咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
「来たねコスモス。この辺でアンタとぶつかりそうな予感はあったよ…」
「ヴィブちゃんもね。今日は… 今日だけは負けないよっ!」
「上っ等。オークスへの切符は1枚だけ、あたしも他の娘には渡せない!」
スイートピーステークス当日、東京レース場のパドックへと向かう地下馬道、私はお友達の… ううん、ライバルのヴィブリンディちゃんと遭遇していた。
これから走るスイートピーステークスはティアラGⅠである『オークス』のトライアルレースで、優勝者はオークスへの優先出走権を得る。ヴィブちゃんの言う通り、切符は1枚しか用意されていない。絶対に譲れない戦いだ……。
☆
パドックでの小舞台に立ち、ジャージの上着を颯爽と脱ぎ捨て観客席に向かって胸を張る。
この「ジャージを脱ぎ捨てる」行為にどの様な意図と意味があるのか私は知らない。昔からの慣習でウマ娘も皆それに倣っているだけだ。
それこそ子供の頃はTVの中でウマ娘のお姉さん達がジャージを投げ捨てる様を見て『カッコいい!』と憧れた物だが、投げ捨てる側となった今では、素足丸出しのブルマも含めて少し恥ずかしい面も否めない。
でも観客席の中には、大人に混じって目と口を大きく開けながら、私達を眩しそうに見つめる小学生くらいのウマ娘もいたりする。
私達トゥインクルシリーズを走るウマ娘には、そういった後進の子供たちの夢を守る責務もあるからね。見苦しい姿は晒せない。
「コスモスーっ、今日は頑張れよーっ!」
「応援してるからねーっ!」
「今日勝ってGⅠ行ってくれーっ!」
ドロワの際のダンス動画が出回ってから、フォーゲルの人気は鰻登りで、ファン数を大幅に増やしてきた。
そしてその〈
ファン数増加は数字としては分かり易いのだが、実感としてはなかなか掴みにくい物がある。全寮制の学園に住む
なので、今まであまり聞かれなかった「観客席からの応援の声」というのは、
もうこの感覚だけで感激して泣いてしまいそうになる。まだレースを走ってすらいないのに、だ。
私は零れそうになる涙を誤魔化すために、観客席に向けて大きくお辞儀をし、何も言わずにそそくさと地下馬道へと戻ってしまった。
とりあえず現段階までの人気はヴィブちゃんが1番で私が2番、その差はほとんど無い。今日のメンバーの中では私達2人が群を抜いていると思われているらしい。もちろん他の娘だって中央トレセン学園の生徒だ。私達2人の実力が抜きん出ている、等と言う事はあり得ないからね。油断は禁物だ……。
☆
「時間です。では皆さん、私に
レース場の中央にあるパドックから、一度地下に入り反対側の本馬場へと入っていく。その際に綺麗な芦毛のウマ娘さんが引率するかの様に私達の先頭に立って歩く。
こういった『誘導ウマ娘』という仕事があるのだが、その大半は芦毛か白毛でなおかつ超絶美人のウマ娘が務めている。
主な仕事は私達レーサーの先導だが、レース中に怪我や転倒等の事故があった際に、いち早く駆け付けて応急手当や精神のケア等の対応に当たったりもする。
ほとんどは引退した学園のOGが就職するが、それとは別に誘導ウマ娘専用の専門学校もあるらしい。普段あまり誘導ウマ娘さんを気にしないのだけど、ハピネスちゃんのトレーナーのアイリスさんに会ったせいか、芦毛美人さんがやたらに目立って見える。アイリスさんも誘導ウマ娘やらせたら凄く映えると思うな。
さて、誘導ウマ娘さんに付き従う様に本馬場入場する14人のウマ娘、観客席からの拍手で迎えられ、レース開始を告げるファンファーレが会場に響く。
天候は曇りだが馬場は「良」、私は外目の7枠でヴィブちゃんは真ん中5枠。『外枠の不利』は承知しているけど、中盤から後半にかけて他の娘に踏み荒らされていないレーンを走れるのは大きなメリットにもなる。
一度大きく深呼吸してスターティングゲートに身を収める。ヴィブちゃんとの決戦、オークスではパラディンさんや他の強豪が待っているのだ。幼い頃からの『夢のティアラ』、絶対に負けられない!
☆
ゲートが開いて14人のウマ娘が一斉にスタートする。注目するライバルはもちろんヴィブちゃんだが、他の娘だって実力に大きな隔たりがある訳では無い。
先行するヴィブちゃんを追って後ろにつく。ぴったりマークしてプレッシャーを掛けてやる。
500mほど進むと向こう正面の登り坂があり、それが終われば下り坂に、そしてゴール直前で再び登り坂となる。
勝負は下りの第3コーナーから、それまで如何に他者に惑わされずに『自分のレース』が出来るか? が今の私の課題だ。
昨日のハピネスちゃんのレース結果もまだ確認していない。気にはなるが今は自分のレースが第一だ。
ヴィブちゃんが5番手、私がその後ろという形で、レースは勝負どころの下り坂に入る。東京レース場の大榎は仕掛けどころの良い目印になるんだ。
ヴィブちゃんも仕掛けてスピードを上げるのが感じられる。ヴィブちゃんは先行型だが、直線での末脚は強い物を持っている。『先行』して『差す』走り方が出来るトンデモない娘なのだ。
同時に私にも《
外から攻めてヴィブちゃんの末脚を捉えられるのかどうかは分からない。分かるのはここでウジウジ考えていても勝利は得られない、行動あるのみ、という事だ。
第4コーナー、私は遠心力に押される様にヴィブちゃんへのマークを外し外に膨らむ。そして直線、ヴィブちゃんとの差はおよそ2馬身、ここからが正念場。
《
残り500m、ヴィブちゃんの再加速が始まる。まだ前には3人が走っている。
残り400m、坂が始まる。先行の3人は坂で速度を落とし、ヴィブちゃんがトップに躍り出る。
残り300m、私は手を伸ばせば届きそうな位にヴィブちゃんを追い詰めた。私の方がスピードが乗っている、このまま抜き去れば私が1着だ!
残り200m、ヴィブちゃんとの差が全然縮まらない… 彼女も私と同様に、1番目指して必死に走っているのだ……。
「わぁぁぁぁっ!!」
ヴィブちゃんの雄叫び声が聞こえた。彼女も最後の力を振り絞っているんだ。限界のはずだ。追いつける、追いついて見せる! 私だって… 私だって「絶対に負けたくない」んだ!!
「あぁぁぁぁっ!!!」
私も最後の気合と共に声を出す。残り100m、50m、20m……。
私とヴィブちゃん、永遠に続くかと思われた2人の勝負は、スタートから1分46.8秒後に決着した。
届かなかった……。
私の脚は最後まで逃げるヴィブちゃんを捉えきれず、最終的にクビ差の2着という結果に終わってしまった……。