原作未履修の主人公が憑依転生して、知らない間に原作崩壊を引き起こすだけの話 作:原憑崩
気が付いたら俺は転生していた。
エナドリ5本目を消化し、4徹目に突入しようとしていたただのサラリーマン。それが少し前までの『俺』だった筈だ。
それが、ふと意識を落として、そしてふと目を覚ましたら、子どもの身体になってしまっていたのだ。
俺は机の上の手鏡を手に取り、自分を覗き込む。
鏡の前には緑色の癖毛が特徴的な、4歳くらいの少年の姿があった。
緑谷出久。それがこの少年の名前らしい。
一応記憶はある…というか、転生してからこっち、俺は前世の記憶を思い出せずにいたらしい。何か思い出せそうだけど、やっぱり思い出せない…そんな日常を送っていたのだ。
転機は、幼馴染の少年から顔をぶん殴られた瞬間だった。
その瞬間、俺は思い出したのだ。前世の記憶を。俺という自我を。
で、今に至ると。
うん、ぶっちゃけ訳が分からん。何だ転生って。
っていうか俺死んだの? マジで? 嘘だろ? まだ童貞だったのに、エナドリの飲み過ぎと過労で死ぬとか…最悪な死に方だ。どうせだったら女の子を交通事故から助けて、俺が死んだ後に『もし生きてたら、あなたと結婚したかった…』とか言われるような死に方が良かった。
妄想が童貞臭いって? 世の中には言っていい事と悪い事があるんだよ。
閑話休題。現実逃避はこの辺にして、どうしたもんかと俺は思案する。
というのも、この世界は明らかに創作物の世界だ。
ヒロアカ。僕のヒーローアカデミア…名前くらいは知ってるさ。ただし中身はあんまり見たことが無い。
仕事で忙しかったし、限りある自由時間は別のアニメやゲームにつぎ込んでいたから、縁が無かったのだ。
しかし、主人公の名前くらいは知っている。緑谷出久…つまり、今の俺は創作物内での主人公なのである。
正直自覚はない。何せ生まれも普通、才能もない。その上、俺は無個性だ。
この世界には個性と呼ばれる超能力が存在する。
始まりは中国のどっかで、光る赤子が生まれた事。それを機に徐々に個性保持者は増えていった。分かりやすいサイコキネシスから、炎を手から出せたり、空を飛んだり、一人に付き一つ、生まれながらに超能力を持つ。
そして、そんな個性を持っていない人間は無個性と呼ばれ、差別の対象となる。つまり今の俺がそれだ。
そう聞くと、物語の冒頭で理不尽な目に遭う所が割と主人公っぽいなと思うが、それ以上に主人公っぽいのが、緑谷出久が持っていた憧れである。
個性が現れた事で爆発的に増加した犯罪。それに対抗するべく生みだされた職業がある。
ヒーローだ。
今ではこの世界はヒーロー飽和社会。つまりヒーローが多すぎて、人気商売みたいになっている。
緑谷出久はヒーローに憧れている。 無個性なのにヒーローに憧れて手を伸ばす…ほら、主人公っぽい。
つまりこれは、主人公転生ってやつだ。神様がいるとしたら、そいつが何を考えて俺みたいな俗人を主人公に転生させたのか全く理解不能だが…転生してしまったものは仕方ない。
大人しくヒーローを目指してやるか。
俺自身、記憶の無い状態で緑谷出久として生きてきた6年間の間で、ヒーローに対して強烈な憧れを育ててきて、それがまだ残っている。
その上、俺が主人公なら、もし主人公不在でこの世界が滅んだりしたらそれこそ最悪な展開だ。転生した後にまた早死にするなんて考えたくない。
「出久…」
リビングでぼおっと考えていると、不意に話しかけられた。後ろを振り返ると、そこにはお母さんが立っていた。
今世のお母さんは非常に美人だ。しかし、その顔はとても暗い。
なんでだ?と思っていると、そう言えばテレビをつけっぱなしにしていた。そして偶然にもテレビにはオールマイト…世界一とも称される最強で無敵のヒーローの映像が流れているではないか。
無個性のヒーローに憧れる息子が、無表情でじいっとオールマイトの映像を眺める絵。うん、はたから見たらヤバいぞこれ。やらかした。
「…ごめんね、出久…ごめん…ごめんね…!」
お母さんが涙を流して抱きしめてきた。俺は慌ててその肩を叩く。
「お、お母さん、少し考え事してただけだよ。テレビにオールマイトが映ってるのは偶然で…」
「ヒーローになりたかったよね…出久…ごめんね…無個性で生んじゃって、ごめんね…」
「お母さん…」
俺は天井を眺めた。
そういや、似たようなことが前世でもあったな。
めっちゃ勉強を頑張ったのに、落ちてしまった高校受験。意気消沈する俺に、母さんはそれはもう気を使ってくれた。賢く生んであげられなくてごめん、とかも言われて、俺はさらに悲しくなったのを覚えている。
あの時、受かっていれば。いや、落ちたとしても、その結果を受け入れて前を向けていれば。俺の数ある後悔の中で、結構でかめの後悔の一つだ。
目を閉じて、そして見開く。意を決して口を開く。
「お母さん。僕、ヒーローになるよ」
「え…?」
「無個性でも、出来ることはあると思うんだ。…最弱のヒーローでもいいよ。どんな困難に当たっても、そこで笑った奴がヒーローになれるんだ。オールマイトみたいにさ。だから…僕、まだ諦めない! 僕は絶対にヒーローになるんだ!」
「…出久…」
「お母さん、応援してくれる?」
お母さんと初めて目が合う。
「うん、応援する! 出久、お母さん応援するからね!」
「ありがとう、お母さん!」
折角生まれ変わったんだ。もう一度、ひたむきに頑張ってみるか。
泣いて抱き着いてくるお母さんに、俺はそう決意を固めたのだった。
◇
〇月〇日 晴れ
という訳で日記をつけてみることにした。文字の練習もかねて、お母さんにも見せない秘密の日記帳だ。まあまだ小学生未満の俺がこんな文章書いてるとかバレたら、若干ヤバい事になりかねないしな。
さて、つい昨日、この世界でヒーローになると誓ったのだが…その為にも、何はともあれまず身体を鍛えなければ何も始まらない。
4歳から始める身体改造編という訳だ。
まず走り込み。そして軽くだが筋トレも始めた。過剰な筋肉は成長の邪魔をするので、今は程々で済ませるつもりだ。
後は、お母さんにバレないように勉強も少し進めておく。異世界とは言えベースは現代日本。前世の知識も若干役に立ってくれる。ほぼ忘れているが、復習すれば割と思い出せるものである。
まあ、これを継続していけば恐らく基礎はつくだろう。毎日必ず続けておこう。
〇月〇日 晴れ
前回の日記から数カ月が経過した。
筋トレは今の所続いている。筋肉と体力が着実に上がっていくので、鍛えるのが楽しいのだ。
ただ、一つ問題がある。人間関係だ。
幼馴染で家も近い少年、かっちゃんこと爆豪勝己が物凄い突っかかってくる。
曰く、『ざこの癖にとれーにんぐなんてしてんじゃねえ!』とのこと。
手のひらを爆発させる個性まで使って、度々襲い掛かってくる為対処に苦慮している状況だ。
といっても逃げ一択だ。流石にあんなボンバーマンと真正面からやり合いたくないので、目をくらませたり足を引っかけたりして隙を作って逃げるのが今のところの定石である。お陰で逃げ足が速くなっていってる。俺の場合は悪い事ではないのでありがたく訓練として使わせてもらっている。
『待てクソデクテメエ!』
とか鬼の形相で顔を真っ赤にして追いかけてくるからかなり緊迫感があるんだよな。ちなみにデクとは俺の事だ。出久をデクと読んでいるらしい。
ある程度身体が出来上がったら、次は反撃もしてみたいものだが、付き合ってくれるかな?
〇月〇日 晴れ
あれから1年が経過した。完全に日記の事を忘れてたので今久しぶりに筆を執っている所だ。
さて、かっちゃんの件だが、機を見て反撃してボコボコにしてみたらさらに襲撃が過激化してしまった。
今では毎日のように襲い掛かってくる始末だ。お陰で奇襲への対処と防衛術の腕がメキメキと上がっていっている為こちらとしてはありがたいのだが、よくもまあ飽きもせず毎日来れるものだ。
しかしかっちゃん、爆発する手のひらが厄介すぎる。目くらましにも火力にも機動力にもなるとかチート個性だろ。
俺は出来る限り距離を取って、改造して自作した捕縛用縄跳びなどの飛び道具を利用して何とか勝ちを拾っている状況なのだが、いつ覆されるか冷や冷やしている。学習能力も高いんだよな、アイツ。至極面倒くさい限りである。
〇月〇日 晴れ
今日から小学生だ。
…我ながら前のページと期間が開きすぎてる気がするが、別に強制って訳でもないし良しとする。
さて、小学生になっても特に俺の生活は変わらない。ヒーローを目指して身体づくりを続けるだけだ。
そろそろ身体も出来上がって来たし、小学生に上がってきりも良いしで、武術について学ぶことにした。
…のだが、この時代に武術を学べる場所といえばヒーロー育成所みたいなところばかりで、無個性である俺は書類審査で落とされまくっていた。
もうこうなったら我流で覚えるしかない。ここで役に立つのが前世の記憶である。
ほら、王道展開にあるだろ?前世の記憶のアニメの技を再現して、俺TUEEEEする、みたいなの。
あれをやろうと思うのだ。
思いつく限りのことをとりあえず試してみようと思う。
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〇月〇日 晴れ
技の再現に手を付けて数年。やっと結果が出始めてきた。
というのも、この世界もまたジャンプ漫画の世界。そもそも体の造りから前世のソレとは異なるらしく、壁と壁を使った三角飛びでビルの上まで行けたり、ブロックを拳で破壊出来たりと、我ながらびっくりするほど想像以上に肉体が強化されていたのだ。
その上で、結果として使えるようになったのは『呼吸』だった。同じジャンプ漫画である『鬼滅の刃』の呼吸だ。
その中でも日の呼吸に緑谷出久は適性があったらしく、我流ながらもかなり様になってきた。
だが、出来ているのは今の所呼吸による肉体強化のみだ。型の再現も少し進んでいるのだが、ここで問題が発生した。
そもそもここは現代日本。刀とか使えんのだ。木刀でさえ普段持ちしてたら白い目で見られるレベルだ。
その上ヒーローになる為の前提であるヒーロー科のある高校では、殆どが個性メインで武器防具の使用は禁止されている。
武器の携行そのものが、ヒーローでさえ度々問題になるのだ。故にヒーローは『アイテム』や『捕縛用器具』などと言葉を濁している。
その上、呼吸による型は首狩りに特化した殺人…否、鬼殺の為の技。不殺を掲げるこの世界のヒーローという存在に置いて、これ以上に合致しない技もない。
ではどうするか。それは割と簡単に思いついた。再現した型を基準に、ヒーローに合うように作り替えればいい。
だが、言うは易しである。素手と刀じゃ色々と違い過ぎるのだ。それはもはや、一から我流の型を作り上げるのと同じレベルの事なのである。
まあ、やるしかないんだけど。
現在小学6年生。ヒーローとしての第一歩を刻むための重要な分岐点、高校受験まであと3年しかない。
幸いにも今世の俺はかなり頭がいい方で、勉強すればするだけ頭にスルスル入ってくる為筆記に関しては今解いても問題なく受かる程には予習をちゃんと行えている…筈である。
でも実技に関しては、いくら特訓しても不安しかない。そもそも俺は無個性だ。俺が必死に特訓して、やっと木の幹を蹴りでぶち抜けるようになっても、個性がある奴らは何の特訓もしないで木をぶち抜き、そして特訓次第ではそれ以上の事までやってのける。
特に、小学6年生に入って、成長が早い奴は既に第二次成長期に入りかけている。個性が爆発的に成長しているのだ。
それを横目で見ている分、焦燥感は常について回る。
かっちゃんも最近俺に負けじとトレーニングしまくってるし、追いつかれる勢いだ。
もっと努力しなくては。明日も死ぬ気でトレーニングに励むことにしよう。
日記形式は修行中のみとする。