咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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新代さんじゃなかったら私は勝てなかった

 これは夢…? 一体何が起こってどうなったのか? 気が付けば無意識のまま第1コーナー近くまで走ってしまっていた。朧気(おぼろげ)な記憶を辿り、多分、恐らく、『私が勝った』事を認識する。

 小走りで戻る途中、観客席から「初勝利おめでとう!」とか「よく頑張ったな!」なんていう声が聞こえる。

 

 私、勝ったんだ… 本当に勝てたんだ……。

 

 そりゃあもちろん『絶対に勝つ』つもりでレースに臨んだ。でもそんなのは他のウマ娘も同じだし、気持ちだけで勝てるほど中央のレースは甘くない。

 

 それでも… それだからこそ……。

 

 途端に感情の大きな波が打ち寄せ、私の理性を取り払ってしまった。涙が止め処なく溢れ出し、とても立っていられない。

 私はその場でしゃがみ込み、感情のままに大号泣してしまった。

 

 勝てたよ、お父さんお母さん。勝てたよ、徳島のみんな。勝てたよ、クラスのみんな。そして勝てたよ、新代トレーナー……。

 

 観客席の反応はやがて大きな拍手の渦へと変わっていった。その数は2000から3000くらいだろうか。

 今日のメインレースはGⅢの東京新聞杯。重賞とはいえ雪が降るほどの冷え込みの中、わざわざレース場まで足を運んでくれるくらい熱烈なファンの人達。その人達が無名な(悪名はあるけど)私の初勝利の為に手を叩いて祝福してくれている。

 

 その優しさと暖かさが嬉しくて、更に涙が溢れてくる。もう何も考えられなくなってくる。

 頭では次のレースの為に早急に退場しなければならないのに、思考に反して頭も体も泣く事に全振りしてしまい、私はその場から動く事すら出来ないでいた。

 

「大丈夫ですか? 動けます?」

 

 若い女の子の声がする。声を掛けられた事でほんの少し正気に戻れた。

 涙でボヤケた目で見上げると、栗毛の(ショートカット)を揺らして上品そうなウマ娘が寄り添ってくれていた。体操着で胸には白いゼッケンに大きく『1』と書かれており、今のレースで1枠で走っていた娘だと分かる。番号の下には彼女の名前である『メジロパラディン』の文字が……。

 

 え? メジロ…? もしかしてあの名門『メジロ家』のメジロさん…?

 

 意外すぎる情報に驚くあまり涙が引っ込んでしまった。お陰で予想以上に早く冷静さを取り戻す事が出来た。

 

「は、はい。大丈夫です。ありがとうございます」

 

 彼女の差し出した手を取り立ち上がる。なんだか王子様に手を引かれているお姫様みたいな気分になってくる。

 そんな気分を察したのか、観客席の拍手は更に大きく鳴り出した。ここまでされると逆に恥ずかしいな……。

 

「5敗からの初勝利おめでとうございます。勝負に負けた事は正直悔しいですが、今日は貴女が勝ったことで『折れない心』を勉強させて頂きました。(わたくし)もすぐに追いつきますので、また共に走りましょう」

 

 目の前の彼女… メジロパラディンさんは爽やかな笑顔でそう告げた。

 なんだか凄いイケメン仕草で、初勝利に浮かれて心に隙が出来ている私にグサリと刺さってきた。

 

 私より髪がサラサラで、私より背が低くて、私よりもとっても可愛らしい顔をしているのに、なぜか素敵な男性に出会った時の様にドキドキしている。この気持ちは何なのだろう…?

 

 ☆

 

「おめでとう! 遂にやったな!」

 

 控室に戻る途中、地下バ道で新代トレーナーが待っていてくれた。トレーナーの嬉しそうな満面の笑顔を見たら、また涙が溢れてきた。

 今日はもうダメだ、多分この後ライブが終わったら泣くし、親から電話されたら泣くし、寮に帰ってトッカン先輩と話をしたら泣くだろう。もう『泣く日』と割り切って涙腺をフル稼働させようかな。

 

「トレーナー… 本当にありがとう。私みたいなヘッポコを育ててくれて、信じてくれて、そして待っていてくれて… 新代さんじゃなかったら私は勝てなかった。もうとっくに田舎に帰ってた。新代トレーナーだから勝てたよ、ありがとう…」

 

 そこまで言って新代トレーナーに不意に抱きしめられた。普段こういったスキンシップは敢えて取らない方針の人なので、少し驚いてしまう。でも嫌じゃない。仮に嫌だったらウマ娘の力なら男性と言えど簡単に引き剥がせるし。

 それに何より、新代トレーナーも泣いてるし……。

 

「すまんコスモス、俺の今の顔をお前に見せる訳にはいかない。だからほんの少し我慢してくれ…」

 

 泣き顔を見られたくないのね。鼻声で私を強く抱き締める新代トレーナー。少し煙草臭い。『男の人って難しいんだな』と思いながら、私は『OK』の意志を込めて、彼の胸に顔を埋め、そっと抱擁を返した。

 

 ☆

 

 控室に届けられた糊のよく効いたライブ服「STARTING FUTURE」に着替える。レース後のウイニングライブの際に、レース上位3名だけが着られる特別な衣装。

 私の戦績5敗のうち、2戦は2着と3着に入ったので、その時はこのライブ服を着てステージで歌ったが、今日は違う。今日は私が主役(センター)で歌い踊る。

 

 レース後からこのライブの時間まで30分も無い。その間にとりあえず涙は出し尽くさせて貰った。

 

「どんなに悲しくても悔しくても、そして泣くほど嬉しくてもライブは常に笑顔で。それが見に来てくれたお客さんへの最低限の礼儀だ」

 

 トレセン学園で私達は上記の言葉を何度も何度も叩き込まれる。だからトレセン学園の生徒は今から歌う「Make debut(メイクデビュー)!」は、どの様なメンタルでも朗らかな笑顔で歌える様に厳しく訓練されている。

 変に意識せず、学校の授業のつもりで歌えば、そうそう恥ずかしい様を晒す事はない、と思う……。

  

 ☆

 

 レースとレースの間にはおよそ30分間の開きがある。その間に前レースでウマ娘達が踏み荒らしたコースの整備や、次レース出走者のパドックでのお披露目等が行われる。

 

 レースそのものは長くても3分程で終わってしまうので、レースをしていない時間の方が圧倒的に多い。なので時間を持て余したお客さん達の暇潰しの一環で、前レース走者達のライブステージが行われるのだ。

 

 使用される楽曲は、中央ではGⅠレースを除き全て「Make debut(メイクデビュー)!」という曲と決まっている。

 地方ではまた違ったルールがあるらしいが、詳しくは知らない。子供の頃に親と行った高知レース場では普通に「Make debut(メイクデビュー)!」を歌っていたが、かつて()()オグリキャップさんが笠松での初勝利の際に、ステージで「笠松音頭」を踊った伝説は有名だ。  

 

 東京レース場内、コースの脇に常設されている小ライブステージ。舞台袖から客席を覗く、今から始まる私のステージを見に来てくれたのは200人ほどだろうか。

 歌謡祭の時、ここ同じ東京レース場で歌った時は、コースを改装した特設ステージに立って、10万人のお客さんに向けて声を上げた。

 

 あの時に比べれば規模も何もかもが違う。一流のステージを知ってしまった私には物足りなさすら感じられるステージだ。

 しかし歌謡祭の時の私は『ただの前座』『その他大勢』の1人でしか無かった。

 

 でも今は違う。

 

 目の前のお客さんは私を、コスモスキュートをわざわざ見に来てくれている。この差は天と地ほどに大きい。

 暗闇(れんぱい)を抜けて最初の一歩だ。この晴れ晴れとした気持ち、勝利の誇り、高揚感、全てをぶつけてライブを盛り上げて見せる。

 

 私の(レース)は今この瞬間、新たなスタートを切ったのだった。

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