咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
「はい、アン・ドゥ・トロワ、アン・ドウ・トロワ… コスモスさん、足の運びが遅いですよ!」
ドロワに向けてのダンスレッスンが始まった。月末の本番までに
なので昼休みを返上したり、放課後のトレーニング時間に食い込んだりして、私自身の個人的な時間がどんどん奪われている状態だ。
しかも何が腹立つって、フォーゲルの方は大体初見で振り付けを覚えて再現して見せるのに、私の方は覚えも要領も悪くて、コーチからの『怒られ役』のほとんどが私に回ってきている事だ。
「大丈夫だコスモス、軸足をもう半歩踏み込めばタイミングもピッタリ合うと思うぞ」
しかもフォーゲルからもアドバイスを寄越してくる始末。何で私が足を引っ張っている立場になっているのよ? そもそもフォーゲルが真面目に授業受けていたらこんな事態にはならなかったんだからね!
走りで勝てない、ダンスで勝てない。勉強なら余裕で勝てるけど、ここトレセン学園では学力はあまり重視されない。どんなに勉強が出来ても、未勝利のままで退学する娘は毎年一定数いるのだ。
模擬レースの時の人気の差にも表れているけど、私とフォーゲルではトレセン学園で求められる能力に於いて天地の差がある。同学年で同期なのに、忸怩たる思いだ。
「でもコスモスがデートになってくれて、私は俄然やる気が出たからな。本当にありがとう!」
屈託のない笑顔を私に向けるフォーゲル。ふ、ふんだ! 私はそんな笑顔で
☆
「じゃあ行ってくるね。お土産は何が良い?」
阪神大賞典の前日、トッカンクイーン先輩はトレーナーの秋月さんと連れ立って、兵庫県の阪神レース場へと一泊二日の旅に出る。
府中のトレセン学園から地方のレース場に遠征する時は、お金のあるチームは前日或いは更にその前から現地に移動してレースに備える。お金の無いチームは学園の用意する長距離バスで、関西くらいの距離だと日帰り旅行になるらしい。
チームの資金はレースの勝敗によってURAから支給される。大きいレースに勝てば勝つほどチームは潤い、設備や消耗品の品質アップを始め、遠征の際の宿や食事のレベルアップや、海外遠征等の資金繰りが容易になる。
一方、勝てないチームは最低限の費用こそURAから出るものの、やはりどんどんジリ貧になっていき、最悪はチーム解散などという事もあり得るらしい。
なおGⅠ等で優勝しても、基本的に走ったウマ娘本人には名声以外の報酬は無い。チームの裁量で振られた予算から、ウマ娘に中高生として適当な額のお小遣いを渡す所もあるらしいが、ウマ娘レースは高校野球等と同じ学生スポーツなので、原則として無報酬だ。
うちのチーム〈ミザール〉は昨年のオオエドカルチャー先輩のGⅠ連勝もあって、財政的にはかなり潤ったそうで、私もチームの予算で練習用のシューズとか高級蹄鉄とかを用立てしてもらった。
外泊時の待遇については、私もババヤーガ先輩も東京と中山のレースばかりで遠征してないからよく分からない。
あ、レース後のレース場グルメは割と贅沢させてもらっていると思う。前回のホワイトデースイーツもそうだけど、あれは新代トレーナーのポケットマネーでは無かったはずだ。まぁそれでも予算2000円を超える事はまず無いけどね……。
さて、前にも書いた様にトッカン先輩のトレーナーの秋月さんは身長185cmある悪人ヅラの巨漢だ。145cmのトッカン先輩と並ぶと『悪い人攫いと誘拐されてきた女の子』みたいな絵面になる。
情報として、秋月さん本人は熊系の優しい人なのだという事は分かっているけど、やはり怖いものは怖い。仮に私と秋月さんで殴り合いのケンカしたら私の方が勝つだろうが、それと怖さは別の話だ。
「じゃ… じゃあ久しぶりにKASUYAさんのホルモン丼が食べたいです!」
「うん分かった。あれ美味しいよね、私も好き」
遠慮なくお土産をリクエストする私に、トッカン先輩は満面の笑顔で答えてくれる。ホント可愛いなぁ。
☆
「ふぇ〜、疲れたよ〜…」
翌日の午後、トッカン先輩のレース中継を見るために、私はチームの事務所に顔を出していた。
寮の広間にある大型テレビで見ても良いんだけど、なにせ1000人も住んでいる寮なのでギャラリーも多い。
当然20人近くが走るレースだから、ギャラリーの『推し』もまちまちだ。レースが始まると皆が一斉にキャーキャーと『推し』への応援を始める。そういう騒々しい環境が苦手なので、私は今静かな事務所にお邪魔している。
理由はもう一つあって、日曜日だと言うのに朝からダンスレッスンに駆り出されて、心身ともにヘトヘトになっていたから、寮より近いトレーナー事務所に逃げ込んだという訳だ。
「大丈夫コスモス? 最近無理してない? 私から新代君に何か言ってあげようか…?」
バー先輩のトレーナー、林さんが気遣ってくれる。トレーナー室はシフト制で1年365日、必ず誰かが居る体制になっている。今日の当番は林さんという事だ。
「あ、大丈夫です… あとちょっとで終わるので、新代トレーナーに余計な心配掛けたくないですし…」
これは虚勢半分、本心半分だ。レッスンはまだ序盤で覚える事は山積みだけど、私なりに分析して残りの1週間でマスター出来そうな予感はある。
新代トレーナーに関しても、私のトレーニング管理や出走の手続き他、現状でも多大な苦労をかけているのだから、これ以上の負担になりたくない。という気持ちが強い。
「そう? 貴女がそれで良いなら余計な口出しはしないけど、
うん? 今サラッと新代トレーナーを下の名前で呼んだよね? 確か2人は同じ大学で試験合格も同期の古馴染み… 何かあるのかな…? いやまぁ私は別に構わないけど、この場にカルチャー先輩とか居たら面倒になってたかも…?
「はい、分かりました!」
とりあえず良い子のお返事をしておいた。
☆
そうこうしているうちに阪神大賞典の時間が迫ってきた。パドックで16人のウマ娘がそれぞれ
1番人気は秋天2連覇、昨年撃沈した春天のリベンジを狙うトウザイブレイカー会長、2番人気は昨年の菊花賞覇者スメラギレインボーさん、トッカン先輩は3番人気だ。
今頃寮のテレビの前ではトウザイ会長とスメラギさんのファン同士で睨み合い状態になっている事だろう。避難してきて正解だった気がする。
レースは共に『先行』のトウザイ会長とスメラギさんが全体を引っ張り、『追込』のトッカン先輩が後方に控えるスタートとなる。
16人居て『逃げ』のウマ娘が居ないらしく、『先行』組が先頭でペースを作っていく。
後半に入り、『互いに一番の好敵手』たるトウザイ会長とスメラギさんが競り始め、全体のスピードが上がりだす。
そしてその競り合ってしまった分が勝敗を決めた。互いに消耗して速度を落とした2人を、トッカン先輩が直線で一気に抜き去り、GⅡの、そして1年ぶり栄冠に輝いたのだった。