モネ様との食事が終わり、どれほどの時が経っただろうか。
俺は
「どうしてこんなことに……」
□■□
モネ様と食事をして、若様とのランダム遭遇を予告され酒に逃げた俺は、分かりやすく呑み過ぎた。
いや、上司とはいえ信頼している相手と呑むのが久々で、ついペースを上げすぎたと言った方が正しいだろう。
モネ様と楽しく会話を続けて、値段に見合った美味しい料理をつまんで、次から次へと酒を呑んで。
一緒に呑んでいたモネ様の顔色がほとんど変わらなかったこともあり、俺は自分の酒への耐性がどれほどか、すっかり忘れていたのである。
「も、モネ様?」
「ん、なぁに……?」
「…………はわわ……」
──そう。
俺は、ザルだった。
無意識の内に思考が鈍くなったりはしているのかもしれないが、顔色も変わらないし、酒による体調不良や二日酔いなどなったことがない。
前の世界で行われた飲みの席での飲み比べなど、この体質故に場をしらけさせてはいけないと参加すら極力控えていた程だ。
そんな俺の酒の強さを知らないモネ様が俺にペースを合わせたら、そりゃあ潰れてしまうのも当然だろう。
しかしまさかモネ様が、酔いが顔色に出ないタイプとは……!
「モネ様、その……歩くことはできそうですか?」
「……はこんで、くれる……?」
「わッ、かり、マシタぁ……」
返事からして歩けないようなので、これはどうにかして運ぶしか無いだろう。
とにかくタクシーまで……と考えかけて、この世界に車がほぼ存在しないことを思い出した俺は頭を抱えた。本当にどうしよう。いやどうするも何も全部俺がやるしかないか。
決意を固めた俺が店員さんを呼び会計を済ませようとして「料金はファミリーの
運ぶって、どうやって運ぶんだ。
いやこの場合の運び方など抱えるか背負うかだけども、背負うのはマズい。何とは言わないが当たる。万死。
ならば抱えるしかないわけだが、その抱え方が問題だ。
まぁ俵抱きは当然無いとして、あと思いつくのは……、お姫……………………待て。落ち着け。昔自動車学校で意識の無い人間を後ろから運ぶ方法を聞いた気がする。確か脇の下に手を通して、足を引きずりながら…………いや駄目だろ。
モネ様のおみ足がギャリギャリになってしまうし、仮に
となると、残るのは…………
………………うん、酒が回ってるな。駄目に決まってるだろ。少なくとも上司(女性)の抱え方ではない。
……やはり、いい加減腹を括るしか無いらしい。
口を開いて、閉じて、止まって。それから深く息を吸って、俺は漸く言葉を吐き出した。
「モネ様。僭越ではございますが、安全に休むことのできる場所まで抱える形でお連れしても?」
「……ええ。かまわないわ」
「申し訳ございません。ではこちらの上着をお持ちいただきたいのですが……」
「? 別に良いけど……?」
「ありがとうございます、それでは失礼いたします」
「っ、!?」
そう言ってモネ様の膝裏と背中を支えると、俺はそのまま彼女が机に脚をぶつけることのないよう気を付けながら両腕を持ち上げた。
つまり、その、所謂、“お姫様抱っこ”である。
正直に言うと様々な感情──主に申し訳なさ──を発散するため今すぐこの場でのたうち回りたいが、ご不快な思いをされているだろうモネ様を前にそんな醜態を晒す訳にはいかないと、俺はどうにかその衝動を抑え込んだ。
「あまり見られたい姿でもないでしょうから、よろしければその上着で顔をお隠しください」
「……ありがとう」
モネ様の顔を見られないまま少し早口になってしまった言葉に一言礼を言って、モネ様は俺のスーツの上着を被った。
……アルコールとは無関係に赤くなる顔は、どうにか見られずに済みそうだ。
□■□
そうして周囲の視線を気にしないよう脳内で念仏を唱えながらやってきたのは、王宮の執務室に併設されている仮眠室だ。
俺の家にお連れするのは論外として、ホテルやモネ様のお宅にお連れしたところでこの状態では鍵も閉められないかもしれないと考えた結果、ここが一番安全だと判断したのである。
仮眠のための部屋ということで防音仕様になっているのもここを選んだ理由ではあるが、何より、流石に若様がいらっしゃる王宮内でファミリーの幹部に手を出そうとする自殺志願者はいないだろう。
「モネ様、」下ろしますね。
と言いかけて、すうすうとほんの僅かにモネ様の寝息らしきものが耳に届いた。
……寝てる? モネ様が?
モネ様がまだそこまで信用している筈もない俺を前に眠ってしまったことに何となく違和感はあったが、モネ様とて人間だ。店を出る前からぼんやりと眠たげにされていたし、うっかり眠ってしまうこともある。何もおかしいことはない。
……でももしかして、思っているより俺は信用していただけている……とか、そんなわけァねェか。
一瞬思考の波に浮き出た予想を自嘲的に沈めてモネ様をゆっくりとベッドに下ろし、ブランケットをかける。
そうしたらこれまで動揺と念仏で抑えられていた感情が濁流のように流れ込んできて、オーバーヒート気味だった脳の一部が急速に冷えていって。
「どうしてこんなことに……」
頭を抱えたまま吐いた深いため息の後に漏れ出た声は、我ながら弱々しくて情けないことこの上無い。
「絶対ェ明日朝一番でモネ様に謝罪しよう……」
モネ様を起こさないようぽつりとそう呟いて、俺は執務室を出るのだった。
「──フッフッフ、手は出さなかったか。命拾いしたなァ」
「え」
□■□
できる限り音を立てないように閉じられたらしい扉の音を聞き、室内に人の気配が無いのを確認して、それから静かに上体を起こす。
……最後の、テストのようなもののつもりだった。
無意識らしく私に褒め殺しのようなことをするあの男の様子は、演技をしているようには見えない。
加えてどれだけ素性を洗っても本当に何かしらの組織の影は出てこなかったことやあの態度、そして彼をファミリーに推薦した男の話からして恐らく脱走奴隷か何かだろうとは思っているが、だからと言ってそう簡単に信用はできないわけで。
所謂
だというのに、どこかに連れ込むわけでもなく、私の家の場所を探るわけでもなく、わざわざ王宮の仮眠室まで──それも、あんな風に運ぶなんて、まったく、本当に。
「……馬鹿な人」
呟いた声が思っていたよりずっとあたたかい温度だったのが何となく恥ずかしくて、今度は本当に眠るためにもう一度ベッドに横になる。
このまま、酒が抜けるまで眠ってしまおう。
──口元が緩むのも、きっとアルコールのせいだもの。