱き着き、せっかく縫った傷口が開きかけた早川アキは本気の怒鳴り声をあげた。

 

「だからゴメンって、あ…そうだ!リンゴ剥いてあげる、やっぱりお見舞いはリンゴだもんね」

 

そう言い鞄から抜き身のままの包丁を取り出した姫野に早川は恐怖心を覚えた。

 

「いや、何かに包んで運べよ」

「え~、めんどくさいんだもん」

「銃刀法違反だろ」

「アキ君だって背中に刀背負ってんじゃん!」

「いや、仕事だろ」

「関係ない!」

「関係はあるだろ」

「黙って食べて!」

 

そう言いながら雑に剥かれたリンゴを口に突っ込まれる。

 

「う、も、もまえ…うきなうなにして」

「ギャハハハ、何言ってるか分かんな~い」

 

ヘラヘラと笑う姫野と食べ物を粗末にしたくないからと吐き出さず必死で咀嚼する早川アキの様子は何処か和やかだ。

早川は急いでリンゴを飲み込むと、先ほどの戦闘で引っかかっていたことを問うた。

 

「ゴースト、途中で使ったな?」

 

瞬間、先ほどまでヘラヘラ笑っていた姫野は悪戯がバレた少年のように狼狽えた表情を見せる。

その顔を見て早川アキも確信する。俺は手助けされていた。

 

「いや~その~、…すこしだけ」

「カマの軌道を突きさしてずらした時、なにか違和感があった。あれはゴーストで動きを阻害してたからだ」

「…いや、だって。そのままだと死んでたし」

「俺は死なない」

「いや、あれは完全に死んでたでしょ。強がってる」

「強がってない」

「強がってるでしょ!…はぁ」

 

姫野は背もたれのない椅子の座面に両手を添えながら背を曲げ伸びをする。

 

「でも」

 

そう早川が続ける。

 

「でも、あれが無かったらもっと重傷だったかもしれない。だから…だから」

 

早川の額に皺が寄せられる。歯を食いしばり目を細め何かを我慢するような顔を浮かべたと思えば突然憑き物が落ちたような真剣な眼差しを姫野に向けた。

 

「ありがとうございました」

 

そう告げて頭を下げた。早川アキの表情は頭を下げているから姫野からは見えない。でもなんだか恥ずかしそうな表情をしている気が姫野はした。

姫野は大きく目を張ると次にその口角を上げ、思わずその時の感情をそのまんま口に出した。

 

「素直になった!」

「違う」

「初めからそれぐらい素直でいいのにぃ~!」

「そうじゃない」

「アキ君がデレたってリウシェン君にも教えないとな~!!」

「絶対にやめろ、くそ、言うんじゃなかった」

「ダメでーす、もう聞いちゃってまーす。絶対にわすれませ~ん!」

 

嬉しそうに早川アキの羞恥心をくすぐる姫野とまだ思春期の途中で素直になれない早川アキの会話を病室の外で盗み聞きしていたリウシェンは無言で病室を後にする。

 

死にそうになったら止めると言いながら、なんかいい感じのタイミングが掴めずに危うく殺しそうになった事を姫野にバチクソ詰められたリウシェンは触らぬ神に祟りなしと姫野を避け病室に入れなかったのだ。

 

でも違う考え方も出来るかもしれない。なんかいい感じの男女の邪魔をせずに済んだ。

他人の色恋の邪魔をする奴は馬に蹴られてなんとやらと聞いたことがある。

だったらリウシェンはクールに去るべきだ。なにせ俺は場の空気が読める男だから。

 

そこで彼に一つの天啓が降りてくる。

二人をバディにするほうが良くね。

 

先輩とはなんやかんや後輩の為に行動する者である。

ならば俺は早川に与えられるものはなんだろうか。

 

思案すること2分強、長きに渡る瞑想を経て俺は閃きを得た。

彼にも美人の先輩とバディを組んで仕事ができる喜びを教えてあげよう。

 

なにせ自分がそうであった。最初の内は覚えることが多くて辛い仕事もなんか年上のお姉さんと仕事をするのであればどんな仕事だってプレイ…改めご褒美になるのではないか。

 

ならば善は急げだ、俺は正義だからな。

 

彼は自分の上司であるマキマの執務室にアポなしで直撃する。

別に姫野と一緒に任務している内に、アレこの人俺のこと化物認定してて脈なしじゃねとか思っているわけではない。




???「私が死んでも泣かなそうな男はちょっと」
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