我儘な天使   作:多様性の獣

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事実上の最終回。この先は思い付いたら書くかもしれないし、興が乗ったら連載になるかもしれない。


出立

 ハイエンド生活、二日目────

 

 そう、二日目。僕はあの後も続いた長ったらしい会話を聞いている内に意識を失ってしまって、目が覚めたら魔王とドクターはいなくなってた。だから二日目かどうかもわからないけど、まぁ何となく二日目って事にしておく。

 

 せめてこの部屋に時計の一つでもあれば違ったんだけど、置かれていたとしても狭いガラスケースの中でろくに身動きを取れない状態じゃ、見るものも見れない。僕がケースに触れないように動かせるのは、せいぜいが指先、それから顔が少し下を向くくらい────…ってので思い出した事が一つ。

 

 僕、女にされてしまった。

 

 いや決していかがわしい意味では無いし、何ならこの言い方も大分間違ってはいるけど。どうやって確認したかは、まぁ……うん。ちょっと下向いて見覚えのあるものが無かったり、その逆だったりしたら、そう認識せざるを得ないとは思う。

 

 覚えている限りの僕という存在は、間違いようも無く男だった。黒寄りのグレーな会社に勤めるギリアラサーな一般人で、有名なものを少し齧る程度のサブカル好き。それが僕という個人であり、そう面白味の無い人間だった。

 

 それが今や推定女性で、水槽に閉じ込められた実験動物と化している。酷い話だ。僕はまだ自分の顔すら確認出来てないのに、既に人生……人生?ハードモードなのが確定してるんだから。

 

 このまま実験動物としてここに留まったっていつ壊されるかわかったものじゃない上に、たとえ壊れなくてもいずれ始まる決戦で使い潰される運命。

 

 かと言って逃げ出したとしても逃げ切れるとは限らないし、逃げ切れたとしてもその後の生活とかは保証されない。そもそもここから出た後の僕は住所不定無職どころか戸籍すら存在しない訳で。

 

 ……なんか詰み過ぎて泣けて来たな。

 

 まぁどんな目に遭うにしたって、悪役側にいるってのは御免だ。悪役がみんな嫌いという訳では無くても、自分が悪の側に立ちたいとは思わないし、つまりこの状況も好ましくない。

 

 脱走するか、二日目にして。

 

 逃げ切れるとは限らないと言ったけど、嫌なものは嫌だ。逃げ切ってこの世界を謳歌出来るならそれはそれで良し。逃げ切れず処分されてこの悪夢が覚めるならそれもそれで良し。もし夢じゃなかったら、そりゃ死なないように足掻くけれども。

 

 今のままじゃ生を謳歌する事も出来やしない。ガラスケースの中で運用開始を待つなんて以ての外。こうして現世に産まれたのなら、好きに生きたって良いはずだ。

 

 思い立ったが吉日、まずはガラスケースに腕を伸ばす。そう広くも無いからすぐに指が触れるけど、正直この程度なら内側から破れると思う。今の僕はハイエンドな訳だし、分厚いガラスを突き破るくらいのパワーは素であるはずだ。

 

 そもそも脳無自体が命令を聞くだけの人形だったし、その進化形のハイエンドの管理であってもそう強固なものじゃ……ってのは希望的観測が過ぎるな。あの魔王様の事だし、その辺も抜かりなさそうで困る。

 

 と、それはそれとしてまずは一撃。ガラスを殴った事なんて今まで無いからどんな加減が必要かはわからなかったけど、取り敢えず狭いケースの中で振るえるだけの精一杯で殴り抜く。

 

 するとめしゃりとあまり気持ち良くはない音が鳴って、ケースに大きな罅が入った。同時にケースの外ではけたたましい警報が響き渡る。やれ『第四ケージに異常発生』だの『検体68番の隔離を開始』だの────…いや後者は不味いな。

 

 すぐにもう一撃を入れて罅を穴に変えれば、外ではケースを囲うような壁が床から迫り上がって来ている。邪魔くさい管やマスクを引きちぎって体ごとガラスにぶつかると、それでようやく通れるだけの穴になった。

 

 下から迫り上がる壁を足場にして跳んで躍り出たケースの外は、想像していたよりずっと辛気臭い部屋。水の中からじゃ感じ取れなかった暗さは、すぐにでもこの場を離れたいと思わせるだけの居心地の悪さを孕んでいる。

 

 周りを見れば第四ケージなんて言われてた割にケースの中身はどれも空っぽ。それこそ僕が入っていたものとその隣以外は全部が空で、どうやらこのケージは僕で二人目だったらしい。

 

 よくよく見てみればその隣のケースの中身というのも、どこかで見覚えがある姿だ。確か【ニア・ハイエンド】だったかな。ハイエンドよりも思考能力が低いって扱いだったと思うけど、じゃあ僕はなんでこいつの隣に入れられてるんだ?

 

 犬のような姿をしたそいつは僕と違って管に繋がれてるとかも無くて、ケースに備えられた液晶には【28%】と書かれている。この個体はまだ完成してないみたいだ。気になって僕のケースの方を見れば、隔壁で液晶も隠れてしまっていた。

 

 ────…いや、待てよ?僕がこのケージの二人目の実験体で、ケージは第四。僕の識別番号は68番だから、恐らく他三つのケージには22体ずつの脳無がいるはずだ。

 

 好意的な見方をすればその内の何体かが、これは流石に無いだろうけど酷ければ他66体全てがハイエンド、或いはニア・ハイエンドの可能性もある。幾ら自分が強いとわかってたって、あんなのと戦うのは真っ平御免だ。

 

 ……強いかどうかはまだわかってないな。

 

 とにかくここから逃げ出そう。扉は幾つかあっても窓は無いし、ここが地上か地下かもわからない。動き出すなら早め早めにしないと、そもそもこの部屋を出れるかもわからないし。

 

「おや、外出かな?」

 

 って事でまずは目の前に見えてる扉から出てみれば、早速地雷を踏んでしまった。扉を開いてすぐ前にいた人影は、多分今一番会ってはいけない人物だったから。

 

 何本ものパイプが繋がった工業地帯のようなマスクと、体の至る所に装着された補助器具のような機械。アームで吊るされた点滴のようなものもあって、その様は重病人にも見える。

 

 それでも、そんな姿を目の当たりにしても、心が掻き乱されるみたいな漠然とした不安感に包まれた。その男は僕が知る姿より確実に弱っているのに、僕が知るよりずっと強大に見えたから。

 

「フフ、そう緊張しなくても良い。少し話がしたいだけなんだよ、68番」

「……僕は、話す事とか無いです」

 

 不味い、口が滑った。絶対ここで会話なんてしない方が良かったのに。個性とかはきっと使われていないけど、どうしても口を止められなかった。魔王様の圧ヤバい。

 

「ほう……既に対話が可能なのか。これはただ学習が早いって訳でも無さそうだ」

 

 案の定だ。ここで変に興味を持たれたら、尚更逃がして貰えなくなるのに。どうにかして興味を失って貰うとか、何かしら理由を付けて逃がして貰うとか……いや無理だな。この人がそんな性格してたら原作であんな事起きないしな。

 

 仮にこれが夢じゃなくて、本当に僕はハイエンドになっていて、目の前の男含めた悪党に造られた存在だとしたら。そうだとしたら確かに、造り出して貰った恩はあるのかもしれない。

 

 だったらどうする?大人しく使われる?それこそ無理ってものだ。こんな所にいたくないし、兵器みたいな扱いだってされたくない。力があるのがわかってるなら戦うのも吝かではないけど、それを確認するための行為すら怖い。

 

 そもそも、悪役の味方をするのは嫌だ。

 

「さて、それで何の用があって培養槽を出たのかな?」

 

 だから、この質問への回答を外す事は出来ない。何か、何か無いか。外に出ても問題無くて、意識して止める程でも無くて、スルーしたって計画に支障は無いと思わせるような理由は。

 

「……少し外の空気を吸いたくて、散歩に」

 

 いやダメだなこれ。

 

「そうかい。今の時間だと大分暗いだろうから、足下には気を付ける事だ」

 

 あぁダメだ終わっ────…ん?あれ?良いの?何かあるとかじゃないの?いや、あるに決まってる。このド鬼畜野郎は何も無しに実験動物を見逃す奴じゃない。ちょっと探りを入れるくらいなら大丈夫だろう。多分。

 

「い、良い……んですか?」

「あぁ、良いとも。それとも何かな、散歩では無く脱走でもする気かい?」

「……」

「フフ……嘘が下手な子だ」

 

 本当にね。どうしてこんなに正直者というか……憚らず言うなら僕は馬鹿になり過ぎてないか?少なくとも人間だった頃はもっと上手く誤魔化せる奴だったし、今みたいな状況でももう少しマシな話が出来るくらいには含蓄があったはずだ。

 

 あれか?精神年齢は肉体年齢に引っ張られる的な。ハイエンドにも適用されるものなのかな。だとしたらこの体は何歳だ?いや、そもそもこの体に年齢や性別なんて概念があるのか?

 

 さっき狭い視界で体を確認した時、確かに僕は自分を女だと確認出来るような部位があった。肌は白かったけど、脳無に見られる白さじゃなかった。黒くないのに僕はハイエンドなのか?でも僕をハイエンドと呼んでいたのはこいつらだ。

 

 じゃあ、僕は元からこういう設計って事だ。だって眠る前に聞いてた話では二人共僕の外見には言及してなかった。それか僕が目覚めるより前にその話は終えていたとか。

 

 だとしてもだ、僕は少なくとも分厚いガラスを水中からぶち破れるくらいのパワーはある。この体の元々の筋力は知らないけど、肉体は強化されてるって事で良いと思う。

 

 ……尚更わからなくなって来た。少なくとも僕はそんなハイエンドを知らない。作中でこれに似た要素を持っているのは、それこそ最終章の死柄木(しがらき) (とむら)くらいだ。果たしてあれを死柄木と呼んで良いのかは謎だけど。

 

「君は学び、育つ事が出来る。そうなるように造った。その特性を活かして、外を見て周ると良い」

「それを……許すんですか?」

 

 聞き覚えのある低音は心地好いはずなのに、くつくつ聞こえる笑い声が妙に不気味だ。空間そのものが目の前の男に掌握されてるみたいで、背後に広がっている部屋よりずっと気分が悪い。

 

 けど、許しは得た。僕の再三の質問にオール・フォー・ワンは頷いて、大仰な素振りをしながら道を開けて、手で促す。こいつに背後をくれてやるなんて、これ以上怖い事も無いだろうけど、今は仕方無いと割り切って横を通る。

 

「選択権は君にある。善を往くか、悪を成すか……それも君が決める事だ」

 

 通り過ぎる直前に放たれたその言葉は、やっぱりどうしても胡散臭い。そんな甘言を実現させる理由がこいつにある訳が無いし、そもそも何をどうしたってこいつの事を信じる事はしない。

 

 何かがあるはずだ。僕を造るだけの何か、僕を外に出すだけの何か、自由を与えるだけの何かが。僕がこの男の掌から抜け出すには、それを知る必要がある。けど、今はとにかく手札が足りない。

 

「……有難く決めさせて頂きます。いずれ、ね」

 

 だから、この機会を利用させて貰おう。しばらくは掌で踊ってやろう。九代目と魔王が勝敗を決するあの戦争を乗り越えるため、今は我慢に我慢を重ねる時だ。

 

 まずは手札を、私兵を、仲間を集める。幸いイベントのタイミングはわかってるんだ。僕のヒーローアカデミアは珍しくハマった作品だったから、展開はそれなりに覚えてるぞ。

 

 こっちはお前の策なんて大体知ってんだからな!六……四割くらい!!




・ハイエンドちゃん
自分の性別に気付き、直後に脱走を開始。初手でオール・フォー・ワンに出くわしたものの、何故か脱走を許された。絶対に訳ありだとはわかりつつも、取り敢えずその甘言に乗り、カウンターのための手札を用意しようと目論む。
流石に夢じゃねぇなと薄々わかってはいる。
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