咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
「あ、コスモスちゃんおかえりなさい… って、どうしたの? 顔真っ青だよ?! 体調悪いなら病院に…」
寮の部屋に帰ってきて最初にトッカンクイーン先輩を驚かせてしまった。
つい先刻、オオエドカルチャー先輩からの挑戦状を受け取って、新代トレーナーとの向き合い方も考えざるを得なくなった。
何より『エリザベス女王杯』にカルチャー先輩が出てくるという事は、トッカン先輩やメジロパラディンさんら同期の皆との因縁勝負に加えて、更なる因縁を抱え込む事となる訳だ。もう胃が痛くて仕方ない。
『次のエリザベス女王杯、他の人との因縁が多すぎて自分のレースに集中出来る気がしない』
私の顔色が悪くなっていたのなら、これこそが最大の理由である。
別に体調が悪い訳では無いので、その辺りの心配は無用なのだが、トッカン先輩に事情を話すのもあまり良策な気がしない。そこには『恋の悩み』も含まれるのだから……。
「あ… 大丈夫です。ちょっと心労がキャパオーバーしてるだけなので…」
とりあえずそれだけ答えておいた。トッカン先輩には関係無い事で心配かけるのも本意じゃないし、何より他人に相談してどうこうなる類の話でもない。
「具合悪いわけじゃないなら良いけど… 悩みがあるなら私で良ければ相談に乗るから、遠慮しないでね…?」
優しいなぁトッカン先輩。大好きだ。
「ハイ、ありがとうございます。ただこればかりは、トッカン先輩にもトレーナーさんにも相談出来ない部分もありまして… とにかく自分でなんとかするので大丈夫です!」
拒絶しているわけじゃないですからね? 本気で自分でどうにかしないといけない課題だと思っているので。
「本当に…? コスモスちゃんとは本当の姉妹のつもりで接してるから、何でも相談してくれて良いからね? 私の出来る限りの事はするから…」
うぅ、トッカンお姉ちゃんが本当に優しくて涙が出るよ。全部片付いたらそれこそ全部ぶち撒けるから、その時に改めて相手をして欲しい。
「コスモスちゃん、あのね… 私、コスモスちゃんが秋華賞を勝ってくれて本当に嬉しかったんだ… いつも頑張っているコスモスちゃんがキチンと報われて、『レースの神様も残酷なだけじゃないんだ』って思えた…」
急に話題を変えてきたトッカン先輩に少し戸惑いながらも「はい…」と返事をする。トッカン先輩は何が言いたいのかな…? 確かに『レースの神様』なんてのが居るのなら正座させて小一時間説教したい気持ちはあるけれど……。
「コスモスちゃんが頑張ってくれるから、私も『追い越されない様に』って頑張れる… ううん、違うね。コスモスちゃんはもうGⅠホルダーだから、挑戦者は私だよね…」
尊敬するトッカン先輩にそんな事を言われるなんて、恐れ多くて固まっちゃいますよ。
「それに『ルームメイトがGⅠを獲ったら自分もGⅠを獲れる』って言う有名な逆ジンクスもあるしね…」
「あ〜、聞いたことあります。それが本当ならトッカン先輩もGⅠ獲れて嬉しいけど、それだと私が負けちゃうんですよね…」
エリザベス女王杯は因縁まみれなだけに「絶対に負けたくない」レースでもある。トッカン先輩を、カルチャー先輩を、パラディンさんやヴァーンズインさんら同期のライバル達を打ち負かして、『全てにケリを付ける』んだ。
「うふふ。とにかく私はコスモスちゃんと
トッカン先輩、「うふふ」とか言ってるくせに目が全然笑ってない。
あの優しいトッカン先輩が、私に対してライバル心を抱いてくれている。それは背筋が凍るほどの重圧と寒気があるけれど、この上なく名誉な事でもある。
何より私は「いつかトッカン先輩と競う」事を夢見ていたのだから、それが現実になっただけの事だ。怯んではいられない。
「コスモスちゃん… 『秋華賞に勝ってエリザベス女王杯に出てくる』っていう秋月さんとの約束を果たしてくれてありがとう。秋月さんも大喜びで、もう気合い入りまくりなんだからね?」
秋月トレーナーにも、私と新代トレーナー共々影に日に大変良くしてもらった。改めてお礼に伺わないとダメだよねぇ。
「はい、光栄です。秋月さんにも大変お世話になりました。エリザベス女王杯、私も楽しみにしています。良いレースにしましょうね」
そう、どれだけ他者との因縁が深かろうと、レースに出てやる事は一つなのだ。
『精一杯走る』
私達に出来る事は『これ』しか無い。その後に来るアレやコレやらを想定してウジウジしても何の意味もない。
「ね、コスモスちゃん、儀式しようか?」
またトッカン先輩がよく分からない事を言い出した。何です? 『ギシキ』とは一体…?
「ほら、普段は愛称で呼びあってるライバルが本気の勝負の前に本名を呼び合うやつ。前からやってみたかったんだよね…」
質問の意味が理解できずに「???」という顔しか出来なかった私に、トッカン先輩は助け舟を出してくれた。
あぁ、そういうのよく聞きますね。ていうかそれって都市伝説だと思っていたんですけど、本当にやる人いるんですねぇ。
「はぁ… ではお先にどうぞ…」
儀式の作法とか全然分からないから、トッカン先輩に丸投げだ。多分決意表明と同時に「トッカンクイーン」と言えば良いんだよね、多分……。
「ん、ゴホン、では… エリザベス女王杯は『
表情をガラリと変えて、カルチャー先輩の様な挑発的な目で私を見つめるトッカン先輩。いつも気弱で八の字眉毛がデフォルトなトッカン先輩だけど、今みたいなクールな雰囲気もとても可愛いんだよなぁ。
そして確かにトッカン『クイーン』なのだから『女王杯』は絶対勝ちたいよね。その気持ち凄く分かる。
でも、私にだって負けたくない、負けられない理由がある。それは絶対に譲れない。
「は、はい… 私も絶対負けませんよ、トッカンクイーン…… 先輩…」
ダメだ、日和ってしまった。お芝居みたいな物だと頭では分かっているのに、トッカン先輩を呼び捨てにする事に心が拒否してしまう。
そんな情けない私を見て、トッカン先輩は不意に「プッ」と吹き出してしまった。
「もぉ、ダメだよコスモスちゃん! せっかく決めてたのにカッコつかないじゃん!」
「だって無理ですよぉ、トッカン先輩を呼び捨てだなんて〜」
だって… だってトッカン先輩は「大好きなお姉ちゃん」だもん。お芝居でもケンカするみたいな真似したくないよ……。
レースはレースでちゃんと戦うけど、後々遺恨が残らせたくないし、もしそうなるならその根っこは芽のうちに摘んでおきたい。
笑い出したトッカン先輩に釣られて私も吹き出してしまう。2人とも何故かツボに嵌ったみたいで、揃ってしばらく大笑いしていた。
「あ〜ぁ、まぁなんとも私達らしい締まらないライバル宣言になっちゃったね…」
「ですねぇ…」
「でも気持ちは伝えられたよね。コスモスちゃん、歴史に残るレースをしようね…」
「はい…」
『歴史に残るレース』と言うのがどんな物かは分からない。でも今日トッカン先輩と話せてそれが『とても素晴らしい物』だという事だけは確実に理解出来る。
私の答えにニッコリと微笑んで頷くトッカン先輩の顔は、時の全てを見通して、叡智をあまねく修めた女神の様に見えた。