気分転換でもしようと、出かける前にシャワーを浴びていた。浴室のすぐそばの洗面台から、電話の着信の音が響いている。長々とシャワーを浴びるのも勿体無かったから、私はそのままお風呂場から出た。
タオルで全身を拭きながら、電話をリダイヤルする。2コール、3コール。話中の通知。何かあったのだろうか。髪を乾かしながら待つことにする。
数分もすると、もう一度電話がかかってきた。
「MEMちゃん、久しぶり。」
「あかね!アクたん知らない!?」
「…えっと、知らない、けど…なにか、あったの?」
突然の詰問にしどろもどろながらに答えると、MEMちゃんは小さく唸って、もう一度口を開いた。
「アクたんが、いなくなっちゃったの!」
「…え?」
言葉を理解することができなかった。フリーズした思考に追い討ちをかける様に、MEMちゃんは捲し立てる。
「昨日の晩か、今朝か…多分、昨日の晩にだと思うんだけど。ルビーと喧嘩したみたいで、今日ルビーを連れて謝りに行ったら、アクたん、いなくなってたって…」
言葉の意味を理解して、どっと汗が噴き出した。
いなくなった?どうして?どこに?
ぐるぐると思考が回って、私は言葉を失った。
「あかねなら、何か知ってるんじゃ無いかって思ったんだけど…」
「…ごめん、私も何も聞いてない…」
「…そっか。今、わたしの知り合いとアクたんの関係者に連絡取ってるんだけど、あかねも心当たりがあるんなら少し情報集めてほしいんだ。ごめん。」
「…分かった。探すよ。」
「…ありがとう。それじゃ、また連絡入れないとだから、切るね。」
「うん。」
ブツっと通話が切れる音がして、私はゆっくりと息を吐いた。
アクアくんの知り合い。少なくとも、有名どころはMEMちゃんが電話をかけているだろうし、私と彼の共通の知り合いで、MEMちゃんが連絡先を知らない…
私は電話帳から、1人の名前を探して、電話を掛けた。
「…お休みのところすみません、姫川さん。実は…」
簡潔に要件を告げると、ちょうど外出中だったと言う彼を近場の喫茶店へと呼び出し、私は急いでその喫茶店へと向かった。
「よう、黒川。」
気の抜けた声。からんからん、とベルを鳴らしながら入室する彼に、私は頼んでおいたコーヒーを差し出しながら本題に入る。
「今日は急にすみません。…姫川さん、アクアくんがどこに行ったか、ご存知じゃ無いですか?」
「星野アクアか?…いや、東京ブレイド以降、ほとんど連絡も取っちゃいないからな…」
ずず、とコーヒーを啜る姫川さん。おっ、このコーヒー美味いな、なんて呟きながら、息を吐く。少し思案しつつ、
「何かあったのか?」
「…それが…」
私はMEMちゃんから聞いた話を簡単に話す。姫川さんは納得した様な、していない様な。そんな微妙な顔をしていた。
「…よくある兄弟喧嘩の範疇じゃねぇの?何かが星野アクアの地雷を踏んで、だとか…そうさな、溜め込んだ何かが、妹の言動で決壊したか。あいつが碌でもないことを考えていたのはなんとなく知ってたし、大方それ関係だろ。」
「放っておけば、あいつも頭冷やして帰ってくるんじゃねぇの?知らねぇけど。」
そう言うと、姫川さんはもう一度コーヒーを啜った。
「…それじゃ、ダメなんです。」
「…なにが?」
「なんとなく、なんですけど…このままだと、アクアくんがどこか遠くに行ってしまう様な、そんな気がして…」
私がそう言うと、躊躇うように頭を掻いた姫川さんが、意を決したように口を開いた。
「…あぁ、そう言えば。」
「はい?」
「昨日の晩だったかな。駅前でキャリーバッグを持っている星野アクアを見たぞ。…妹たちには内緒にしといてほしい、なんて言ってた気もするが。」
「なんでそれを早く言わないんですか。」
「いやぁ、腹違いの弟の頼みを聞き入れても良かったんだが…後で黒川にバレたら面倒だろうしな。白状しただけだ。なんか、思ったよりも深刻そうなツラしてるしな。」
「…姫川さんを刺すことにならなくて、良かったです。」
「怖っ。最近の若い子怖っ。」
「…それで、どこに行くのかは聞いたんですか?」
「いや?土産だけ頼むって言っただけだ。どこに行ったかは知らん。」
「…使えない」
「使えないとはなんだコラ。」
「いえ、なんでも。」
「誤魔化すくらいしろ」
「いえ、それでは。私はこれで。」
「…はぁ、じゃあな。コーヒー代は俺が出しとくよ。」
「いえ、私の都合で呼び出したので、これくらいは。」
「あ、そう?じゃあついでにもうひとつ。」
「…なんですか?」
「墓参りに行くんだって言ってたぜ。なんかのヒントくらいにはなるんじゃねぇの?」
「そうですか。わかりました。ありがとうございます。」
私は席を立って、コーヒー代を支払ってから、店を出た。