咲き誇れ秋桜(コスモス)! byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
日の丸とユニオンジャック、2つの国旗がたなびく京都レース場のターフに荘厳なファンファーレが鳴り響く。
天気は曇りだが馬場は『良』、風は少し肌寒く感じるが、7万人を収めた会場の熱気が少々の寒気など吹き飛ばしてくれるだろう。
今年1年のティアラ路線の総決算、『エリザベス女王杯』がいよいよ始まるのだ。
今回のレースは今までの様に同期の娘だけではなく、昨年や一昨年のレース界を騒がせた『化け物』クラスの大先輩も一緒に競う事になる。
同じチームで昨年のダブルティアラ、オオエドカルチャー先輩。
昨年のエリ女優勝者、イーグルダイブ先輩。
前年の『秋華賞ウマ娘』であるクリスタルセイバー先輩。
そして私のルームメイトにして最大の理解者、優しくて大好きなお姉ちゃん。でも今日は互いに譲れない最強のライバル、トッカンクイーン先輩……。
もちろん同期の中でも『桜花賞』のヘリアンさん、『NHKマイルC』のナチュラルシャインさん、『オークス』のジーニアスセイント先輩、ティアラレース全てのライブでセンター3人枠に入っているヴァーンズィンさん、夏からの急成長に恐怖すら覚えるジュエルフラッシュ、そして親友だけど強力なライバル、メジロパラディンさんとヴィブリンディちゃん。
他にも諸々な精鋭18人のフルゲートの大レースだ。その強者の揃う陣容は、私がこの場に居るのが場違いではないかとすら思える。
いや、私だって仮にも今年の秋華賞ウマ娘だ。気後れする必要は微塵もない。ゲートインを前に深呼吸で気持ちを落ち着かせる。
私の枠番は大外16番。最初から大外ならコース取りにあれこれ頭を悩ませずに、脚を溜めてからの直線勝負がやりやすいだろう。
「約束、分かってるよね?」
私より先にゲートに入っていたカルチャー先輩が、前を凝視したままポツリと呟いた。
新代トレーナーに恋する2人のウマ娘の決戦でもある。カルチャー先輩にも負けられない。
「えぇ、勝負です…」
私も視線を動かさずに答える。
さぁ、
☆
スタートからの先頭争いはヘリアンさん、チャームラズベリー先輩、セイバー先輩、そしてジュエルの4人。
偶然にも内枠に『逃げ』脚質のウマ娘が集まっており、『先行』以降の脚質の娘達で空いた内枠の争奪戦となる。
シャインさんやヴィブちゃんが無理して内側に突っ込んで行って少し渋滞気味だ。
私もトッカン先輩もカルチャー先輩も序盤は脚を溜める戦術なので、早い流れに惑わされない様に、焦らずに全体を見渡せるポジションに付くのがこの場のベストだろう。
カルチャー先輩は明らかに私をマークして、呼吸が聞こえるかと思える程、真後ろに密着している。やりにくいなぁ……。
やはり『逃げ』組が互いに良い位置を取るべく競走している。
時計が無いのであくまで体感だが、前半の600mで30秒くらいだろうか。明らかにペースが早すぎる。
皆この調子で最後まで行くの? 残り1600m行けるの…?
京都の直線は坂が無い。つまり先行勢に加速した状態で淀の坂を降って直線に出られると、後から抜くのが厳しくなってくる。
先頭はヘリアンさんとセイバー先輩だが、まだ伯仲した争いをしている。続いてジーニー先輩とヴィブちゃん、そしてジュエルとパラディンさんが並ぶ。
私の位置は今先頭から9〜10馬身差といった所。他の後方組もあまり差はなく団子状態。
ここから先団が第3コーナーの『淀の坂』に入って行く。私達後方組も速度を上げ、隊列が一気に短くなる。
「コスモスちゃん、お先に」
ヴァーンズィンさんが私を追い抜いて行く。私も坂の手前で加速して3人くらい抜いたが、坂を登りながらそれ以上の加速をしてくる、やはり怖い人だ。
坂の頂上で、首筋に一瞬通電した様な感覚が走り、私の《
京都レース場は下り坂の出口が狭くて出走者がゴチャつきやすい。
そこが最大の難関であり勝負所。このタイミングで通るべき道を示してくれるのは大変ありがたい。
「ったく、遅いよ!」
思わず口に出る。特定の誰かを煽った訳ではなく自分の《
それは違うんですゴメンナサイ。でもレース中に謝ってる暇はないのでこのまま行きます!
《
私の前にはヘリアンさん、セイバー先輩、ジーニー先輩、パラディンさん、そしてシャインさんとヴァーンズィンさんが並ぶ。
前を走る人達の気迫は凄まじい。だがそれ以上に巨大な『氣』が2つ後方から迫ってくる。言うまでも無い、トッカン先輩とカルチャー先輩だ。
やはり坂を抜けた段階での順位がなかなか動かない。残り400mしか無いのに、ここからヘリアンさん達を捉えられるだろうか?
いや違う、「だろうか?」じゃなくて「やる」んだ。心を強く持てコスモス!
賭けとか儀式とかのしがらみは一旦忘れる。私は純粋に「強い人達と走るこのレースに勝ちたい」んだ。
『秋華賞』の勝利がライバルのトラブルに乗っかったマグレだったなんて誰にも… そう、私自身にだって言わせない!
この瞬間、世界の刻が止まった。私の身体も動きを止めるが、思考だけは凄くクリアに出来ている。まるでゲーム中にポーズをかけたみたいな感覚。
ヘリアンさん、セイバー先輩、ジーニー先輩、パラディンさん、シャインさん、ヴァーンズィンさん、イーグル先輩、そしてトッカン先輩とカルチャー先輩… 皆の位置が手に取るように分かる。
どうやって追い抜けば、或いは逃げ切れば良いのか分かる。理屈じゃ無い、感覚で全て『
止まっていた時間はほんの1〜2秒だったろう。周りが動き出すと同時に、私を導いていた《
この感覚は夏合宿で走った模擬戦で、ジーニー先輩やフォーゲルフライをぶち抜いた《進化型
あの時の私は豪華すぎる出走メンバーの中で、最低ランクだったにも関わらず金星を上げる事が出来た。
軽い、脚が軽い。脚の回転数を上げれば自然と速度が上がる。
あんなに遠かったはずのヘリアンさんやパラディンさんがすぐ近くに居る。私の脚は京都の直線を逃げる彼女達を追い詰めている。夢じゃない。
私の周りが一面花開いたかの様な光景が見える。咲き誇る花畑の中を1人で疾走している気分になる。
今ハッキリ分かった。『これ』が、『これ』こそが私の《
だが《進化型
当然私の前を走る娘達も、最後の力を振り絞ってゴールに向かっているはずだ。《
残り200m、あと10秒程で全ては終わる。その10秒はただひたすら走るだけ。先輩も後輩も、理想も夢も、恋も因縁も、この瞬間だけは全て無意味だ。
シャインさんに追いつく、ジーニー先輩に追いつく、イーグル先輩に追いつく、パラディンさんに追いつく、セイバー先輩に追いつく、ヴァーンズィンさんに追いつく、そして遂にヘリアンさんに追いつく。
本当に横一線、もうゴールラインは目の前だ。ここまで来て負けられない! 私が勝つ、絶対に勝ちたいんだぁっ!!
勝利線を跨いだ瞬間、すぐ右手にトッカン先輩がいた。左手にはパラディンさんとカルチャー先輩がいた。
誰が勝ったのかまるで分からない。5、6人が全員同着だとしても不思議では無い状況だった。
私達自身がレース結果を知らされないまま、全員が青枠に白字で書かれた『審議』という文字を、ただ見上げて立ち尽くしていた……。