咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
レースが終わった後の各人の反応はまさに様々だった。
優勝したエバシブさんは大きく2、3度深呼吸をして呼吸を整えた後、勝利に対するリアクションを見せないまま、黙々とウィナーズサークルへと足を向けた。
2着に終わったフォーゲルはゼェゼェと荒く息をつきながら、最後に自分を追い抜いたエバシブさんをじっと見つめていた。いつもノンビリしていて覇気に薄いフォーゲルが、まるで親の仇を見る様な目でエバシブさんを見ている。少し怖い……。
ラスト直前で更に2人に追い抜かれて順位を落としたアバロンは最終的に5着。彼女は目を閉じ天を仰いだまましばらく動きを止めていた。
そして、終始チグハグなレースを続けてしまっていたハピネスちゃんは、15着の娘から更に5馬身離されての
地面に突っ伏して号泣している。離れた
「正直エバシブの力を過小評価していたな。本当にブラックリリィ以上の逸材かも知れないな…」
衝撃のレース結果に新代トレーナーも絶句していて、ようやく絞り出した言葉が『それ』だった。
「私もフォーゲルが負けるなんて想像すら出来ていませんでした…」
昨年の最優秀ジュニアウマ娘、最強のクラスメイト、模擬レースで私を完膚なきまで斬り捨てた末脚の持ち主、ここまで無敗の同期のチャンピオン… 私が特別過大にフォーゲルを評価していたとは思えない。世間の評判も会場のお客さんも、皐月賞の本命はフォーゲルだった。
そのフォーゲルが負けた。それはなんだか私の価値観ごと否定された様な嫌悪感すら覚える。もちろん勝ったエバシブさんが悪い訳では無いし、レースで不正があった訳でもない。
ただ単に今まで『当たり前』だと思っていた事が当たり前でも何でも無かった、というだけの話だ。
会場は大きな歓声と拍手に包まれている。フォーゲルやエバシブさんだけでなく、レースを走った全てのウマ娘への健闘を称える祝福の声だ。
それでも暖かいはずのその声はハピネスちゃんには届いていない。彼女はずっと蹲ったままで、次レースのコース整備の為にやって来た係員さんに促されて、ようやくのそりと立ち上がった。
自分の描いていたイメージ通りのレースが全く出来なかった後悔と慚愧、私も痛いほど分かる。私が今声を掛けるべき相手は、惜敗したフォーゲルやアバロンではない……。
「私、ちょっと行ってきますっ…」
それだけしか告げずに席を立つ。新代さんはもう私の考えなんかお見通しなのだろう。目だけで「行ってらっしゃい」と答えてくれた。
会場では物憂げに勝利者インタビューに答えるエバシブさんの声が響いていたが、私の頭には全然入ってこなかった……。
☆
皐月賞の後は最終レースの『春霞ステークス』があり、その後に皐月賞の楽曲「Winning the soul」のウイニングライブが行われる。
それまでにハピネスちゃんを立ち直らせないと… まぁ私なんかに何が出来るんだ? というのはあるけど、今一番大事なのは彼女のメンタルケアだと思えたんだ……。
通路に並んだたくさんの控室、見慣れた中山の光景。その中で「ハピネスシアター様」と張り紙のされた扉を恐る恐るノックする。
「はい?」
扉が少し開いて顔を覗かせたのは、女の私でも目を
☆
「コスモス、わざわざ来てくれたんだ…? 情けない所を見せちゃってゴメン…」
控室でのハピネスちゃんは予想よりも遥かに落ち着いていた。それでもかなり落ち込んでいるのは外からでもはっきり分かる。
「ううん、私の方こそハピネスちゃんに何が出来る訳でも無いのに突撃しちゃってごめんなさい… ただ辛い気持ちでライブに出て欲しくなくて…」
「その気持ちだけでも嬉しいわ。どうぞ座ってお茶でも召し上がって」
先程の芦毛さんが優しく微笑んで着席を勧めてお茶を出してくれた。本当に見覚えあるんだよなこの人… タレントじゃなくて、えっと、誰だったかなぁ…?
「紹介するねコスモス。こちらは私のトレーナーさんのプラチナアイリス。アイリス、こちらは私のお友達のコスモスキュートちゃん」
「宜しくね、コスモスちゃん。いつもハピネスがお世話になってます」
ニッコリと挨拶をしてくれたプラチナアイリスさん。しかし私は驚きのあまり固まってしまって何も答えられなかった。
だって『あの』プラチナアイリスだよ? 去年のダービーウマ娘であるスズシロナズナさんを育てたダービートレーナーだ。
しかしながら、転倒して怪我をしたスズシロナズナさんを無理に走らせて、脳外科手術が必要になるまで追い込んだという鬼の如きスパルタトレーナーだとか……。
手術の結果スズシロナズナさんはレースに復帰出来たけど、そこまで追い込んだ責任を取って、チーム〈ポラリス〉をクビになった、という所までは聞いている。
去年のダービー直後の頃はTVワイドショーで連日取り上げられて、やたらにバッシングされていた記憶がある。
色々と非道な噂は聞いている物の、目の前で優しく微笑む美人さんがそんなに残忍な人だとは到底思えない。見かけに騙されているだけかなぁ…?
「あはははっ、コスモスもアイリスの噂に騙されてた口かぁ」
唐突なハピネスちゃんの笑い声が部屋に響く。よく分かんないけど、私、騙されてたのかな…?
「世間じゃ色々言われてたけど、アイリスは何も悪くないんだよ」
それからハピネスちゃんは自分の事の様に、やれアイリスはずっと治療を受けさせたかったとか、スズシロナズナの家族も納得しているとか、私に向けてアイリスさんを擁護する説明を続けた。
「もう良いわよハピネス。あまり詳しく話してもコスモスちゃんが消化しきれないわ…」
そう言ってアイリスさんが止めてくれるまでハピネスちゃんの熱弁は続いたのだった。
「じゃあ最後にこれだけ言わせて。ずっと憧れだったGⅠを直前にして『怪我したから出せません』なんて言われたら、コスモスだって納得出来ないと思うの!」
あ〜、まぁ確かに私もティアラGⅠを前にして『出せません』って言われたら、大人しく従えるかどうかは分からないのかもな……。
☆
「なんかコスモスにアイリスの事を話していたら気持ちが落ち着いて来たよ。今日の所は普通にライブ出来そう。ありがとうね、コスモス!」
そう言ってハピネスちゃんはにこやかにライブのステージへと歩いていった。もう心配は要らなさそうかな?
でも私、本気で何もしていない。ただ話を聞いていただけだよね……。
「貴女が来てくれたからハピネスの気分が紛れたのは確かよ。私からもお礼を言わせて。これからもハピネスと仲良くしてくれると嬉しいわ」
アイリスさん、本当に美人で優しい人だ。今日はまた新しく素敵な人に出会えた。後で新代さんに自慢しようっと!