咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
「「ふう…」」
放課後、クラスメイトの大半が退去した教室で2人のため息が重なった。1人は私コスモスキュート。そしてもう1人は栗毛のポニーテールに黒縁眼鏡が特徴的なクラスメイトのローゼスストリームだ。
ローゼスと私は学年こそ同じだが、本格化が早かった彼女は私たち他のクラスメイトに1年先んじてデビューしていて、現在は3年目のシニア級を走っている。
短距離から中距離までを幅広くこなすバイプレイヤーで、昨年の阪神カップ(GⅡ)の覇者であり、なにより昨年のティアラGⅠに全て出走している偉大な先輩でもあるのだ。
詳しくは覚えていないけど、確か桜花賞が5着、オークスが14着、秋華賞が11着だったと思った。その時の桜花賞とオークスは、私のチームメイトであるオオエドカルチャー先輩が2冠を成し遂げている。
ローゼスはティアラGⅠの後にエリザベス女王杯を走っており、そちらも最後の直線で一時トップに立ち奮戦したものの、ゴール前で大きく失速し6着と芳しい成績は挙げられていない。
というよりもやはり中距離は彼女の適性からは長すぎるのかも知れない。現にその次に挑戦した1400mの阪神カップでは見事に優勝しているのだ。
ローゼスは『ティアラGⅠからエリザベス女王杯』という、これから私の歩もうとする道をそのまま走り抜けた先達であるからして、その時の詳しい話を聞いてみたい気もするのだが、かろうじて掲示板に入った桜花賞はともかく、惨敗した他のレースの事はちょっと聞きにくいんだよねぇ……。
もちろんGⅠレースなんて私みたいな凡ウマ娘からしたら、出走するだけでも名誉だし快挙だよ? それでも『負けたレース』の事を興味本位でアレコレ聞かれるのはやっぱり氣分が良くないと思う。
そんな訳で、私とローゼスはなかなか距離を縮める事が出来ずに、『友達未満』な関係にある。好きとか嫌いとか言う以前に、彼女がどんな性格なのかすら把握できていない。
普段大人しくメガネ女子で成績も良好な所から『真面目で勉強熱心』な娘であるのは間違いないのだが、挨拶以上の会話をした覚えがない。
そんな彼女と妙なタイミングで妙な動作が重なってしまった為に、同時に驚いて視線が合ってしまった。少し気まずい。
そんな私の気持ちを察したのか、ローゼスの表情が途端に柔らかくなる。
「コスモスもため息だなんて、ドロワダンスの特訓が上手く行ってないの?」
微笑みながら話しかけてきてくれた。そう、遂にドロワの本番まで1週間を切った。踊りの振り付けは一応マスターしたものの、フォーゲルとの連携は今ひとつといった所だ。
フォーゲルもフォーゲルで次の皐月賞が近い為に、なかなかダンスの練習まで手が回らない所もあって、私はダンスのコーチをフォーゲルに見立てた練習で凌いでいる有り様だ。本番大丈夫かな…?
「あ、あははは… 実はまだちょっと自信が無いんだよねぇ… ダンスの練習はハードだし、そっちに時間
新代トレーナーと相談して上手い事スケジュールをやり繰りしているが、どうあっても体は一つなので出来る事には限界がある。肉体的にも精神的にも疲労が溜まっているのは自分でも感じている。
私の案件は誰にどうこう出来るものでも無いし、良くも悪くもあと1週間で終わるのだ。それまで辛抱だが、ローゼスはローゼスで何か悩みがあるのだろう。こういう時は聞き役に回った方が良い。ローゼスとお近づきになれるかも知れないし。
「あ〜、うん… 次のレースでちょっとね…」
どうにも歯切れが悪い。無言のまま目で話の続きを促してみる。
「えっと… コスモスはさ、『どう逆立ちしても勝てない』って思う相手いる? 同じレースを走るライバルで…」
ずいぶん藪から棒な質問だ。一体何の話なのだろう? よく分からないまでも話に乗って上げるべきなのだろう。
「う〜ん、フォーゲルやカルチャー先輩なんかには、『こんなん勝てる訳ねーよ!』ってくらいいつもレベルの差を見せつけられているけど、2人ともレースで直接はかち合わないから、普通のレースでは『そこまで』の人は居ないかなぁ…?」
私が対戦したパラディンさんもヴィブリンディさんも確かに速いけど、『勝てない』とまでは思わない。むしろ良いライバルだと思う。
「オオエドカルチャー先輩かぁ、あの人小柄なのにスッゴいパワーの末脚持ってるよねぇ。確かに強かったなぁ…」
あー、そうか。ローゼスはカルチャー先輩とGⅠで直接対決してるんだよね。カルチャー先輩のあの気迫をGⅠの舞台で直に浴びたらそりゃビビるよねぇ。
「カルチャー先輩も強かった。けど彼女は『怖い』だけで『勝てない』とは思わなかった… ね、コスモス、私は居るんだよ、その人の走りを見て心が折れそうになった事がさ… オカメハチモクさん、って分かる?」
オカメハチモク先輩。去年のNHKマイルカップとマイルチャンピオンシップ、2つのGⅠを獲った最強格のマイラーだ。先日のトッカン先輩の例え話の中でもスズシロナズナと熱戦を繰り広げた相手として出てきている。
その恐らくは《
「もちろん知ってるよ。学園でもトップクラスのマイラーだよね…?」
「うん… 彼女との初対戦は去年の桜花賞トライアルのフィリーズレビューだったんだけど、あの時の私は最後にトップに躍り出た時に優勝を確信したんだ。彼女とは5〜6馬身離れていた、ブッチギリで優勝出来るはずだった。でもゴール直前で抜かれちゃったんだよね…」
私もそのレースは偶然テレビで見ていた。ローゼスに離されたはずのオカメハチモク先輩が、仁川の直線を大外から一気に差し切って優勝したのだ。
「眼の前で見たのにまるで信じられない速さだった。1年経った今でも悪い夢としか思えない… あそこから抜いてくるなんて
再度深い溜め息と共に頭を抱えこむローゼス。気持ちはとても良く分かるだけに掛ける言葉が見つからない。
「トレーナーさんを始めとして色んな人が『ローゼスだって強くなった』『阪神カップはまぐれじゃない』って言ってくれたけど、あの時の事を思い出すと今でも体の震えが止まらないんだよね…」
そこまで怖い人なのか… 実際に話した事は無いけど、外からの印象だとオカメハチモク先輩ってもっとポヤ〜っとした穏やかな人だと思っていた。
まぁあの優しいトッカン先輩も内に秘めた闘志は熱い物があった。もうウマ娘ってそういう生き物なのだろう。
「そのオカメハチモクさんが今週末のGⅠ、高松宮記念に出るわ。実は私も出走予定… それでもこんなに怖いのに、震えているのに、心の奥底では『もう負けない』『また戦いたい』『オカメハチモクさんに勝ちたい』って叫んでいるんだよね… 本当にウマ娘ってどうしょうもないよね…」
私は万感の思いを込めて「分かる!」と大きく頷いた。