咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
デートをする。とは言ったが、もちろんそれは普通の恋人達のようなイチャイチャラブラブな意味ではない。私と新代トレーナーとは師弟の関係にあり、そのお付き合いは清いものでないとダメなのは言うまでもない。
だがしかし、私はその『デート』に向けて前々日から色々と用意をして本番に備えていた。そのドキドキワクワクな気持ちは、恋人とのデートと比べて些かも劣る物では無いはずだ。
『いつもお世話になっている新代トレーナーにちゃんとお礼を言いたい、少しでもご恩返しをしたい』
根っ子のこの気持ちは変わっていない。ただ今回、友人らのGⅠ出走応援で学園の外に出るのでいい機会と、それに合わせて2人だけのちょっとした催しを被せてみただけだったりする。
☆
「デートとか言うから、また(船橋)法典で甘いものでも食べたくなって、そのおねだりかと思ったけど、まさかゴンドラ席の予約までしていたとは…」
中山レース場にも様々な種類の指定席があり、今回私の予約したG-Sheetと呼ばれる席は、ゆっくりと観戦ができる屋内席に加え、レース場全体を見渡せる屋外席の両方を利用できる、ゴンドラと呼ばれる最上階に位置する指定席だ。
通常は20歳未満の人の予約は出来ないのだが、トゥインクルシリーズに登録されている学園のウマ娘だけは、特例で予約を含む各種特典を受けられる仕組みになっている。
「はい、今日は早起きしてお弁当を作ってきました。レース場ってお客として来ると、ゆっくり座って食事やお喋りが出来る場所が少ないので、ちょっと奮発しちゃいました!」
そう、私は今日のために『ある仕掛け』を仕込んだ。その為には、
「敢えておかず類は少なめにしてきましたから、鳥千さんのフライドチキンとか、いわゆる『レース場グルメ』をご所望でしたら言って下さい。ひとっ走り買ってきますので」
今はまだお昼前で売店も空いているだろうが、とは言え第4レースが終わる頃にはお昼ご飯を求めて大量のお客さんが押し寄せるのは目に見えている。買い物は早目に終わらせたい。
「いや、買い出しは俺がやるよ。人混みで何かコスモスが事故に巻き込まれて怪我する方が怖い。指定席のお礼にここは奢るよ、何を買って来ればいい?」
そう言って新代さんが立ち上がる。今日は私が全部ホストするつもりだったんだけど、あまり過剰にお客様扱いをすると、新代さんも大人としてバツが悪かろう。という事で前述の名物フライドチキンと三幸さんのお汁粉をリクエストしてみた。
☆
「いやぁ、やっぱりここのフライドチキンは揚げ立てで美味いなぁ。それとコスモスの作ってくれた塩むすびが絶妙に薄味でこれまた揚げ物に合う! 食が進むよ!」
新代さんが子供みたいにはしゃいでお弁当を食べている。始めからここ中山レース場の売店グルメを当てにしていたので、塩むすびメインで『お弁当』としてはかなり手を抜いた物となってしまっていた。
だがまぁ彼の幸せそうな食べっぷりを見るに、この作戦は大きくハマっているように思えた。
「レース場でゆっくり座って、レースを見ながら飯を食うって、かなりの贅沢だよなぁ。ありがとうなコスモス、満喫させてもらっているよ」
私だけが知っている新代トレーナーの秘密、彼は嘘が下手だ。それも致命的に。そしてそんな新代さんがここまで喜んでくれるなら、それは本心からだと確信を持って言える。喜んでくれたなら私も嬉しい。
「喜んで貰えたなら誘った甲斐がありますよ。でも今日のメインイベントは…」
「皐月賞だろ?」
間髪入れずに新代さんがツッコむ。あぅ… そうだけどそうじゃない!
「あ、いや… それはそうなんですけど、それとは別にあるんですよ!」
そう答えて私は可愛らしいタッパーに詰めた『今日の主役』を取り出して蓋を開けた。それを見た新代さんが不思議そうな顔をする。
「これは… チョコチップクッキー…? コスモスが焼いたのか…?」
2月の頭にようやく連敗から抜け出せて有頂天になっていた。それから間もなく次のレースの予定が決まり、必死でトレーニングした。
「バレンタインデーの時に、私は自分の事ばかりで普段お世話になっている新代トレーナーに何も出来なかった。御礼の言葉すら言えなかった… そして前回中山に来た時も新代さんがホワイトデーだとご馳走してくれた。私はバレンタインに何もしなかったのに…」
もちろん私達トゥインクルシリーズを走るウマ娘にとって、何よりも優先すべきは『走って結果を出す事』だ。トレーナーさんの存在はその為にあると言っても過言ではない。
だがそれでもお互いに血の通った人間だ。共に笑い共に泣いて絆が深まっていく、そういう物だろう。
「だからバレンタインとホワイトデーの気持ちとお礼を込めて、ダブルの意味でチョコチップクッキーを焼いたんです。トッカン先輩や寮長のヤオビクニさんに教えてもらったので、美味しく焼けました。ちゃんと味見もしています…」
新代さんに何もお返し出来ていなかった事が、心に刺さった棘の様にずっと心苦しくて気になっていた。
再来週には私自身のレースがある。その最終調整で忙しくなるので、今日を逃したらまた次の機会がいつになるのか分からない。
「何だよコスモス、そんな事を気にしていたのか? 子供が変に気を遣うんじゃない。君はただ走ってくれれば俺はそれで良いんだよ…」
新代さんはにこやかに答えてくれたけど、子供だからと甘えてばかりで良いはずは無い。少なくとも私はそれじゃ気が済まない。
「とにかく、今日は新代さんに私がとっても感謝しているって事を分かってほしくてデートに誘いました。この気持ち、伝わりましたか…?」
何だか急に恥ずかしくなって、おずおずとした聞き方になってしまった。指定席とは言え
「あぁ、バッチリ伝わったよ。こちらこそいつもありがとうコスモス、これからもよろしくな!」
そう言って差し出された手を、私は熱く握り返した。