咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
アネモネステークスが始まった。15人のウマ娘が一斉にゲートから飛び出す。私はいつも通り中段後方に控えて後半勝負に備える作戦だ。
メジロパラディンさんは前段最後方の4番手あたりに付けている。今回のレースに出走している知り合いはパラディンさんだけなので、先程の「最後の希望」という意味深な言葉もあってか、どうしても意識がパラディンさんに向かいがちになる。
パラディンさん1人だけを意識してレースをしていたら、横から他の娘に足元を掬われる事になる。ここは心を平静に保ち、広い視野でレース全体を見渡さなければならない場面だ。
レースは大きな変動なく進行し、向こう正面の直線から第3コーナーへと差し掛かる。先行組が頑張っているのかやや速い展開となり、並びが縦長になっている。現在私と先頭の娘で10バ身差くらいかな? そろそろ上を狙っていかないと先行の娘達に追いつけなくなる。
第3コーナーの入り口から加速し始め1人を抜く。私の動きに呼応するかの様に後方集団が一斉に速度を上げる。その空気は一瞬の間に全体に拡散し、レース参加者全員のギアが1段階上がるのが感じられた。
まずは分かりやすい目印としてパラディンさんの位置を目指そう。現段階で私と先頭の娘の丁度中間地点にパラディンさんはいる。
今の彼女の立ち位置くらいまで順位を上げつつ、そこからトップギアでラストスパートに臨む。恐らくそれが今回のベストオペレーションだ。
まずは私とパラディンさんの間にいる5人の娘達を抜かなければならないのだが、絶妙な間隔で位置取りをしており、その間を縫って前に出るのは難しそうだ。
どうするか? ロスを承知で外に逃げるか、或いはこのまま彼女らの統制が崩れて穴の空く機会を待つか…?
私の思考がその選択肢に辿り着いた瞬間、そこでまた『例のアレ』が始まったのだ。《
僭越ながら暫定的に《
私のこれまでの2勝は、全てこの
「ウソっ、道が無い…?」
私の進むべき示された道の上には別のウマ娘がすでに陣取っていた。確かに僅かに隙間がある様にも見えるのだが、そこに体を捩じ込めというのだろうか?
レースを走っていて蹴った泥が他の娘に飛んだり、追い抜きを掛ける際に偶然肘が当たったりとかは割と日常茶飯事だ。それが故意であったとか、余程の事が元で無い限り問題視される事はまず無い。
《
レースは第4コーナーを回り、最後の直線に入る。ここで前に出ておかないとパラディンさんを始めとする先行組に追い付く事が出来ないだろう。
どうする? どうする…? どうする……? どうすれば良いの…………?
恐らくこの時の私の選ぶべき選択肢は『無理矢理体を捩じ込んで道を切り開く』が正解だったのだろう。
そして決断の遅れが結局は致命的な失態を招いてしまった。私は眼前の壁を迂回する事も、すり抜ける事も、無理やりぶち破る事も出来ずに、順位を落としたまま13着という惨敗に終わってしまった……。
☆
ゴールラインを越えても現実感の無い空虚な気持ちにしかならなかった。もうレースの勝ち負けよりも『自分の走り』が全く出来なかった事による慚愧の念の方が遥かに強い。
《
要は全て私の力不足なのだ。私にもう少し壁を抜く為の力があれば。《
今の私には『全部』が足りないのだ。『2連勝』だの『《
悔しさよりも情けなさが表に出てくる。私を信頼し応援してくれた新代トレーナーを始め家族や故郷の友達、クラスメイトに申し訳ない。
そしてこのアネモネステークスはただ単にレースを走っただけではない。続く『桜花賞』へのトライアルレースだった。それに負けたと言うことは、私はもう
小さな頃からの憧れだったトリプルティアラ。その一冠目である桜花賞は絶対に出たかった。涙が溢れる。レースに負けた事はもちろん悔しい。でも今はそれよりも『トリプルティアラ』という夢が破れてしまった事、もう永遠に叶わない事が何よりも悲しかった……。
☆
「お疲れ様コスモス。よく頑張ったね」
泣きべそをかいたまま地下バ道に降りてきた私を新代トレーナーが迎えてくれた。これまで何度も新代さんに泣き顔を見せてきたけど、今日の顔が一番見られたくなかった。
咄嗟に俯き、見られたくない顔を両手で隠す。そんな事をしてどうなる物でも無いのだが、顔を隠した事で余計に『泣きスイッチ』が入ってしまった。涙と激情が止まらない。
悲しみ、恥ずかしさ、居た堪れなさ、自分の力不足への怒り、もう自分でも何だかよく分からない衝動に突き動かされて、私はその場で号泣してしまった。
新代さんは何も言わず、一歩進み出て私の頭を後ろから支えると、優しく彼の胸に抱き寄せてくれた。これは「俺の胸で思う存分泣け」という意味かな? そうだよね? 違ったら怒るよ…?
人の絶えた中山レース場の地下馬道、そこに私の慟哭、そして嗚咽が虚しく響いていた……。
☆
「ライブは、行けるか…?」
しばらく経ち、私の落ち着いた頃を見計らって新代さんが声を掛けてきた。
そうだ、レースの後にはライブがある。負けたから、悔しいからと言ってライブを棄権する事は許されない。
例え最下位であってもレースを走ったウマ娘にはトレーナー、チームメイト、家族、友人… 誰かしらの応援があったはずだ。
ウイニングライブの意味は勝利者の祝福だけではない。今回は負けてバックダンサーに甘んじたとしても、応援への感謝、精一杯戦った証と無事に走り終えた報告、そして再起の誓いを新たに表明する場所でもあるのだ。
今日の中山レース場にも数千人の観客が来場していた。その中には私の応援をしてくれた人だって、少なくとも10人位はいるはずなのだ。その人達に「ありがとうございます。次はもっと頑張ります!」という想いを伝えなくてはならない。
次のライブまであと10分も無いだろう。スケジュールは待ってくれない。メソメソ泣いてる暇なんてこれっぽっちも無いのだ。
未だに瞳は涙に濡れているが、もう心の入れ替えは完了した。私はもう大丈夫だ。
「着替えてきますね…」
私は強い意志で新代トレーナーを見つめ返して、控室へと駆けていった。