咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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海外かぁ… ちょっと憧れますねぇ…

「ヴィクトリアマイルは3着までの娘にジャックルマロワ賞、あるいはムーランドロンシャン賞への優先出走権が与えられる。褒められた内容じゃ無かったけど、あたしは確かに3着だった。権利はある、だろ…?」

 

 絞り出す様な口調で話すオオエドカルチャー先輩。こんな大事な事を敢えてみんなの前で言うのは、もしかして自分の退路を断つ作戦なのかな…?

 

「…まぁエド(おまえ)がそうしたいならそれは構わねえけど、オカメハチモクとは競走(やら)なくて良いのか?」

 

 山西チーフは否定もからかいも無しにカルチャー先輩の言葉を受け止めた。まるで最初からカルチャー先輩が海外挑戦を言い出すのを分かっていたかの様に……。

 

「いや、ムーランドロンシャン賞が良い。オカメハチモクから逃げる訳じゃ無い。もちろんあいつはいつか潰すけど、でも今回の狙いはオカメハチモク(あいつ)じゃない…」

 

 ちなみにジャックルマロワ賞とムーランドロンシャン賞は共に芝1600mのレースだ。しかし何よりも大きな違いはそのレース形態にある。

 

 ムーランドロンシャン賞は通常のコースを回るレースだが、ジャックルマロワ賞は芝の1600mを坂もコーナーも無い直線1本で全員が疾走するレースだ。平坦で直線のコースのため、一瞬のキレとスピードが重視される。

 

 日本にも『アイビスサマーダッシュ』という直線のGⅢレースはあるが、こちらは1000mと国土事情を反映したやや小振りなレースになっている。

  

 ジャックルマロワ賞の開催は8月のドーヴィルレース場、一方ムーランドロンシャン賞は9月のロンシャンレース場の開催となっている。

 そしてこのロンシャンレース場は10月初旬に世界最高峰レースである『凱旋門賞』が行われる場所でもある。

 

 オカメハチモクさんが目的じゃないのなら、目的は誰か別の人? 或いは別のイベント? あ、もしや…?

 

「ジャックルマロワ賞はあくまで予習、あたしの本命は『凱旋門賞』… だからあたしはそのままフランスに残って凱旋門賞も走るよ…」

 

 カルチャー先輩の発言に衝撃を受け、部屋の誰もが声を出せずにいた。山西チーフは考え込む様に無言で腕を組んでいる。

 

 なるほど、そういう事なのね… まさかカルチャー先輩が海外、それも凱旋門賞を狙っていたとは全く予想も出来なかった。

 

「…エド、ちょっといいか?」

 

 沈黙を破る様に新代トレーナーが軽く挙手をする。カルチャー先輩は無言のまま目で続きを促した。

 

「凱旋門賞を走るにしても、今からでは出走登録には間に合わないんじゃないのか? 確か締め切りは5月の…」

 

「実は届けは出してあるんだよ…」

 

 新代トレーナーの言葉を山西チーフが遮った。そんな話は初耳だ。どういう事だろう…?

 

「ヴィクトリアマイルの直前にエドから申請を頼まれていてな… まぁ俺も半分冗談だと思ってたし、直前でエドの気が変わる可能性もあったからお前らには黙ってたんだよ。まさかムーランドロンシャン賞と連戦するつもりだとまでは予想出来なかったけどな…」

 

 ヴィクトリアマイルの前からカルチャー先輩は海外遠征を考えていたのか… それも天下の『凱旋門賞』だなんて、凄すぎて頭の回転が追いつかない。

 確かにGⅠを2勝、GⅡを1勝しているカルチャー先輩の戦績ならば、凱旋門賞への出走はかなりの確率で叶うだろう。

 

「でもせっかく凱旋門賞を走るのなら、1600のムーランドロンシャン賞よりも、2400mのフォワ賞の方が練習として良くないかしら?」

 

 今度は林トレーナーが質問する。確かに本命の凱旋門賞もフォワ賞同様に2400mのレース、つまり同じレース場の同じ距離なので、林トレーナーの言葉には説得力がある。

 

 それに1600mのレースの直後に2400mのレースを走るのは、その間の調整に余計な手間が掛かるのはトレーナーじゃない私でも容易に想像出来る。

 

 それに対しカルチャー先輩は冷ややかにフッと笑うと、大仰に短い髪を掻き上げてこちらに挑戦的な視線を送る。

 

「せっかく海外のGⅠを連戦出来るのだから挑戦しない手は無いでしょ? それにムーランドロンシャン賞開催はフォワ賞の1週間前、でもその1週間をトレーニングなり休養に充てられるのはとても大きなアドバンテージになる…」

 

 言葉、気候、水や食べ物… 海外の慣れない環境に適応するのも(おそらく)容易ではない。確かにそこで1週間の猶予が有ると無いとでは、安心の度合いも変わってくるだろう。

 カルチャー先輩はそこまで考えているんだ… 凄いなぁ……。

 

「俺もフォワ賞に挑戦しといた方が良いんじゃねえかと思ってたんだが、そういう考えだったのなら仕方ねぇな… どっちにしろそういう大事な事を担当トレーナーにまで隠してんじゃねぇよクソガキが…」

 

「うっさいなぁ。昨日の夜まで決心が付かなかったんだよ… 今年のあたしは出たいレース全部出るって、もう決めたんだ。凱旋門賞からジャパンカップ、そして有記念… それであたしは…」

 

 急に悲壮な顔つきになって、忌々しげに言葉を切るカルチャー先輩。そして神妙な面持ちでカルチャー先輩を見つめる山西チーフ。2人に何かあったのかな…?

 

「ほぇ〜、エドちゃん頑張るねぇ… あたしなんかもう今年いっぱいで引退する気マンマンなのに…」

 

 カルチャー先輩とトレーナーさん達のやり取りを黙って見ていたババヤーガ先輩が茶化す様に口を出す。でもそのおかげで重かった室内の空気が少し軽くなった気がする。

 

「バー、お前だって枯れるにはまだ早すぎるぞ? 引退するにしても、せめて重賞の1つでも獲ってから引退しやがれ」

 

 山西チーフに突っ込まれて、バー先輩がイタズラっぽく舌を出して答える。確かにバー先輩も普通に走れば速いのに勿体ないなぁ、とは思う。

 

「コスモスはこのまま夏合宿で、明けて秋華賞トライアルの『ローズステークス』だな。エドが穫れなかった秋華賞、期待してるからな?」

 

「「はいっ!」」

 

 山西チーフの檄に対し、私と新代トレーナーの声が重なる。この一体感は少し恥ずかしいけど、とても心強くて誇らしくもある。

 

 ☆

 

 ミーティングが終わり、私と新代トレーナーは本日のトレーニングをこなすべく、学内のジムへと歩いていた。

 

「それにしてもエドが凱旋門賞か… 全然気が付かなかったよ。チーフも人が悪い…」

 

 新代トレーナーがボヤいている。確かに身内である私たちにくらい打ち明けてくれても良さそうなものだ。

 

「でも海外かぁ… ちょっと憧れますねぇ…」

 

「コスモスも来年はチャンスがあったら狙ってみるか海外。でもまずは目先のローズステークスに向けて力を付けような」

 

 新代トレーナーの言葉に、私は気合十分で「ハイっ!」と元気よく答えた。 

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