咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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ハグしてくれませんか?

 秋華賞当日、控室で勝負服に着替える。私の勝負服、初めての勝負服… 本当にティアラのレースで着られるなんて夢のようだ。

 

「とても似合っているぞコスモス。俺もちょっと感動している」

 

 新代トレーナーが拍手しながら「似合っている」と言ってくれた。夢のレースに出られる事、好きな人にお気に入りのファッションを褒めてもらえた事、ダブルの喜びで跳び上がってはしゃぎたい。今すぐ遠くへ走り出したくなる。まぁその(たぎ)る思いはレースまでお預けだ。

 

「実を言うとな、俺はコスモスを見くびっていた… まさか本当にGⅠの舞台にまで上り詰めるとは思っていなかった。薄情なトレーナーでゴメン… 前からコスモスにはキチンと謝ろうと思っていてな…」

 

 む、私の夢を散々聞いておきながら本当は信じてくれていなかったのですか? それはダメですね、いけませんねぇ。

 

 でもそれは私も同じだ。デビューからの連敗で、『夢』は『夢』として「儚く」消える物だと半ば諦めて、自主退学すらも考えた。

 

 それでも私は今『ここ』にいる。ティアラを賭けた戦いに加われている。それは間違いなく新代トレーナーの導きがあったからだ。

 

「うふふ、私自身びっくりしてますから謝る必要無いですよ… ただ、1つお願いしていいですか…?」

 

 私だって必死に頑張ってきた。夢のGⅠに出走出来た。それをもっとこう… 目に見える形で褒めて欲しいんだよね……。

 

「何だい? 打ち上げのスイーツか? それなら秋月さんから良いお店を教えてもら…」

 

 違うの。あ、いや、スイーツも良いけど今はそうじゃなくて……。

 

「あの… レースの後、私が勝っても負けても… ハ、ハグしてくれませんか?」

 

 初勝利の時にも新代さんからハグをしてもらった事があった。

 あの時はまだ新代さんを『単なるトレーナー』としてしか見ていなかったから、ただビックリしただけだったけど、今の私だったらレース後に新代さんからハグされたら、悲しい事は帳消しに、嬉しい事は2倍になると思う。

 

 それってとても素敵な事だと思うんだ。

 

「え、ハグ? どうした急に? 何言ってんの?」

 

 トレセン学園に於いてトレーナーと生徒との恋愛や性的接触はご法度で、過度なスキンシップは周囲からの余計な疑惑を生みかねない。

 新代さんは私の恋心を知らないし、恐らく担当のウマ娘がふざけて冗談を言っているのだとしか思っていないだろう。

  

 だがそれで良い。冗談の延長のスキンシップならば大して問題にもなるまいし、「本気のハグ」はさすがの私も心の準備が追いつかない。

 

「『お詫び』というなら『それ』が良いんです。駄目ですか…?」

 

 ちょっと拗ねた感じで小首を傾げて可愛くお願いしてみる。こういうのって私のキャラじゃないのは理解しているけど、たまには良いよね? 

 

「…ああ、分かった。約束だ」

 

 事態の深刻さを分かっていない新代トレーナーは、大人らしいさわやか笑顔で私を送り出してくれた。

 

 ☆

 

「遂にGⅠで対決ですねコスモスさん」

 

 パドックに向かう途中、メジロパラディンさんから声を掛けられた。とっても綺麗なメジログリーンの勝負服、間近で見るのは初めてだ。

 

「パラディンさん… お久しぶりです」

 

 パラディンさんと本番(レース)で競うのは春のアネモネステークス以来だ。それ以降、彼女はティアラGⅠの常連となり、私は最終戦でどうにかこうにか滑り込めた。でも間に合って良かったよ、本当に。

 

「泣いても笑っても最後のティアラ、全身全霊で臨ませて頂きますわ」

 

 不敵な笑顔を浮かべて右手を差し出してくるパラディンさん。夏よりまた強くなっているんだろうなぁ、怖いなぁ。でも一緒に走れるのがとっても楽しみでもあるよ。

 

「こちらこそ絶対に負けませんよ!」

 

 私も手を取り返す。パラディンさんの強敵(ライバル)として恥ずかしいレースは見せられない。

 

「我がメジロ陣営の最重要マーク指定は変わらずコスモスさんですからね。トレーナーからは『寝言データでも何でも使って揺さぶりを掛けろ』と言われてきましたが、やはりそれは卑怯なので出来ませんねぇ…」

 

 うぐ… 出た。サマーウォークでメジロの施設でお世話になった時に、不覚にも録音されてしまった謎の『寝言データ』。どんな内容なのか私自身も知らないんだよね、寝言だけに。

 

 パラディンさんがめっちゃ悪そうな顔でニヤニヤしている。そういうのキャラに合ってないから止めた方が良いよ?

 

 何か新代トレーナー絡みの恥ずかしい事を私が口走っていたらしいけど、う〜、気になる! 何が「卑怯なので出来ません」だよぉ?! めっちゃ気になるじゃん!

 

「なので、そのマスターデータをここで丸ごとお渡しします。処分はお好きに…」

 

 パラディンさんはいつもの穏やかな笑顔に戻って、懐からメモリースティックを取り出し私に手渡した。

 

「あ、どうも… って、スティックで渡されても中身が分からなくてますますモヤるだけじゃないですか! これでどうしろって言うんですか?!」

 

 私の渾身のツッコミにケラケラと笑うパラディンさん。笑い事じゃないっつーの。

 

「お、天下分け目のGⅠだってのに余裕ありますなぁ2人とも。私も混ぜてよ、何の話?」

 

 ヴィブリンディちゃんがやってきた。ヴィブちゃんともスイートピーステークス以来の再戦で、彼女の末脚は最も警戒するべき脅威だ。

 

「あらヴィブリンディさん、実はですね…」

 

「わー! わー! 何でもないから! レースに集中しなきゃでしょ!!」

 

 ヴィブちゃんに口を滑らせようとしたパラディンさんの口を塞いでパドック方向に引っ張る。これ以上余計な恥を晒してはいられない。

 

 不思議そうな顔をして立ち尽くすヴィブちゃんを尻目にさっさとパドックに向かおうとしたのだけれども……。

 

「おお、いい匂いの集団だぁ。凄く美味しそう…」

 

 ほらぁ、ヴァーズィンさんまで来ちゃったじゃん。ただでさえ混乱している状況で、ヴァーズィンさんまで来たらもう『混沌』にしかならない。

  

「あらヴァーズィンさん、ごきげんよう…」

 

 何度もヴァーズィンさんと競っているパラディンさんも頭を下げて丁寧な挨拶をする。

 私としてはこの場は早いとこ逃げ出して自分のペースを取り戻したいんたけど、1人で逃げ出すのも無作法だよね……。

 

「お〜っすパラちゃんお久〜。うわぁ、コスモスちゃんの勝負服可愛いねぇ!」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 褒められて無視も出来ない。お愛想くらいは返さないと失礼だしね。

 下げた頭を上げた際にヴァーズィンさんと目が合った。

 

「でも、こぉんな綺麗な新品の勝負服を負けた涙で湿らせるのは可哀想だなぁ… まぁしょうがないよね…」

 

 そう言ったヴァーズィンさんの目には、いつものおどけた調子は微塵も見受けられず、まるで肉食獣の様な面影が宿っていた……。

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