咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
「模擬レースですか…?」
「あぁ、昨晩トレーナー連中で集まって飲んでたんだが、この1ヶ月で誰が一番合宿で成長したかを自慢し合っているうちに『んじゃあレースで決着つけようじゃねーか』って話になってな…」
…もぉ、何でいい大人が集まって、そんな子供のケンカみたいな話になっちゃうんですか?
「しょうがないですねぇ。まぁ私もこの1ヶ月頑張ってきたから、それを試せる場があるのは嫌じゃないですけど…」
何か勢いで決められた行事には苦言を呈したい気持ちはあるが、走る事自体はウマ娘ならみんな大好きなのだ。
「で、誰と模擬レースするんですか? トッカン(クイーン)先輩ですか? (ベクター)スキャンちゃんですか?」
一応チーム単位で模擬レースをするのなら、関係の近いチーム〈アルカイド〉さんだと勝手に思っていたのだけれども……。
「あ、いや走るのは同期のクラッシック級だけだよ。〈マルス〉のフォーゲルフライとか〈ポラリス〉のエバシブとか。オークス覇者のジーニアスセイントもいるぞ!」
は? ナニソレ…? 今聞いたメンバーだけでも同期の頂上決戦じゃないですか。なんでそんな豪華なメンバーの模擬レースに私なんかが参加する話になっているのか…?
「コスモスだって狙ってるのはGⅠの秋華賞だからな。GⅠホルダー達に負けない所を見せてやれ!」
何で新代さんノリノリなのよ…? もしかしてケンカした張本人だったりするのかな?
☆
「やぁコスモス、一緒に走るのは久し振りだな。今日はよろしく頼む」
「う、うん… フォーゲルもよろしくね…」
レース当日、場所は合宿場にほど近い練習用の一周1800mのコースだ。もちろん普通に合宿の練習でも使う物なので、生徒トレーナー問わず学園関係者の見物客はとても多い。
現クラッシック級最強レベルのウマ娘が、路線に関係なく何人も参加する模擬レース、話題にならない訳が無い。
これで外部のマスコミとか一般人を呼び込んだら、メンツ的に数万人を呼べるメモリアルレースになるだろう。まぁこの練習場だと1000人もキャパ無いけどね。
一応今回の模擬レースは脚部への負担を考えて、芝ではなく
芝のレースは得意でも、ダート適性が無くて途端にタイムを急激に落とす娘はざらにいるし、生え抜きであるGⅠクラスの選手なら、その傾向は更に高くなる。
ちなみに私は小さい頃からダートもそこそこ慣れてるし、得意とは言わないまでも苦手意識は無い。つまりダートでなら私でもフォーゲルに勝てる可能性があると言う事だ。
しかし噂を聞きつけたのか、当日になって更に参加者が増えに増え、最終的に9名という模擬レースにしては結構な大所帯となった。
以下に内枠から順に名前を挙げる。名前の後に獲得重賞も入れておくから分かりやすいと思う。
フォーゲルフライ(ホープフルステークス、日本ダービー)
ジーニアスセイント(フィリーズレビュー、オークス)
ハピネスシアター(宝塚記念)
エバシブ(皐月賞)
ナチュラルシャイン(NHKマイルC)
タクミノツバサ(青葉賞)
アバロンヒル(朝日杯FS)
コスモスキュート
ヴァーンズィン(チューリップ賞)
私以外は全員が重賞ホルダーで、重賞未勝利の私には名前の後に繋げるレース名が無いのが、場違い感半端ない。
ちなみにメジロパラディンさんは本人は参加する気だったものの、北野トレーナーに「予定が埋まっておりますので」と、すげなく断られたそうだ。北野トレーナーはこういう突発的なイベント嫌いっぽいし仕方ないね。
なので走者は集まったものの、今まで親交があったのはフォーゲルとアバロンとハピネスちゃんだけで、後の人達は名前こそ知っている物の直接会話をした事が無い。
『推し』であるエバシブさんと仲良くなるチャンスではあるのだけれども、どうにも近寄り難い雰囲気がある人なんだよなぁ……。
それでも挨拶くらいはしておきたい。という訳でエバシブさんに接近してみる。
エバシブさんの服装は、学園指定の体操服である半袖のシャツの上に水色のフード付きパーカーを羽織り、フードを被っている。下は中に白いタイツを履いたショートパンツ、特徴的だったのが彼女がレースの際に着用している顔の上半分を覆う黒いバイザーを着用していた事だ。
彼女の隣にはトレーナーさんと思しき優しそうな若い男性が立っていた。
「こんちにはエバシブさん、初めまして。私はコスモスキュートといって…」
「あ〜、やっぱ無理。帰るわ…」
えぇ…? エバシブさんはこちらの自己紹介の途中で私に背を向けて、1人でスタスタと宿舎方面へ歩き去ってしまった。
一応着替えてトレードマークのバイザーまで装着していた辺り、レースに出るつもりで準備していてくれたのは間違い無いと思うけど……。
振り返る事無く遠ざかっていくエバシブさんの背中を、取り残された私と(多分)エバシブさんのトレーナーさんは呆気に取られて見守るしか出来なかった。
「あ… あの、私エバシブさんが気を悪くする様な何か失礼な事を言ってしまいましたか…?」
普通に挨拶しようとしただけなのに、こんな冷たい態度を取られるとは想像が及ばず、半ば混乱した状態で男性に質問する。これでこの人がエバシブさんとは無関係だったら私バカみたいだよね……。
「あぁ、いつもの事なので気にしないで下さい。10分前まではヤル気だったんですけど、彼女、少しでも気が乗らないと『ああ』なんですよ。例えそれがGⅠレースでもね」
男性が通りすがりの他人じゃなくて、事情を知っている人で良かった。まずはその一件で安堵する。
そう言えば「エバシブは超気分屋で、気が乗らないとレース途中でも走らなくなる」とは新代トレーナー(更にその先輩のチーム〈ポラリス〉の目黒トレーナー)から聞いてはいたけど……。
「まぁ夏の日差しは彼女には普通に毒なので、今回の模擬レース、我々は辞退させて下さいと新代さんに
「あ、はい。分かりました…」
エバシブさんのトレーナーは家守峠さんっていうのか、その柔らかながらも気弱そうな人当たりから、普段からエバシブさんのワガママに振り回されていそうな感じだ。
その疲れた表情からは、何とも言えない幸薄そうなオーラが読み取れる。普段から苦労してそうだな……。
そのまま家守峠さんを見送り、新代トレーナーに今の件を報告しようと振り向いたら、目の前にボサボサの長髪に分厚い眼鏡を掛けた、私よりも背の高いウマ娘が立っていた。
その娘は少し眠そうな目を嬉しそうにニンマリとさせながら、私に顔を近づけて口を開いた。
「はろはろー、ボクはヴァーンズィン。キミがパラちゃんの言ってたコスモスキュートちゃんだね?」
ヴァーンズィンさんは獲得重賞こそチューリップ賞だけだが、ティアラGⅠの桜花賞とオークスで共に2着になっている超強豪だ。
えっと、予想していたよりも緩い感じの人なのかな…? 『パラちゃん』ってのは多分パラディンさんの事だよね。パラディンさんのお友達なのかな…?
「あ、初めまして。コスモスキュートです…」
ヴァーンズィンさんは何か面白い物でも眺めるように私を上から下まで見回して、そして唐突に私を抱きしめた。
そのまま私の襟足に鼻を近づけて、大きく匂いを嗅ぐ様な動きを見せる。ちょっと怖いかも……。
「今日ボクが来たのは、キミの走りを間近で見せてもらおうと思ってね。キミの匂いは覚えたから… じゃあレースの方よろしくね」
何とも不可解かつ不気味な言葉と妖しい笑顔を残して、ヴァーンズィンさんは颯爽と去っていった……。