原作未履修の主人公が憑依転生して、知らない間に原作崩壊を引き起こすだけの話 作:原憑崩
「はっ、はっ、はっ……」
全身に重りを付けてのランニング。手、足、腰、そして頭。総重量は300キロを超え、僕のお小遣いが吹っ飛んだ。
しかし金をかけた甲斐があった。これだけの重量があればしっかり身体を酷使できる。
日の呼吸は常中の一歩手前まで習得できた。僕は独特な呼吸を続け、血中に酸素をいきわたらせ、全身を強化し続ける。
それに合わせてランニングの速度を上げていく。普通の人間じゃ立つことさえ不可能。それでも僕ははたから見れば重しなんて付けてないように見える程、軽やかに街を駆けていた。
いやー、それにしてもヒーローを目指すと決めたはいいものの、やっぱり楽ではない。辛い事ばかりだ。特にヒーローの戦闘映像を見ると、心を何度も折られる気持ちを味わった。
個性を持った人が僕と同じくらい苦労して訓練して、洗練され尽くされた戦闘ムービー。それは僕じゃどうあがいても出せない結果を叩き出す。
例えばシンリンカムイは一度に大量の人間を守りながら敵を捕縛できるし、マウントレディは超質量からの絶対破壊の一撃を叩き出す。
オールマイトなど、何あれ。訳わかんない。スカイツリーレベルの塔が爆破テロで倒壊しようとしてる中を、超スピードと超パワーで軟着陸させて全ての人間を救い出すとかザ・理解不能である。
だが、敵を見誤ってはならない。
最弱でもヒーローになる。それが僕の立てた信念だ。
僕だからできることは、必ずある。僕は僕の立てた信念をただひたすらに全うするだけだ。
っていうか、普通に鍛えるのが癖になってるだけなんだけどな!
もう慣れちゃってェ……今更止まれないっていうかぁ……一歩も引けなくてェ……。
という訳で無心で走る事数十分。とある小さな高架下を通り抜けた、その時だった。
殺気を感じて、振り返る。
マンホール。そこの穴から、突如として液体状の不定形の何かが沸きだした。それは目を作り、巨大な口を作り、僕を見つけて嗤った。
「Mサイズの……隠れミノ……」
「敵……!?」
僕が口を開くと同時に、俊敏に身体が蠢いて僕を捉えようと左右に広がる。僕は咄嗟に日の呼吸を使い、そして引き延ばされた体感時間を使って手刀を作り構えた。
――――日の呼吸、肆ノ型・手刀。
「――――灼骨炎陽!」
「グオァッ!?」
前方に広がる日輪の如き斬撃で、広範囲を一気に吹き飛ばす。
これは刀による型を、手刀で無理やり使った、技ともいえないものである。
僕は未だに日の呼吸にて使われる型を、拳の技に落とし込められていない。
呼吸によって強化した身体能力で殴る蹴るの暴力をするだけでも、無個性の僕にとっては十分破壊力は出せるのだが、やはり呼吸と合わせて扱う事の出来る基本の型はそれ以上に強力で無比のもの。
それをどう拳で使うように改変していけばいいか分からず、二の足を踏んでいるのが今の状況だ。
まあ、手刀でもそこそこ効果的に使えるのが型の……基本のいい所だ。今はひとまずこれでいい。これが僕の出せる技で、一番効果的な技のはずだ。
「かき混ぜてくんな! 気持ち悪いんだよおおお!」
―――とはいえ、それがダメージソースになるかといわれると、そうでもないらしい。動きを止めることはできたが、激高した敵はすぐにまた身体を広げて襲い掛かってきた。
僕はまず距離を取ろうと後ろに跳んだ……と同時に、いきなりマンホールが吹き飛んだ。
「ヴィランよ、逃げ回るのはこれでおしまいだ! 何故って!?」
「っ、ひあ、オールマ――――!」
「私が来た!」
そして、巨大な拳が敵越しに飛んできて、僕はそれをもろに腹に食らって後方へと吹き飛ばされたのだった。
◇
夢を見た。
『超かっこいいヒーローさ……僕も、なれるかなぁ……!』
『っ、ごめんね、ごめんね、出久!』
絶望を思い知ったあの日、僕は……緑谷出久は、縋り付いて謝り続けるお母さんに抱きしめられ続けた。
違う、違うんだ。幼い所為で、言語化できない思いが溢れて、『僕』はただひたすら涙を流していた。
謝ってほしかったんじゃない。あの時、その幼い子供は、ただ……応援してほしかったのだ。
それを知っている僕は、その思いを繋いで今もこうして特訓に励んでいる。
全ては僕のあの時の思い、そしてこの憧れを無駄にしない為。そして今度こそ、後悔の無い人生を歩むため。過労とエナドリなんかに殺されない人生を歩むため。
でも、びっくりしたなぁ。まさかここまで差があるとは思わなかった。
トップヒーローの拳って、やっぱ強烈だわ。
「少年――――! オウマイガッ! なんてこった、やっちまった!」
ぺちぺちぺちぺち、と頬をすさまじい速度で優しく叩かれる感覚がした。
「敵が広がっていたから、その後ろに人がいると気づけなかった! そもそも殴った直後も、砂の詰まったタイヤを殴った感覚がして少年だということにも気づかなかった! シット! これも言い訳か! とにかく、少年! 今救急車を呼ぶから、死なないでいてくれ――――」
「あ、大丈夫です。今起きました」
「――――えええええ!? 少年! よくぞ無事で!」
僕はむくりと起き上がる。腹に痛みが走ったので擦る。結構きつめの打撲に、内臓がシェイクされた気持ち悪い感覚。だが、呼吸のお陰で徐々に回復していっているのが分かる。
「ふー……すみません、オールマイト。敵退治の邪魔しちゃって」
殴られた瞬間、散り散りになっていく泥の敵の後方から現れた画風の違う顔。それを見て、僕はすぐにそれがオールマイトの姿だということに気が付いていた。
オールマイトはテレビで見た通り、筋肉もりもりマッチョマンだった。今はその巨体を、悲しくなる程小さくして僕に心配の眼差しを送っている。
「謝るのはこっちだ、少年! ほ、本当に大丈夫なのかい? 結構力込めて殴っちゃったけど……」
「あはは、全然問題ないですよ……がはっ……」
「吐血!?」
これは打撲で出た内出血が外に排出されただけだ。内臓自体は無事である。
「という訳で、おおむね無事です。ご心配をおかけしました」
「そ、そうか。本当に良かった……いや、良くないな。プロヒーローにあるまじき失態……! 本当に、本当にすまなかった……」
「本当に大丈夫ですので」
嘘である。本当は結構痛い……けど、呼吸のお陰で放っておけば治りそうというのも事実だ。
逆に言えば呼吸が無かったら重症だったとも言う。呼吸やってて良かった~。
「そ、そうか……おほんっ、いや、やはり後日正式に謝罪させてほしい。君には補填と謝罪を受け取る権利がある。もちろん、公表するというのなら、私は文句を言える立場ではない。君の気が済むまで頭を下げ続けよう」
「何言ってるんですか! 公表なんてしませんよ! オールマイトは平和の象徴なんですから、それにケチをつけるようなことは、僕の為にも日本の為にもなりませんよね! その、謝罪していただくにしても、内密にしていただいた方が、僕個人としても一市民としても助かります」
「……ありがとう。君のその思慮深さ、そして正義心に心から感謝を!」
僕は頷いた。
「はい。あ、そういう事ならサインください。それでチャラってことで」
「サインくらいいくらでも書くさ! HAHAHA!」
学生服の下の白シャツにデカデカとサインしてもらった。
う、嬉しすぎる……! 家宝にしよう。
「それにしても、身体が丈夫なのはそういう個性かい? いい個性だ、お母さんとお父さんに感謝しなくてはね」
「いえ、僕は無個性です!」
「……えっ? 無個性? ワッツ?」
「そんな事は置いておいて、アイツ、どこ行きました? ちゃんと捕まったんですか?」
「ちょっと待ってくれ、そんな事で置いておける程小さな衝撃ではないのだが……アイツってのは、あの泥のヴィランのことかな? 大丈夫! ちゃんとこうしてペットボトルの中に詰めてあるさ!」
オールマイトはそう言ってペットボトルを見せつけ、そしてブッ……と残像が見える程シェイク! した。中に入ったヘドロヴィランは目を回して沈黙している。
「そうですか。良かった良かった」
「ああ――――」
不意にオールマイトが黙りこくった。
「少年、無個性といったな。それほど鍛えているということは、君もヒーローを目指しているのかな?」
「え? そうですね、僕はヒーローを目指してます!」
まあ、今の時代体を鍛えてる理由なんて、大体がヒーローを目指してるから、だろう。
「そうか……言っちゃあ何だが、ヒーローは無個性でやっていける程甘い世界じゃない。それは君も分かっているだろう? 君は、それでもヒーローを目指すのかい?」
「はい! まあ、多分最弱のヒーローになってしまうんでしょうが……僕は、それでもヒーローになります。その為だけに、鍛え続けてきましたから」
そう言って、僕はオールマイトに手を見せた。傷だらけの手を見て、オールマイトは唸る。
「何故だい? 何故そこまでヒーローに? 警察や消防官……人を助けたいなら他の道だってあるはずなのに、何故?」
「何故って……憧れだからです」
僕の言葉にオールマイトは黙って続きを促した。
「人を助けるヒーローの姿を見て、僕は強烈に憧れを感じました。オールマイトが窮地に立って笑っている姿を見て、僕はどんな地獄でも、それを覆してほしいという沢山の人の願いを体現する存在を知りました。それで、僕にもできることがあるんじゃないかと思うようになってからは、身体が勝手に動いてしまうんです。この思いは……この憧れは、誰にも止められない! えっと……まあ、そういう感じです!」
「……!」
瞠目するオールマイト。
「そうか。君のような少年がいれば、未来は安泰かもしれないな。少年、名前は?」
「緑谷出久です!」
「緑谷少年! その名、覚えておこう! 私はしばらくこの辺りを中心に活動するから、また会うこともあるかもしれないな! その時は是非またこうして話をしよう!」
オールマイトはびしっと僕にサヨナラの挨拶をした。
「それじゃあ、またその時まで! またな、緑谷少年!」
「え、はい、また……」
ばんっ、と音がして、次の瞬間にはオールマイトは既に空の彼方まで飛んで行っていた。
「……『またな』、か。また会えたらいいですね、オールマイト」
まあ、相手は世界でも有名なトップヒーローだ。僕の事なんてすぐに忘れるだろうし、ただの社交辞令だろうが……。
……いや、待てよ。そういや僕って主人公じゃん。で、そんな僕が本当にただの偶然でトップヒーローと出会うものか?
というか、漫画の表紙に普通にオールマイトいたし、普通に登場人物じゃねえか!
え、ということは今のはまさか、原作の展開だったってことか!?
大丈夫だよな!? 原作崩壊してないよな!? 畜生、何も分からねえ!
連絡先とか聞いてないし、特別な縁とかも結んでないからまた会える気がしないんですけど!?
オールマイト、カムバアァァァアック! 一旦、一旦出会う所からやり直しませんか!?
ダメですか? ダメですよね~。むしろもう影も形もないわけでして。
……終わったかもしれない。原作崩壊どころか、ストーリーに関わる事すらできなくなった可能性もある。
……主人公不在のストーリーがハッピーエンドになる可能性ってどれくらいあると思う? はは、全く分からん。全く分からんが、最悪を想定するなら楽観視できるわけがない、最悪の事態だ。
意気消沈した僕は、今日はもう帰ることにしたのだった。
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