壊れたフリして好きな子曇らすの楽しすぎる 作:邪悪なトリカス
「シャーレの、先生……?」
”はじめまして”
唐突に現れた外部の人間に、場がざわつく。
その中心、私の隣に悠々と進んできた先生は警戒を露わにするナギサへ一つ微笑んで見せる。
”さて、それでは異議申し立ての内容について”
「……本来、部外者であるあなたに、この場での発言権はありませんが、聞きましょう」
”ありがとうございます……退学および自治区の追放、これらの措置は妥当ではないと判断しました。減刑を提案します”
「……彼女は悪人相手とはいえ、他校の生徒を
”もちろん”
不敵に笑った先生が
何かの文書のようで、少し文字を追ったナギサの目が見開かれた。
「これは……!」
”御覧の通り、まず前提として、矯正局は彼女を再収容
「は?」
私も思わず間の抜けた声を出してしまった。何をどうすればそうなる?
”罪状の誤りがあったのです。彼女は不良生徒への
「……では、重傷を負った生徒は何だというのです?」
”
「それを矯正局……連邦生徒会防衛室に証明したと?」
投影されている文書には連邦生徒会防衛室長およびヴァルキューレ公安局長のサインがついている。つまり今の説明を少なくともあの
頷いた先生が再びシッテムの箱を操作すると、文書の投影が追加された。
”彼女の罪状に関わる
「ゲヘナ風紀委員会に引き渡された不良生徒への聴取記録や、D.U.の防犯カメラ映像、居合わせた一般生徒の目撃証言まで……?」
ナギサの表情が明らかに変わった。それはそうだ。これら全てにアクセスするのにどれだけ多岐にわたる権限が必要になるか想像もつかない。少なくともトリニティというひとつの学園に所属している身ではほぼ不可能だ。
そのうえ、とてもではないが数日で集められる情報量でもない。
協力者がいるのは間違いないが赴任したばかりで人脈も何もない状態からそれを見つけるのだって容易ではないはずだ。
軽い警戒が浮かんでいる程度だった先生への視線が底の知れない深淵でも見るようなものに変わった。
私だってそうだ、アビドス編の片手間でこんなことをやっていたのか? 大抵はアロナに任せられるだろうが……
”そしてこれを。救護騎士団による診断書です。彼女は過去の事件から精神に大きな傷を負っており、数日前の治療の際も
突然頭を振った……? まさかチェーンソーを持ったハナエに怯えて何度も頷いた事を言ってるのか?
セリナの方を見れば、私と先生にだけ見えるように微笑みながらそっと手を振ってきている。やりやがった。まあ二度と無茶をするなというのも本心だったんだろうが……
ナギサはテーブルに置かれていた紅茶を一口飲む。所作は落ち着いて見えるが内心焦っているサインなのは知っている。
「……過去の罪状については承知しました。しかし今のトリニティを預かる身として見過ごすわけにはいかない点がひとつ」
”なんでしょうか”
「先日、彼女は自分から正義実現委員会に戦いを挑みました。判断力の欠如については理解していますが、その結果ああいう行動に出るという事実があるならば、放置するわけには」
”ああ、私が要請した
「……は?」
「間違いありません。事実、最後には
そう言いながら、開けっ放しの扉から入場して来る者が一人。ハスミちゃんだ。
ツルギちゃんの表情が顎が外れるのではないかというほどの愕然としたものになる。私同様、聞いていなかったらしい。
もしくは後からそういう事にしたのか。それはずるくないか?
「黙っていてすみません。あなたに挑まれる前、先生から言われていたのです。訓練場をすんなり利用できたのもそういう訳で……」
私の隣に立って補足するハスミちゃん。聞こえたのか、ツルギちゃんが「事前に言え」という念のこもった鬼のような形相で睨みつけるのを苦笑いで受け止めていた。
「お待ちを。つまり先生は被告と連絡を取り合っていたという事ですか?」
”ええ。
勝手にという注釈がつくが、事実だ。このためだったのか……
”防衛室との相談は少し前から始めていましたので、私が提案した措置が妥当な生徒であるかどうか見極めるため接触しました”
あの日、初めから私に会いに来ていたという事か。多分攫われたセリカにやったのと同じ方法で見つけたんだろう、許可を得て堂々と。
”彼女は真面目に労働に勤しんでいましたよ。襲ってきた不良からすら、略奪の類は行っていません。話してみた結果、罪は罪と認めて、誤魔化そうとする様子もなく。この措置が妥当と判断し、罪状の修正と併せて防衛室に提言、受理されました”
最初の文書の一部分が拡大される。
「シャーレの責任による保護観察処分……本気ですか? 彼女は既に脱獄後も一件、不良生徒に怪我を負わせています。命に別状はない、ケンカと言い張れる範囲でしたが……次に何か問題が起きればあなたが」
”ええ、覚悟の上です。とはいえ、そう心配はしていませんよ。私は政樹エミリという生徒の善性を信じています”
「信、じる……」
疑心暗鬼になっている今、思うところがあるのだろう。黙り込んだナギサの隣でミカが小さく「わーお」と声を上げる。
数秒掛けて再起動したナギサが初めてまともに私の方を向いた。どういう反応をすべきか分からず無言で見つめ返していると、やがて深く息を吐き出し、諦めたように告げた。
「そういう事であれば……被告への処分は保護観察期間中の停学、同期間中の自治区への立ち入りは先生同伴でのみ許可、というものでどうでしょう。異議のある方は?」
”異議なし”
「異議なし」
最初の判決の際は黙っていたサクラコが微笑みながら発言した。善性を信じるという辺りが琴線に触れたのかもしれない。
「救護騎士団、異議はありません」
「くけけっ! 異議なしぃ!!!」
「異議なーし☆」
「ミカさんまで……いいでしょう。満場一致という事で、処分内容は先述の通りに決定します」
ナギサとしては不穏分子にエデン条約を邪魔されなければそれでよく、ここで得体の知れないシャーレの心象を悪くするリスクの方を恐れたといった様子だ。
「これにて解散とします。お疲れ様でした」
売られる恩がひとつ増えた関係で補習授業部周りがより面倒になるかもしれない。そうなったら私にできることは全力でやろう。
それよりも、まずやらなければならないことがひとつ。
「先生」
”ん?”
「ありがとう、ございます……!」
出来る限りの敬意を込めて頭を下げた。
すこし時間はかかるが、またトリニティに帰れる。自業自得と諦めるしかなかった、残りわずかな、しかし大切な”これから”が目の前にある。
どれだけ感謝しても足りない。
”私だけの力じゃない。
先生の言う通りだ。セリナやハスミちゃん。その他にもゲヘナ風紀委員会やヴァルキューレにも関わってくれた人物がいるのだろう。その全員に。
”何より皆も、
そう言って微笑む先生に連れられ、協力者が集まっているという場所へ向かうことにした。