なので、今回は注釈入れてみます。読まなくても何となくで分かる字面はしているかと。
「竜がどうした? 恐れすぎるな、セラエノ」
生き死に関わる? だからどうした。この2090年代でその程度の惨劇がどれだけ身近に繰り返されたと思っている。どれだけ簡単に裏返されたと思っている。
竜の喉元が何かに貫かれた。それは恐らくセラエノの視界の上の端から、そして鉛のように重い漆黒の槍によって。
セラエノと夜ト神があっけにとられているの良いことに、人影はするりと槍を追いかけ突っ込むように地面へ墜落する。
「今日は私がやってやるが、しかしお前にだっていつか出来るさ」
竜は固定された首元にねじ切れそうな眼球をグルグルと回して、乱反射するような影をまとった靄を体から吐き出す。これはこの竜が生まれついて受けてきた呪いの形、触れるだけで同質となり、苦痛に苛まれる生涯を送る厄災の顕現。
人影は銀の髪をはらりと払い除け、赤い瞳でセラエノを見る。そのシルエットはセラエノ自身によく似ていて、しかしそれ以上に残酷で恐ろしくもある美しい面貌と、この世を嘲るような笑顔で彩られていた。
「合わせろ。リードはしてやるが、私も十全じゃないからな」
幻創種でも極めて希少である”Archtype”の名称を冠した女が、牢獄からこんな辺境の街へやってきた。
「底胤公…………えっ、なんで来たの!?」
「なんでとか言うな。可愛い血筋がピンチなら来たくもなる、だろう?」
彼女はケラケラ屈託なく笑って、当たり前のように影で作られた槍を振り回して竜をいなしている。
踏み潰すならその脚を払い、払い除けるならば滑り込んで筋繊維の隙間を穿つ。噛みつくならばその顎に槍を噛ませ、別の槍をかの竜の影から引きずりあげる。
踊るような動きはつまり余裕があるからだ。あっという間に竜の四肢を削いでいく、時折流暢に挟まれる影への攻撃は、恐らく彼女の固有魔法によるものだ。*1
ただ来たと言うだけで、ここまで。
「セラエノ、取り敢えず私に力を回せ。お前なら同族に力を寄越すぐらい出来るな?」
「もう、わかったわよ! 術式組みます!」
急いで簡易契約の術式に底胤公を収めていく。
まず対象を”言及”。続けて対象との関係を”参照”。次に影響を”言及”。最後に術式の全体像を”参照”。言及・参照差延機関を魔法の工程内で組み立てる。
組み上げた術式に応じて血の気が引く、本当に血が辺りに満ちていった。体からすり抜けるように浮き上がった血液が、無造作に底胤公を指差し、組み上げた指令に従って動作を開始する。
俗に言う血による契約を魔法として組み直したもの、通称”血盟克結”。一時的にリンクを作る。
「おぉ、来た来た! 賄いの眷属ではこうは行かん!」
行動補佐。ミームを媒介する種族特性を逆手に取って、底胤公の行動のバックを補助する。
明瞭に彼女の思考が入ってくる。えらく楽しそうなのは気にならなくもないが、狙いと認知している脅威は分かる。まるで自分の考えのようにだ。
後は死角を埋めてやる。
【翼脚は良く見てるけど、脚も使いたいみたいよ】
底胤公の能力の引き出し、影の操作。影ごと内側にあった前脚を”縫い付ける”。
同時に翼脚で振り抜かれるはずだった彼女の後ろ姿が、跡形もなく消えた。
再出現先は竜の背中。真上、槍を突き刺し無理やり地面にひれ伏させる。
「キュララララ! 良いな、暴走も減っている。やはり腕が良いんじゃないかい!?」
キュララララ、独特な笑い方。獄中でもう聞き飽きた。
【うっさい。さっさと縫っちゃってね】
「了解!」
元気の良い返事とともに、竜の影を媒介として無数の槍がせり上がり、竜を突き刺し肉を切り落としていく。
底胤公。ミーム感染者の知覚範囲内のどこからでも再出現し、影を用いた空想実体化武装と魂魄への攻撃。全くもって未だに脅威だ。
これで階梯が11から9に下がったというのは本当なんだろうか。
「終了。取り敢えず縫い付けた、応援を呼べよセラエノ」
「あー、お姉さん? 俺が代わりにやっといてるんで、それでいいっすかね」
夜ト神は素早く連絡の方に気を裂いていたようで、気づけば周りには魔法士がずらりと並んでいて、各々の拘束や封印の術式を詠唱し始めている。
一旦は戦闘が落ち着いたと考えて、良さそうだった。
「刑期がまた伸びるそうよ、底胤公」
「なんでぇ~!? ちゃんと治安維持に貢献したじゃないか!」
勝手に脱獄してるからでしょ。
子供みたいに地団駄を踏んでいるが、その真っ黒な衣装と長身痩躯を組み合わせるととんでもなくちぐはぐな印象がして、見てると微妙な気分になる。
底胤公というあだ名は、影と地に根付くその起源から名付けられた名前で、実際にはクルウルウ・ヴァンパイア・ドラグレシュティと言う名前を持っている。種族は一応Draculだけど、Archtype-Draculと認定されていて殆ど私とは隔絶している。*2
ドラグレシュティ、ヴラドⅡ世を起源とする家の名前で、名前の通り彼女はヴラドⅢ世のミーム…………要するに串刺し公としての性質をそのまま持って生まれた。*3
が、こんなのなので今では世間に舐められている。獄中に入るまでの紆余曲折で私の種族も大変迷惑したのだけど、これは割愛。
「しかしセラエノォ、これ竜じゃないか? いつから竜躯に恨まれるような子に…………およよ」
「いや違うから。っていうかずっと見てたの?」
もちろん、と実年齢三桁超えにはつらいウインクとピース。殴ってやりましょうかこの串刺し公。
「勿論見ていたぞ。何せ我が子孫の仕事だからな、見るのがお役目」
「ストーカーは役目じゃなくて犯罪って言うのよ、親愛なる祖の方?」
「刑罰は私の愛に屈服するものだ」
してないから獄中なんでしょ。
捕まった理由も竜を追いかけ回してテロまで起こしたかららしい。馬鹿なのかな。
他の魔法士が神妙に魔法陣を調査している中、この腑抜けようだ。とはいえ、竜躯が出てくるまでは魔法士も警戒が足りなくて、結果としてこうなったんだから仕方ないだろうけど。
「底胤公、でいいんすかね。初めまして、
剣斗は相変わらず、特に物怖じする様子もなく底胤公に会釈をした。
底胤公にもパーソナルスペースがなかった。ひしと抱きしめて頭を撫でくりまわしている。
「おぉ! お前がセラエノのボーイフレンドの! 生夜ト神はやはり違うな!」
「おぉ~、その気がなくても人生が狂うんで放して欲しいっす」
とんでもない悪人面ではあるけども、底胤公は非常に容姿端麗で所作も魅力的だ。実際人生がおかしくなる、同性の私でも時折頭を鎚で打たれた気分がするくらいだもの。
なんだかその様子を見ていると気分が悪くなってきたので引きはがす。
「ちょっと。適当におだててベタベタするのは辞めて頂戴、いい歳でしょ」
「嫉妬だ、ジェラシーだぞ夜ト神青年! 脈アリだな」
「あのねぇ…………ッ!?」
軽く小突いたら影に溶けて逃げられた。腹が立つわね、あの女。
「ごめん、アイツ変でしょ。変なのよ……」
「ははは、元気な人だったね。俺は楽しそうで好きだよ、刑期はさっさと終えたほうが良いと思うけど」
本当に私もそう思う。肯定が深すぎて唸るように頷いてしまった。
こんなどうでもいい祖先の話で時間を潰すわけにも行かず、調査中の魔法士から話を聞いてみる…………つもりだったが、予定変更。
アンナが居た。
「またお前は竜躯なんぞにぶち当たってからに~。怪我とかはしてないのか?」
「底胤公が何とかしたわよ、あのでしゃばり女」
「あぁ~……あの御方ね」
全員慣れている。夜ト神の前に出てきたのは初めてだが、何かと暇ならやってくるせいだ。獄中に入れたのは暇になるという一点でミスだったんじゃないだろうか。
アンナはその話題はさらっと流して本題に入った。相変わらず優先度の低い起源種だ。
「それであの竜躯……ではなくただの竜の死骸なんだが」
「うん」
「以前のゾンビと方法論は一緒だった、要は同一犯」
話としては分かりやすい、私を狙い撃ちで寄越した刺客であると今のではっきりした。
問題はタイミングと素材、だが。
「竜の名称は
「賞金首ってことね、割と小柄なのかしら」
「そうだ。ただ、ある一定の時期に住処から失踪したように消えてしまって、それ以来行方知れずだった。大方、殺されてどこかの闇市に死体が売り飛ばされていたんだろう」
これもやはりありがち。竜の体で武装を作るだけでも相当なものになる。死骸が命を持って動くぐらいだもの。ただ武器にするだけでも相当な才気、強度がこもる。
「階梯は?」
「百年竜に収まっていたから、階梯で言うと登録情報が正しければ7。死骸に関しては脆いから6程度のはず…………それと、外傷が殆どない」
階梯というのは簡単に言えば強さ。*4
難しく言えば存在強度で、階梯7ならそこらの魔法士よりは余程高く、尚且つ最強種の竜。
外傷がないというのはそれを踏まえると変な話だ。討伐したなら傷が相当数つくだろう、階梯が低いわけでもないし。
裏取引だから痕跡を消したのか。
別案として確率は低いが、階梯7を殺す…………階梯8以上の仕業かだ、それならワンサイドゲームが起きうる。問題は階梯8以上が係る事件だと私の手に負えないということだけども。
「めんどくさい話がまた増えたわね…………魔法残渣は残ってる?」
「残っていた。相変わらず異界化してる地下に繋がってる」
最早それも犯人の仕業と見たほうが自然だ。
アンナは私が息を吸った時、恐らく武力調査の話を持ち出すと思ったのだろう。身構えていたが、私の案は全然別方向からだった。
「一旦この街の摘発例を洗うわ」
「何? 実地調査とかはしないのか」
そう、まあ確かにそうなんだけど。
この現場の魔法陣が気になる。これは「はぐらかす」んじゃなくて「解かせる」魔法陣だ。
調査する魔法士に何かを要求している、それも単純な話ではない可能性が高い。再犯を防ぐためには、これを野放しにしたまま話を進めづらい。
「この犯人は何かを知って欲しがってる。だから死体、ゾンビ、あるいは魔法。今回の事例に似てる摘発例を調べる」
「はぁ~。お前は本当にそういう共感性はぶれんな、オレは良いと思うぞ」
使えるなら自分も使ったほうが、勿論楽に事が終わる。
「アンナ、このまま手続きを踏んで資料を見てたら間に合わないかもしれないの。ツテはある?」
「もちろん。治安維持組織にだってオレは腰を振っているわけだ」
得意げにニヤリとしたアンナだが、この抜け目のなさは最早「尻軽女」という形容では甘いような気がしてならなかった。
一シーンを非常に短く切る癖があったので、今回は後半は続けてみました。普段だったら底胤公がしれっと帰った時点で分かりやすいようにシーン切ってますね。
【竜】
この世界での最強種とされる。今回現れた竜は「かなり若く」、普段現れる竜は大抵分身の底胤公で勝負にはならない。
底胤公は現在階梯9、分身で7~8。彼女が挑んだ竜の頂点は階梯13を優に越し、彼女自身も最大階梯12にまで膨れ上がったとされている。
竜は現実で言う神と同一視され、神々の長のように「八竜」という頂点存在の称号が存在したりする。