咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
また負けてしまった……。
『1着しか
それこそ皐月賞の時に思った「ゼロコンマ数秒の慚愧」を、早速むざむざと味わっている状況だ。
悔しい、悔しい、悔しい… 身が灼かれる程、死ぬほどに悔しい……。
でも何故だろう? 以前までの様な絶望感に似た悲しさを今の私は感じていない。負けが混みすぎて私の頭がおかしくなってしまったのだろうか…?
「ヴィブりん、よくやったぞーっ!」
「ヴィブちゃんおめでとうーっ!」
「オークスでもその末脚を見せてくれーっ!」
勝利したヴィブちゃんを観客の祝福の声が包む。やっぱり一番人気だけにその声も大きく多い。
対して2番人気でかつレースに負けてしまった私へは声援などではなく多くの罵詈雑言が……。
「コスモス惜しかったなーっ!」
「まだまだこれからこれから! 秋に期待してるからなーっ!」
「お前がいたから熱いレースを見られたんだ、胸を張って良いぞーっ!」
…あれ? 私宛の声援も結構聞こえてくる。応援してくれたのに負けちゃってガッカリさせてないのかな…?
何にせよノンビリとしていられない。私達のウイニングライブの時間は刻一刻と迫っている。早く着替えに戻らないとね。
「お帰りコスモス、惜しかったな…」
地下馬道で新代トレーナーが待っていてくれた。いつもの様に負けた私を心配して来てくれたのかと思えば、何やら嬉しそうな雰囲気を醸していた。
えぇ…? 担当が負けたのに何がそんなに嬉しいんだろう? それだけで何となく気を悪くした。
「先に着替えてきます。話は後で…」
この口が悪態をついてしまう前に、そそくさと逃げる様に控室に入ってしまった。
☆
今日の私は2着、なのでセンター用のライブ服『スターティングフューチャー』を着られる。胸元の露出が高いのが少し恥ずかしい服だけど、バックダンサー用の服より数段着心地は良いのだ。
着替える前に控室に備え付けのテレビの電源を入れる。あと数分で本日のメインレースである『天皇賞 (春)』が始まるのだ。
ただレースを全て見ていてはライブの集合時間に間に合わない。粘って見られて本馬場入場くらいまでかな…?
今はパドックでのお披露目の最中で、色とりどりの勝負服に身を包んだ先輩方が華麗に舞っている。
出走メンバーは1番人気から順に、ここまでGⅠ4勝、先月の大阪杯覇者かつ、エバシブさんのお姉さんであるブラックリリィさん。秋天2連覇を果たし、どうしても春の盾が欲しい生徒会長のトウザイブレイカーさん。菊花賞覇者で長距離に強いと定評のあるスメラギレインボーさん。一昨年の朝日杯FS覇者パッションオレンジさん、神戸新聞杯覇者のフックトッシンさん等といった強豪揃いだ。
スズシロナズナさんは、すでに再来週のヴィクトリアマイル出走を表明しており、この場には居ない。
本来ならここにツキバミさんやトッカンクイーン先輩も出走しているはすだったのだが、残念ながら今回その両者は怪我のために欠場だ。
テレビ画面を気にしつつも忙しげに手を動かし、パパっとライブ服に着替えて控室の外で待機している新代さんを部屋に招く。
丁度本馬場入場でこれから各馬のゲートインというタイミング、タイムリミットだ。
関係ないけど、GⅠレースだと誘導ウマ娘のお姉さんは3人になるのね。豪華だね。
「コスモスは落ち着いているか? 歌えるか…? 後でゆっくり話がしたい。良い話もあるんだ…」
新代さんは私を心配そうな顔で見つめる。『良い話』というのが先程の笑顔の理由かな? どの道ライブが終わってからじゃないと話は出来ない。
「大丈夫です。行ってきます。後で春天の動画を見せて下さいね…」
☆
「今だから言うけど今日のコスモス、すっごい怖かった… 後ろからビンビンオーラ感じて、食べられちゃうかと思って必死で逃げたよ。それぐらい今日のコスモスは『
ライブ終了後、ヴィブちゃんが私に駆け寄って来て耳打ちしてきた。
確かに後ろに付けてプレッシャーかける戦法で走ったのは間違いないが、オークス出走権を賭けた大一番、鬼気迫るほどに本気だったのは否定しない。
「まぁ負けちゃったけどね… でも私も今日のレースはすごく特別な物の様な気がしてる。ヴィブちゃんと競ったおかげでレベルアップ出来たと思ってるよ」
私の今の気持ちは、かつてパラディンさんを桜花賞に送り出した時の物に近い。自分でも意外な程にヴィブちゃんのオークス出走が嬉しい。
ウマ娘の原動力は「負けたくない」という強い想いだ。自分の心が平静なのは、その気持ちが薄くなっちゃった、とかなのかな…?
☆
「お帰りコスモス、まずはお疲れ様。事故無く無事に走り切ってくれて嬉しいよ…」
新代さんが控室で待っていてくれた。レースは何が起こるか分からない。ウマ娘同士や内外のラチとの接触、それに伴う転倒、不意の骨折や脱臼捻挫関節炎、最悪心臓発作すらも起こり得る。
学園の授業でも「トレーナーやファン、親や友人を含め、トゥインクルシリーズは多くの人の希望を背負って走るのだから、安全には最大限の注意を払え」としつこいくらいに教わる。
怪我や病気になりたくてなる娘はいないが、ツキバミさんやトッカン先輩の様に突発的になってしまう娘は後を絶たない。私も日々気をつけてはいるつもりだ。
「着替える前に少し話をさせてくれ。今日のレース終盤、君とヴィブリンディの一騎打ちだが、坂を終えたゴール手前200mからのタイムがなんと10秒フラットだった… 時速にして72km、これはコスモス自身のレコードタイムであると同時にGⅠ級の記録でもある。コスモス、君はやはり『そこ』までの走りが出来る娘なんだ。是非自信を持って欲しい、それが言いたかったんだ…」
興奮気味に一気にまくし立てた新代トレーナー、なるほど「良い話」ってそれだったのね……。
確かにヴィブちゃんとの攻防は我を忘れるほどに集中していた。目の前のヴィブちゃんだけを見て、自分の体とか走りとか全く頓着していなかった。
その結果、ヴィブちゃんに『怖い』と言わしめた走りも出来たし、全力の走りは『自己ベストタイム』という副産物まで産んでくれた。
これが『走る』という事… 『競う』という事。レースに負けてもあまり嫌な気持ちにならなかったのは、きっと自分の全力を出し切って悔いのない
負けて悔しいのは当然だが、それ以上に白熱したレースが『楽しかった』。全身全霊を賭けて競える相手がいる事が『嬉しかった』。そんなレースを通じて更なる成長が出来た事が心から誇らしい。
ヴィブちゃんに負けたのは、最後の最後で脚勢が並んでしまって追い抜けなかったからだ。GⅠ級の脚を、私以上の脚をヴィブちゃんも持っている。私には更なる
そして私は『もっと速くなれる』。理屈ではない、体の奥底から湧き上がる力が「もっと速く」「もっと強く」と声を上げているのを心で感じるのだ。
「コスモス… 笑っているのか…?」
新代さんに言われて気がついた。私はいつもの私らしからぬ不敵な笑み… マンガの悪役の様なサディスティックで嬉しそうな笑みを、無意識に浮かべていたのだった……。