咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
ウイニングライブの後、私宛に新聞の取材の申し込みがあった。『5戦5敗』の後の初勝利は申し訳程度にはニュースバリューがあるらしい。まぁ指2本分くらいの小さな扱いでも取り上げてもらえるだけ良い事だし、それが吉事なら尚更だ。
結局レース場に長居しては落ち着かないだろうという新代トレーナーの判断で、私達は早々にトレセン学園に帰る事にした。
東京レース場とトレセン学園は数kmしか離れておらず、ウマ娘であれば散歩コースみたいな感覚なのだが、勝利のご褒美 (?)という事でタクシーに乗って帰ってきた。
寮はトレーナーでも立ち入り禁止の為、寮の前で新代トレーナーとはお別れとなる。
「おや、早いねコスモス。中継見てたよ、初勝利おめでとう!」
私の住む栗東寮の寮長さんである青鹿毛のウマ娘、ヤオビクニさんが最初に出迎えてくれた。何人かで寮のエントランスの掃除をしていたところらしかった。
ヤオビクニさんは現在5年目のシニア級で、短距離や
「ありがとうございます。ご心配をおかけしました」
「えーっ?! ウソ、コスモスちゃんもう帰ってきちゃったの?」
ヤオビクニさんに頭を下げたタイミングで後ろからトッカン先輩の慌てた声が聞こえた。自分の
そんな悲しい思いで振り向くと、割烹着を着たトッカン先輩がカフェテリアの厨房から顔を覗かせていた。
「あ、あのね… 初勝利のお祝いに厨房を借りて、コスモスちゃんの好きなリンゴでタルトを作ってたんだよ… もっとゆっくりしてくると思ってたから、まだ仕込み段階で… 出来たらお部屋に持っていくから、もう少し時間潰しててくれないかな…?」
感動! お祝いの言葉だけでも嬉しいのに、大好きなトッカン先輩から手作りお菓子をプレゼントしてもらうなんて! そして割烹着姿で照れるトッカン先輩、超カワイイ!! 目の保養! お持ち帰りしたい! あ、同室だった。
「いえ! そういう事なら私も一緒に作ります! たくさん作って皆さんにも振る舞って、喜びを分かち合いましょうよ!」
私の提案にエントランスで美化作業をしていた(恐らく門限破り等の罰でさせられていた)ウマ娘達から「やったぁー!」と歓声が上がる。
「え? あの、みんなって… 栗東寮だけで1000人いるんだよ…? えぇ…?」
盛り上がる現場に反して顔が青くなるトッカン先輩。あー、そっかぁ。確かに『みんな』に振る舞うとなると厳選するのは変な話だし、1000人分のタルトなんて私達2人では完全に手に余る。調子乗って変な事を言ってしまった。今から取り消したら恨まれるだろうなぁ……。
「あっはっはっは! 面白そうじゃないか。トッカン、アタシも手伝うよ。ほらアンタらも掃除はもう良いから、料理できる奴はトッカンを手伝ってやりな。料理に自信無い奴は買い出しだよ! リンゴ300個買ってきな。皆で作って夕飯のデザートビュッフェに間に合わせるよ!!」
ヤオビクニさんの果断な指揮のおかげで、あれやこれやという間に材料が揃い、人手が揃い、本当に夕飯までに800個のタルトが完成した。
「多分寮生全員は食べないと思うんだよね」
というヤオビクニさんの判断で、生産予定を1000から800に減らしたんだけど、これがほぼドンピシャな売上げを見せた。
リンゴが得意じゃない娘や糖質制限中の娘も居た(タルトの棚の前で、食べたくても食べられず泣き崩れている娘も見かけた。なんかゴメンなさい)ためか、夕食時間が終了して最終的に残ったタルトは僅か12個。もちろんそれらは私や製作を手伝ってくれた娘達で分けて、きっちり食べ切った。奇跡のロスゼロだ。尤も30個くらいなら私1人でもペロリと食べられたと思うけど、そんな事したら多分トレーナーにメチャクチャ怒られるだろうなぁ……。
念願の初勝利も飾れたし、寮ぐるみで素敵なタルトパーティーも催してもらって、本当に今まで生きてきて最高に幸せな1日になった。
☆
「トッカン先輩、改めてありがとうございました」
部屋に帰って就寝前、パジャマに着替えている最中のトッカン先輩に声を掛ける。
「ううん、なんか
トッカン先輩はいつも困った顔で気弱に笑う。それが癖になっているのか、トッカン先輩の笑顔は見る者の心をゾワゾワさせる儚さと美しさがある。私より小柄なのにそういう色気があるのは凄いと思うし羨ましく思う。
「あ、いや、今日だけの話じゃなくて。私、ずっとトッカン先輩と新代トレーナーに甘えていたんだなぁって思い知りました。先輩と同室になってもうすぐ1年ですけど、その間、自分のGⅠレースとかもあったのに、私の事を色々と気遣ってくれて、見守ってくれて、本当に良い先輩に巡り会えたなぁ、って感謝してるんですよ!」
トッカン先輩が私の方に振り向くと、その目にはキラキラと涙が浮かんでいた。泣くのを我慢して、それでも出来なくて何度も鼻を啜り上げている。
「違うよ。私はそんなに素敵な先輩じゃないよ。クラッシックGⅠに出られる事になって、自信の無さから緊張していた私を『凄いなぁ、凄いなぁ』ってコスモスちゃんがファン目線で持ち上げてくれたから、『応援してくれる人に応えたい』って頑張れたんだよ。コスモスちゃんが応援してくれたから、クラッシックGⅠ全てで入賞出来た。感謝しているのは私の方…」
トッカン先輩が右手を差し出してくる。私はその手を取って引っ張り、バランスを崩したトッカン先輩を抱き止める。
「あっ…」
思わず可愛らしい声を出すトッカン先輩が余計に愛おしい。ベッドに押し倒したくなる、やらないけど。
「私、トッカン先輩の事、大好きです。これからもずっと応援しています。ツキバミさんとかブラックリリィさんとか速い人は沢山いるけど、今後はトッカンクイーン単推しで行きますから!」
私の腕の中でトッカン先輩が少し震えた。笑ってるのかな…? 私、何か変な事を言った?
「フフフ、ありがとうコスモスちゃん。とっても嬉しいよ、元気出たよ。コスモスちゃんも、私の知ってるテクニックとか何でも教えてあげるから、困った事があったら気軽に相談してね」
そう言って優しく微笑んでくれた。
☆
トッカン先輩は5月の「春の天皇賞」を目標に、次走は「阪神大賞典」で調整するそうだ。
私の次走は月末の「デイジー賞」、桜花賞へのステップ2だ。準備時間は長くないが、なんとなく勝ちのイメージは掴めた気がする。
勝ちのイメージ… そう言えば、今日のレースの最後に起きた、あの『走るべきルートが光って見えた』のは何なのだろう? ああいう不思議な事ってよくある事なんだろうか…?
『明日になったらトレーナーにでも聞いてみるかな?』 なんて事をつらつら考えていたら、そのまま寝入ってしまっていた……。