喪失のその先に   作:黒糖煎餅

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喪失 2

生物学的父子関係99.9%。そう記された紙を見た時、体から力がどっと抜けた。膝が笑い、視界は揺れ、まともに立つことすらできなかった。へなへなと腰を下ろしながら、俺は事実を反芻する様に呟いた。

「父親が、死んだ。」

「父親が、死んだ。」

「カミキヒカルが…アイの仇が、死んだ。」

頬を抓る。鋭い痛みが走った。

思い切り腿を叩いてみた。甲高い音と共に、痺れるような痛みが走った。

痛みが、痺れが。目に映るDNA鑑定の証書が、復讐の終わりを告げた。

「は…はは…っ!」

乾いた笑いが漏れた。復讐は果たされた。他人の心を踏み躙り、最愛の家族の闇を晒し、妹からの罵詈雑言も拒絶も全て超えた先で果たすつもりだった復讐は、俺の素知らぬところでいつの間にか終わりを告げてしまった。

何だったんだ。俺のこの十数年の痛みは。苦悩は。苦痛は。後悔は。慚愧は。全てをアイツにぶつけるつもりだった。全て失った先で、枷となっていた己が全てを、全て奴にぶちまけるつもりだった。怒りを。アイを守れなかった不甲斐なさも。アイに伝えるべきだった親愛も。

俺から最愛を奪い去ったカミキを、俺の手で殺すはずだった。そうすることだけが、アイへの償いだった。

復讐だけを目指して生きていた俺が人生に絶望するには、これだけで充分だった。震える体を支えながら、俺は自分の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

からっぽになってしまった。生きる指標がなくなって、生きる意味も、アイを失ってからはとうになかったんだと思う。守らなければと思っていた妹とは疎遠で、俺を好きだと言ってくれた彼女の思いを踏み躙った。よくよく考えてみれば、人として最低だ。

自覚してしまった。もう、俺に生きている価値など、部屋の片隅の塵ひとつ分もないのだと、そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

暫く部屋でぼうっとしていると、ガチャガチャと玄関の扉の開く音がした。ルビーだ。ただいま、と気だるげに帰宅時の挨拶をしたまま、「お風呂、おっ風呂〜!」と楽しげに歩いている。キシキシと床が軋み、一目散に洗面台へと向かっていく。開戸の閉まる音がして、数秒。再びけたたましく開戸が放たれ、不機嫌そうな足音が部屋の前で止まる。

「あのさ。家にいる方がお風呂掃除とかやるって約束だったよね?今日収録で私疲れてるの。分かってたよね?なんでお風呂掃除すらされてないの?嫌がらせ?サイアクなんだけど!」

キンキンと耳につんざく怒号が響く。最近のルビーはいつもこんな感じで。食事は別々で取るようになった。リビングに俺が入るとそそくさと部屋を出るようになった。ミヤコさんの前だけでは、別人のように猫をかぶっていたが。

「ねぇ、聞いてるの?」

余計なことを考えていると、部屋に足を踏み入れたルビーが目の前にいて、きっと睨みつけられていた。普段の柔らかな雰囲気は鳴りを潜めていた。眉間に皺が寄っている。キッと吊り上げられた眼差しからは、苛立ちや嫌悪感が滲み出ている。

「…悪かった。」

素直に謝罪をした。ルビーは苛立ちを隠そうともせずに舌打ちをする。

「…もう良いや。私、今日はMEMちゃんの家に泊まるから。」

そう言うと、最低限の着替えだけを部屋から持ち出したルビーは早足で家から出て行った。

追いかける気力も出ない。これだけ嫌われたんだ。もう、昔のようには戻れない。俺は、最低限の荷物をまとめて短く置き手紙だけを残して、家を出た。

 

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