咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
激動の凱旋門賞が終わり、日本中がスズシロナズナブームに沸いた。テレビやネットの話題の中心はもっぱらナズナ先輩であり、普段ウマ娘レースに興味の無い層の人達ですらも巻き込んで大いに盛り上がっていた。
トレセン学園の中でも、ナズナ先輩と同期で大親友のオカメハチモク先輩や、最大のライバルと目されているブラックリリィ先輩、スメラギレインボー生徒会長らも、テレビの特別番組で度々ゲストコメンテーターとして招待され、ナズナ先輩の事を熱く語っていた。
何と言っても過去誰も成し得なかった偉業を遂げた『勇者』の誕生に、学園生徒達のボルテージもうなぎ登りで、小耳に挟むだけでも海外遠征を考える娘がかなり増えた印象だ。
凱旋門賞のフランスに限らずドバイや香港、アメリカやイギリスへの挑戦が、より身近な物になったのは確かだろう。
この盛り上がりは当分続くと思われる。新しくウマ娘レースに興味を持った人達が更に応援してくれる様になれば、レース界も活気づくし良いこと尽くめだと思う。
ただ問題は、新しいファンに「スズシロナズナは凄かったけど、他のウマ娘は大した事無いな」と思われない様に、後続の私達が頑張る必要があると言う事だ。
スケジュール的に凱旋門賞の後に注目されるレースは、最初のGⅠである『秋華賞』だ… って私の出るレースだよね……。
もし
それだけは避けたいなぁ… めちゃくちゃ緊張してきたよ……。
☆
「ただいま…」
凱旋門賞から2日後、ナズナ先輩と同じく凱旋門賞に挑んだオオエドカルチャー先輩が、担当トレーナーである山西チーフと共に戦地フランスより帰国した。
カルチャー先輩はムーラン・ド・ロンシャン賞で8着、凱旋門賞で5着とかなり健闘はしたものの、優勝したナズナ先輩の陰に完全に埋もれてしまい、報道では半ば『いない人』扱いになっている。酷いよね。
本人もそれを感じているのか、外面からは疲れて居心地の悪そうな気持ちが見て取れた。
「エドちゃんおかえり〜! あたし達はスズシロナズナより断然エドちゃん推しだからね〜。お疲れ様、よく頑張ったよ、うんうん!」
チームメイトのババヤーガ先輩が嬉しそうに突撃して、カルチャー先輩にハグを決める。
残った私と新代トレーナー、そして林トレーナーの3人は拍手でカルチャー先輩と山西チーフを出迎えた。
「ちょっとバー、苦しいってば。今そういうの良いから」
カルチャー先輩がそっけなくバー先輩を押し返す。いつも通り不機嫌そうに見えるけど、怒っている感じではなくて照れている感じに思える。私もそれなりにカルチャー先輩とは付き合いが長いのだ。そのくらいは分かるようになっている。
「アタシの事より今は次のコスモスのGⅠでしょ? 仕上がりはどうなの?」
カルチャー先輩が私の心配をしてくれるなんて… と一瞬感動しかけたが、カルチャー先輩の視線は私ではなく新代トレーナーに向けられている。
あ、これは新代トレーナーと話がしたいだけで、私の調子は話しかける口実でしか無さそうかな…? これは良くないね。なんと言うか、『私のトレーナーなのに!』と言う気持ちが湧き上がる。
現状カルチャー先輩とは恋敵状態なので、不要な嫉妬心が制御出来ない自分が少し恥ずかしい。
「今のところ順調だ。変に気負わずに実力を出し切れれば、優勝も狙えると俺は信じてるよ」
新代トレーナーは私の肩に手を置いて、にっこりと微笑んでくれた。お世辞でも何でも、私のGⅠ優勝を信じてくれている人がいる。その『想い』はとても強く私の力になる。
しかしカルチャー先輩の次の言葉は、私の予想を大きく上回る、恐怖に満ちたものだった。
「そう… コスモス、後でちょっと2人で話せる?」
☆
トレーナー事務所のミーティング室で、テーブルを挟んで私とカルチャー先輩が差し向かいで座る。
以前、カルチャー先輩に《
今はひとりぼっちなので寂しさに加えてとても怖い。普通にカルチャー先輩が怖い。
「あ、あの… カルチャー先輩、お話しって…?」
怯えた私を見てカルチャー先輩は一瞬不思議そうな顔をして、その後プッと吹き出した。
「何で怯えてんのよ? 別に取って食ったりしないってば。アンタ、あたしを何だと思ってんの?」
何って… 『偉大で怖い先輩』ですかねぇ? 言えないけど。
「いやぁ、てっきりローズステークスのお説教か、フランスでの愚痴を聞かされるのかと… でもカルチャー先輩、世界の舞台で5着ってとても凄いですよね!」
これは別におべんちゃらとかではなく、私の本心だ。さっきは言う機会が無かっただけだ。
「それは良いわよ別に。ムラッ気のあるスズシロナズナより前人気はあたしの方が上だったけど、やっぱり
カルチャー先輩、本当にスッキリした顔をしている。いつも怒っているイメージだから、こんな先輩は初めて見る気がするな……。
呆気にとられて何も言い返せない私をよそに、カルチャー先輩は言葉を続ける。
「コスモス… まずは秋華賞への出走決定おめでとう。秋華賞はあたしが穫れなかった
また何か文句を言われるものと決めつけて警戒していたが、普通に優しい言葉で激励してくれた。
あの気難しいカルチャー先輩に「期待」されるだなんて、ちょっと… いやかなり嬉しいぞ。
「…あ、はい! ありがとうございます。先輩の想いも背負わせてもらいますね!」
秋華賞は今、私だけの『願い』だけではなく、カルチャー先輩の『願い』となった。
フンスと気合を入れる私にカルチャー先輩が軽く微笑む。
「アンタのそういうとこ、以前は甘っちょろくて好きじゃなかったけど、それでもGⅠまで這い上がって来た。認めざるを得ないよね…」
「先輩…」
以前は偉大すぎで目標にする事すら憚られたカルチャー先輩が私を認めてくれた。感無量で言葉も出ない。
「コスモス、あたしは今年いっぱいでトゥインクルシリーズを卒業して、ドリームトロフィーリーグに進む。だからこの秋はGⅠを連戦してとにかく強い奴らと戦うつもりでいるんだ…」
思わず耳を疑う。ドリームトロフィーはプロウマ娘の走る人気興行で、学生スポーツのトゥインクルシリーズとは格が違う。
そこに進めるのは超一流のウマ娘だけであり、真のエリートが集う場でもある。
「ええっ?! それ山西チーフは知ってるんですか…? へぇ、でも良いなぁ… カルチャー先輩ドリームトロフィーなんて凄いなぁ…」
凄いと思うのだが、カルチャー先輩は寂しそうに微笑むだけで、ちっとも嬉しそうじゃなかった。何で…?
「あんなの全然凄くないよ… とにかく話はそれだけ。応援してるから、情けないレースだけはしないでよね?」
それだけ呟いてカルチャー先輩は部屋を出て行った。
これは… 普通に激励してくれたんだよね…? 何か深い別の意味があったりしないよね…? 単純に喜んで良いんだよね…?
☆
世間の盛り上がりを他所に、トゥインクルシリーズは順調にスケジュールを消化している。
凱旋門賞から1週間、怪我から復帰したトッカンクイーン先輩は『京都大賞典 (GⅡ)』を走った。
だが優勝はパッションオレンジ先輩で、トッカン先輩は残念ながら4着だった。
でもまぁ怪我して半年ぶりのレース、それもGⅡで無事に走り切っての4着なら御の字だと思う。次の『エリザベス女王杯』が本番だもんね……。
そして秋華賞を直前にして、とても残念なニュースが舞い込んできた。
オークスの覇者であるジーニアスセイント先輩が、レース直前のこのタイミングで怪我をしてしまい、秋華賞を辞退する旨の発表があったのだ。
怪我の度合いは分からないけど、軽いものであって欲しい。ジーニー先輩とGⅠで走るの楽しみにしていたからとても残念だよ……。