咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
スターティングゲートに入る。この幅90cmの空間が今の私の世界の全てだ。集中、とにかく今から始まるレースに集中する事。
今日のレースを逃したら、幼い頃からの夢であるティアラGⅠが永遠に手の届かない存在となってしまう。
それだけは絶対に回避したい。ティアラの為に10年頑張ってきた人生なのだから。
とにかく今はレースに集中だ。新代トレーナーだって観客席から応援してくれているんだ。無様な真似は見せられない……。
あれ? なんでここでまた新代トレーナーが出てくるのかな? 何か妙に意識してない? 今日の私???
などと、ボーッと考え事をしていたらゲートが開いてしまった。
☆
完全に出遅れた… 私は最後尾からのスタートとなる。
しかし中京の2000mレースはスタート直後に坂があり、スタートダッシュが決めづらくなっている。
坂の傾斜角は東京レース場以上ではあるのだが、一度降ってからすぐまた登る中山レース場よりは緩いと言える。
私にとって初めて挑戦する東京と中山以外のレース場だ。ちゃんと事前の傾向と対策は済ませてある。
スタートでごちゃついて馬群に揉まれてあたふたするよりは、一歩引いた場所から冷静にレースを進められる今の位置は悪くないかも知れない。
とは言え、その一瞬の遅れを取り戻すのに、いつも以上の力が必要なのは変わらない。
この「ローズステークス」はGⅡだ。GⅠを見据えた実力者ばかりを集めたレースで、悠長に構えていては引き離されるばかりだろう。
とにかく落ち着く事が最優先。ここで運が良いのか悪いのか、今日の有力出走者は私を含め『差し』脚質のウマ娘が非常に多かった。
開始直後の坂という状況も相まって、少々ゆっくりとした幕開けになっており、坂が終わる頃には私も集団に追いつけた。勿論その為に後半に温存しておくべきスタミナを前借りしてしまったのは残念だ。後に響かなければ良いけど……。
当然出走者全員の脚質が後半控えるタイプな訳はなく、レースは『逃げ』脚質のジュエルフラッシュとアーマーピアスさんの2人が牽引する流れとなった。
逃げの2人が先行し、そこから10馬身近く離されて中団以降の馬群が続く。私はその中で7〜8番目くらいの位置に就いた。
周りは『差し』脚質の強豪ウマ娘ばかりで、何と言うかオーラと言うか圧が凄い。近寄っただけでも弾け飛ばされそうに感じる程だ。
ヴァーンズィンさんは本当に私をマークしているのか、私の左後方に居て(多分)目を光らせている。
その他の中団に控えるウマ娘も、気のせいか私の動きを見据えている様にも感じられた。
これは恐らく私の自意識過剰とかではなく、レース前のジュエルの言葉通り私が『皆からマークされている』のだろう。
出遅れに加えて、いつものレースよりも感じる
フォーゲルフライやメジロパラディンさんなどは、GⅠと言う今の私よりも強烈なプレッシャーに囲まれる環境で、私よりも早くに戦っている。
彼女達に追いつき追い越す為にも、私もこんな所で足踏みしては居られない。
『負けたくない! 絶対に勝ちたい!!』
そう思った瞬間に《
《
私が速度を上げた事を周りの娘達も感知したのか、全体が速度を上げ始める。
そして2人で先頭争いをしていたジュエルとアーマーピアスさんも、最初のスピードは維持できずにジリジリと差が縮んできた。
始めに出遅れた分と最初に仕掛けた分とで私のスタミナは想定より浪費してしまっている。
中京レース場の直線はやや長めだ。途中にはスタートから1周してきた2度目の急坂がある。
全ての行程を全速力で挑んでしまっては、最後まで私のスタミナが保つかどうかはかなり怪しい。
だがここで力を抜いて、ティアラへの切符を失ってしまっては元も子もないのだ。
「行く! やってやる! ここで勝つんだぁっ!!」
自然に声が出た。私は《
☆
第4コーナーを抜けて順位は先頭がアーマーピアスさん、次がジュエルだが彼女のスタミナはもう残っていない様に見える。
3、4番手は私よりも遅く仕掛けたが、上手くインコースを取って前に出てきた試合巧者のアウターハッピーさんとノースリーブさん。
差が無くその次が私で、ヴァーンズィンさんは私の影を踏む様に、私の後をピッタリと付けている。ヴァーンズィンさんの顔が見えない分、余計に怖い。
坂が始まった辺りでジュエルが順位を落とし、同時に私の《
さぁここからは根性勝負。体に残った全精力を前に進む為に投入する。0.1秒でも早く
《
初めに「逃げ」て更に終盤加速するなんて芸当は、天才揃いのトレセン学園でも100人に1人レベルの才能だろう。
思ったよりも坂がキツい。一歩ごとに足が上がらなくなる。肺に空気が入ってこない。それでも前へ前へとひた走る。私には
坂が終わり私の前はアーマーピアスさんとアウターハッピーさん。《
アーマーピアスさんも限界なのだろう、私は少しずつだが差を詰めていけている。このままならゴール直前で差せるはずだ。私が絶対に勝ってみせ… る……。
ヴォン……。
その瞬間に私の耳に聞こえた異音。耳元で虻が飛び回る様な音と不快感、そして後ろから感じた飲み込まれそうな程に強烈なプレッシャー……。
そのプレッシャーに掻き消される様に私の《
その圧の持ち主は言うまでも無い、ヴァーンズィンさんだ。彼女が私の後ろから飛び出して、あっと言う間に私に並び追い抜いた。
決してヴァーンズィンさんを軽視していた訳では無い。だが私はその時アーマーピアスさんに意識を全振りしていたので、ヴァーンズィンさんへの配慮が疎かだったのは否めない。
ヴァーンズィンさんはツキバミさんやフォーゲルがよくやる様な、前のめりに倒れるかと思われそうな異様に低い走法でアーマーピアスさんをも抜き去り、華麗とも言える差し切りでローズステークスの優勝をもぎ取っていった。