喪失のその先に   作:黒糖煎餅

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届かない声

鍵を捻った瞬間、外開きのドアが勢いよく開け放たれる。

避けなきゃ、と思うのも束の間、わたしに勢いよくぶつかった。ごん!と鈍い音が響く。咄嗟に右腕で防いだけど、衝撃を受け止められるわけもなく、後ろによろめいた。顔を上げると、そこには血相を変えたミヤコさんがいて。

「アクアっ!?」

その表情に、痛みすら忘れて、言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

「社長、アクたんに何かあったんですか…?」

戸惑いながらもMEMちょが言葉を投げかける。ミヤコさんは荒い息を吐いて髪をかき上げながら、

「こんなところで話す話じゃないわね…MEMさんは事務所の方に来て。ルビーは、リビングに置いてある手紙を見ておいて。あなた宛のものだから。」

そう言って、事務所の中へと入っていった。

恐る恐る家の中に入って二階への階段を登ると、リビングには暗い空気が張り詰めていた。机の上には二つの便箋が置かれている。『ミヤコさんへ』と、『ルビーへ』と書かれた封筒が置かれている。ミヤコさんの方は既に封を切ってあって、わたしへの封筒には手はつけられていないようだった。

 

わたしは封筒へとゆっくり手を伸ばし、止められていたシンプルなシールを剥がして、恐る恐る中身を見た。

 

『ルビーへ。』

便箋に記されていた文字は、ほんとうに少なくて。

 

 

 

 

 

『こんな兄貴で、ごめんな。』

 

 

 

文字は少しだけ震えていて、便箋は少しだけふやけて、乾いていた。わたしが傷つけた。わたしが、おにいちゃんの心を殺してしまった。わたしが。わたしが。わたしの短慮が、優しいお兄ちゃんを、ここまで追い込んでしまった。

じわりと視界が歪んで、目尻に溜まった涙が、硝子を滑る雨粒のように流れ出した。

泣くな。泣いちゃダメだ。

お兄ちゃんを傷つけたわたしが、泣いちゃダメだ。震える体を抱きしめた。

「おにいちゃん…おにいちゃん…!」

言葉は次第に嗚咽に変わって、流れる涙の勢いは増していった。便箋のインクが滲んでいく。

 

くしゃくしゃになってしまった便箋を眺めながら、わたしは謝ることしかできなかった。

右腕の痛みだけが、鈍く響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別に、嫌いなわけじゃなかった。

けど、小さい頃は、少し浮世離れをしていたお兄ちゃんのことは苦手だった。けれどママのことになると目を輝かせていたお兄ちゃんは、とてもまっすぐな目をしていて。あぁ、この人は悪い人ではないんだろうな、と、幼いながらに思った。

面倒臭い妹だったと思う。ほんの些細なことで喧嘩をした。確か、お兄ちゃんの方がママに抱っこされているのが長かったとか、ママに撫でられているのが多かったとか、そんなくだらない理由。それに、今思えばすごく生意気なことを言っていたものだと、そう思う。わたしが機嫌を悪くするたび、お兄ちゃんは困ったように…呆れたように、笑っていて。それで、いつもおやつをくれた。それも、ママの手作りだった気がする。お兄ちゃんだって食べたいはずの、ママのクッキー。ケーキ。バレンタインにもらった、小さな生チョコ。わたしが欲しいと言わずとも、お兄ちゃんはそれらを少しずつ分けてくれていた。

「ないしょだぞ。」

なんて、ぶっきらぼうな言い方をしながら。

ママが死んでしまってからは、喧嘩の回数が多くなった。お兄ちゃんなんてだいっきらい!なんて、昔はよく言っていた気がする。その度に、お兄ちゃんはすごく辛そうな顔をしていたっけ。喧嘩の後はお兄ちゃんは自分の部屋に戻ってしまって、わたしが何を話しかけても、一言も返してくれなかった気がする。ママがいなくなってしまった夜は、ひどく孤独で。隣にいたはずの二つの温もりがないのが、怖くて、仕方がなかった。夜な夜な扉を開けると、お兄ちゃんは扉に背を向けるようにして眠っていて。わたしは、お兄ちゃんの布団に潜り込んで、お兄ちゃんに謝った。聞こえてないのに、ズルかったなぁ、とは、思うけど。翌朝には、お兄ちゃんの方から謝ってきて、それでわたしは、機嫌を直すふりをした。よかった、また許してもらえた、って、そう思ったことを覚えている。

 

ねぇ、お兄ちゃん。まだ、謝ってないよ。

ごめんねも、ありがとうも、まだ言えてないんだよ。

 

 

 

 

 

 

わたしがこんなこと、言える立場じゃないって分かってる。あれだけ冷たくあしらって、何を今更謝るんだって思われる事をしたのも、分かってる。

でも…でも…!

 

 

「…かえって、きてよ…っ。」

 

 

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