異世界を歩くのに難しい固有名詞は必要ない。 作:うさぎと世界
よく晴れた夏の日、
いつも通りの帰り道。
すこしだけ愛おしく感じる時間。
嘘。
爽やかさをちっとも感じないガラガラ声が、
蒸し暑さを助長している気さえする。
考えてたらイライラが止まらなくなってきた。
カラスのことを考えるのをやめよう。
何か別のこと、推しの配信者のアーカイブ、
もうすぐ始まるアニメ、ゲームの限定ガチャ..
にゃあ。
──にゃあ?
私が口に出してしまったのかと思ったが、
どうやら声の主は私ではないらしい。
猫だ。三毛猫..四軒隣の平井さん家の..
ニコラスだったかな? そういう猫。
「こんなとこに居たら危ないですよ」
「にゃあ」
「おうちに戻りましょう」
「にゃあ」
「ご家族が心配してますよ」
「にゃあ」
「に、にゃあ、おうちに帰るにゃ」
「....」
惨敗だ。付け焼刃の猫語では意思疎通は不可能らしい。
諦めて抱っこして平井さんの家まで送ってあげよう。
彼は抱っこを嫌がらない猫だ。
「平井さ~ん、四軒隣の
ですけれども! ねこちゃん脱走してましたよ! 」
「にゃおォん」
そう言いながら玄関に向かうと、
そこには、明らかに平井さんではない、
刃物を持った目出し帽の男が居た。
数瞬の硬直の後、
とりあえず猫ちゃんを庭へ逃がす。
その記憶を最後に
私の意識は
暗転し
た
「─い。おーい? 起きて? 」
「全然起きないな」
誰かの声がする。
「ここお外だからあぶないよー」
「酔っ払いか? 」
うら若きJK! 酔っ払いじゃない!
「にしてもこの子よく無事だったね」
「殺されててもおかしくないよな」
「日本ってそんな治安悪かったかなぁ! 」
「あ、起きた。おはよう」
「治安は悪いだろ。日本ってどこか知らないけど」
衝撃的な一言に反論するように目を覚ますと、
自然のど真ん中に..ファンタジー風コスプレの二人。
まるで異世界転生のようなシチュエーション。
あんまりそういう作品に触れたことはなかったが、
近頃はやりこんだゲームの世界に転生することもあると聞く。
もしかしたらあの世界かもという期待と、
一人でやっていけるかという不安。
交差する二つの気持ちを宥めながら、口を開く。
「ここはどこ..? 」
「ここ? ゼドガゼア地方のゴルド皇国のすぐ近く! 」
「首都ガドガルガの名物ゴゴガ焼きは絶品だぞ」
───終わった。
聞き覚えがないにも程がある。
濁点が多すぎて何も頭に残らないし、
発音するだけで顎関節を酷使する。
「二人とも、ありがとう。よかったら教えてほしいな。
二人のこと、あとは..お金の稼ぎ方とか」
決めた。
私はこの世界で、
絶対に地名を覚えないし口にも出さない。
地名とか国名は二度と出てこないので覚えなくて大丈夫です