俺がこの世界へ転生してから1年の時が流れた。
どうやらこの世界において魔法は一般的ではないらしく、戸籍やら面倒な手続きの関係上、家の中ではともかくとして、外出の際には年齢相応の姿を強いられていて、そして転生者もこれまでに例がないことから流暢に喋ることすらできなかった。
しかし遂に、三つ子の弟のアクアマリン、そして妹のルビーが意思をもって喋り始めたことから、俺も外での会話を許可されるようになった。
……まあ、どうやら母やその周辺の人物たちは気がついていないようだが、弟妹たちも転生者のようだが、向こうに母たちを害する気はないらしく、それを隠したい様子もあったのてま、ならば俺も不干渉を貫けばいいだろうと放置してある。
のだが。
「ママァ!ママァ!よしよししてぇ!」
転生前が何歳だったのかは知らんが、少なくとも精神年齢的には子供でもあるまいに母へと幼子のように甘えに行くのは、妹のルビー。
それに応え、母は甘やかすように頭を撫でてやるのだが。
「は~~、極楽浄土〜♡」
「極楽浄土なんて難しい言葉、どこで覚えたの……?」
などと、本当に転生者であることを隠す気があるのか疑問に思うことも多々あり、酷いときには母が歌って踊るライブ会場とやらでヲタ芸とやらを打つ乳児なんて目立ったこともあった。
俺のような前例もあることだし、普通であれば転生者かと疑うものだろうが……。
「ヤバい位の天才っぽいな」
母は少々おバカさんだった。
『遺伝だね』、と小さく呟く姿に、俺は確かにその抜けているところなんかは遺伝なのだろうなと内心で思うのだった。
☆☆☆
母の星野アイは、絶賛売出し中の人気アイドルである。
彼女の美貌の下には、街灯に群がる羽虫の如く塵芥たちが集まるが、それを狙ってメディアは『モデル』そして、『ラジオアシスタント』なんて仕事を斡旋してくる。
正直なところ、自らを見世物にして金を稼ぐその手法は好ましく思わないが、毎日を楽しそうに暮らす家族を見て、俺もいつからか母のことを一番に推すようになっていた。
そして今日、そんな彼女の集大成とも言えるドラマの撮影があり、アクア、そしてルビーがゴネたことから、俺たちの乳母てきな存在である社長夫人の子という設定で見学に臨んでいた。
「苺プロのアイです。本日はよろしくお願いします」
アイの普段を思えば、想像もできない完璧な所作でドラマの監督等へ挨拶を送る。
しかしなぜか彼女は、監督と思わしき人物からジロジロと見られていた。
下心のない視線だったので放っておいたのだが、急にこちらを向いたかと思えば。
「この子供は?」
「あっ、この子たちは私の子で」
「マネージャが子連れで現場にねぇ」
一言、二言と社長夫人ミヤコと言葉を交わしたかと思えば、ギロリと睨みつけるように俺たちを見つめてきた。
アクア、ルビーはそれに少し驚き怯えたような態度を見せたが、俺には分かった。
この男、アイと同じ路線のお馬鹿さんだな、と。
ならば、社長夫人の子として着いてきた俺たちも、お茶目な挨拶をしなければ失礼というものだろう。
俺は前世の魔王時代の雰囲気を晒し出し、しかし表情は満面の笑みへと変えて、可能な限りの爽やかな声を出した。
「苺プロ社長夫人の息子アノスだ!この撮影現場は俺が支配してやるからな! 逆らう奴は皆殺しだ!」
こんなところか。そう思って辺りを見渡してみれば、心なしかドン引きといった空気が伝わってくるが、ミヤコの顔を見上げてみれば、なぜか涙目で顔色を蒼白く染めて震えていた。
しかしアイは面白可笑しそうに笑い、そして監督は驚愕の表情で。
「……アノスっていったか、この子どもを次の映画の場面に使ってもいいか?」
なんて真剣な表情に変えてミヤコに打診するのだった。