我儘な天使 作:多様性の獣
「ヒーローを目指しているのですね」
「────…え?」
小さなラウンドテーブルと、その上に置かれた食器の数々。白で統一されたそれらには、豪奢で無くとも惹かれてしまうような美しい甘味が、東洋西洋の区切り無く置かれている。
その光景を挟んで向かい側に座っている天使様は、お茶会の最中にそんな事を口にした。私はこの教会でそれを口にした事は無いのに、天使様は柔らかく微笑みながら、お茶を一度口にして。
「あなたの弛まぬ努力を、主も、私も見逃しはしません。弱者を救済するため、人を頼れぬ強者を支えるため、あなたが粉骨砕身の努力を積んでいる事はよく知っています」
ゆっくりと諭すような、我が子に愛を注ぐような声音が、今だけは私だけに向けられている。そんな風に思ってしまう自分を律する事も出来なくて、ただ幸福感だけが胸を揺らす。
「きっと険しく、困難な道となるでしょう。教会の門戸が閉じる事はありません。あなたが雄英を目指す間も、ヒーローになってからも、いつでもここにいらしてください」
「ぁ、ありがとう、ございます……」
私という信徒の中の一個人でしか無い者にすら目を向け、あまつさえその目標や信念までを見抜いてしまう。まさに主の、神の御傍付きの天使のような、人智を超えた上位の視点。
そう呼ばれるだけの智恵をもって、天使様は私の背を押そうとしてくれている。
彼女こそ現代の、現実の天使なのだと、そう声高に吹聴する者は多い。その意見が弾圧も糾弾もされず、今も信徒が増える一方なのは、やはりそう思わせてしまうだけの威光があればこそ。
「……天使様は、何もかもをご存知なのですね」
故に、私は納得が行かない。決して納得出来ない。そんな熱情を胸に、テーブルに手を突いて立ち上がる。
「社会の現状を憂い、ゼロからこの教会を立ち上げ、今も弱者の救済のために身を粉にして……ですが、それでは誰があなたを救うのです?」
その威光のみを見て、等身大の彼女を見る者はきっと少ない。全てが完璧に出来てしまうのだろうと、もう何もかもを理解出来ているのだろうと、そう信じ切っているから。
私とて、天使と呼ばれる彼女を信じている。しかし彼女だけを盲目に信じている訳では無い。私には私の信仰があり、私の柱は彼女だけでは無いのだから。
「先程天使様が仰った通り、私は弱者の救済だけで無く、強者を支える事を目指しています。そのためにヒーローを志しているのです。そして、あなたは私が支えたいと願っている強い御人の一人なのです」
真っ直ぐに天使様を見つめてそう伝えれば、天使様はくすりと一つ笑みを浮かべて瞳を細める。そんな表情の変遷ですら全てが美しく、神々しい。
同時に、私は自身の浅慮を恥じていた。まだまだ未熟な子羊でしか無い私が、目の前の聖者に一体何を説いているのだろうと。釈迦に説法とすら言えるような行為を、私は真面目にしてしまっていた。
「ありがとうございます。ですが私もただ徒に滅私に身を置いているのでは無いのです」
天使様はそんな私を叱る事も、窘める事もせず、静かにそう呟いた。受け取れる訳も無いお礼の言葉に思わず机から手をどかそうとして、しかし天使様の手がそれを阻む。
「私にも目標が、夢があるのです。あなたがヒーローになる事を夢見るように、私にも焦がれてしまう夢が」
「天使様の、夢……」
「えぇ。そしてもし、あなたが私の事を支えたいと、助けたいと思ってくださっているのなら……」
私の手が机から離れないように覆っていた、天使様の小さな手。その白い肌と細い指が、私の指を捕まえる。絡め取られた指がきゅっと固められて、思わず顔を赤くしながら天使様の方を向けば、青い瞳が私の瞳だけを見据えていた。
蛇に睨まれた蛙、と言うにはあまりにも多幸感に溢れ過ぎた感覚。瞳を通して心まで射抜かれたかのような感覚に浸っている私を置き去りにして、天使様は一息置く事もせず話を続ける。
「あなたにも、そのお力添えをして欲しいのです」
「わた、しが……天使様の、お手伝いを……?」
そこからは、何を話したのかも朧気で。ただ「私に出来る事なら」と頷いて、天使様がその返答に微笑みを返してくれたのが妙に嬉しかった事と────
「ありがとうございます、茨さん」
そう再三のお礼を言う天使様の頭上で回る光輪が、妙に頭に焼き付いている。
塩崎茨の背を見送って、僕は冷めたお紅茶を一口飲む。うん、やっぱり温かい方が美味しいな。
────…じゃなくて、現実逃避なんてしてる暇無いんだ。今は状況の整理をしないと。
あの子、多分僕の信徒って訳じゃ無かったな。確かに僕の事を好いてくれているし、天使様として敬ってくれてはいる。ただそれはそれとして心の芯に僕が置かれてる訳じゃ無い。
多分これも僕の個性の条件の一つだ。心が強い人、或いは僕より先に心の中に信を置く何かが存在している人。そのどちらか……いや、どちらも僕の個性は効き目が悪いんだろう。
ハイロゥと相手の精神状態、僕が直接関わる事。この三つが天使による洗脳発動の条件。三つの条件が課されている上で尚、この個性は使い勝手が良過ぎる。あのオール・フォー・ワンがハイエンドなんぞに与えている理由がわからないくらいに。
まぁそこは正直考えても仕方無い事だし、今は手駒が増えた事を喜ぼう。何とか雄英内部の情報を持って来てくれる人材が欲しかったから必死にスカウトしてみたけど、上手く行って良かった良かった。
本当ならもっと沢山の情報を抱える事になる人間、出来れば教師を一人くらいは引き込みたいけど、そうなるとイレイザーヘッドの存在がネックになる。彼に関わって個性使われようものなら何が起こるかわからないし、最悪の場合教会解体なんて事態も有り得る。
そうなれば今までの準備がパーになってしまうのだから、出来る事なら雄英のお話に深入りする事はしたくない。
の、だけど────
「何か変わってたりしたら困るしなぁ……」
そもそも僕の今までの行動すら、原作開始までに起きたイベントの年数を基準にしたものだ。そこが変わるかどうかはわからないけど、教会の存在で開始後に何かが起こる可能性はある。
────…原作を知ってるってだけで未来がどうなるか見える訳でも無いし、先の事がわかんないなんて今考えれば当たり前の事か。慎重に動く事を念頭に、僕は僕に出来る事、やりたい事をやれば良い。
手始めと言うには大物だけど、血狂いマスキュラーの動向でも追ってみようかな。
・天使ちゃん
どうにか塩崎茨を味方に引き込んだ。頑張って説得したは良いものの、塩崎茨の方は殆ど聞こえていなかった様子。
教会の内情や信徒から見た天使の様子などの閑話とかいります?
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教会の内情
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信徒から見た天使
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どちらもいる
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どちらもいらない