咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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これが、世界…

 夏合宿も4分の3を過ぎる頃、とうに消灯時間は過ぎ、もうすぐ日付が変わろうと言う時刻にも関わらず、宿舎のホールに置かれた大型テレビの前には、100人以上の学園生徒とそのトレーナーが集まっていた。

 もちろんその中に私と新代トレーナーも混ざっている。

 

 というのも、間もなくフランスはドーヴィルレース場にて、日本の「最強マイラー」と謳われていたオカメハチモク先輩のジャックルマロワ賞への挑戦が行われるからだ。

 

 オカメハチモク先輩。その走りは第4コーナーを越えてからの凄まじい追い込みで、最後尾から出走者全員を直線でぶっちぎって1着をもぎ取っていく、まさに『稲妻』。

 

 オカメハチモク先輩には『風林火山』の二つ名があるが、それは正確には彼女自身ではなく、彼女の『末脚』… 恐らくは《領域(ゾーン)》に付けられた異名だ。

 その凄まじい末脚の瞬間最大速度は嘘か(まこと)か『時速80km超』と、ウマ娘のギネス世界レコードに迫る物だそうだ。

 

 昨年の『NHKマイルカップ』と『マイルチャンピオンシップ』、年明けての『高松宮記念』とで既にGⅠを3勝し、5月の『ヴィクトリアマイル』は2着だったものの、優勝したスズシロナズナさんと共に、3着のオオエドカルチャー先輩以下を大差で置き去りにして見せた、まさに『怪物級』のウマ娘だ。

 

 そんな偉大な先輩が満を持して海外GⅠレースに初挑戦するのだ。生徒達が盛り上がらないはずがない。

 

 そんなに凄いウマ娘なのに、(聞いた話だが)普段の生活はおおらかで優しくて、少し… いや結構ぼんやりした所があるそうだ。

 

 レースは最も『負けたくない』と想ったウマ娘が勝つ。その為に内なる熱い思いを常に携えている必要があるのだが、それは時として他者への攻撃衝動として現れる事がある。

 

 それこそカルチャー先輩や同期のヘリアンさんの様な『キツい性格のウマ娘』は、どの学年にもどの階級にも一定数は存在する。

 

 いつもニコニコしていて控えめで凄く優しい、私のルームメイトのトッカンクイーン先輩ですら、レース前で集中している時期はその(オーラ)の圧に押されて声も掛けられなくなる。

 

 そういったトレセン学園の状況にあって、オカメハチモク先輩の悪い噂や怖い噂ひとつ聞いた事が無いのだから、余程の人格者なのか隠すのが上手いのかどちらかなのだろう。

 

「カメーっ! 頑張れよーっ! あたしが付いてるからなーっ!!」

 

 テレビの前でひときわ大きな声で応援しているのはスターコロボックル先輩だ。確か昨年の『青葉賞』の優勝者で、青葉賞直後に故障して1年以上レースには不出走だったはずだ。

 

 小さい体に似つかわしく無い大きな声でオカメハチモク先輩を応援している。確か2人は同期で同じチームらしい。仲良しなんだろうなぁ。

 

 テレビではパドックの様子を映しており、海外で有名な一流ウマ娘も多数出走している。オカメハチモク先輩は8番人気と、海外勢からはあまり期待されていない様だ。

 

「新代さん的にどうですか? オカメハチモク先輩…」

 

 私は隣に座る新代トレーナーにレースの予想を振ってみた。そりゃ個人的には日本のウマ娘に勝って欲しいけど、周りも世界中から選りすぐられた「最強マイラー」揃いなのだ。

 

「そうだなぁ… フランス(むこう)の背が高くて足を取られる芝にどれだけ慣れたか… あとは日本と違ってコーナーの無い直線勝負だから、仕掛けるタイミングがうまく取れるかどうかだと思うよ…?」

 

 新代トレーナーも口が重い。遠征してのアウェー試合なので、不安要素は挙げたらきりがない。それらをねじ伏せてゴールに飛び込むパワーがオカメハチモク先輩にあるかどうか…?

 

 テレビの前の皆が固唾を呑む中、ジャックルマロワ賞のゲートが開いた。

 

 ☆

 

 ジャックルマロワ賞はコーナーも傾斜も無い、本当に直線一本で1600mを走り切るレースで、戦略や駆け引きよりも純粋なスピードや瞬発力が問われる戦い(レース)だ。

 

 オカメハチモク先輩は一瞬ゲートから出遅れる。それが本当に出遅れたのか、いつもの様に後方スタートを切る為の演出なのかは計り知れない。その判断がつかないせいで、ただ見ている私達には心臓に悪い事この上ない。

 

 それでも画面から目を逸らす訳にはいかない。レースは1600m、僅か1分半で終わってしまうのだから。

 先頭が1000mを超えた辺りで後続が速度を上げ始め、段々と全体が短くなり横に広がっていく。

 

 オカメハチモク先輩が加速を始めたのは残り500m地点。その気迫はテレビの画面を通じて1万km離れた日本の私達にもダイレクトに伝わってくる。

 

 オカメハチモク先輩の息遣い、心臓の鼓動、脚に(みなぎ)る力の全てをテレビの前のウマ娘達は全員が共有している。

 

「頑張れーっ!」

 

「カメちゃんファイトーっ!」

 

「先輩勝ってくださーいっ!」

 

 まるでレース場の観客席みたいな様々な声援が飛び交う。オカメハチモク先輩は必殺技の『風林火山』を発揮し、面白い様に前の者を追い抜き、先頭の娘を今まさに捉えようとしている。

 

「あっ…」

 

 残り100mくらいで誰かが小さく声を上げる。不安に満ちた小さな小さな声。ラストスパートへの応援の声に掻き消されてほとんどの人の耳には届かなかった声……。

 

 その声が切っ掛けになった訳でもあるまいが、そこからオカメハチモク先輩は何故か失速してしまう。

 再加速出来ないままゴールの直前で1人2人と抜かされていき、オカメハチモク先輩は最終的に6着になってしまった。

 

「これが、世界…」

 

 思わず独り言が漏れる。『日本最強マイラー』を持ってしても入着すら叶わない。全くもって世界にはどれほどの『怪物』が(ひし)めき合って居るのだろうか? この残酷な現実に私は一瞬血の気が引いて視界が暗くなる。

 

 悲壮な悲鳴と落胆の声で埋まる合宿所のホール。先ほどの小さな声の発信者が気になり周りを見渡すと、ハピネスシアターちゃんのトレーナーさんであるプラチナアイリスさんと目が合った……。

 

 ☆

 

「カメは多分仕掛けどころをミスったのね。重い芝でのスタミナロスの計算が甘かったんだわ。あと1秒か2秒我慢して仕掛ければ失速せずに勝てたと思うわ…」

 

 恐らくは私ではなく隣に座るハピネスちゃんに言い聞かせるみたいな感じで滔々と語るアイリストレーナー。

 それを聞いた他のウマ娘の中で実戦経験の豊富な娘らはアイリストレーナーの言に頷いて同意を示している。

 

「割と分かりやすい敗因だから、カメやきり(オカメハチモク先輩のトレーナーである『矛田(ほこた)きりトレーナー』)は帰国したら大変だろうなぁ… 皆さんもあの娘達には優しくして上げて下さいね…」

 

 アイリストレーナーは視線を巡らせ、周りのウマ娘達に請願する。

 そうだよね、勝ち負けはレースの常だもん。海外GⅠに挑戦出来ただけでも凄いんだから、同じアスリートの私達が責めるのは筋違いだよね。私ももし学園で会ったら優しくしてあげようっと……。

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