咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
阪神大賞典を勝ったトッカン先輩は、その日はレース場近くのホテルに泊まり、翌日の昼過ぎに帰って来た。
GⅡに勝利して万々歳で学園に凱旋するものと思われたトッカン先輩だったが、私の前に現われたトッカン先輩は、信じられない程に暗い顔をしていた。
「どうしたんですかその脚? まさか怪我ですか?!」
そう、トッカン先輩は左脚に包帯を巻いて、松葉杖をつきながら帰ってきたのだ。
ウマ娘は通常の男性の何倍もの筋力を持つ。だからと言って骨や腱や関節まで何倍も強靭な訳では無い。
当然全力疾走するウマ娘の骨や関節には、
まさかトッカン先輩、レース中に怪我をしていたのかな…? そんな風には見えなかったけど……。
「あ、うん。少し捻っちゃったかな? ってくらいだったんどけど、ちょっと大袈裟に包帯を巻かれちゃってね。普通に歩くくらいならあまり痛みは無いんだよ… 明日URAの医療センターに行って精密検査するんだけど、大丈夫だからあまり心配しないで…」
私の心配顔を見て気を遣ってくれたのか、トッカン先輩も弱く笑顔を見せる。トッカン先輩は元気な時も、常に困ったような儚い作り笑顔を見せる人なので、こういう時に本当に大丈夫なのかどうかの見極めが難しい。
「とりあえず少しでも痛みがあるなら無理せず休んで下さい。身の回りのお世話は私がしますから…」
私の言葉に「ありがとう」と優しく微笑んでくれたトッカン先輩、そして翌日、秋月トレーナーに付き添われて病院に行っていたトッカン先輩は、『繋靱帯炎』と診断されて寮に帰ってきた。
☆
『繋靱帯炎』、かつてシンボリルドルフやメジロマックイーンを引退に追いやったウマ娘の
関節への負荷が原因とされているので、痛みが引いても迂闊にトレーニングを再開すると、炎症を再発させる可能性が非常に高い。
繋靱帯炎は何十年か昔は、屈腱炎と並んで罹ったら最後、引退するしか無い「ウマ娘の死病」とまで言われていたが、昨今では治療法も確立し繋靱帯炎を発症しても、後からレースに復帰するウマ娘も決して少なくない。
それでも完治には数ヶ月〜1年程の
すなわち、トッカン先輩が次の目標として闘志を燃やしていた来月の『春の天皇賞』への参加は、極めて残念ながら現時点を以て断念せざるを得ないという結果となった。
「お医者様が言うには発見が早かった為か比較的症状が軽いから、夏までにしっかり療養すれば秋のレースには間に合うだろうって… 春天チャレンジはまた来年に持ち越しだね…」
トッカン先輩は『大丈夫だよ』というアピールなのか、『いつもの』笑顔を見せる。しかしトッカン先輩の目には言葉とは裏腹に大粒の涙が光っていた。
「先輩… 今はゆっくり怪我を治して下さい。トッカン先輩は私の目標なんです。いつかレースで勝負して、打ち負かしてやりたいって密かに思ってる人なんです。だから… だから、怪我を治していつか私と勝負して下さい…」
気の利いた事を言おうとして、逆に変な事を言ってしまった気がする。かろうじてオープンクラスに上がったばかりのヒヨッコが、GⅡを2勝していて、しかも怪我で弱っている大先輩に挑戦状を叩きつけるだなんて身の程知らずも
「あ、いや、違うな… そんな生意気な事を言いたいんじゃなくて…」
前言撤回して今度こそ何か気の利いた事を言おうとした私にトッカン先輩が抱き着いてきた。私の胸にトッカン先輩が顔を埋める形になる。
何だかとてもトッカン先輩が小さく頼りない存在に思えて、思わず抱きしめ返した。トッカン先輩普通に小さくて美少女だもんな。所作もいちいち可愛いからホント愛おしくなる。
「コスモスちゃんは優しいね… うん、私がお姉ちゃんなのに泣いてたら駄目だよね。リハビリ頑張るから、怪我が治って… 秋になったらさ、そしたらコスモスちゃんと一緒にレースしようね…」
え? うわマジですか? 私から言い出した事とは言えトッカン先輩とレースで勝負だなんて… しかもこの言い方は学園の模擬レースとかじゃなくて、公式レースの話をしてるよね…?
「秋ですか… そしたらそれまでに先輩と張り合える位の箔を付けておきたいですね…」
「うふふ、これからティアラ路線のトライアルとか本番とかたくさん走るんだから、重賞の1つくらいコスモスちゃんなら出来るよ、私が保証する!」
私の胸から顔を離したトッカン先輩は既に笑顔になっていた。この笑顔はさっきの『悲しい作り笑い』じゃなくて、先輩の本気の笑顔だ。私との会話で先輩を元気づける事が出来たのかな…? だったら良いんだけど……。
「じゃあ、どうせならGⅠで決着つけたいよね。去年のスズシロナズナちゃんとオカメハチモクさんみたいに」
あ〜、昨年の『マイルチャンピオンシップ』ですね。怪我の治療で大手術をした(らしい)スズシロナズナさんの復帰レースは、私とトッカン先輩と同様に、スズシロナズナさんのルームメイトであるオカメハチモクさんとの因縁対決だった(らしい)。
とても素敵で憧れる関係だけれども、それにしてもいきなりGⅠだなんて、トッカン先輩も人が悪い。そんな大イベントと絡めなくても、療養明けなんだから、普通にオープン戦で良いのでは無かろうか?
「私がマイルや短距離は苦手だし、コスモスちゃんは長距離が苦手だから、走るなら中距離… コスモスちゃんはティアラがあるから時期が近い天皇賞は避けるとして、残るのはエリザベス女王杯かギリギリジャパンカップ…」
トッカン先輩は私から離れて、何やら1人でブツブツ言い出した。聞き取れる範囲ではかなり不穏な事を呟いている。
「よし決めたよ。11月2週目のエリザベス女王杯、私はここを目標にする! コスモスちゃんもそのつもりでね」
えぇ… そんな勝手に決められても困りますって。第一トッカン先輩だってトレーナーさんと話し合って決めるべきでは…?
色々な意味で気後れしてしまい、抗弁の一つでもしたかったが、さっきまで泣き顔だったトッカンの可愛らしい『強い』笑顔に何も言い返す事が出来なかった。
過去のレジェンドウマ娘の言葉に『
そして、まさかあの優しいトッカン先輩までが我儘を言い出すなんて思っても見なかった……。