壊れたフリして好きな子曇らすの楽しすぎる 作:邪悪なトリカス
「……は?」
踵を返した謎のロボ市民を追って店内に戻った私は思わず目を擦ってもう一度景色を見直す、という動作を数回繰り返した。
しかし見える光景は変わらない。
無人だったはずの店には複数の客が着席して談笑していた。それだけなら、違和感はあるが、ありえないとまではいかない。
しかし窓の外を見れば、荒れ果てていたはずの街並みはかつてのように見てくれだけは美しく整い、その中を、使われた形跡の無い銃を背負ったトリニティ生がのんびりと散策している。
まるで一連の事件など無かったかのような有様だった。
「……どうなってる?」
「街は以前からこうだったよ」
事もなげに言う店員の方へ反射的に振り返る。少し威圧的な表情になってしまった気がして、あちらが気にした様子はないが、慌てて取り繕った。
「そんなはずは……なら今日まで戦ってきたのは」
「君の方が「こっち」に来たんだと思う。
今度は言っている意味が分からない、という思いが表情に出た。これは取り繕わずはっきり見せて主張する。
視線を受けた店員は少し考える様子を見せたあとでこちらに向き直った。
「平行世界って知ってる?」
フィクションで時折見かける概念だ。
自分たちが暮らしているのと似たような、しかし何かが違う”もしも”の世界が無数にあるというもの。
ここはトリニティが無事に済んだ世界だとでも言うつもりか、このロボは。
首を振って考えを振り払う。受け入れたくなかった。
そんな世界がある、そうなる可能性があったというのは、私達が選べたはずのより良い選択をみすみす逃した事の何よりの証明となってしまう。
そう簡単に受け入れられるものではない。
「どっちの世界がより良い所か、というのは一概には言えないものだよ。そう悩むことじゃない」
あちらからの問いかけに返事すらしていないというのに、心でも読めるらしい。
「それは……そうなんでしょうが……」
「例えば、こっちの君は数ヶ月前、矯正局に叩き込まれて脱獄したあとシャーレに保護された」
「ん? ……ん!? え? なんて?」
さっきとは別の意味で簡単には受け入れられない情報が出てきた。
「七囚人みたいにってことですか……?」
「うん。同じ日に逃げたから君がひとり増えて八囚人だね」
「……」
「どうして無言でライフルを?」
「ちょっとこっちの私をブチのめして来ます」
他の正義実現委員会のメンバーがそうなったと聞いたなら詳しい事情も聞く気になっただろうが、私なら遠慮はいらない。絶対に許さん。
「その必要は無いよ。シャーレに保護されたことの意味が分からないわけじゃないでしょ?」
「う……」
別世界とはいえ先生が、罪を犯した生徒を裏でこっそりではなく、シャーレとして堂々と正式に保護するということは、少なくとも許されている、もしくは許されるための償いをしている最中ということだ。
別世界なんて外野の極みから来た私が口を挟むことではない。
何より所属生徒を襲撃などすれば学園の垣根を超えたキヴォトス最強の連合軍に迎撃される可能性がある。ツルギちゃんが群れをなして出てくるようなものだ。勝てるわけがないどころか、数秒で地面に転がされるだろう。
「そう……ですね。少し冷静さを失っていました」
「言っといてなんだけど、今のは仕方ない」
深く息を吐き出して適当な席に座る。
「あ、すいません気づかなくて。ご注文は……って、エミリさん? なんですその格好。正実やめたんじゃ……」
「?」
バイトか何かだろう生徒が話しかけてきた……妙に顔に見覚えがあるな。
「散弾ちゃん、似てるけど別の子だよ」
「え、マジで? ……あ、たしかに羽の色とか違う……って、店長。そのあだ名、何千人に当てはまるんすか」
「下手すれば何万人かもね……で、君。せっかくだし何か飲んで行きなよ」
言いながら店員ロボ……バイト曰く店長はこちらの返事も待たずに紅茶の用意を始める。
頼む気は無かったが、仮に頼むならそれだっただろう。やはり心でも読めるらしい。
それほど待たずに目の前にティーカップが差し出された。
「これ、店の奢りね」
「……ありがとうございます」
「さっきの子は、こっちの君が更生させたんだよ」
「更生? ……あっ」
思い出した。さっき返り討ちにした不良生徒の中に、同じ顔がいたはずだ。
正義実現委員会の仲間に引き渡したが、自分たちをなぎ倒した私に向けたあの濁りきった視線を思えば、更生など望むべくもないのはわかり切っている。
しかし別の席でテーブルを拭く彼女の目は、澄んでいるとまでは行かないが、決してあんな濁り方はしていない。
「そう、ですか……私には、できなかったことですね」
どうやら、この世界の私を悪く言う権利など無いらしい。
心のなかで勝手に謝っていると、店の扉が開き、来客を告げるベルの音が鳴り響いた。
「いらっしゃいま……お、先生じゃないすか! 今、エミリさんにそっくりな人が……」
「……っ!」
もし”こっち”の知り合いだったら面倒なことになるかと入口とは逆の方向を向いていたが、店員のセリフが耳に入った瞬間、反射的に振り向いてしまった。
「せん、せい……」
振り向いた先にいたのは柔らかく微笑む、白いコートを着た成人男性。見間違えるはずもない。
なんとしてでも、もういちど見たい。しかしもう二度と見ることができないかもしれない。と覚悟していた光景を突然、何の心の準備も無しに視界に放り込まれた私はその場で完全に固まってしまった。
”本当だ、双子みたい。はじめまして。君の名前は?”
聞き慣れた、しかし既に懐かしいと感じる声が耳を震わせる。
外の様子を見れば、ここが私の暮らしてきた世界ではないと信じるしかなかった。それでも半信半疑だったが、これで一片の疑いもなく確信した。
”え、ちょ、何事!?”
狼狽する先生の声が頭のすぐ上から聞こえてきた事で、自分がこの人に抱きついているのに気づいた。
”私達の”先生とは別人だと、分かっている。それでも、目の前のこの大人は、倒れる前のあの人と何もかもが同じだった。
失ったあの日々みたいに笑いかけられて、耐えられるわけがない。
「エミリ、です」
”え?”
「私の、名前……政樹エミリです」
”! ……そっか。君も”
突然現れて知っている名前を名乗り抱きついてくる不審者に先生が取った行動は、頭を撫でる、なんて小さな子供をあやすような物だった。
そして私は、正義実現委員会で戦っていようが、ヒクイドリなんて化け物じみた異名をつけられるまで暴走して誤魔化そうが、所詮は子供だったことを先生のその行動で思い出して。
涙と嗚咽が止まらなくなった私を、先生はずっと受け止めていてくれた。
この先生はエデン条約どころかプレ先との邂逅も済ませておりますのでヒクイドリの発言も爆速で理解してくれました。
鳩は復学済みでこの場にはいません。