壊れたフリして好きな子曇らすの楽しすぎる 作:邪悪なトリカス
ハーメルンは同志だらけなようで嬉しいですよ私は
感想もたくさんありがとうございます!
「……」
「……」
「……」
重い沈黙が席を包む。
俺がヘルメットを脱いだのを見た店主は先程ダメと言ったはずの早上がりをあっさりと許可。それどころかあちらから勧めてきて、あれよあれよという間に”私”はトリニティ制服に着替えて羽川と剣先と同じ席に座らされてしまった。
「……エミリ。今朝の報道は観ました。我々がこのあたりに来たのもそれが理由です。あれをやったのはあなたで間違いありませんか?」
沈黙を破ったのは羽川だった。
冷静に問いかけてきたように見えるが、その表情は答えなんていっそ聞きたくないとでも言わんばかりに
ありえないと分かっているが、否定の言葉が出て来るのをどこかで期待している、だがやはり現実は見えている。そんな揺れ方だ。
「うん、そうだよ。倒して、捕まえて、その後は泣いて謝るまで痛めつけた」
その期待には応えてやれない。既に見えている現実を、より見えやすい位置にそっと移動させてやる。
羽川の顔が目に見えて歪んだ。
「何故そんなことをするようになったのか……終ぞ一度も訊くことができずに、あなたは矯正局に入れられてしまいましたね。ですから今、教えてください。それがあなたの見出した正義なのですか?」
「そんなわけ無いでしょ、私は悪の敵だよ。正義の味方じゃない」
正義という言葉に、ほとんど反射的にそう返した。
信じられないものを見たような目が向けられる。
「どうして? 誰よりも正義の味方に憧れていたあなたが」
「憧れていたからだよ。思いが強くなるほど、そうあろうとするほど、私には無理だって突き付けられ続けた」
思わず、と言った様子で羽川が立ち上がった。
「そんなことは……!」
「あるからこんなことになった!」
おかしいな。何か言おうとする前に言葉が勝手に出て来る。
手の震えが止まらない。
「正義の味方には……絶対になくちゃいけないものがあるんだよ」
おい。まさかそれを人に言うつもりか、この口は。
「私にはそれが。
「勇気……?」
まあ、そうだ。度胸、勇気、そういったものが“私”には無い。あるのはやたらと頑丈な体に強い力。あとは正義への憧れ。それだけだ。
それだけあれば悪と戦うことはできるが、正義の味方をやるにはまるで足りない。
「
もし狙いが逸れたらと思うと手が震えて撃てなくなる。そのせいでスナイパーライフルなんぞ使ってるくせに近づかないと撃てない。かといって近距離用の銃に替えるのは“憧れ”が邪魔をする。割と終わってるんだが、それでも戦えてしまうこの体を持って生まれたのは幸か不幸か。
「守れなかった人と向き合うのが怖い」
悪に襲われた者は時折“助けてくれなかったやつ”を犯人以上に恨む場合がある。犯人よりも比較的安全に叩けるからな。
「悪を打ち倒すのがお前たちのすべきことだろう」「お前たちが居ながら何故被害が出ている」「いったい何をしていた」
“私”はそういった連中からの恨み言を受け止めきれなかった。
「……“間違う”のが怖い」
相手が撃ってくるまで動かないのはソレだ。昨日も馬鹿だと自嘲したが、悪人を憎んでいる癖に、悪人だと半ば確信している相手でも“もし話せばわかる相手だったら”と、つい考えてしまう。撃ってくるというわかりやすい悪人宣言がなければ攻撃出来ない。
正義の味方は揺るがない。
“私”と違ってどんな困難にも冷静に対処するだろう。
正義の味方は逃げ出さない。
“私”と違ってたとえ世界の全てだって受け止めてみせるだろう。
正義の味方は恐れない。
“私”と違って躊躇わず、それでいていつだって正しい決断を下すだろう。
“私”と違って。
“私”と違って。
“私”と違って!
ある日。無理だ、と思った。
なにも完璧にやり切る必要などないことは分かっている。そんなことができるやつは生き物じゃない。その上で、その一欠片だって務まる気がしなくなっていた。
……ああ、ここまで吐き出してようやく、はっきりと分かった。銃を向けてきた時の羽川の顔を美しいと感じた理由が。
脱獄までしてもう一度見たいと思った理由が。あの顔で捕まえにきてほしいと思った理由が。終わらせてくれると思った理由が。
“私”には絶対にできない顔だからだ。辛くても、泣きたくても、信念までは揺らがず、責務から逃げ出さず、友との戦いを恐れず覚悟して、一歩前に踏み出した、勇気ある者。
紛れもない“正義の味方”の顔だからだ。
「……あはっ」
「エミリ?」
思わず漏れ出た笑い声に訝しげな、あるいは不安げな反応が返ってくるが、それに構っていられる心の余裕はもう全部消し飛んでしまっていた。
この苦しいだけの憧れを諦めきれる。自分には無理でも、大切な友達がその境地に至れるのなら、そのための鍵になれるなら。
悪の敵になってよかったと、心から思えた。
「待ってください、エミリ! どこへ行くつもりですか!」
徐に立ち上がってふらりと歩き出した私を引き留めようと動いたハスミちゃんの腕を、ずっと黙って話を聞いていたツルギちゃんが掴んで止めた。
「ツルギ!?」
「落ち着け。今は何を言っても逆効果だ」
分かってるじゃないか。おかげで挨拶の時間ができた。私はそのまま店主のところまで歩いて行き、頭を下げる。
「今日まで、ありがとうございました。もう来られないかと思いますが、こんな怪しい私をいさせてくれて、とても助かりました」
「これ、バイト代ね……またおいで。ウチはいつでもやってるから」
「……はい。ありがとうございます」
やけに用意がいい店主に手渡された封筒をしまった後でもう一度頭を下げ、ハスミちゃんが制止を振り切って飛び出してくる前に店を出た。
まずは準備をしないと。いくら倒されるためとは言っても、ろくな抵抗もせずやられるのでは意味がない。
やるなら全力で。
「ははは、楽しみだなぁ!」
外は昨日に引き続き豪雨寸前の空模様だったが、私の気分は晴れていた。