喪失のその先に   作:黒糖煎餅

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慚愧

お兄ちゃんが行方を眩ませて、おおよそ四日。

明け方になるまで寝付けず、ソファにて仮眠を取っていた。ミヤコさんにはベッドで眠る様に窘められたけど、深い睡眠をとるために横になるたび…寝具の性能がいいばかりか、一度眠って仕舞えば中々目が覚めなかったのだ。どれだけ恐ろしい悪夢を見ようと中々起きられないというのは、わたしの精神をじわじわと蝕んでいく。その点、ソファでなら眠りは浅い上に、寝心地の悪さ故か悪夢を見るたびに跳ね上がる様に起きることができた。

今日も今日とて、ソファで仮眠を取っていた。ソファのある仮眠室から一つ離れた事務所の方からはパソコンの光が漏れている。恐らく、ミヤコさんだろう。目も醒めた所だし、ミヤコさんにコーヒーでも淹れてあげようと事務所の扉を開けて、給湯室へと向かう。ケトルにお湯を入れて沸かし、コーヒーのフィルターにコーヒーを入れて、お湯で豆を蒸らして…

そうしてコーヒーを淹れていると、事務所の方で電話が鳴っていた。2回、3回。繰り返されるコールにミヤコさんが応答して、少し掠れた声で電話を取る。

仮眠明けで掠れた声が、少し間伸びした口調で話していた声が、通話をしている間に、焦燥を帯びた声に変わっていくのが分かった。

なにか、お兄ちゃんの情報でも入ってきたかな、と思いながら、お湯を注ぎ入れていく。

出来上がったコーヒーを持って、ミヤコさんへと持っていく。

「…ええ、そう。ありがとう、黒川さん。…ええ。貴方もゆっくり休んでちょうだい。疲れも溜まっているだろうし…。本当に、うちの息子がごめんなさいね。…ええ、ええ。ほんとうにありがとう。ゆっくりお休みなさい。」

 

「…あかねさん?」

「…ええ。取り敢えず、行くわよ。」

「行くって、何処に?」

「アクアの居る、病院。」

 

アクアのいる、びょういん。

びょういん…?

病、院。

どっと汗が噴き出す。

悪い想像だけが続いて、最悪のケースが頭を過ぎる。

「車を出してくるわ。…ルビー、服と財布だけ準備しておいて。」

「…うん、わかった。」

ミヤコさんは上着だけ羽織って、車を取りに階下へと向かって行った。

わたしは言われた通りに何日か分の着替えとお財布をキャリーケースに詰め込んで、玄関先で待つミヤコさんの車に乗り込んだ。

「…お兄ちゃんは」

「…宮崎の病院にいるわ。黒川さんいわく、海に身投げをした、と。」

「…身投げ、って…」

アクアの症状を訪ねるわたしに、ミヤコさんは言葉を詰まらせながら、慎重に言葉を選びながら言葉をつづける。

「…はっきり言うなら、自殺未遂…って事に、なるんでしょうね。」

言葉を濁しきれなかったのか、ミヤコさんは諦めたように息を吐いた。

「バイタルはある程度安定しているそうよ。けど、どうにも意識が戻ってこないって事だったわ。」

「それって、植物…」

「言わないで。…認めたく無いのよ、そんな事。幼い頃から育ててきた私の子が、自殺未遂をして、その上意識が戻らないなんて…」

「…ごめん、なさい。」

わたしの軽率な一言に、ミヤコさんは微かに苛立ったような声を上げた。焦燥した彼女にかけるべき言葉ではなかったと反省し、口を噤む。

「…とりあえず、飛行機の時間まであまり余裕はないわ。急ぐわよ。」

「…うん。」

重苦しい空気の中。明け方の曇天の下をただ揺られながら走ることしかできなくて。

兄の無事を祈るしかできない。

久しく感じなかった無力感に苛まれながら、空港へ向かった。

 

飛行機とタクシーを乗り継いで病院へと向かう。なんの因果なのか、お兄ちゃんがいる病院は宮崎県らしい。

渇きに疼く喉を鳴らし、ひとつ息を吐いた。

ミヤコさんも無言のまま。慰めの言葉も、安心をさせる言葉も。そのどれもが私の罪悪感を、何もできない虚無感を刺激するとわかっているのだろう。ただ、時折優しく手を握ったり、頭を撫でてくれる。その優しさが温かくて、とても辛くて。もっと、責めてくれたなら。少しは、気が楽だったとも思うのに。

 

「…到着しました」

おおよそ半日ほどか。夕焼けが瞳を灼く。思わず眉を顰めながら、支払いを済ませたミヤコさんと歩き出す。

もう二度と見ることも無いだろうと思っていたあの廊下を。

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