新・ヒダマリを失った少女は錬金少女と復讐を夢見る 作:朝方紳士
夕刻。世界が黄昏に染まる時間。
普段であれば仕事終わりの会社員。夕飯の買い出しに繰り出す主婦。帰宅途中の学生。そういった存在で賑わう商店街には人の陰は一つもなく、虚しく舞う灰色の花弁が風に揺られて舞い上がっていた。
そんな街中を、ただ一人の少女が歩いている。
薄汚れた灰色のローブを纏い、くすんだ向日葵色の髪を風になびかせながら少女は笑っていた。
「また派手にやってるねぇ? キャロルちゃん♪」
『ふん。どうせただの陽動だ。或いは退屈凌ぎに家を飛び出したどこぞの馬鹿を誘っているんだろ』
誰になくつぶやいた少女の琴音に、ふてれくされた子供のような声が脳内に帰ってくる。
どうやらまた秘密基地からこっそり抜け出したことを怒っているらしい。
少女はからからと嗤うと懐から水晶のように透き通った飴玉のようなものを口に放り込む。
『おい、お前もいい加減に――』
きゃーーーーーーー!!!!
彼女の声に耳を傾けるよりも早く、辺りに悲鳴が木霊する。
それにぴたりと足を止めた少女は数秒逡巡するように首をひねると、軽く足を曲げ伸ばし。
『また“それ“か。お前の目的に対して、それは矛盾しているんじゃないか?』
嘆息するような声音に、響の根底が賛同の意を上げるが、響はそれを失笑して黙らせると見えない誰かに見えるよう指を左右に振った。
「ちっちっちっ。ナンセンスだよキャロルちゃん」
『おい切るぞ』
「うわぁ待って待って!?」
彼女の本気トーンに慌てる少女。わたわたと手足を動かす少女に彼女は深い溜息を吐くと続きを促すように鼻を鳴らした。
それに対し、少女は
「矛盾じゃいないよ♪ 何も矛盾なんかしてない。私――立花響は
胸を叩いてドヤ顔をする少女…響に返答は返らない。
しかし、沈黙する彼女に「でもね」と響は続けた。
「もう一つ言うなら――――死ぬなら私の復讐で死んでくれなきゃダメなんだよ。キャロルちゃんもわかるでしょ? 私は、私たちは何も悪いことはしていないのに忌み嫌われ、罵られ、不平等に、不条理に殺されたんだよ? だから……」
響はその瞬間を想像し瞳を濡らして身体を震わせた。
思わず昂ってしまった響はそれを発散するようにその場でくるくると回り、頬を吊り上げて声高らかに笑い声をあげる。
壊れた人形のように嗤い続ける響に彼女は何も言わなかった。
ただ、響が落ち着いた後に一言、
『無茶はするな。お前は夢の実現に必要な鍵だからな』
そう言って彼女の声は聞こえなくなった。
不器用な彼女の優しさに苦笑しながら、響は「はーい」とだけ返事をして悲鳴の聞こえたほうへと疾駆した。
袋小路へと追い詰められた少女はガクガクと足を震わせながら壁へと擦り寄る。
震える少女を取り囲むのは、赤、青、黄色……まるで絵の具をぶちまけた様な体色をした特異生命体――ノイズの大群だった。
ひたり、ひたりと少女を取り囲む輪は狭まり、ノイズは我先に少女へ飛び掛かった。
「いやぁ! 誰かぁあああああ!!!!」
死の恐怖に耐えきれなくなった少女は最期の断末魔を虚空に響かせる。
その声に応えるものはなく…………群がっていたノイズはコマ切れとなって宙へ舞った。
「――ぇ?」
「右もノイズに左もノイズ! 大人気だね、お嬢さん?」
場違いなほど暢気な声に、少女はようやく自身の目の前に立っている彼女に気が付いた。
澱んだ向日葵色の髪を灰交じりの風になびかせ、髪の毛よりもさらに煤けた灰色のパーカーに手を突っ込んだまま笑う響は、光を一切覗かせない黒い瞳で少女を見下ろし、にっこりとほほ笑んだ。
「助けに? きたよ~~。ほらほら立って、お手て繋ごうね~♪ あ、飴ちゃん舐める?」
ポケットから黄色い飴玉を取り出す響に、少女は先ほどまでの恐怖を忘れぽかんと口を開けたまま反射的に差し出された彼女の手を掴む。
響は握られた手をじっと見つめながら笑みを強め、空いたままの口へ飴玉を押し込む。
びっくりしながら口をもごもごとさせる少女を見つめながら、響は背後から飛び掛かろうとしたノイズを片手で受け止めた。
「邪魔」
呟くと同時に左手を握れば、ノイズはぐちゅりと潰れ、破裂するように体を四散させた。
響の行動とその結果に動きを止めるノイズと少女。
そんな両者を交互に見詰めた響は肩をすくめると少女を抱きかかえる。
「きゃ!」
「それじゃお嬢さん。お姉さんと楽しいところに行こっか?」
「え、あ。お、お母さんのところに帰りたい」
出会ってから一度も笑顔を崩さない響に、少女は若干どもりながらもそう願う。
すると響は目をぱちくりと瞬かせると、カタカタと笑い声をあげた。
「アハハハハハハ!!! お姉ちゃん振られちゃった♪ うん。そうだね。それじゃあお母さんのところに行こうね??」
そう言って鼻歌を歌いながらその場を去っていく響。
彼女らを取り囲んでいたノイズはピクリとも動かず、ただ彼女たちが脇を抜けていくのをじっと待ち……緊張の糸が解けるようにその身体を灰に変えた。
少女を救った響は、あの場所からほど近い避難所に来ていた。
避難者で溢れかえっている現状に「うへぇ」と嫌な顔をする響。そんな彼女らの目の前で人の波をかき分けて出てきた人影が一つ。
「あ、お母さああああああああん!!!」
抱きかかえた少女がそう叫ぶのとその女性が振り向くのは同時だった。
人込みから飛び出してきた女性は響と少女を見ると目を見開いて動きを止め、次の瞬間涙を溢れさせながら少女へと駆け寄った。
響は腕の中の少女をすっと地面に下ろすと少女は弾ける様に女性の胸へと飛び込んだ。
「おかああさああああああん!!!」
「あぁよかったっ。心配したんだから! 娘をありがとうございますッ」
互いにひしと抱き合い泣きながらお礼を言う女性に、響は変わらずへらへらと笑いながら手を振って別れを告げた。
何度か背後からかかる謝礼に適当に手を振り続けながら歩いていく響だったが、漸く辺りが静かになったところで足を止めた。
「何か御用ですか~?」
ぐりんと首だけを振り向かせる響に、視線の先の闇から息を呑む音が零れる。
そのまま一点を見つめ続けていると、しばらくしてようやく観念したのか暗闇の隙間から若い女が姿を見せた。
「あなたは何者だ」
「答えると思いますか? ツ バ サ さ ん 」
能面のような笑顔の仮面でそう問えば、厚手のジャケットに鮮やかな青い髪を靡かせる少女――『風鳴 翼』はより一層その瞳に剣呑な刃をちらつかせ、身構えた。
殺気すら漏らす彼女を前に、響は吊り上がった頬を更に歪めながら愉快そうに手を一つ叩く。
「そんなことよりもツバサさん♪ ど~してあの女の子が襲われている時に、助けにこなかったんですかぁ?」
「ッ……あなた、やはり気づいていたのね」
響の指摘に、事実響がノイズから少女を守る瞬間を見ていた翼は若干バツが悪そうに眉を顰める。
何も言えない彼女に、響はさらに煽るように言葉を繋ぐ。
「守るべき存在すら放置して私に見入ってただなんて、つばさサンの変態♪」
身体をよじり、両手で身体を弄る響に、翼は若干戸惑いながらも反発した。
「あなたが何者なのか、貴方が何故生身でノイズと戦えるのか、署の方で詳しく話を聞かせてもらいます!!」
「いーや。って言ったら?」
そう言って笑う響。
あくまでもふざける彼女に、翼は不快感を隠そうともせず顔を顰めた。
「拒否するのなら、力づくでも」
「アハハハハハ!!!」
連れて行きます。そう言いかけた翼だったが、次の瞬間、響の笑い声が彼女の言葉を遮った。
お腹を抱え、涙を滲ませながら笑う響に翼は激高する。
「何が可笑しい!!」
怒鳴る翼に、響は尚も笑いながら目尻をぬぐい、
「アハハ。ウフフフフフ♪ はぁ、おかし。なんでって――――」
「————ガッッ!?!?」
「この程度で反応できないじゃないですか」
無防備な少女の腹へ拳をめり込ませた。
ミシミシィッ、という生々しい音が二人の耳へ届く。
今まで経験したことのない衝撃と痛みが衝撃波のように全身を駆け巡りる。翼は明滅する視界のなか、よろよろと数歩後退するとガクリと片膝をついた。
必死に呼吸しようとえずく翼を前に、響は落胆したかのように大きなため息を吐くと蹲る翼の背中をさすってあげる。
「もうちょっとできると思ったんだけどな~? だいじょ~ぶですか~~?」
「ハァッ ハッハヒュッッ何の、つもりだ!」
殴った張本人が自身の背をさすっているという屈辱に、翼は殺意を滲ませながら響の手を振り払う。
それに対して特に気にした様子もない響は埃を払うように服を撫でたあと、踵を返した。先ほど助けた少女たちと別れたように、片手をひらひらと揺らしながら。
「ぐっ、待て!!」
「ばいばいツバサさん。また今度~」
気が付けば黄昏時も終わりをつげ、夜の帳が響と翼の間へ横たわっていた。