葦名とルビコン3を往復していたら、気がつけば3ヶ月近く投稿をしていなかった。亀更新で申し訳ございません。
リハビリを兼ねて書き殴りましたが、推しの子本誌での厄病神の新設定で
「こいつ八咫烏とちゃうやろ」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、うるせぇ。しらねぇ。ここの世界線ではこいつは八咫烏だ。の精神で書き上げました。
楽しんでいただけたら幸いです
駆け出した。
なぜ、とか。
どうして、とか。
厄病神がなぜ彼女を知っているのか。そんな事、どうでもよかった。目の前に、天童寺 さりながそこにいる。
その事実に、堪らなく胸が震えた。
二度と叶わぬはずの再会。
何度、君を想っただろう。
何度、救えなかった事実に打ち拉がれただろう。
何度、君がどこかで生まれ変わって、幸せに暮らしてくれていればよかったと思っただろう。
逢いたかった。けれど、逢いたくなかった。
だって、さりなちゃんの魂がここにある。
現世では無く、常世の世界に。
彼女の生に二度目は無くて、これからも悠久の時を、このひどく殺風景な病室しかない世界で生きていくのかと、そう絶望した。
「…ごめん。」
君を救えなかった。
君が楽になれる言葉をかけてやれなかった。
君の心を、守ってあげられなかった。
「…ごめん。」
俺なんかが、二度目の生を受けた。
君が座るべき席だった。人生と呼ぶには短すぎる道を歩んだ君にこそ、二度目の生は相応しかった。
我慢していたことをたくさんやって、美味しいものをたくさん食べて。友達と遊んで、そして、好きな人ができて。
君が歩めなかった、普通の人生。この命は、君にこそ相応しかった。
「…本当に、ごめん…っ!」
顔を見ることができなかった。顔を見たら、もう、耐えられる自信がなかった。
「…せんせ。」
ベッドに横たわっていた彼女が、ゆっくりと体を起こす。
「ちょっと、お散歩しようよ。」
優しい声色。君に手を引かれるなんて、初めての経験で。
「…わかった。」
俺は、そう返すしかできなかった。
病院の近辺。なだらかな丘を散策する。そよそよと吹く風が頬を撫でた。心地よさそうに頬を緩める彼女と対照的に、俺は少し居た堪れない気持ちだった。
その人生をほとんど病室で過ごした彼女は、外の風景をほとんど知らない。彼女が連れて行ってくれるのは、殆どが病院の周りか、まだ発症する前に行ったことがあったであろう、商業施設の風景ばかりで。それも、ところどころが曖昧な造りだった。
「ね、次はせんせの知ってる所、連れて行ってよ。」
「…わかったよ。」
彼女の手を取り直し、今度は俺が少し前を歩く。
山や海、川。
せめてこの時だけは、彼女の知らない景色を見せてあげたい。全てが、泡沫となると分かっていても。
「きれい…」
初めて見る景色に、君が、あまりにもきらきらと目を輝かせてくれるから。
「いいなぁ。」
ぽつり、彼女が呟いた。
「…っ」
彼女の羨むような言葉に、殴られたような衝撃が脳髄を襲う。
「ね、せんせ。今度はさ…」
彼女がこちらに向き直って、楽しそうに笑顔を零し…そして、その顔から喜びが消え失せる。
「なんで、泣いてるの…?」
ギリギリだった。なんとか、平静を保っていただけだった。俺のギリギリだった心に強く、そして残酷なまでに言葉が突き刺さる。
ぽろぽろと涙がこぼれた。
「なんで、君じゃなかったんだろう。」
「…え?」
彼女の表情に困惑が滲む。眉を八の字にしながら、彼女は不安そうにつないでいた手を握りなおした。
「俺なんかじゃなくて、君が星野アクアとして産まれていたらよかったんだ。」
君なら、きっと真っ当な人間に育ってくれただろうと思う。アイの死すらも、妹と…ルビーと、きっと一緒に支え合って、立ち直ることは叶わなくても、あいつの手を引っ張って、ゆっくりと、一歩ずつ。足取りは不確かでも、きっと前に進んで行けたのだろう。
誰よりも優しくて、誰よりも格好いい…妹と喧嘩なんてしなくて、悩む妹のそばで、きっと手を引いて、夢へと導いてあげることができたんだろう。俺じゃなければよかった。君が。君こそが。第二の生を受けるのに、相応しかったのに…!
「…せんせ。」
ぎゅっと、抱きしめられた。
細い掌。華奢な腕。自分の身の丈より、だいぶ小さな、少女の体。
「わたしは、嬉しいよ。」
首元に顔を埋めながら、彼女は言った。
「一度死んじゃって、もうわたしの知ってるせんせの声じゃなくて、わたしの知ってる格好もしていなくて。けど、わたしを見てすぐに、くしゃくしゃに顔を歪めてくれた。わたしの残せた生きた印なんて、殆どなくってさ。それでも、せんせの中にわたしがいた。せんせの世界に、わたしを置いてくれていた。それがね、堪らなく嬉しいの。」
わたしを忘れないでいてくれて、ありがとう。
そう言って彼女は、再び俺の手を引いた。
「行こっか。せんせには、待ってる人がいるもんね。」
そう言って、彼女は再び歩き出す。
「ね、せんせ。」
暫く歩いた後、歩みを止めた彼女が呟いた。
「わたしのこと、忘れないでいてくれて、ありがとう。」
『わたしのこと、ちゃんと、見つけてね。』
緩く握られていた掌から、彼女の温もりが消える。刹那、周りの景色が白に染まる。
そして、目の前に厄病神が現れた。
「さて、感動の再会もここまでだ。そろそろ…」
「…なぁ。」
「なんだい?」
「…俺の代わりに、さりなちゃんを…」
「無理だね。不可能だ。人の…心という器に一度魂という水を注ぎ込んだ。別の魂を注ぎ込めば、自我が保てずに廃人になってしまうよ。君の願いは尤もかもしれないが、それはできない。」
「…そうか。すまない。」
「…気を落とすことはない。そもそも、現世に同じ魂は二つ存在できないのだからね。」
「…どういう、事だ。」
だって、さりなちゃんはここに居る。
「彼女は、死と言う運命を背負うには幼過ぎたんだ。本来であれば、徐々に迫り来る死の気配…それなりに歳を取ってから感じるべき恐怖を、彼女は幼い頃から常に感じていた。動かなくなる体、軋む骨。痩けていく頬、骨張った体。首元に纏わりつく、死の気配。耐えきれなかった彼女の心は、二分されてしまった。」
彼女は、天童寺さりなの一側面。生を諦めた、天童寺さりなの壊れた心の残骸だ。
「本来、形を成すことすら難しいはずだ。彼女の状態なら、なおさらね。壊れた心に、魂は残らない。欠けた花瓶に水を注いでも花瓶としての役目を果たせないように、壊れた心では魂を繋ぎ止めておくことはできない。」
はずだったんだけどね。いやはや、彼女の想いの強さには呆れるばかりだよ。そう疫病神は続け、こちらを見た。
「君は、愛されていたんだね。壊れた心の器を、もうこれ以上、壊れてしまわないように。彼女の中から大切な記憶が消えても、それでもなお、君だけは忘れたくなかったんだろう。」
もう一度、君と会いたい。それだけが、彼女の望み…いや、心残りだった。
「さて、何の話だったか…いや、そうだね。君の知りたいことを端的に伝えてあげよう。先ほど、天童寺さりなの魂は二分されたと言ったね。片割れが今の君があった彼女。生に絶望し、君との思い出に縋るようにいた彼女だ。なら、残された彼女の片割れは、どこに居ると思う?」
「…あっちに、居るのか?」
「あぁ。そう言うことになるね。」
「そうか…」
「生きる理由がもう一つ、見つかったね。」
厄病神はふわりと笑みをこぼして、こちらに向き直った。
「どうかな?少しは私のこと、見直してくれたかい?」
「…少しだけ、な。だが…お前は、なんで俺を助けたんだ?」
「簡単な話だよ。神様は暇なんだ。世界を作ったはいいものの、それ以降は暇だった。人間を観察することしかやることがなくて…そのうち、それが趣味になった。その時々にお気に入りの人間ができて、その子たちを導く役目をおおせつかったのが、私こと八咫烏と言うわけさ。大神は、君の母親…星野アイを大層気に入っていてね。星野アイに子宝が来て、さらに熱が入ってしまった。つまりは、星野家の箱推しだったんだよ、我が主神がね。だから私は君たちの前に度々現れたし、誤った道に進もうとする君らを諌めようとしたんだが…逆効果だったらしい。まさか、この導きの神たる八咫烏が厄病神扱いとはね。」
そう言うと、厄病神…いや、八咫烏は引き攣った笑みを浮かべ、その後こちらに向き直る。
「我が主神は、神木へしかるべき罰を与える算段をつけていた。殺した命の重みに自分の価値を見出す彼を、できる限り無様に、滑稽に殺すおつもりだった。だからこそ、君たちには復讐なんて考えてほしくなかったんだけど…」
私が口下手なせいで、申し訳ないことをしてしまった。
そう言って、こちらに頭を下げる。
「…後悔はある。やり直せるなら、やり直したいとすら思う。復讐に囚われ、大切なものを見失った。大切な人たちを傷つけることを、些事だと断じて、傷つけた。けど。」
ミヤコさんがいて、有馬がいて、メムがいて、あかねがいて…ルビーもいる。
「罪滅ぼしとは言え、会えないと思っていた2人に会わせてくれた。それだけでも、十分だ。俺のこの、復讐に捧げていた十数年は、それだけで報われた。」
全て終わって、その後にアイに会えたら。さりなちゃんに会えたら。それ以外、何もいらなかった。けど、アイにもあえて、さりなちゃんにも会えて、その上、残してきた大切な人と共に、もう一度生きることができるのなら。それはきっと、幸せなことだと思うから。
「だから、言わせてほしい。…ありがとう。」
「…ふふ、君はやっぱり、人たらしだね。人ならまだしも、神である主神や、私でさえたらし込んでしまうなんて。」
ありがとう。その言葉が聞けただけで、私も救われる。そう言って彼女は、俺の背中を優しく押した。
「…欠けた心は、温もりを求める。愛を求める。彼女に会ったなら、君の思いの丈をぶつけてあげて欲しい。それは、友人でも、ミヤコでも…アイにさえ、その空洞は埋めてやれないだろうから。君が、君こそが、その欠けた心を、唯一埋められるものを持っているのだから。」
私の推しのこと、任せたよ。
願わくば、太陽の加護があらんことを。そう言って微笑む八咫烏の嫋やかな笑みを最後に、俺の意識は途切れた。