あれから一ヶ月。
特に何事もなく、遂にアイが初出演のドラマが放映されることとなったのだが、残念ながら画面に写ったのはほんの一瞬だけだった。
正直なところ、その一瞬だけでも俺は目を奪われるかと思ったが、弟妹たちは不満たらたらのようだ。
現にアクアがどこで入手したのか、監督の番号へ電話してクレームを入れたらしい。
……俺の言うことではないが、とても一歳児の行動力ではないような、逆に一歳児だからこその行動力と言うべきか。
それはともかくとして、アクアが仕事をとってきた。
アイの出演と引き換えに、アクア自身となぜか俺の出演を要請してきたらしい。
それを脊髄反射の域でアイを第一に考えてしまうアクアは、『上等……!やってやらぁ!!』みたいなノリで返事をしてしまったらしい。
しかし後々考えてみると、俺の許可を得ていないことに気がついて、『……そういえば、前に監督の誘い断ってたな』なんてことを思い出したらしく、今は頭を地面に擦りつけながら謝っていた。
「いや、本当にごめん」
「気にするな。俺があの男の申し出を断ったのは、ただ気に食わなかったからだけのこと。今世では、血を分けた兄弟となるそなたの、そして母のためともなれば協力するのもやぶさかではない」
「そ、それなら良かったけど……本当に嫌ってわけじゃ、ないんだよな?」
俺はその言葉に、笑みだけで返答した。
「ど、どっちなんだ……!?本当なの?それともやっぱ嫌!?」
やはり俺は笑みを返すだけ。
もちろんのこと、これは本音で返したつもりだ。
俺とて、この一年間を家族と暮らすなかで、『愛』を言葉にして囁かれることはなかったものの、『愛情』をもって育てられてきたのには気がついていた。
きっとアイが本物の『愛』を知り、俺たちへそれを伝えるには更なる時間が必要となるのだろう。
ならば俺たちは、『愛』を叫び、そして『愛情』をもって、母に『愛』を教えなければならないのだろう。
正直なところ、俺にとって『愛』とは最も縁遠い言葉だとは思ってはいるが、既に家族に対する『愛情』というものを知った。
ならば後は本物の『愛』とやらを知り、それを叫び続ける。
そのための第一歩というのが、まずは役者、もしくは母と同じアイドルとなり、偽の『愛』を叫び続けることで、本物の『愛』を知っていく。
奇しくもそれは、母と同じ選択ではあったが、ならばそれはどこか胸が暖かくなるような、そんな感情を知ることもできた。
ならば俺は、己の信じた道を歩む。
「五反田といったか、ヤツに電話を繋げ。俺が直接話をつけてやる」
アクアへと呼びかけ、先月に顔を合わせ、それきりとなっていた男へと電話をかけさせた。
呼び出し音はすぐに止まり、携帯から聞こえてきたのは五反田監督の声。
「アノスだ。先ほど、アクアから話を聞いたが、俺を場面として使いたいらしいな」
『……ああ。お前を使うことで、ガラリと場面の雰囲気が変わるだろうなってシーンがある。なら、少しでも理想に近づけるのなら、使える手札を切り役者を引っ張ってくる。それが映画監督の仕事ってわけさ』
電話越しにだが、タバコの煙を吐き出す気配を感じた。
結構臭い言葉を吐いたようだが、どうやら周囲の喧騒的には居酒屋で酒でも飲んでいるらしい。
ならば臭い吐瀉物をまき散らし、周囲に迷惑だけかけないように忠告でもしておくか、とも考えるが、この男のためにそこまで動いてやるのは気持ちが悪い気もするので、放っておく。
俺が何よりも優先すべきこと。それは――。
「俺たち兄弟を使うことで、アイを使うというのは分かった」
『……なら』
「不満はない。だが、妹のルビーもどこかの場面で使うことは可能か?」
家族揃っての幸せを得る。
きっとこれはその目標のための、小さな、それでも確かな第一歩となるだろう。
確証はないが、確かな確信をもって俺はそう提案するのだった。