公務員がいっちゃんええ   作:鯨油

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8話 後半

 

この街には教会が多い。

 

源流となるキリスト教はカトリックと正教会に分離し、この土地では未だにロシア正教が根強く信奉されている。

彼が訪れた教会もそれらの一つだった。

 

岸辺と別れた彼は一人、異邦の街を歩く。

1人になりたかった。

誰にも気を遣わず誰も気にしなくていい時間を得るには、この街はちょうど良かった。

道に迷わないように来た道をしっかりと覚えながらも、宛てもなく徘徊した彼の眼に一つの教会が映った。

 

それは街の外れにある酷く質素な教会、町の中心にある観光地と化した派手な装飾が施された豪華絢爛なモノではなく地元の人々が慎ましく通う様なありきたりな建物。

 

ドアは開いてあった。

恐る恐る中に入る、言葉が通じないので何か声をかけられたら出ていくか。

 

堂内は外装に違わず質素な作りをしている。

廊下を進み、礼拝所のような場所に出る。

中はトンネルのような半円状のつくりで床にはオリエンタル柄のカーペットが引かれている。白色の壁にはおそらく聖人であろう者たちの絵が並びその下には背の低いベンチが置かれていた。

 

考えていた教会のイメージとは違う、もっと結婚式の会場のような天井の高い大きな空間をイメージしていたがここはまるで横に長いサウナのようなこじんまりとした作りだ。

 

無人の礼拝所の先には信者が祈りを捧げるための祭壇がある。

中央にキリストの肖像画が置かれ、いくつかの装飾品が飾られていた。

 

リウシェンは壁際に置かれたベンチに腰を掛ける。

 

______人を殺せるか?

 

岸辺の言葉がフラッシュバックした。

 

「たぶん…出来るだろうなぁ」

 

ふと、あの母なら何を言うだろう…そう思った。

別に連絡が取れないわけじゃない。ポケットに入った携帯を手に取り2秒で打ち込める数字を打つだけできっと母に繋がるだろう。

 

でも何を言えばいい?

 

「ママ!お仕事で人を殺すことになったんだけど僕チンどうすればいいのぉ~?」

 

馬鹿らしい、きっと「知るか」と言って電話は切られる。きっとそれだけ。

…あの人はそういう事に手を染めた事はあるのだろうか。

 

無駄な考えだ。

馬鹿みたいに強くて、人の痛みが分からずに、何にも縛られず生きている母はきっと眉一つ動かさず遂行するだろう。

 

だめだ、感傷的になっている。コレは良くない、こんな状態で良いことなんか一つもない。

 

別の事を考える為に周辺を見渡す、教会…教会か。

 

この場所を訪れる者達が信じている教えには悪魔と天使が出てくる。

でもそれって何かおかしい気がする、だって悪魔は実在するけど天使は見た事ない。

天使の悪魔だってあくまで悪魔だ。

悪魔はいつだって隣人のように現れるが、悪魔から人々を助ける天使は教えが広まってからもう2000年近く経つのに未だに現れない…いや、聖書には現れてたんだっけ、良く知らね。

 

彼らは何を理由に未だに信じ続けているのだろう。

災害や戦争より多い頻度で現れ簡単に命を奪う悪魔が蔓延るこんな世界はとっくの昔にハルマゲドンを迎えていてもおかしくない。

教えではアルマゲドンが起きた後、教えを信じた者だけが天国に行き、そうじゃない者は地獄に行く。ならばここが地獄かそれとも神様は悪魔に殺されたか。

 

…ん、よく考えたら地獄が存在するのなら天国も存在するのでは?

それなら分かるかも、地獄があるなら天国も存在するかもしれないし天使はきっと天国で楽しく暮らしてる。悪魔と地獄はあるけどそれに相対する存在と世界は確認されてないけど信じられるぞ!うおおおおおお今日もサボらず信じて祈って救われて毎日頑張るぞ。

 

 

 

…これで救世主が詐欺の悪魔だったらどうなんだろうな

 

 

ポケットに入れた端末が鳴った、どうやら楽しい旅行も終わりのようだ。

重い腰を上げる。教会の外に出ると薄明の空が蒼く燃えていた。

 

「悪いことやるなら夜だよな」

 

ホテルに向かう。

さて…帰り道はどっちだったっけ。

 

 

 

 

 

 

駅の外れにある貨物ターミナルには巨大な蛇のようにいくつもの車両を繋いだ貨物列車が停車している。

クレーンと一体化した車両が忙しなくコンテナを運んでいる。

そんな金網で囲まれた貨物ターミナルを外から見張る3つの黒い影があった。

 

「全然普通に荷物下ろしてますね。いくら何でも不用心過ぎません?」

 

「肉片一つだけ輸送するよりも普段の荷物に紛れさせた方がカモフラージュになるとでも思ったんだろ」

 

「それより護衛も多いですよ、見てください」

 

通訳代わりの男が指を指した先に目をやると自動小銃を肩にかけた軍服の男たちがテーブルに座り食事をとっている。

 

「…銃って作ったらダメなんじゃないでしたっけ」

 

「表向きはな、実際にはどこの国でも隠れて作っている」

 

「結局やることやってんすね」

 

「音で気づかれる、撃たせるなよ」

 

「あんたらこそ」

 

通訳代わりの男が自らの右腕に噛みついた。

そして小さな声で何かを呟くと3人の周りに透明な膜のようなものが音も無く現れた。

 

「鏡の悪魔の力で私たちの周りを反射させてます。これで奴らからは見えにくくなりますが音も匂いも消えるわけじゃありません、お守り程度に考えてください」

 

こういったことを専門としているからか通訳代わりの男は慣れていた。

リウシェンは彼を戦力に計上していなかったが考えを改める。

 

「何もしゃべるな、言語で国籍がバレる。俺達の痕跡は一つも残すな」

 

そう言った岸部が低い姿勢のまま闇に紛れて行動を開始する。

ステーションの中心から離れた位置にいる守衛の背後に回る。

 

岸辺が懐からナイフを出した、柄と刃を黒く塗っている。

反射で光らないようにしているのだろう。

 

岸辺を手で制す。ここは俺がやる、そう目で伝えた。

岸辺は目線を下げ、しばらく反応を見せなかったが決断したのか背後を見せ欠伸をしている守衛を指さした。

やってみろ、そういうことだろう。

 

中腰のまま音を立てずにゆっくりと近づく。

脇の隙間から腕を入れ左手で口元を抑えながら腕を回し首を絞める、窒息は狙わない、力の限り守衛の首にかけると小さな音と共に守衛の頭が180度回転した。

悪魔を殺す感触と同じだった。いつもルーティーンのように行う業務と変わらない。

即死だ、もしかしたら自分が死んだことにも気づかずに逝けたのかもしれない。

 

動かなくなった守衛の体を背負い二人の下に戻る、背中にあたる肉塊はまだ暖かい。

戻った俺を見る岸辺の目を見れば言いたいことはおのずと理解できた。

 

初めて人を殺した。

その事実はしっかりと理解していた、実感が無いわけじゃない、でもそれだけ。

でもなんだろうな、もっと何か…感傷的になると思っていた。

自分が簡単に人を殺せた事も、それであまり傷ついていない事も…俺って冷たい人間なんだろうか。そうだとしたら少しショックだ。

ステータスバーに人殺しが追加されただけって感じ、俺ってもっと優しい人間だと思っていたのにな。

 

俺がサムズアップすると岸辺は無表情なまま視線を次の獲物に向けた。

 

あぁ、そうだよな。

別に一人倒して終わりじゃない、まだまだ敵は沢山いるんだから。

これからも悪いことを繰り返す俺は死んだらどこに行くのだろう。

地獄に行くのは悪魔だ、天国に行けるのは教えをちゃんと信じた者だけだ。

ならばきっと俺は何処にも行けないのだろう。

 

じゃあ生きているうちに楽しまないと。

 

俺は先を行く二人の背中に付いていった。

 

 

 

 

 

 

絞殺、これは良い。なぜなら血で汚れない。

 

刺殺、あまり好きじゃない。血で汚れるし意外と死ぬまで時間が掛かる。

 

銃殺、これは一番楽。敵の兵士が持っていた消音器付きの拳銃で頭を狙うだけ。問題は慣れてないから至近距離からしか狙えない事。

 

毒殺、これは面倒臭い。通訳代わりの人が使う毒の悪魔の力で大勢の人が寝ていた仮眠室に毒ガスを流したが通路にまで漏れてきて大変だった。

 

血の匂いは嫌いだ。

酸化した鉄の様な、薄暗い路地のような、腐った命の匂いだ。

 

岸辺と通訳代わりの男の動きはスムーズだ。

何度も同じような仕事をしているだけはある。

 

敵を殺して、死体を隠して、次に向かう。

サルでも出来る簡単なアルゴリズムに沿って行うだけの軽作業。

 

辺りに人の気配がなくなった。

岸辺が懐から銃の悪魔の肉片を取り出した。

 

糸で吊るした肉片は一直線にとある方向に向かっている。

こんなに勢いよく肉片が動くことは無い。それだけ大量の肉片が輸送されていたのだろう。

 

一つの貨物に行き当たる。

ロックを外し横開きのドアをスライドさせる。

そこにあったのは大きなジュラルミンケース。

 

岸辺がジュラルミンケースを手に取った。

どうやら暗証番号を打たないと開かない仕様になっているようだ。

 

そのまま持って帰ればいいのでは、と思ったがどうやら発信機がついてるかもしれないので俺達が無事に帰国するためにはどうにかして発信機を無力化しなくてはいけないようだ。

兵士たちの亡骸を調べればもしかしたら暗証番号が分かるかもしれないがそんな時間は無い。

 

ジュラルミンケースの縁に手を差し込む。大きく息を吸って歯を食いしばる。

力を込めた、ケースは歪な悲鳴を上げ金具がはじけ飛ぶ。

バコンという音を立てたケースは派手な音を立て、びっくり箱のように勢いよく開いた。

 

中にはウネウネと蠢いた肉の塊。

大きい座布団ぐらいの大きさだ

岸辺がそれに近づくと岸辺が持っていた小指の第一関節ほどの肉片は繋がれた糸を千切り肉の塊にくっついた。

 

他の二人は口には出さないが、あまりに巨大な銃の悪魔の肉片に驚いているようだった。

もちろんコレがソ連の抱える肉片の全てではないだろうが、それでもこの量は尋常じゃない。

 

これはボーナスも期待できるかもしれない。

 

通訳代わりの男がケースの内側を探ると小さな機械の様なものを取り出し、それを踏んで砕いた。

発信機からの連絡が途絶えたのでおそらくすぐに追手が来るだろう。

急いでコンテナから出ると移動を開始する。目指すはモスクワに向かう貨物鉄道、それに乗り込み途中で車両を降り中国の大連に向かい鉄道に乗り中国から日本に帰国する。

 

無理やり開けたケースは施錠が出来なくなってしまったので、取っ手の部分を紐で結び無理やり閉める。

通訳代わりの男がケースを抱え、コンテナの外に出る。

 

 

 

俺と岸辺もそれに続こうとした瞬間、流星が落ちた。

 

それは一瞬の出来事だった。

 

空から落ちてきた物体はジュラルミンケースを持った通訳代わりの男に直撃し、破裂音と共に肉体は四散した。

跡形もなく四散した肉塊の上に立つのは軍服を着た一人の男。

 

特徴的なのは頭部、その頭部は黒く輝く槌…ハンマーのような形状をしており黄金に光り輝く巨大な槌を手に持っている。

 

まず思いつくのは魔人、日本でも魔人を公安に入れて捜査に協力させている。

この国でも同じことをやっていておかしくはないだろう。

 

「Я тебе уже не раз говорил, что если не убирать за собой, то можно легко подцепить крыс, поэтому надо больше нервничать.(掃除を怠ると簡単にネズミが沸く、だからもっと神経質になるべきだと俺は何度も言ってきたというのに)」

 

低い声、どうやら眼前の敵は男のようだ。

岸辺に目配せをした。岸辺は指の間に挟んだ3本のナイフを敵…いや槌の魔人とでも言おう、その槌の魔人に投げた。

 

風を切り、鋭いスピードで各急所に向けて放られたナイフはまるで生きているかのように槌の魔人に襲い掛かる。

 

巨大な槌を構えた魔人は大きく振りかぶると槌を地面に叩きつける。

ミサイルが着弾したような衝撃が辺りを襲い爆音と主に地面が揺れる。

衝撃でターミナル周囲の建物のガラスが割れ、投擲されたナイフを吹き飛ばした。

 

「Нет пощады, умрите в отчаянии, крысы.(慈悲はない、絶望の中で死ね、害虫ども)」

 

身を低くして下半身の力を込めた槌の魔人はその貯めこんだ力を解放させる。

ハヤブサのような速度で距離を詰める槌の魔人は瞬きの間に眼前に現れた。

 

_____速すぎんだろ…!

 

横薙ぎに振るわれた槌に対して身を背後に反ってかわす、バランスを崩した。

槌の魔人はそれを見逃さずに追撃を仕掛ける、一歩踏み込み横薙ぎに振るった槌をその勢いのままに振り上げ俺に向かい振り下ろす。

 

膨大な質量が全身を襲う。

両腕を交差させ振り下ろされた槌を受け止めた肉体は悲鳴を上げ、体を支える下半身は今にも破裂しそうなほど膨れ、立っている地面は陥没している。

 

_____ヤバい、腕がうごか…いやそれより距離を空け

 

視界にはもう一度振り上げられた槌。

一撃耐えただけで満身創痍だ、二度目を耐えられる保証はないだろう。

 

しかし槌の魔人の背後、そこには見知った顔が現れる。

 

槌の魔人の首元にナイフが振るわれる。

背後に回った岸部は魔人の首元に2度ナイフを突き立てると即座に距離を取った。

思わず怯む魔人、言うことを聞かない体を無理やり動かし俺も魔人から離れる。

 

魔人の首元から赤い血がドクドクと流れている。

血が流れている、なら殺せるな。

 

コン、そう相手に聞こえないように小さく呟いた。

 

音も無く現れた狐の尻尾は首を手で押さえている槌の魔人に襲い掛かる。

反射的に片手で振るわれた槌の速度は先ほどまでに比べて遅い、これならいけそうだ。

狐の尻尾に隠れ相手から死角になる位置から走る。

槍のように一直線に進む狐の尻尾は槌によってはたかれ、その軌道が変わる。だがそれでいい。

 

尻尾の死角から現れたリウシェンを前に一瞬硬直する魔人、その一瞬を見逃すほど彼らは甘くない。

 

低い体勢から切り上げるように上方に閃光が奔ると、彼の青龍刀は槌を持った右腕を断ち切った。

しかし、奴には左手が余っている。

左手の表面から皮膚が膨れ、即座に小さな槌を形成した槌の魔人は青龍刀を振り上げた彼が態勢を直すと同時に左手を振り下ろそうとし______槌の魔人の死角から現れた岸辺がその左腕を掴むと関節とは逆方向に曲げる。

 

思わず唸った槌の悪魔を逃すことなく岸辺は爪の悪魔の力でまるで刃物のように長く伸ばした爪を魔人の頭部に突き立てる。

脳髄を貫通した爪を引き抜くと槌の魔人は膝をつきゆっくりと倒れた。

 

岸辺は倒れた槌の魔人の頭部に何度か爪を突き刺すと、その死亡を確認しリウシェンに目をやる。

 

___平気か。

 

声には出さずそう伝える岸辺に対してピースで答えた。

一人だと危うかった。いや別に一人でも多分いけたけど、別にいけたし、絶対いけたけどそれでも今回は危かった。認めたくないが岸辺がいなければ危なかっただろう。

…でも逆もまたしかり、アイツも俺が居ないと負けてたんじゃないか?なら別にいいか。

 

粉微塵になってしまった同行者の近くに落ちていたケースを拾い、無事を確かめる。

傷一つない、それはそうか。魔人も国の財産を傷つけるわけにはいかないだろう。

ケースを抱えて岸辺の元に行く。

これでようやくミッションクリアだ。

家に帰ったら何日か有休を取ろう。なんだか凄く疲れた。

 

何かに背中を押された。

地面と体の距離が近くなる。

背後に視線を向ける。

俺の背中を押した岸辺とその直ぐそばに立ち、槌を構える死んだはずの魔人。

全てがゆっくりと動く世界の中で、俺の体だけが動かなかった。

振るわれた黄金の槌はゆっくりと岸辺の腹部に吸い込まれくの字に体を曲げた岸辺はこれまで何度も聞いてきた人体が破壊される音と共に視界から消えていった。

 

槌の魔人は手に持った巨大な槌を構え直す。

 

「Вы думали, что я умер?Я - твой жнец, и я буду оживать снова и снова(死んだと思ったか?俺はお前たちの死神だ、何度だって蘇ってやる)」

 

頭がおかしくなりそうだった。

眩暈がするほどの熱が喉の奥から絶え間なく噴き出す。

やり場のない苛立ちと不快感が血液を循環し、思考がそれだけで一杯になる。

説明が出来ない感情を止めはしなかった。

雪崩のように突き進む激情に身を投げる。

 

「ぶっ殺してやるよ露助」

 

今はとにかくコイツをぶっ殺したくなった。

 

 

 

 

 

 

「Я думал, что вы китаец... но... ну, вы японец. Значит, вы работаете на Макиму. Эта лисица(中国人かと思ったが…そうか日本人か。ということはマキマの手先だな、あの女狐)

 

「何言ってるかわかんねぇよバカ、日本語喋れ土人」

 

何でこいつが生き返ったのかは分からない。岸辺がちゃんと追撃をして完全にトドメを刺したはずだが…まぁ別にいい、死ぬまで殺せばいいだけだ。

 

「蟻」

 

そう呟くと魔人を囲むようにアリの悪魔が4体現れる。

槌の魔人相手では時間稼ぎにもならないが少しでも囮になればそれでいい。

 

四方から蟻の悪魔が襲い掛かり、俺も同じタイミングで駆けだす。

巨大な槌を振り回すあの膂力は危険だがそれ以外はあまり脅威ではない。

典型的な肉体スペックでゴリ押してきた戦い方だ。そういう奴は情報量を増やしてやればいい。

 

四方から同時に攻撃を加える。俺が斬りかかると同時にアリの悪魔も魔人に噛みつく。

それに対する槌の魔人は不動、槌を構えただずっと俺を見つめていた。

 

_____俺以外は眼中にないってか。

 

上等だ、一撃で殺してやる。

刹那の相対。それは一瞬の衝突だった。

リウシェンの一撃は魔人の胴体を斜めに深く切り裂いた。普通に人間ならばこの一撃は致命傷になるだろう。だが槌の魔人は違う。

 

___こいつ…わざと攻撃を受けやがった。

 

肉を切らせて骨を断つ、わざと攻撃を受けることで相手に隙を作り確実な一撃を叩き込む。

リウシェンの攻撃では死なないという強い確信を持っていないと出来ない戦い方だ。

 

リウシェンの鋭い一撃に耐えた魔人はその槌で出来た頭部を歪に曲げる。

 

「Иди к черту, желтая обезьяна.(地獄に落ちろ、黄色猿)」

 

左殴りの衝撃が全身に走る。

強い浮遊感と強い痛みが走り体が宙を舞う。

ゴロゴロと地面を転がりその勢いがなくなった頃には強烈な痛みが左手を襲った。

 

怪我を確認する。咄嗟にガードした左手は関節とは逆方向にねじ曲がっている、きっと骨も砕けているだろう。

 

…まだ大丈夫だ。全身の痛みはあるがまだ足は動くし右手も自由に使える。

血はだいぶ流れたが短時間なら戦闘も可能だ。

自分の限界は良く知っている、実の母に何でも教え込まれたからな。

 

それに魔人だって無事ではあるまい。

先ほどの一撃に加え、4体のアリの悪魔の鋭い牙が深々と魔人に刺さっている。

奴だって何度も蘇ることは不可能だろう、種も仕掛けもあるはずだ。

 

まだ希望を捨てていない俺をあざ笑うかのように槌の魔人がケラケラと笑顔を浮かべる。

 

「良いことでもあったかよ白猿」

 

言葉は通じなくとも意味は伝わったのだろう。

魔人は笑顔のまま左腕を前に突き出した。そして、自らの心臓めがけて左手を強く叩きつけた。

 

杭を槌で打ち込むような金属音がした。

 

そうすると魔人の傷が徐々に塞がり元の無傷の状態に戻っていく。

まるで初めから傷一つついていなかったかのように。

 

そうか、これで生き返ったのか。

だから自らの肉体を犠牲にしたカウンターを行えたのか。

 

だが種は分かった。キーは心臓だ。

心臓を強く叩くと怪我が治るならその心臓を抉ってやればいい。

それで駄目なら他の臓器も腕も足も全部そぎ落とす、それでも再生するならば再生できなくなるまで小さく分割してやる。不死身の奴なんて居ない、俺に殺せない奴なんて居ない。

 

脳内麻薬が過剰に分泌され痛覚はマヒし気分は最高。

根拠のない万能感が全身を支配する。

ピンチに覚醒してこそ主人公だよな。

 

アリの悪魔が一蹴される。でも別にそんなことどうでもいい。

 

急に眩暈がした、血を流しすぎたか。

思わず前のめりに倒れそうになった体を無理やり動かして一歩踏み出す。その低い姿勢のまま地を駆ける。

 

「Вы как животное.(まるで獣だな)」

 

力の入らない左手は項垂れ地面に弾かれながらもその速度を落とすことはない。

痛みを感じない事に今だけは感謝してやろう。

右回りに槌の魔人の周囲を駆けながら徐々に距離を狭まる。

もたつく足を気合で動かす、短期決戦だ。今だけ動けばいい。

 

その時、強い風が吹いた。

厚い雪と共に吹雪いた風は一瞬だけ視界を白く染める。

リウシェンも魔人もその隙を逃さない。

リウシェンは一気に距離を詰め、魔人はリウシェンから目を離さないように集中を極めた。

 

スピードに乗せた突きを繰り出すリウシェンに対し、魔人は先ほどと同じく攻撃を受けつつのカウンター。

先ほどと同じ光景で終わると思いきや、リウシェンが直前で青龍刀から手を放し槌に手をつきその表面でクルリと周り受け流す。

槌を振り終えた魔人とすぐに攻撃に移れるリウシェン。彼は素手でもその人間離れした腕力で魔人を無力化することが出来る。

まずは首を折る。脊髄を損傷すれば人の体は動けなくなる、その後すぐに両腕を引きちぎり心臓を抉る、あとはゆっくり解体してやればいい。

 

_____勝った。

 

「Ты думал, что выиграл ____, идиот.(勝ったとでも思ったか、このまぬけ!)」

 

魔人は槌を振り回した勢いのまま一回転する。無理にブレーキを駆けずにそのまま回転することでリウシェンの腕が魔人の首に届く前に体勢が整った。

あと一歩というところで魔人の槌がリウシェンの体を捉える。

後は勢いのまま振りぬくのみだ。

 

槌の魔人は自らの勝利を確信し、力の限りで槌を振りぬき______

 

「Ты проиграла, дрянь.(お前の負けだ、まぬけ)」

 

突如現れた岸辺が後ろから羽交い絞めにし、その動きを止める。

岸辺に身動きを封じられた魔人は抵抗もむなしくリウシェンの腕が魔人の首に届き__

 

二人にとって聞きなれた福音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

コンテナの外から見える景色は代わり映えのしない。

白く染まった針葉樹林は一つの生き物ように風に揺れる。

休みなく動き続ける鉄道は一定のリズムを刻み痛覚はそのリズムに合わせて楽しそうに踊り始める。

 

槌の魔人…いや、岸辺いわく魔人ではないようだが別にそんな事どうでもいい。

槌の魔人の脊髄を破壊した後は二人でいそいそと奴の体の分解作業をした。

 

細かく刻み、いくつかに分け、人間の形を失った頃に岸辺がストップをかけた。

発信機からの通信が途絶えた事により追手がここに向かっているだろう、だから逃げるべきだと。

 

満身創痍の二人で貨物ターミナルを抜け、なんやかんやで動いている貨物列車に飛び乗って今に至るが別に語るべき事は何もない。大事なのは俺達は銃の悪魔の肉片を無事に強奪して日本に帰る途中ということだ。

 

岸辺が煙草を吸う。プカプカとした煙と匂いがコンテナの中で蔓延した。

扉は開けているが換気を考えて設計されてないからか匂いと煙は一向に消えない。

 

「煙草の匂い嫌いなんすよ、我慢してください」

 

俺がそう言うと岸辺は驚いたような表情を浮かべる。

 

「お前…姫野とバディだったろ」

 

「あれは女だから我慢してた、でも別に野郎にどう思われても良い、臭いからやめろ」

 

煙草の匂いは嫌いだ、臭いし鼻の奥にツンとくるし、そして何より気取っているように見える。姫野先輩の前で煙草が苦手とは言えなかった、なんかダサい気がしたし。でも岸辺に嫌われたってどうでもいい。

 

「…身内に吸う奴は居なかったのか?」

 

身内は関係なくないか?変な質問だと思ったが無視するのも変だから答えた。

 

「居るから嫌いなんだ、いつも匂ってくる」

 

「そうか」

 

 

沈黙が続く。行きの飛行機では沈黙が気まずかったが今はなんてことない。

むしろ喋ると体の痛みが強くなる、岸辺だってきっとそうだろう。

岸辺が俺を…俺を庇…勝手に食らった一撃はモロに入っていた。きっと防御する暇もなかっただろう。今でこそ涼しい顔をしているが、槌の魔人を倒した頃はお互いずっと冷や汗をかいてボロボロだった。

 

「もしだ…もし、人間を良い方向に導こうとする化物がいたらお前は従うか?」

 

岸辺は煙草を外に投げ捨てるとそう話しかけてくる。

 

「は?」

 

「もしもの話だ。そいつの言うことを聞けば、もしかすると世の中はマトモになるのだとしたらお前は化物をトップに添えて良いと思うか?」

 

「…サイコパステスト?え~、また会えるから化物でいい」

 

「真面目に答えろ」

 

適当に返事を返したがどうやらそれでは駄目みたいだ。

岸辺の話はよく分からない、化物?なにが?

話をノンフィクションだと考えよう。人類を導く存在ってなんだ。

 

いや、まさかな。そんなわけがない。いやだって…嘘だろ。

 

 

導く存在、これは社会的な指導者だとすれば。

国の指導者は大統領、あるいは総理大臣。

人類のトップだと考えれば大国だろう、一番強い国と言えばアメリカ。

 

つまりこうだろう、アメリカの大統領は悪魔だ。

 

これならば話が全てつながる。なんてこった、ハリウッドでも映画しないような展開が現実で起こっているなんて。

う~ん、ぶっちゃけどうでもいいな。人類を良い方向に導きたがってるみたいだし、日本の事じゃなければどうでもいいし。

だからこう答えた。

 

「俺に害があれば許さない、害がなければそれでヨシ!」

 

岸辺は「そうか」とだけ答えると視線を景色に移す。

こいつって何かと「そうか」が多いな。それ以外語彙ないのかよアホジジイ。

 

「ここは良い、ネズミがいない」

 

岸辺はそれだけ言うと静かに目を閉じて、黙って目を閉じて、ずっと目を閉じて、しばらくすると寝息を立てた。

 

え、このナリで小動物苦手な感じ?

 

 

 

 

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