喪失のその先に   作:黒糖煎餅

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歪な君の真実

墓参り…私は姫川さんから聞いた言葉を、頭の中で反芻した。

アイは施設育ちだと聞いている。母に虐待されていた、と言うのは私の推論…いや、資料を確認した際の状況を鑑みると、ほぼ確定のこと。そんな、アイを粗雑に扱ったであろう親族の墓参りを、アイのことが大好きなアクア君がするとは思えなかった。カミキの親族も然り、だ。そもそも、アクア君は復讐の過程でカミキの存在を知った。つまり、カミキの親族とは面識すらない。

…じゃあ、一体誰の?

思考に靄がかかる。不鮮明な箇所が何個も見えてくる。アイの子供。アイに対しての感情の抱き方。ルビーちゃんへの過保護なまでの態度。アイを通して見る星野アクアは、どう足掻いても歪だった。人格形成、基礎学力、対人折衝。どれを思い浮かべても、全てが歪だった。

 

およそ16歳とは思えないほどの思考力、洞察力。そして、時折見せる影の落ちた、別人とすら思う表情。そして、かつてデートの中で披露された医学知識…一般の人間が、しかも一介の高校生が語るようなものではないほどの完成度のもの。データとしては20年以上前のものであったけれど、独自の視点からの考察を交えながら論文を愉快そうに語る彼は、どこをどう見ても歪だった。彼から聞いた話では、今日あまで役者として再起する前は、五反田スタジオで裏方の仕事を学んでいたと言っていた。学業と映像編集の学習を両立し、尚且つ数十年前の医学論文を読み漁ることが可能か。否。いや、不可能とは言い難いが、やれる人間はほぼ限られてくるだろう。そして、10代半ばとは思えないほどの柔軟な対人折衝。踏み込むべきには踏み込み、逆鱗に触れてしまいそうな話題は避け、誤魔化し、のらりくらりと躱す。衝突が繰り返されるであろう若年期...いや、思春期特有の、他者への過干渉が、彼には欠片ほども無かった。まるで、患者のカウンセリングを行う医師のように、欲しい言葉を、欲しい行動を取る。そう、まるで、心優しいお医者さんのような…

ふと、脳裏に名前が浮かんだ。雨宮吾郎。かつて彼の妹…星野ルビーが遺体を見つけた、あの医師の亡骸。首から提げられていた名札に付いていた、『アイ恒久無限推し』のキーホルダー。

そして、

『あかねならあの死体を見つけてくれるんじゃないか』

の言葉。

彼は言っていた。知り合いだ、と。そんな訳がない。あり得るはずが無いのだ。白骨化した死体……しかも、野山から隔離された洞穴にあった彼の死体は、少なくとも死亡してから5年から10年…もしかしたら、それ以上の時が経過している。会話をした記憶があれど、幼児期健忘で記憶の定着は難しいはずだ。実際、私も10数年前のことをはっきりと思い出せるかと言われれば、否だ。精々、初めて子役として出演したドラマのタイトルくらい。正確な物語の筋書きなんて、覚えていない。

それなのに、アクア君は彼のことを事細かに語った。生まれの事から、目指していたもの。掴めなかった夢。なぜ覚えていられたのか。そもそも、赤の他人と会話をするという状況下で、大人が子供に自身の過去を詳らかに話すだろうか。無い。あるはずが無い。じゃあ、どうして?

 

浮かんだ考えが、ひとつひとつ、筋が通るように組み立てられる。乖離性同一性障害の兆候、並外れた知識量と、過去の事象への懐かしむような言動。そして、どこか草臥れた業界人にすら思える、のらりくらりとした対人折衝。時折見せる、大人びた表情。追い詰められていた私やかなちゃんに取ったらしい、踏み込みすぎず、でも確かにほしい言葉をくれる、欲しい行為をくれる、まるで病院の先生のような、人を救うための熱意の伴った行動。そして、『アイ』への並々ならぬ執着…それぞれが、僅かずつズレは生じるものの、その大部分がリンクする。

そんな訳がない。嫌な予感が脳裏をよぎった。非科学的な、ある一つの可能性が頭に浮かんで、私はスマホでニュースを調べた。

『雨宮吾郎 白骨化死体』

数十年も前の事件の記事が故に、発見後もそう大きなニュースにはならなかったようだった。警察は犯人を探す手がかりすら掴めなかった為に、被害者がいつ頃から音信不通になったのか、そして人柄を調べることくらいしかできなかったらしい。献花に訪れたらしい人の中に、雨宮吾郎の元患者らしい人へのインタビューの文字起こし記事が載っていた。

 

【『え?雨宮先生ですか?…うーん、なんと言ったらいいんでしょうかね(苦笑)。なんと言うか、物腰の柔らかい先生だったと思います。僕の病室に来ては触診をするでもなく、問診をするでもなく、ただずっと雑談をするんです。そうだなぁ、特に、明るい話をしてくれたかな。ほら、病気の時って思考がマイナス寄りになっちゃうじゃないですか。大体の先生は頑張りましょうね!とか、あなたならきっと大丈夫です!とか、勇気づける言葉をいっぱいくれるんですけど…あの人は、ちょっと違ってて。

『これがB小町だ!センターのアイはうんぬんかんぬん…』みたいな、布教?って言うんですかね。数年後にはもっとビッグなグループになってる。今から推せば、お前は古参としてドヤ顔ができる、なんて感じの会話ばっかりで。最初の頃は『何言ってんだ、こいつ。』って思ってたんですけど、いつの間にかそれが楽しみになっている自分も居まして。』

そう言って、彼は懐かしそうに目を細めた。

『それから二週間しないくらいかな。うん、確かそうだ。少し大きめの手術をする事になったんです。成功率は8割強くらいで、成功したらもうすぐ退院できる、って言われて、それが嬉しくて、雨宮先生に報告したんですよ。いつもみたいに、僕の病室にサボりにきた彼に、真っ先に。『先に家族に報告してやれよ。』なんて、呆れた顔で言われましたけど。それで、彼は言うんです。『退院したら何がしたい?』って。あぁ、そっか。退院なんだ。好きなことができるんだ、って思って、何がしたいか考えました。真っ先に浮かんだのは、雨宮先生の言っていたアイドルグループを見てみたい、だった。あの優しい先生がハマるのが、どんなアイドルなのか気になりましてね。それを言うと、彼は心底喜んでいましたよ。『じゃあ、願掛けがてらライブのチケットを予約してやる』なんて言って。ちゃっかり2枚。自分も行く気満々だったんですよね。で、一枚だけ当たって。すごく悔しそうな顔をしながら、僕が返そうとすると『いい。それは願掛けで買ったんだ。君の手術が成功するように、ってな。だから、それは君が持っててくれ。あと、出来たらアイのグッズ俺の分も…』なんて、カッコよく見えたのがどんどん馬鹿みたいに尻すぼみになって患者の僕にグッズをねだるのを見て、笑いましたよ。でも、それで術前の緊張なんてどこかに行ってしまって。手術が終わって、麻酔が切れて目が覚めたら、すぐそばの椅子に先生が座っていたんです。うつらうつらしてましたけどね。ぐらぐら揺れてた上に、倒れられて傷口開いたりした日にゃえらいこっちゃなので、すぐにナースコールで看護師さんを呼んで。看護師さんに怒られるのをのらりくらりと躱して、彼はこっちを向き直って言ってくれたんです。『病気が治って良かったな』って。…あそこまでひとりひとりに向き合ってくれる先生は、あの人以外に見たことがないですよ。まぁ、大きい病気なんてその時にしかしてないから、お医者さんと会う機会がほとんど無かったんですけど。』】

 

これ以降は有料記事となっており、全文を読むことは叶わなかった。

しかし、雨宮吾郎の人となりと、おおよその死亡時期…少なくとも、音信不通になった時期が分かったことで、私の中の妄想めいた考えは一つの確信に変わった。

 

「あかねなら、見つけてくれると思っていた」

 

当時は何を言っているのか理解できなかった。けれども、こうしてアクア君と雨宮吾郎の比較をすることで、漸く理解できた。理解し難い事ではあったが、こうでもしないと、星野アクアの歪さに説明がつかないのだ。

 

雨宮吾郎=星野アクアであり、そして彼は雨宮吾郎(前世)の記憶を持って生まれた人間なのだ、と言う事だった。星野アクア(雨宮吾郎)という男は優しく、他人に寄り添える人間だった。そして、その優しさが故に、復讐に走った。その優しい心に不釣り合いなほどの怒りを、復讐心を焚べて、命を燃やしてきた。その怒りの矛先が奪われてしまった。

生きる意味さえ失ったら、私はどうするだろう。誰も私を知らぬ場所で、見つかりっこないような辺鄙な場所で死にたいと思うのかもしれない。人知れず、穏やかに逝きたいと考えるのかも知れない。私は、アクア君の立場で、同じことが我が身に起きたら?と考えた。それだけを頼りに生きてきた道導が無くなってしまったら?焚べてきた怒りの炎が、行き場を失ってしまったら?不完全燃焼のまま、全てを投げ捨ててしまってもおかしいことはない、そう思った。

 

つまり、彼がかつての自分の墓前に向かったとしたら。

最期の時を、誰も知らぬ、かつての自分の故郷で過ごそうと考えたのなら。

 

 

アクア君が居るのは、宮崎県高千穂近辺。そう推察した私は、弾かれるように空港へ向かう電車へと走り出した。

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