咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
聖蹄祭2日目の日曜日から秋のGⅠ緒戦となる『スプリンターズステークス』が開催され、学園の野外ステージに特設された大型ビジョンで、テレビ中継が行われる。
今年は、去年別レースへの参加の為にスプリンターズステークスへの参加を辞退したオカメハチモク先輩が出走を表明しており、高松宮記念と並んで2大スプリント制覇なるか? と話題になっている。
他にも去年の優勝者ドキュウセンカン先輩や、4年目のベテランファイヤーブレス先輩、安田記念の覇者で私のクラスメイトであるローゼスストリーム等の強豪が多数参加していた。
レースは去年同様にドキュウ先輩が逃げを打ち、その他が追いかける展開となる。
後半ローゼスがあと一歩の所まで追い込むが、ドキュウ先輩が終始先頭のまま2連覇を成し遂げた。
タイムは1分07秒5と、かなり早いペースだったためか、オカメハチモク先輩の末脚は不発に終わり、大本命の彼女は4着という荒れた展開になった。
「速い展開に流されたのもあるけど、海外遠征での疲れがまだ取れてなかったのかもなぁ…」
との新代トレーナーの評だが、フランスでのレースから2ヶ月、やっぱり国が変わると色々調整に手間暇かかるんだろうなぁ、とは思う。
以前新代トレーナーと「来年は海外遠征だ!」みたいな話をしたけど、それで調子を崩しちゃうと意味が無いもんね。ちょっと怖くなってきたよ……。
そしていつもならスプリンターズステークスを堪能して聖蹄祭は終わるのだけれども、今年はもう一つ大きなイベントがある。
そう、オオエドカルチャー先輩、並びにスズシロナズナ先輩の出走するフランスの『凱旋門賞』だ。
世界に冠たるレースと言われる凱旋門賞は、言うまでもなく世界中からその国最強のウマ娘が集い『世界一』を決めるレースだ。
その栄誉あるレースに、今年は日本から2人の俊英ウマ娘が挑戦している。
時差の関係で凱旋門賞のスタートは午後10時を過ぎており、本来ならば学園生徒は寮の門限が過ぎているのだが、夏合宿の時のジャックルマロワ賞と同様に、学園側の計らいで特別に門限時間が緩和されている状況だ。
寮の広間の大型テレビ、寮個室の自前のテレビ、そして昼にスプリンターズステークスを映し出していた野外ステージの大型スクリーン等々、様々な場所で学園生徒2000人が各々世紀の大レースの出走を、今か今かと待ちわびている。
私と新代トレーナーもステージの前で待機している。
以前、寮の部屋でトッカンクイーン先輩と2人で『フォア賞』の動画を見た時、トッカン先輩が「ナズナちゃんは雨のレースに強いから、凱旋門賞で雨が降ったら面白い事になる」と言っていたが、まさにその通りの展開になった訳だ。
後で調べたら、凱旋門賞当日は雨が降る事が多いらしい。トッカン先輩はその辺も見越して発言していたんだろうなぁ……。
パドックでの先輩達2人の様子は、とても落ち着いていた様に見えた。
ロンシャンレース場は普段から芝の深い場所だと聞いている。それが雨で更に重くなっている状況で、2人とも上手く走れるのか心配だ。
「世界最強を決めるレース…」
緊張とワクワクと不安の入り混じった気持ちが声に出てしまう。隣の新代トレーナーも優しく微笑んで「ああ」と私に頷き返してくれた。
そして遂に『凱旋門賞』のゲートが開かれた。
☆
最初に抜け出したのはムーラン・ド・ロンシャン賞にも出走していた、アメリカのロードアンドホークさん。男性ボディビルダーを彷彿させる黒人のマッチョファイターで、激しく不良な馬場を物ともせずに快走している。
2番手はフランスの… いや世界のエース、前年度の凱旋門賞覇者ルミエルシュプリームさん。長い金髪をたなびかせ、こちらも天候や不良馬場などどこ吹く風の涼しい顔で走っている。
3番手はイギリスのコンバットアーマーさん。トッカン先輩と同じ位の小柄な体格なのに、過酷なレースをこれまた事も無げに走っている。
その次がスズシロナズナ先輩。何か考え事をしているのか、はたまた雨を避ける為か、目を薄く開けたままで走っている。
我がチームのエース、カルチャー先輩は現在12〜13番手。彼女は後半に追い上げてくる脚質なので、全体を見渡せるポジションに付けて様子見の作戦なのだと思う。
カルチャー先輩と近いポジションで待機しているのが、前年度のジャパンカップ覇者、ドイツのバラタックさん。勝負服が軍服っぽいデザインなのがとてもオシャレでカッコいい。
最後尾が『イギリス最強』と噂されるバレンタインホープさん。オカメハチモク先輩ばりに強烈な末脚を持っている豪傑らしい。
しつこい様だが凱旋門賞は世界最高峰のレースだ。そこには『最強』を狙う20人のウマ娘が世界中から集まっている。明らかに格下なウマ娘はそこに居ない。誰が勝っても不思議では無いのだ……。
☆
第3コーナーまではロードアンドホークさんが先頭をキープしていたが、そこからの下りの急坂で大きく膨らんでしまい後続に詰められる。
ロンシャンレース場の坂は最大高低差10mという、URAで最も勾配のある中山レース場のほぼ倍に相当する。
足元の悪い雨の中を全力疾走して坂を下ればそういう事故も起こるよね。
坂を抜けフォルス(偽りの)ストレートと呼ばれる短い直線に入った所で、ルミエルシュプリームさんがトップに立つ。彼女は終始理想的なポジショニングで走っており、スタミナの浪費も少さそうに見える。
純粋な『速さ』だけではレースには勝てない。道中の位置取り、馬場の状態、他の出走者の動き、ゴールまでのスタミナ管理… それらを全て1秒ごとに刻々と移り変わる状況に臨機応変に判断し、最適な行動をしなければならない。
世界最強のメンバーの揃うレース、しかも悪天候の中で、その様な理想的な走りが出来る時点で、ルミエルシュプリームさんは本当に卓越したセンスと実力を兼ね備えた人なのだろう。
テレビ越しで見ているだけでも背筋が寒くなるのに、カルチャー先輩やナズナ先輩の様に現場で競っている人達の心境はどれほどの物だろう…?
「カルチャー、前が空いたぞ、行けっ!」
新代トレーナーが見ていたのはカルチャー先輩だった。カルチャー先輩の武器は鋭い『末脚』だ。
フォルスストレートを抜けて最終直線、ここから残り約500m、先輩の脚なら差し切れる距離だと思う。
愛しの新代トレーナーの声が聞こえたのか、カルチャー先輩がスパートをかける。
現在カルチャー先輩は6〜7番で、新代さんの言う通りカルチャー先輩の前には邪魔する人は誰も居ない。先頭のルミエルシュプリームさんとの距離はおよそ5馬身。
個人的にはカルチャー先輩には思う所が無いでも無いけど、今は日本代表の1人だし、何より同じチームの大先輩だ。素直に応援しよう。
野外ステージの客席で観戦している数百人の学園生徒&トレーナーさん達も、一斉に固唾を呑んでレースの行方を見守っている。
カルチャー先輩が加速するが、それは他のウマ娘も同様だ。ルミエルシュプリームさんが1人抜け出て、その1〜2馬身後ろにカルチャー先輩を含め4人が追いすがる。
カルチャー先輩が外から追うが、前のウマ娘達と脚勢が並んでしまい差が縮まらない。残念だがカルチャー先輩がこれ以上前に出るのは極めて難しいだろう……。
一瞬の落胆もつかの間、まさかの大内からラチギリギリでスズシロナズナ先輩が飛び出した。
ゴールはもう目の前。ナズナ先輩とルミエルシュプリームさんが並び、2人もつれる様に勝利線を越える。
今、学園野外ステージは… いや恐らくは日本中で爆発的に歓声が上がっただろう。
それはスズシロナズナ先輩が日本ウマ娘の宿願、日本人初の快挙、凱旋門賞優勝を成し遂げた瞬間だった……。