咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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本当は凄く乙女な人なんですよ

 本日のトレーニングが終了し、着替えのために事務所に戻る。事務所には私よりも一足早く戻っていた新代トレーナーと山西トレーナーが何か話をしているようだった。

 

「よぉコスモス、新代から聞いたぞ? おめぇ《領域(ゾーン)》に目覚めたらしいじゃねぇか」

 

 口元をニヤリと歪めた山西トレーナーが、ズボンのポケットに手を突っ込んでがに股歩きで私に寄って来た。暴力団員に恐喝(カツアゲ)されそうな雰囲気で凄く怖い。

 

「あ、いや… 自分でも良く分からなくて新代トレーナーに相談しただけなんですけど…」

 

「あぁ、分かってる。新代から聞いたと思うが、俺らトレーナーも《領域(ゾーン)》に関しては諸説紛々で戸惑ってる部分が多いんだ。だから…」

 

 そこまで言って山西トレーナーは女子更衣室の扉をガンガン叩き出した。

 

「おいエド! コスモスが《領域(ゾーン)》について話を聞きたいってよ! オメェ俺より詳しいだろ? 後輩の指導も先輩の仕事だぞ! 早く出てこい!!」

 

 ムチャクチャするなぁ、と思いながら待っていると、数秒後に女子更衣室のドアが勢いよく開けられ、中から藤色の学園制服を着たカルチャー先輩が現れた。

 

「着替え中に話しかけるのはセクハラだって言ってるよなクソジジイ! それにあたしは自分の事で忙しいから後輩の面倒なんて見てる暇は無いんだよ!」

 

 カルチャー先輩めっちゃ怒ってる。こんなんじゃ話なんか聞ける訳無いよ。それにカルチャー先輩だって女の子なんだから、山西トレーナーももうちょっとデリカシーが欲しいよね…?

 

「頼むエド。コスモスの話だけでも聞いてやってくれないかな? チームで相談できるのは君しか居ないんだよ…」

 

 新代トレーナーが手を合わせてカルチャー先輩に頼み込む。そこでカルチャー先輩の顔色が一気に赤く染まった。

 

「げ… 新代居たのかよ…? ま、まぁ、アンタがそこまで言うなら話だけは聞いてやっても良いけどさ…」

 

 カルチャー先輩は新代トレーナーにだけは態度が甘く、そして私に対する当たりが強い。その理由は詳しくは知らないが、今のリアクションを見れば大体は察せられると思う。

 確かに新代さんはイケメンでこそ無いけど、優しいし、頭良いし、理性的だし、快適なトレーニングメニュー組んでくれるし、細マッチョだし、紳士だし、とにかく素敵な男性なのは間違いない。

 

 このカルチャー先輩の反応を見て山西トレーナーが顔をニヤニヤさせる。絶対に全てを分かっててやってる顔だ。

 

「決まりだな。ミーティング室を貸してやるからゆっくり話してろ。明日は肺活量トレーニングするからプールに集合な」

 

 楽しそうに退室していく山西トレーナーを忌々しげに睨みつけるカルチャー先輩。大声で悪態をつきたそうだったが、私には新代トレーナーの手前必死に堪えている様に見えた。

 

 ☆

 

「で? 《領域(ゾーン)》が何だって? あたしだって他人(ひと)に教えられる程《領域(ゾーン)》の事は知らないよ? 自分の事だって完璧に分かってる訳じゃないしね…」

 

 ため息をつき諦めムードで話し始めるカルチャー先輩。イヤイヤ対応している風に見えるが、目尻が少し緩んでいる様に見えるのは気のせいだろうか?

 

「とにかくコスモスに『何が起きたのか?』を知りたいんだ。本当に《領域(ゾーン)》と呼ばれる現象なのか、別の何かなのか… コスモス、もう一度さっきの話をエドに聞かせてやってくれ」

 

 新代トレーナーがカルチャー先輩に質問する形で会話は進んでいく。恐らく私が聞き役になるよりはスムーズに進むと思う。

 

「はい… レースの終盤、他の娘にルートを塞がれちゃって抜けられなくなってしまって… そこで『もう負けるのは嫌だ!』って思ってたら、視界がセピア色に染まって時間が止まったんです。そして足元から『ここを走れ』みたいな感じで光の線が伸びていって、その通りに走ったら勝てたんです…」

 

 私の話をそっぽを向いてつまらなそうに聞いていたカルチャー先輩だが、話を咀嚼(そしゃく)するように、何かブツブツと独り言を呟いていた。

 

「あたしも『専門家じゃない』って事を強調して、あくまで個人的意見としてだけど、多分それ《領域(ゾーン)》で合ってると思う… あたしとは色々違ってるけど、始まり方は良く似ているよ…」

 

領域(ゾーン)》は極めて感覚的な話なので、文字通り十人十色な効果や条件があるのだろう。

 

「あたしの場合も始まり方は良く似てる。あたしの時は周囲の白黒が反転して周りがスローモーションになる。その後体に力が湧き出して、末脚が更に伸びるんだ…」

 

 あまり他人とお喋りしないタイプのカルチャー先輩にしては珍しく饒舌だ。山西トレーナーにすら話していない様な事を教えてくれているのだと直感で分かる。

 

「ありがとうエド、とても助かったよ」

 

「べ、別に大した事じゃないし、後輩のためだし…」

 

 新代トレーナーから目を背け、顔を真っ赤にしながら答えるカルチャー先輩のツンデレ仕草が可愛い。

 さっき「後輩の面倒なんか見ている暇はない」と言っていたのは忘れてませんけどね。

 

「それでその能力(ちから)はどうすれば発動できるんだい?」

 

 カルチャー先輩の乙女心に全く関心を示さずに次の質問を始める新代トレーナー。そういうニブチンな所は減点対象だぞ?

 

「…それはあたしにも分かんない… とにかく『絶対勝つんだ!』とか『負けたくない!』って強く思えば思うほどに発現率は高くなると思う。でもどんなに強く念じても出ない時もある。少なくともあたしはそうだった…」

 

 あ、それ凄く分かるかも。私もあの時はかつてない程に『負けたくない!』と念じていた。6敗目なんて考えたくも無かった。

 その時の強い願いが奇跡を呼び込んだのであれば、『負けたくない』想いを全開にする事で《領域(ゾーン)》に繋がるのかも知れない。

 

 でも『負けたくない!』と思う時はすなわち『負けそうな時』である訳だから、《領域(ゾーン)》を過信して念じるだけでは不発で負けてしまう事もある。

 

 そう考えると《領域(ゾーン)》は変に意識せずに「出たらラッキー」程度の物と考えていた方が気が楽かも知れないなぁ。特殊能力に頼るよりもひたすら地力を高めた方が確実だし、カルチャー先輩だってきっと……。

 

「だから《領域(ゾーン)》なんて確率の読めない博打に頼るよりも、しっかり実力を身につけるべきだとあたしは思う…」

 

 予想通りの答えが返ってきた。話を聞くまでは私も少し浮かれていたけど、やっぱりカルチャー先輩は凄い。肝が座っているというか、目標に対してブレが無い。そういう所は素直に尊敬して取り入れて行きたいと思う。

 

 ☆

 

「コスモス、エドの話で何か掴めたか? イメージとしてはともかく、《領域(ゾーン)》未経験の俺にはどうにもフワフワした話だったんだが…?」

 

 帰り道、隣で歩く新代さんから話しかけられた。もちろん私だって完璧に理解した訳じゃないし、カルチャー先輩自身『分かっていない事』を一生懸命説明しようとしてくれていたのは痛いほどに伝わっている。

 

「私もまだよく分かりません。でも最後の『博打に頼るよりも実力を付けろ』っていうのが全てだと思います」

 

 私の答えに一瞬、すでに陽の落ちた空を見上げて、何か得心がいったのか新代トレーナーは何度も頷き出した。

 

「そうだな。どうせ《領域(ゾーン)》に関しては俺に教えられる事は無いんだから、その他の部分でコスモスをフォローするしか無いんだよな。でもまぁエドがちゃんと教えてくれて良かったよな」

 

「ええ。それにカルチャー先輩は本当は凄く乙女な人なんですよ?」

 

 今度の返しは新代さんには意味が理解できなかったらしく、ずっと首を傾げて考えていた。 もう、そういうところだぞ!?

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