かまくらぐらし   作:とくめ一

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※第一話のみオリ主の希死念慮的表現がございます。ご注意ください。

また、第7話以降は不定期気まぐれ更新です。





社畜、過労死する。

 

 

 ──死にたい。

 

 ……いや、違うか。

 あながち間違いではないが、正確でもない。

 

 俺はもう全てを放り捨てたいのだ。

 毎日毎日激務激務激務。徹夜泊まり込みは当たり前。

 一日の睡眠時間は多くて約三時間だし、そこまで必死に働いて浴びるのは喝采でも感謝でもなく叱責である。不景気のせいなのか給料も決して多くはなく、それでも、というかだからこそ碌な貯金もないのだから、ここを辞めたらきっと生きていけないと思った。

 

 しかし残念ながら俺は世界で一番不幸というわけではないし、誰かに頼ったって迷惑をかけるだけ。

 

 だから堪えるしかない。

 堪えて、堪えて、耐え抜けば──

 

 ──……耐え、抜けば?

 

 耐え抜けば、何があるのだろう。

 学校を卒業してこの会社に入ってから友人たちとは連絡を取らなくなってしまったし、元々恋人は愚か、孤児の俺には血縁者すらいない。

 

 『生きていれば必ず良いことがある』なんて、俺にとっては残酷なほどに無責任な言葉だ。だってそのあるかも分からない『良いこと』までに、どれだけの苦しみを飲み下せばいいというのだろうか。それを肩代わりしてくれたこともなく、和らげてくれたこともない人間が吐くそんな言葉なんて、苦しみを長引かせたいだけの綺麗事にしか聞こえない。

 

 このまま生き抜いてやりたいことがあるというわけではなく、趣味や夢があるわけでもなく、未来への希望や楽観なんてものももうとっくに死んでいる。

 

 では、ならば。

 俺は何のために生きているのだろうか。

 

 ……その答えは簡単だ。『死にたくないから』である。

死にたくない(・・・・・・)し、生きていたくもない(・・・・・・・・)

 死を恐れる生物としての本能と、人間としての絶望。その二つを天秤にかけて、勝ったのは生物としての本能だったわけだ。

 

 ……なんて格好つけた言い方をして、本当は、つらいこと全部から逃げ出したいだけなのだけれど。

 

 これが弱さだという自覚があるから。

 俺に勇気がないなんてことはとっくに知っているから。

 何も出来ない俺への愛想も尽きているから。

 

 今日も俺は、逃げ出すことが出来ないまま毎日を繰り返し続けている。

 

 

 あぁ。

 優しさに包まれて、幸せに包まれて、眠るように死にたい。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 頭が割れるような、というのはきっとこの痛みのことを言うのだろう。

 頭痛自体はよくあることだが、流石にこの痛み方、は、少し、おかし────ッ!?

 

 ぐにゃりと世界が歪んで、座っている筈なのに、座っていた筈なのに、ぐるぐるぐにゃぐにゃと融けるような視界とそれに伴う浮遊感に襲われては自分が今どこに体重をかけているのかすらも分からない。

 

 そんな視界のせいなのかそうではないのか。急激に胃の奥から這い出てきた酷い不快感に堪えきれず胃の中身を外にぶちまけるが、碌に食事を摂っていないお陰か固形物はほとんどなく、胃液と血液が大量に出ただけだった。

 

 どうやらおかしいのは視界だけではないようで、誰かが何かを言っているのは分かるが 、滲んだ絵の具のように不明瞭なその音を俺の脳はもう言葉として処理出来なかった。

 

 全身の筋肉に力が入らなくなっていくのを感じながら、それでもやはり頭の中を内側から食い破られるような痛みは相変わらずで。

 

 

 

 ──あ。これ、しぬ?

 

 

 

 脳内を『いたい』と『くるしい』が満たす中かろうじて回った思考はそんな答えを導き出して、しかしそれに何かしらの感想を抱く前に、俺は意識を失った。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 目が覚める。

 俺は先程の頭痛の前と変わらず椅子に座っており、しかしこの場所は絶対に会社ではない。

 

「……俺は……死んだのか……?」

 

 そんな疑問を口に出すが、ここが俺がいた世界とは全く別のもっと異常で清浄な空間であることは脳より先に感覚が理解してしまっていて。

 不思議と焦りも動揺は愚か、感情の動きも特にない。

 

 まぁ多分、あの状況だと死んだんだろうな。

 

 元々惰性で生き永らえていたからなのかどこか他人事のように予想をするが、一方で別の感想も拭えなくて。

 

 

 ──なんだ、こんなに簡単だったのか。

 

 

 喉元過ぎれば……というやつなのかもしれないが、思ったより苦しくはなかったな。

 それにしても、死んだという予想が正しかったとしたらここは一体どこなのだろうか。

 

 とりあえず一応何かないかと辺りを見回そうとした、その時だった。

 

「フルーツ……?」

 

 状況に疑問符を浮かべる前に俺の目を引いたのは、目の前の皿に乗った、ブルーベリーに似た一粒の小さな実である。

 何故先程まで気付かなかったのだろう。……いや、これは俺が目覚めた時目の前にあったのか……?

 

 まぁ、この現実離れした状況でそんなこと一々考えるだけ無駄か。

 

 そう思考を放棄して、改めて目の前の果実らしきものを観察する。ブルーベリーとは違い色が白く渦巻き模様なあたり食べたらヤバそうだとは思うのだが、それにしても何かに似ているような……?

 

 ……あぁそうだ、『ONE PIECE』に出てくる悪魔の実だ。

 懐かしいな、俺が就職する前だから……六年前くらいに完結したんだっけ。当時はジャンプの週間総売上額が過去最高だとか、時代の区切りだとか、一つの伝説が完結する瞬間だとか、めちゃくちゃ騒がれてたな。

 当時大学生で元々単行本集めてた俺からしてもあのラストは心に刻まれたし、最後の盛り上がりと言ったら……。あの頃は楽しかったなぁ、懐かしい。

 

 と、過去を懐かしんでいるところで皿の横にメモが置いてあるのを発見した。

 

『食べずに帰るか、食べて変えるか。』

 

「帰るって、」

 

 どこに。

 

 考えるまでもない。

 ここから帰る場所なんて、あの現実(じごく)に決まっている。

 

 そう脳が回路を繋げた瞬間全身の細胞が粟立つような感覚で背筋(せすじ)が震え、俺は思考する間もなく目の前の実を噛まずに飲み込んだ。もう、あそこに戻るのは嫌だった。

 

 何か変化は、と確認する前に襲ってきたのは、徹夜慣れしている俺ですら抗えないような急激な眠気だ。

 

 薄れだした意識の中で俺は『目覚めて現実に戻ってるとかやめてくれよ』なんて心の底から、祈るように考えるのだった。

 

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