Ⅰ
「今回の依頼は~…………おぉ、何とゾンビを用いた犯罪の捜査」
「えぇ……そういうのはもっとこう、公的な機関で頼んで欲しいのだけど」
剣斗はケラケラ笑っていたけども、私はちっとも面白くない。面白くなさすぎて抑制用の血液をガブ飲みしてしまった。あぁはしたない。
事務所の片付けも最近出来ていないから、散らばったままだ。
仕事が出来るのはとてもありがたい。私は前科者だし、正直多少は社会貢献をしたいみたいな高尚ぶった気持ちだって持っている。
ただ、過労はそれはそれとしてあった。
「どうやら魔法様式が特殊らしくて、このままうまく犯人が特定できないと暫定でゾンビが裁かれちゃうらしいよ」
「な、なにそれ…………やっぱり生命の定義、欠陥でしょ」
あっけらかんと言ってくれるけども、それは実質完全犯罪よね?
剣斗は何を言わせても軽いからついスルーしそうになってしまった。
「確かに生命の定義は欠陥なのかもしれないけど、それで世の中回っちゃうからねぇ」
「他に周りの良い考え方もないものね…………」
生命。自己言及・参照型魔力差延機関を持つもの全てを指す言葉。自己を主張する能力と、自己を参照する能力を持ち、相互連関によって魔力を生み出せば現代倫理では全てが”生命”だ。
私はミームとして広がったドラキュラ公の子孫としてのミームの先立つ生物だし、剣斗は当然ただの人間。だけど、ここに大きな違いを見出さない時代になった。
とはいえ……作られたと分かり切っているゾンビが犯罪者候補だ。
笑えない。寛容さを悪用してるような感じがすると言うか。
「剣斗、その事件の現場は?」
「そりゃあこの街だよ。忘れたの? 2090年代はずっとこんな感じ」
そうか。いや、そうだったかもしれない。
魔法、竜、あるいは別の概念。世の中がぐらぐらしていることが一般に認知され始めて随分経ってしまった。
もちろん今までのように動いている世界もあるし、そうじゃない世界もあるし、そこに深い疑問を持つ人は少ない。
私も忘れていただけだろう。コートを着直して、私を置いて出ていった剣斗を追った。
「やっと来たのか。まあようやっとゾンビの解析が進められそうだし、丁度いいか」
工房に入るなり、びりびりだのがりがりだの聞こえてはいけない効果音が鳴り響いていた。臭いとしては焦げ臭いような気がするけども、これ本当に解析なんだろうか。
出てきたのはベレー帽の似合うブラウンの髪の少女。あまりに可憐でお人形さんのような服を着ているものだから、お人形さんかなと思う人もいるだろう。
いや、本当にお人形さんなのである。
ほれみろ、と言わんばかりに球体関節が私の視界で自己主張。俗に言う機魔だ。
「じろじろ見ないでもらっても? まあオレが可愛いというのは否定しないが、なぁ? ナンパは後にしてくれ」
「相変わらず凄い自信だけど、綺麗なのは認めます。仕事をしましょうか…………」
アンナ・ドライツェン。タルパ学派、という宇宙の起源を考える学問では有名な学者らしいけど、技術者として犯罪協力してたり何かと縁がある。私と結構やりたい事は似てるのかもしれない。
だんまりだなぁ、とふと剣斗を見ると当たり前みたいに工房をうろついて観察していた。大方、事件の方は私が話を聞いていると高をくくってるんだろうけど、そういうことをされると裏切りたくなってきたぞ。
何で私だけこんな真面目に仕事を……。
「一応ゾンビの中身は見てみたんだが…………」
そう言いながら彼女は、腐臭の抜けきらない人体を私の方に曝け出す。
微妙にこわばった表情筋や、血色の悪い肌は確かにゾンビの気配がするけれど。何かそれ以前に昼食を食べてからここに来ればよかったな、なんてどうでもいい自身の計画力不足を呪ってしまっている。
私の頭の中で繰り広げられるどうでもいい問答を知ってか知らずか、アンナは得意げに喋る。物理障壁が貼られて、すぐにそれは見えなくなってしまった。
「にしてもこれは面白いゾンビだ。まず差延機関が揃っている、つまり生命なんだな! だがその割に思考は生前の人物とは一致していない部分があり、しかもそこが事件性に直結しているような素振りが…………」
「あー、アンナ。その論文はまた今度ちゃんと読むから、今は要点をお願い。ダメ?」
アンナはピタッと止まる。
怒るよりは、ちょっと照れていた。
「すまなかった。そうだな、実利の話をしよう」
「大丈夫よ。仕事が楽しめるのは良いことなんだから」
「ありがとう」
今度こそ、と小さく息を堰き切ってアンナは朗々と説明する。
「要するに生命として作られたが、事件を起こしたのは制作者の作為的なものと見られる。だが、その構造や源流が迷路化していてな。現在地下に発生している迷宮に続いているのは分かるんだが、入り口のパターンも無数にあってよくわからん…………というわけだ」
「ありがと、今回は分かりやすいわ。結果は紙でゆっくり読ませてちょうだいね」
私は嘘ではなく、本当にその心づもりで言ったのだけど。
アンナは私の気遣いか何かだと思ったのか、すねた子供みたいに顔を逸らす。
「無理に読まんでいい」
「本当よ。貴方のお話は面白いと思ってる」
「…………ちっ、やっぱりお前は嫌なやつだ。セラエノ」
アンナの琴線は未だに掴みづらい。出来るだけ面倒なコミュニケーションを相手に求めないようにしているのだが、逆に彼女はちょっと面倒くさいんじゃないんかと思う。
結局ちょっと不機嫌なまま印刷に向かった。私が悪いのかな……。
小難しい計測結果を真っ白な用紙に投写して、それを投げるみたいに私に押し付けてくる。
内容としては割と単純な話だ。差延機関がどれほどの精度で存在しているか、魔力の排出量、意識レベルを参考にした意識の段階の査定、各種身体状況…………。
「やっぱりこれすぐは読めないな~。つまりアンナ、今回の焦点は?」
「要は犯人を見つけないと、このゾンビが10割悪いことになりかねない。というよりは暫定のスケープゴートと言うか」
なるほど、まあまあ手口としてはたちが悪い。
というのも、ゾンビに自分でなることは、理論上出来る。
もちろん術式は自分で組むわけだけど、言うまでもなくそれってウィークポイントなわけで。隠蔽や迷路化、物理施錠をすることは不自然じゃない。
だからこのままだと自分でリビングデッドになって、尚且つ犯行に及んだと判断せざるを得なくなる可能性がある。
「とはいえ、疑わしいからアンナは私に応援を依頼したんでしょ?」
「供述が不安定というか、信憑性がもう一歩無い。殺すまでした割に自白が速いし…………大方、自責の念ってやつだろうな。話がうまく聞き出せない」
殺人は割と衝動的なものが多く、自白が速いこと自体がおかしいわけではない。単に、ゾンビという特質まで得てやったこととしておかしな点があるんだと思う。
「ふーん。物理障壁を剥いでもらっていい? お話してみたいわ」
「いいのか? お前共感性が高いんだろ?」
ここでの共感性というのは、私の種族の話。つまり、幻創種:Type-Draculの抱える問題だ。
ミームの感染で増えていく種族だから、覚えを良くするために相手への共感や同調をしやすい。厄介な体質だ。
とはいえ、それだけを理由に毎度物理障壁で顔や声をシャットダウンしてもらっているのも事実だし。
「コントロールは出来ないけど、短所だって諦めたくないから。相手の理解は出来ると思う」
私の言うことがよほど子供っぽかったからだと思うけど、アンナは呆れたように笑っていた。
「大人は出来ないことはやらないようにするものだぞ。アダルトチルドレン」
「それなら私は子供でいいわ。だって、賢いことと美しいことって違うもの」
いよいよアンナはげたげたと笑い出した。
でも嘲っていると言うよりは、どこか気の抜けたような安堵の色が見えた気がする。
「おはようございます、平永さん」
「何回目の質問だよ…………ん?」
死後硬直を破って、瞼がぐらりと開かれる。
彼は血相が悪くてどことなく不健康な様子を隠せていなかったが、だけどその表情はとっても人間らしいと最初に感じた。
驚いているのだろう、恐らく私の素性がわかったから。
「あんた…………セラエノ・C・瀬戸内か?」
「まぁそうね。貴方の知ってるその人で合ってるわ」
元シンガーソングライター、という肩書は予想以上に大きい。
獄中で会った真祖が言うには、私のやり方は”ミームの撒き方として効率的”だったらしい。確かに私は歌うのが好きだったし作るのも好きだったが、アレも生態の一つなんだろうか。
平永は眼をパチクリさせて、死んだものでも見ているような顔をしている。
いや、逆なんだけど?
「あんた、魂魄の監禁罪で刑務所じゃ……」
「あーあー、やめてちょうだい。言われて仕方ないのは分かってるけど、黒歴史なのよ」
実刑2年4ヶ月だった。経緯があまりに酷すぎて私にとっても黒歴史。
私の咳払いでようやく彼の興奮は収まったようで、多少なりとも落ち着いて話をすることが出来た。
「それで、話を聞かせてほしいの。どうして殺人を犯したの?」
平永の顔は明らかに調子を悪くして、
「起きたときから…………漠然と腹が減ったような感じがして、それでつい目の前のものを食べようとしたんだ……」
「それが?」
「人間だった。止められたから良かったが……」
彼の表情は、そういう殺し殺されに慣れきった人間のものではなくて、何だか聞いているこちらまで心臓に棘をさされたような気分になってくる。
これが私の欠点であると考える時期もあったけれど、違うようにも思う。
近場のパイプ椅子に座り込み、話に耳を傾けた。
「俺は、やっぱり俺が悪いんだと思うよ。こういう体質なのかもしれないが、だけど”まあいいか”って手綱を手放したのは自分なんじゃないかって…………」
「…………」
「だってそうだろ? 俺は正気を失っていたってほどでもなかったんだぜ。単に、それが楽そうだからそうして…………人を食いかけてたんだ」
種族に基づく罪状について、裁判所も判決が難しいものだと考えている側面がある。
それはかつての地球に比べて生物の多様化があまりに進み、旧来の人類のキャパシティだけでは対応しづらい部分がどうしても出ているからだ。
どうにかなるのかも分からないし、そもそも彼は実際悪いのかもしれない。
ただ。
「……平永さん」
理由を考える間もなく、彼の震える手を両手で抑えていた。上目遣いは驚くほど自然に出来て、私はどの部位を彼に見せれば”唆るのか”まで手に取るように頭に思い浮かんだ。
だから、その中で今必要なものだけを選んで、表現していく。
――――こういうやり方は卑怯なのではないかとよく思っていたし、こう移り気にも見える自分には嫌気が差していた。
でも、どうだろう。
眼の前の人は僅かでも、さっきよりはマシな表情で私を見つめ返してくれている。
「貴方の自責は正しく法廷で量られるべきです。私は同じような罪を犯したけれど…………それでも私を法廷に立たせるために走ってくれた方々がいました」
私がたとえ人に犯されるために生まれてきた
私は私のために考えるし。それが役立つなら彼のことも想いたい。生態であっても、嘘ではない。
「貴方が無実かどうかは分からないわ。でも、それを他人にちゃんと決めてもらうために協力して欲しいの――――懊悩は美しいけれど、現実はいかめしくあるものだから。現実を悩みで棄てないで欲しい」
私は彼に混じり気のない言葉を言えているだろうか?
答えはノーだ。きっと私は、彼に印象的な”セラエノ”を植え付け、それによる快楽物質を得ようとしている。この悍ましい事実は嘘にはならない。
そして嘘にする必要もない。
その過程として、今から彼が流す涙は嘘だろうか?
嘘ならば答えて欲しい。真実はどこにあるのかと。
「ふんふん、話は聞けたんだな。どうする、セラエノ」
「勿論捕まえるわ。彼は他人に裁かされることを同意してくれましたから、私はそのための道を作る」
アンナはあんまりにもあんまり、呆れ笑いが深まってまるで喜劇を見ているようだった。
代わりに、馬鹿にしていると言うよりは本当に面白いものを見ているような印象もある。
「やっぱり大人じゃないな、ティーンエイジャー」
「煩いわね、ロートル」
私達は初めて声を揃ってクスクス笑った。
普段は普通なのに、ふとしたところで人を殺すみたいな色気がある女性が好きです。