喪失のその先に   作:黒糖煎餅

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束の間の安堵、押し寄せる焦燥

朝。昨晩の曇天はどこへやら、と言った様子で、空は青々としていた。カーテンの隙間から差し込む光が眩しくて、思わず顔を顰める。隣で眠っているルビーの瞼は少しだけ赤い。応急処置で瞼を冷やしたりはしてあげたけど、それでも少しだけ腫れは治らなかったようで。夜に眠りながら泣いたのか、鼻筋にはうっすらと涙の跡があった。

あぁ、あたしの弟もこんな感じだったなぁ。喧嘩して怒って部屋を出るくせに、夜中にはこっそりあたしのベッドの中にいて、背中に縋り付くように眠っていたっけ。起き抜けに謝ってきた弟を思い出しながら、あたしはルビーの頭をゆっくり撫でた。

「大丈夫だよ、ルビー。アクたんは、ぜったい許してくれるからさ。」

サラサラの髪を堪能したあたしは、朝食を作るべく寝室を後にした。

 

 

 

 

「おあよ…」

瞼をこすりながら、ルビーが起床した。

「あぁもう、髪の毛ぐしゃぐしゃだし…ほら、顔洗ったらこっちおいで。髪梳いてあげるから。」

「ぅん…」

そう言うと、ルビーはうつらうつらとしながら洗面所へ向かって、顔を洗い終えてからあたしの足の上に腰を掛けた。

「楽にしてなよー。」

手櫛で軽く髪をほぐしてあげる。そして、櫛を使って、細部まで、丁寧に…

「…にしても、ルビーの髪はサラサラだねぇ…」

「そお?褒められちゃった」

にひ、とはにかむルビー。

「普段、いいとこのシャンプー使ってるんだ?あたしのシャンプーじゃこうはならないもん。」

「んー?シャンプーは家族で共用だよ?」

「なん…だと…」

「無印?のシャンプー。ミヤコさんが好きな匂いなんだって。」

無印の1300円位のでこの髪なのか!?うぅ、羨ましい…3000円のシャンプー使ってるあたしより髪綺麗なのずるい…

「髪終わった?」

「うぇっ?」

「…?櫛、動いてないから」

「あぁ、ごめんごめん!ちょっと意識飛んでたね…もうすぐ終わらせるから。」

「ううん。髪梳いてもらえるの、なんだか嬉しいから。」

MEMちょ、お姉ちゃんみたい。

なんて、可愛いことを言ってくれるルビーに庇護欲をそそられながら、あたしははいはい、と適当に話題を逸らしながら、ルビーの髪を梳く。一通り終わって、いいよ、と言ってあげると、ルビーは小さくあくびをした。

「気持ちよくてうとうとしちゃった…」

おぉぅ、この天然人垂らしめ。愛いのう、愛いのう。

「それなら良かったよぉ。」

抱きしめたい感情を抑えつつ、あたしは朝食を作るべく立ち上がった。とは言っても、簡単なサラダとフレンチトーストだけだから、ルビーが身支度をするまでに出来上がる。

「ほら、ご飯食べよ。」

「うん!」

ルビーの前には三枚のフレンチトーストと、申し訳程度のサラダ。ルビーは大きな瞳を爛々と輝かせながら、嬉しそうにフレンチトーストを頬張り始めた。

「ゆっくり食べな。喉詰まらせちゃうよ?」

「フレンチトーストおいしー!」

にこにこと嬉しそうに笑いながら一枚目のフレンチトーストを平らげたルビーは勢いを落とすことなく、そのまま朝食を平らげた。

「お腹いっぱい…」

すっかりと温くなったホットミルクを啜りながら、ルビーは満足げに息を吐いた。

「そりゃよかった。それじゃ、アクたんに謝りに行く準備しよっか。」

あたしの言葉に頷いたルビーは着替えをするべく、荷物の置いてある寝室へと向かって、あたしが洗い物を済ませる間に着替えを済ませてきた。

「じゃあ、行こっか。」

「…うん。」

少しだけ俯いたルビーは、不安げな声を漏らしながらあたしの後ろを歩き始めた。

 

 

 

 

 

4月初頭といえど、朝の気温は昼間に比べると寒い。漸く昇り始めた朝日が、あたしとルビーの影を細長く伸ばしていた。ルビーは平静を装っているようだけど、言葉の端々が揺れている。他愛のない話で気を逸らそうとしてみても、きっとアクたんへの罪悪感で頭がいっぱいなんだろう。家の玄関の前で俯くルビーの背中に手を置いて、ゆっくり摩ってあげる。

「大丈夫。大丈夫だから。ルビーがそんな顔してたら、アクたんも不安になっちゃうよ。」

だから、笑顔。

そう言うと、彼女はゆっくりと笑顔を作った。

「そう。その笑顔だよ。」

あたしの言葉に頷いたルビーは、家の扉を開けようと、鍵を玄関に差し込んで…

 

 

 

「アクアっ!」

不意に開いた扉が、ルビーに直撃した。

ミヤコ社長の焦った顔に、なにか悪いことが起きる。そんな、直感めいた不安があたしの中で渦巻いた。

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