我儘な天使 作:多様性の獣
あの戦いから早二年。僕も随分と衰え、そろそろ本腰を入れて次代を造る必要が出て来た。良い機会とは思っていたが、まさか既に人語を解するようになっていたとは。これは早々に軌道を変えていて正解だったようだ。
検体68番。68体目の実験体であり、11人目の【マスターピース】候補者でもある。当初その特異な個性からマスターピース候補として実験を続けていたが、その途上で死亡。故に脳無の素体に回した失敗作でもあった。それが────
「……あぁまで化けるとはね」
「何を冷静に言っとるんじゃ!逃がしてしまったんじゃぞ!?あの子は先生の────」
「あぁ、わかっているとも。だからこそだよドクター。彼女は転換点、
幸い個性の適応率はマキアに迫る程に高く、増強系や僕が持っておく訳にはいかない特殊な個性も搭載し、個性を含めた性能だけで見るなら、他のハイエンドより上を行くものに仕上がったと言えるだろう。欠点は肉体強化の不足程度のもの。
が、それまで。どこまで行ってもあの個体はハイエンド、脳無でしか無い。一度死を迎えた時点で僕のマスターピース足り得ない、命令に従い戦うだけの人形だ。そのはずだった。
しかし彼女は目を覚ました。いや、目を覚ます前から生きていた。生き返ったと言っても良い。起動していないというのにドクターは脳波を観測し、事実、機能を停止し専用の機器によって維持されていただけの内臓が、何も手を加えなくとも機能を再開していたのだから。
「彼女は人だ。人に成った。死んで人ではなくなったはずが、今は生きて、自らの思考に則した行動を取ろうとしている。産まれ直し、成長し、自立を終えようとしているんだよ」
今朝彼女を視た時点で、既に僕の計画は塗り替わっていた。あと数年、短くとも三年は掛けるつもりだった。彼もその頃には次代を見付け、継承を終えているだろう、と。
だが彼女のお陰で計画の大幅な前倒しが可能だ。後はいつか来る終末まで、彼女達の成長を促してやれば良い。弔も、そして彼女も、魔王を継ぐだけの素養を持っているのだから。
「……結局、68番ちゃんにするのか?」
「弔の成長次第、といった所かな。確かに彼女は良い。主軸は既にそちらへ切り替えたし、余程が無ければそうなるだろう。ただ────」
ただ、弔には悪意がある。彼女にあるかもわからないそれは、弔の中で煮え滾り、燃えている。それがあるからこその人間であり、悪だ。かつて弔に見た魔王の素養は、今も朽ちてなどいない。あの子が候補から降りる事は無い。
故に、弔の悪意が花を咲かせたなら、きっとそちらになるだろう。彼を王に据え、やがて彼自身が僕となる。その時こそ彼女の力も輝くはずだ。仮にどちらが欠けようと、この計画に支障が出る事は無い。
「────…二人の成長が楽しみだ」
或いは二人共が揃っていた時のために、今から弔には帝王学でも教えておこうか。
「くちゅんっ!?」
風邪でも引いたかな。いや、大方あの外道共が僕の話をしてるに違いない。「フフ……あの子はいずれ戻って来るさ……」みたいな事言ってそうだし。
それはそれとして、ハイエンド生活も二週間目に入った。住所不定戸籍無し血縁関係無しの三重苦だけど、幸運な事に衣食住は素晴らしい方法でクリアした。それも誰かから奪う訳でも、誰かを脅す訳でも無い方法だ。僕は今────
「あの……大丈夫ですか?」
「あぁいえいえ!問題ありません。さ、あなたも祈りましょう。きっとその痛みも、主が救ってくださいます」
とある教会を乗っ取って、人々を救済する天使の真似事をしている。
理由を話せば至極単純、ただ単に僕がここに転がり込んだってだけだ。乗っ取ったというのも、幸いな事に僕が打って付けの個性を持っていたから、それでお金稼ぎをさせて貰ってるに過ぎない。
あれは二週間前の事。その時の僕は魔王に見逃されて山奥の地下にあったらしい施設から這い出たばかりで、右も左もわからない状態。服も身に着けてないし、靴も無いから石いっぱい踏むし、自分がどんな姿かもわからないしで散々だった。
普通なら人を頼るべきなのだけど、残念な事に布一枚すら無い状態で人前に出る勇気は僕には無い。そうして寒空の下途方に暮れている所を、山の麓にある田舎町の人間が見付けてくれた。
彼は全裸の僕を見てまず「天使だ」と口走った。正直そんな倒錯的な発言をする奴に見付かった時点で僕の人生は終わるのだと思ったけど、どうやらその彼は神職だったようで、僕の姿が天使に見えたのも本当の事だったらしい。
そう言われてしまえば自分の姿が気になったものだけど、当然外で「僕ってどんな顔してるの?」とは聞けない。その場は「あなたの祈りが聞こえました」とか何とか言って、一先ずは僕が天使であると信じ込ませ、雨風を凌げる場所に案内させた。
外を上着一枚で歩くスリルは二度と味わいたくない────…と、それはそれとして。そうして案内された男の家で、僕はようやく自分の容姿を確認する事が出来た。
肩甲骨辺りまで伸びた白髪と、昼の青空に夜の星を撒いたような碧眼。色白な肌をした体は起伏が少なく、背丈も150は越えてない。これが自分じゃなければ手放しで褒めていた美少女っぷりだけど、僕が気になったのはそこじゃなかった。
一番の興味は頭の上。見ようによってはハイロゥにも見える輪っか、光の円盤のようなものがそこにあった。純白の光で出来たそれは僕の頭より一回りは大きい円を縁として、その中に更に円が幾つか収まっていて、中には大小様々な歯車のようなものが回っていた。
中でも大きめの幾つかが噛み合い回って、その周囲で小さいものが回転している。時計というよりジンバル・コンパスのような、それこそ触れれば回転するんじゃないかという形。
だからまぁ、興味が湧いて触ってしまったのだけど……いや、止そう。これは話すべき事じゃない。ただ言えるとすれば、この輪っかを触ると物凄く擽ったい。脳みそに指を入れられているような、けれど不快感は少ない擽ったさだ。
とまぁ、こんなものが頭の上に浮いているものだから、天使と勘違いするというのも────…無いな、普通は。ただ僕を見付けた彼は相当に敬虔で、あー……少しばかり夢見がちというか、そんな感じのちょっぴり残念な男で。
だから「この町の人間は信仰心が足りません」とか「地脈が悪いので引っ越しましょう」とか、適当な事を言って山の麓を離れる事を提案すれば、彼はすんなりと手続きを終え、僕を連れてさっさと町を離れるばかりか、行き着いた先でこじんまりとした教会まで建ててしまった。
ここまで来れば流石の僕も何かがおかしいと疑い始める。幾ら何でもイカレ過ぎじゃないか、と。その疑念が確信に変わったのは、教会に客が訪れてからだった。
敬虔な男……なんて名前だったかな。まぁ良い、仮に信徒Aとしよう。信徒Aと僕が出会ってちょうど一週間、今の街に引っ越して来てから四日が経った日。教会に二人の女性が訪ねて来た。聞けば二人は親子であり、悩みがあったのだそう。
仮にも教会な訳だし悩みくらい聞こうか、と殆ど気まぐれで話を聞いていたら、適当に頷いているだけで「天使様……」だの「これ、御布施です。どうか受け取ってください」だのと言い出した。これには流石に仰天して、しばらく目を白黒させていれば、信徒Aは「流石は天使様だ」なんて言って僕を褒め称え始める。
チヤホヤされるのは嫌いじゃない。ただ、謂れの無い事で持ち上げられるのはただひたすらに不気味だった。頷いてただけでやんややんやと言われるのは辛い。だから僕はその理由を探そうと思い立ったのだけど、探すまでも無く理由は転がっていた。
この世界は僕のヒーローアカデミアという作品の世界だ。僕を造り出した奴らの存在がそれを証明しているし、どこかで聞き覚えのある地名がニュースで流れた事もある。なら、奇妙で不可解な現象なんて簡単に説明が付く。
個性だ。恐らくは僕の。確か中国の……ナントカ市という所で産まれた発光する赤子の存在を皮切りに、世界の至る所で特異な力を持つ子供が産まれた。黎明期を経て個性と呼ばれるようになったその力は、今や全人口の七割が宿している。
宿す能力は千差万別。例えばとんでもないパワーを発揮したり、手の平で爆発を起こしたり、体を硬化させたりも出来る。中には精神に干渉したり、人を意のままに操る事が出来るものも。
僕が持つ個性は最後に出した例に類似したものだろう。頭にあるハイロゥと合わせて、仮に【天使】と名付けた。
この天使という個性、ただ見た目に変化が現れるだけでなく、他者に催眠のようなものを掛けてしまうらしい。さっき言ったように僕のもとを訪ねた人はおかしくなってしまったし、何なら最初に会った信徒Aも多分これのせいでおかしいんだろう。
掛けてしまう、というのは僕がこの個性を制御出来ないが故の表現だ。この二週間で頑張ってハイロゥを引っ込める事は出来るようになったとはいえ、滅茶苦茶張り切っても精々が一分程度隠せるだけ。
しかもハイロゥを隠しても催眠が切れるとかは無い。常時発動型の全方位催眠、それも自分じゃ制御出来ないなんて厄ネタ過ぎる。それこそこんな個性、オール・フォー・ワンの奴が自分で持ってた方が強いだろうに、なんで僕に渡したんだろう。
いや、そうか。あいつらは個性の複製が出来るんだった。どの段階で出来るようになったのかはわからないけど、僕がハイエンドとして扱われていた上、68番なんて番号が振られていた辺り、もうその地点は過ぎ去ってると思って良い。
それに僕だって脳無だ。他にも個性は搭載されてるだろうし、それこそ上位以上は全員持ってる超再生だって積まれてるはず。多少どころじゃない怪我を負ったとしても、致命的にはならないんだろう。まぁそれはそれとして怪我はしたくないけど。
「天使様、表の掃除が終わりました」
「天使様、もうすぐお昼の支度が済みますよ!」
「天使様ー、今日もお菓子持って来たよー」
そうそう、こんな感じで僕は慕われている。とにかく僕が絶対に据えられていて、様々な面で僕の存在と気分が憂慮される。邪魔な髪の毛をバッサリ行こうとした時とかは凄かった。結局お互いに譲歩して今はミディアムボブくらいになったけど。
個性を切って解放してやれるのが一番なんだけど、それが出来ない以上どうしようも無い。どうしようも無いついでにお金を貰っているのは、まぁ心を救済した御布施って事で。
……確かこれって何かしらの犯罪として扱われるような?どっかで見た事あるぞ、直接裁くのは難しいけど当て嵌めて裁く事は出来るって。
「みなさんありがとうございます。今日はこれで終わりにして、お昼ご飯の後はみんなでゆっくりしましょうか」
────…まぁ何とかなるか!
僕が集めたいのは私兵であって信者じゃないんだけど、何かと持ち上げられるのが気持ち悪い事以外良い事ばかりだし、しばらくはこれで良いかな。
・ハイエンドちゃん改め天使ちゃん
ギリ宗教詐欺。個性使ってるので個性犯罪者、つまりは【
悪役は嫌い。