ナタの情報が公開され始めましたね、ワクワクしてます
投稿が滞っている間もず〜っと原神してましたし、執筆もしてました。
だから『鳴○が面白すぎて時間溶けた』とか『ブルアカの新規小説のプロット練ってたらそっちに時間割いてた』とかじゃないです。決して。断じてないです。
たぶん
たぶん
宴というのは実に良いものだと、アイツは言った。
酒と料理を片手に仲間と語らい、時に泣きあいながら馬鹿騒ぎをする。理性など次第に溶かしていきながら、その芳香な酒の香りと共に天にも上るかの如く舞い上がり、そして知らず知らずのうちに地に落ちる。
落ちた衝撃が翌朝に襲いかかってきて、飲んだことを後悔し、そのことを忘れてまた翌週に飲み耽る。
沈みゆく太陽を背に、気分は天へと昇るかの如く打ち上がるその瞬間の快楽は、何物にも変え難いものがあると考える。
当人たちはその楽しげな宴に喝采を上げて騒ぎ立て、果てには更なる繁栄を求めるものだ。
...........
...................
............................だが、楽しいのは当人たちだけだ。
側から見れば、どんちゃん騒ぎの宴など嫌で仕方がないものだ。酒を床に撒き散らしながらぎゃあぎゃあと喚くその姿は、少なくとも良くは写らないだろう。当然の帰結だ。
誰しもが「酒に入り浸りたい」と感じるわけではないし、誰しもが「理性を吹き飛ばしてまで騒ぎ立てたい」と思うわけではない。
少し、分かり難いだろうから、いっそのこと直接的に表現しよう。
執行官との
平穏な日常を汗と己の血で染め上げられながら、その狂乱の如く激しい戦いに身を置きたいなどと考えるもの好きはそういない。
いるとするならば、それは彼女くらいなものだろう----とは言っても、彼女自身も否定するだろうがな。
全く.....難儀なものだ。
これは、多くの国と人を見てきた、俺の個人的な知見だが......
遭遇した際には、介入せずに外野から見守ることを強く勧める。
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黄金屋でも何やら騒がしい喧騒が轟いていた。と言っても、観客は二人だけという簡素なものだが。
「ほら、どうしたんですか?攻撃の手が止まっていますよ、兄さん?」
「っ言ってくれるね!?エレーナ!」
黄金屋で果たし合っているのは二名の男女。
男の名はタルタリヤ。スネージナヤの組織であるファデュイの執行官の一人だ。頂の名は『公子』であり、その武勲はスネージナヤのみならずテイワット各地へと轟いている。若くして執行官の地位に上り詰めたその戦闘能力は目を見張るものがあり、その戦いぶりを見た彼の部下はその凄まじい光景を次のように語る。
『お前、『公子』様の戦いを見たことがないのか....?いや、見ない方が賢明だろうな、あれほど凄まじい戦いぶりは、見てるこっちが震え上がるほどだ。執行官という立場の人間が何故その役割を与えられたかを痛感したよ。』
そのように語るのはそこそこ歴の長いデットエージェントだった。普通の人間に比べればかなりの場数を踏んだデットエージェントであっても、『公子』の苛烈さは目に余るようだ。
なお、これはあくまでも一部の声に過ぎず、一個人の主観が入っていることは否めないが、世論のほとんどが彼の意見と違わないのも事実だ。『公子』は凄まじく荒々しい戦いぶりと、それによって得られる武勲を世間に知らしめている。
基本的に裏で暗躍に徹することの多い執行官の中で、このように武力のみでのし上がり、名を轟かせるのは『公子』くらいだ。熱いとわかっている火の海に自ら飛び込み、その渦を更に大きなものへと進化させてしまう。それが『公子』という男だった。
常に戦いを求め、戦渦が静まればまた別の戦渦へと移っていく。そんな存在なのだ。
そして、彼が次に相対している難敵はかつての家族、憎むことなどない愛しい妹であった。
彼は蒼白の輝きを放つ弓矢を番えており、瞬きの間に何発もの流星を生み出しては解き放っていた。対する少女は、その攻撃を素早い動きで最も簡単に躱しており、男の猛勢は功を成していないことがわかる。
少女の名はエレーナ。かつての祖国を逃げ出した彼女は己の過去と向き合うため、そして友人の大事な居場所を守るために兄という名の"暴君"と戦っていた。
辺りは戦いの余波でボロボロになった床石などで溢れかえっていたが、この戦闘が始まってまだ2分ほどしか経っていない。
このような短時間でこれほど凄まじい影響を与えている所を見ると、この戦いが非常であることは容易に読み取れた。
そんな彼らの戦いは、激しくも停滞状態にあった。
男が矢を放つ。
矢は水色の輝きを放ちながら恐るべき速度で少女に迫るが、貫くことは叶わない。それは男の矢が軟弱であるからではなく、単にエレーナが速すぎるのだ。タルタリヤが目線を向けたその瞬間には、既に彼女はその場から飛び出してタルタリヤの首元まで迫っている。
「っ!」
あまりの速さに驚愕するタルタリヤは息を飲み、顔を強張らせる。焦りながらも冷静に対処すべく身を屈める。ヒュンッと彼の頭上で風切り音がして、生を刈り取る鐘が鳴る。
死神の顔を視界に収めることよりも距離を取ることを優先するため、タルタリヤは顔を下に向けたまま後ろへと跳躍し、空中で弓の弦を引いた。
ギリ....
タルタリヤの耳元に弦の軋む音が飛び込んでくる。いつもよりも鮮明に聞こえるそれは、彼の五感が研ぎ澄まされていることを示していた。そのまま己の五感に従い次の矢を放つ。それは寸分の狂いもないまま正確にエレーナの所へ放たれた。
バヒュンッ!!!!!!
鋭い音よりも先にエレーナの目前に矢が届く。
が、
「無駄」
エレーナは飛んできた矢を紙一重で躱し、またもすかさず駆け出す。
少女が矢を置き去りにするほどの速度で距離を詰めて斬り掛かる。男はそれをいなしながら距離を取り、再び遠距離から矢を放ち.....これの繰り返しである。まさにイタチごっこ。このような状況がもうかれこれ数分は続いている。
しかし、この状況に埒があかないと感じたのか、少女は大きく足を踏み込み息をふぅっと吐いた。かと思えばその姿は消え去り足元に亀裂だけを残した。その姿は既に男の背後にいた。
これまでとは明らかに一線を隔するであろう速度にタルタリヤは目を剥いた。
タルタリヤはすぐさま振り向きざまに回し蹴りを入れるが、それを見越していた少女は体勢を低くしてその蹴りを躱し、そのまま間髪入れずに得物の切先を相手の首筋向かって突き刺す。
だが、その刃は届かずに、男の手によって喉元で静止させられていた。力が拮抗しており互いの腕が小刻みに震える。拮抗した状況の中で少女が男に言葉をかける。
「....武芸だけは一丁前ですね、兄さん。」
「それだけじゃあないさ。釣りだって得意なんだ。最近はドラゴンスパインの麓に良い釣りスポットを見つけたんだ。よかったらエレーナも一緒にどうかな?」
「
売り言葉に買い言葉とでも言うべきか。
挑発されたタルタリヤはそれを家族からの微笑ましい愛情の発露だと受け取り、肯定的な言葉で返したのだが、その結果は虚しいものとなった。タルタリヤが善意で放ったはずの話題作りの種は、棘を持つ薔薇となって返ってきた。
あくまで友好的な態度を崩さない兄とは異なり、妹の方は頑なに気を許さずに否定的な態度で話す。それでも両者は和かな笑顔を浮かべており、手に持つ凶器がなければ和やかな兄妹の会話に見えたことだろう。この二人は腐ってもスネージナヤの血生臭さが受け継がれているのではと感じざるを得ない。
そんな素晴らしい兄妹愛を感じられる一幕にうんざりしたのか、エレーナは空いていたもう片方の双剣で自身の腕を掴んでいる兄の手を切り離すために斬りかかる。タルタリヤの両手は弓とエレーナの腕を掴んでおり、自由が利かない状況だ。それを好機と見たエレーナが空いていたもう片方の剣で獲物を捉えようと迫る。すると、並々ならぬ殺気を感じたタルタリヤはエレーナの腕を離してすぐさま距離を取る。その離脱の際に水の飛沫を撒き散らしてエレーナの視界を錯乱させながら。
バシャァ!!!!!
大きな音とともに辺りに小規模な水の爆発が起きてエレーナの猛攻を妨げる。即席とはいえ、確かな密度を持った水の破裂は十分な威力を以てしてタルタリヤを守るための時間を稼いだ。
「...っ小細工を。」
水をぶち撒けられたエレーナは、兄の手癖の悪さに悪態を吐きながら大きく後退する。タルタリヤの扱う水元素は総じて応用の効く能力であり、扱う人間によっては想定以上の効力を発揮することがある。ファデュイの執行官である彼がそれを扱えば、当然の如くただの水は凶器にもなり得るし、煙に巻く煙幕代わりにもなるのだ。
大きく飛び退いてもなお降りかかる水の飛沫はエレーナの体を濡らし、彼女の気分を不快にさせる。飛沫に顔を顰めて顔を腕で守る彼女は、体に張り付く衣服に舌打ちを漏らしながらも、闘気を絶やさず燃やし続ける。テイワットで泥や水に塗れて汚れるなど日常茶飯事だ。少し水に濡れた程度、彼女にとっては気にも留める価値がない。
「そんなに水が好きなら、全部吹き飛ばしてあげますよ。大量のモラごと。」
このままでは埒があかないと考えたエレーナは、そう悪態をつきながら顔の水滴を腕で拭った。髪と腕の隙間から覗いた眼にはギラギラと輝く瞳孔が闘志を燃やしている。消化試合を続けても意味がないと感じた彼女はこれまでよりも速くタルタリヤの懐まで踏み込むためにより大きく身を屈めて脚を伸縮させた。
だがそこで少々を違和感を感じる。
「っ脚が,,,,,。」
消化試合とは言っても、執行官との戦いは常軌を脱する凄まじいものだ。壁や地面など容易く砕く水の魔矢、そしてそれらが次々と飛んでくるという悪夢のような光景。少しでも気を抜けば身体を矢で射抜かれかねない。そんな激戦を続けていた影響で、エレーナの身体の節々が少しずつ疲労を蓄積していたのだった。
「ッチ」
思いもよらぬダメージに思わず硬直する。すぐさま飛び掛かるつもりだった身体が無意識に固まった己に対して困惑の色を隠せない。後悔先に立たずとはよく言ったものだと心の中で先人に感嘆しながらも、己の浅はかに舌打ちが漏れる。
そのせいで、タルタリヤに予期せぬチャンスを与えることになってしまう。
ふと、水元素の気配を感じる。大きな水が一つの小さな存在に集約され、やがては全てを貫く魔弾にすら成り果てるそれは、少ししてから安定し、それからエレーナの下へと跳躍してきた。これまでよりも少し速く鋭い一撃。恐らく先ほどの水の目くらましを展開すると同時に矢を構えていたのだろう。音も鳴らさず瞬きの間にこちらへ向かってくるのがわかる。感覚が研ぎ澄まされていなければ気付くことすら出来なかったかもしれないと感じるほど静かな一撃。しかしそれが携えていたのは安らぎではなく死への誘いのみだった。
「(どうする..?)」
体を仰け反らせて避けるのは間に合わない。そんな余裕もない。それをいち早く感じ取ったエレーナは敢えて避けることはなかった。降りしきる水から顔を守るために差し出していた右手をそのまま突き出した。
常人ならば目を剥き驚愕するであろう行為は、矢を放ったタルタリヤさえも驚かせた。自身を守ることとは真逆の、無謀とも言える自殺行為。それは自暴自棄になったとすら錯覚させるほど自然に、かつそこはかとなく行われた。まるで日常の一ページであるかのように、まるでそのような行為をこれまで何度も行ってきたかのように。滑らかに。
そして、
「はぁっ!?」
タルタリヤの顔に驚愕の色が出る。
矢を掴んだ彼女の手のひらから血が吹き出る。矢から滴る綺麗な澄んだ蒼とエレーナの赤色が混ざり合い床に崩れ落ちる。決して軽傷では済まないであろう量の赤が吹き出ており、見ている人間からすれば堪らず悲鳴を上げてもおかしくないほど悲惨な光景だ。出血量から見ても軽傷では済まないであろうことが容易に想像出来るほどに、それは凄惨な光景だった。
しかし、当の本人は涼しい顔をしている。むしろ矢を離さずにジロジロと舐め回すように見つめている。その佇まいが彼女自身に動揺や狼狽えが一切ないことを証明し、異様さを余計に際立たせる。恐らくエレーナにとっては矢で掌がズタズタになることなど気に留める価値などないのだろう。己の命を守るために矢を止めるのではなく、矢を止めるために身体を使う。自身を道具としか思っていない歪で非常な思考回路を以てして行われた行為は、よりエレーナという人間の歪さを際立てた。
なにより、整合性が合わないとタルタリヤは感じた。
「(....あの大雨の日に出会ったエレーナは、どうしても生きようと藻掻いていた。だというのに、今の行動はそれとは真逆。自分の命をなんとも思っていない人間の行動だ。)」
迷わず片手を捨てるなど、それこそ命に執着している者の行動ではない。どう考えても何かおかしなことが起きている。一体自分は誰と戦っているのかすら明確でなくなってきたような奇妙な錯覚にでも陥っている気分だった。
「それこそ素手で矢を掴むなんて考えられ...ん?」
そこで、タルタリヤはある違和感に気付く。
「(矢を...掴んだ?なら、元々持っていた双剣の片割れはどこに......?)」
エレーナは双剣を用いていたがゆえ、その両手は基本的に塞がっている状態だった。持ち変えるために一瞬力を抜くことはあれど、丸っきり手放すなんてことはなかった。だというのに、彼女は飛んできた矢を文字通り手で掴んだ。空いている手などないはずなのにだ。
のならば、握られていた剣はどこかに放られているはずだが、少なくとも目に見える範囲には見当たらない...。
いや、まさか.....
そう考えたタルタリヤは上空を見る。
その瞬間には、
ひやりと鉄の冷たさが額に触れる。故郷の雪とは異なる金属の冷たさが身体を強張らせ、臨死を体験させる。
「っ!!!!???」
ほぼ反射的に顔を逸らして回避するが、僅かに間に合わず。眉間に少しだけ血が浮かぶ。予期せぬ攻撃にタルタリヤの体勢が崩れ-----その時、少しだけエレーナに対する警戒が緩んだ。
その瞬間を見逃す彼女ではない。
「っしまった。」
自分の失態に気が付いたタルタリヤは思わず声を漏らし、数瞬間前の行動を恥じる。相手の力量と度量を完全に読み違えていた。急いで視界のピントを合わせるべくコンマ数秒単位の動体視力と肉体の限界を駆使して態勢を立て直す。
だが、そのころにはもう既に反撃の手筈は整っていた。
好機を掴んだエレーナは、タルタリヤが崩れたときには矢を構えていた。先ほど手で鷲掴みにした水の矢は未だその原型を保っており、水元素力のエネルギーの凄まじさとそれを操るタルタリヤの実力を無言を使って伝えている。
それを確認したエレーナはしっかりと敵を見据えて腕を後ろ引く。
そして思い切り......
「お返し」
振りかぶって投擲した。
「ぐおっ!?」
恐るべき速度で投擲された矢はタルタリヤ目掛けて一直線に飛来して、その命を狙う。これがボーイフレンドに愛をぶつける幼気な少女であれば可愛らしいものだが、残念ながらやってきたのは殺意を乗せた弓矢だった。
タルタリヤは咄嗟にそれまで溜めていた水元素のエネルギーを眼前へと展開し、大きな膜のようなものを生成して身を守る。急いで生成した水の盾に、エレーナが投擲した矢が衝突し余波とともに水飛沫が辺りに散らばる。衝撃が続いたのはほんの一瞬だけではあったが、それでもタルタリヤの姿勢を崩すのには十分な威力を備えていた。
矢と盾。両方の水が崩壊して足元に飛散する。
「っ!傷ついた腕で投げたのか。めちゃくちゃだね。」
予想外の威力にタルタリヤは思わず苦言を漏らす。彼女は矢を掴んで腕を傷だらけにするだけでは飽き足らず、なんとそのまま傷ついた腕で掴んでいた矢を投げてよこしたのだ。なんたる暴挙。もしモンドのアイドルがいれば顔を真っ青にしながら癒してくれるだろうが、生憎とここにはいない。いるのは暴君だけだ。
弾けた水によって雨が降る。
両者の視界をしばし遮る形になり、お互いの姿が見えなくなる。
ある意味で束の間の休息、インターバルのようなものではあるが----
しかし、彼には攻撃を仕掛けるチャンスに他ならないようだ。
「....やるね、今度は俺の番だっ!」
タルタリヤはそう言うと、冬国の白星の弦を張り矢を番えた。矢に蒼い光と水が集中して輝く。彼の中の水元素力が悲鳴を上げているのかと錯覚するほどに水がふるふると振動して、周囲を威圧する。
かと思えば、すぐさま天井に矢を向けて思いきり解き放つ。彼の手元から解き放たれた弓矢の束は集束した状態で黄金屋の天井近くまで到達した後、その場で炸裂し、束は千切れて雨となって降り注ぐ。
ほとんど溜めの時間も取らずに放たれた一撃にしては随分と激しい光を放つ光線に見えた。
先程まで白く光る卵だった子供たちは次第に流星へと形を変化させ、最終的には青々しい蒼として自らの軌跡を作る。その様はとても幻想的で、まるでスネージナヤの月光と共に光る星々そのものであるかのようであった。その星々たちは地面に紋様が浮かび上がるとほぼ同時に、その紋様上に着地し破裂する。
「....っ。」
エレーナは流石に危機を感じてすぐさまその場から飛び退く。
静かな水の飛沫が上がる。
静かだが、空気を劈くような鋭い音がした。
音の発生源に目をやると、彼女が先程まで立っていた場所は大きく抉れており攻撃の凄まじさを物語っていた。...内心で身震いする。あれほどの狙撃を生身で受けてしまった日には、身体が原型を留められずに破裂してしまうだろう。そう考えてしまうには十分過ぎる威力だった。
しかし、安堵したのも束の間。退避した先にも紋様が現れた。嫌な予感がしたエレーナは周囲を見遣るとあちこちに水色の紋様が発言していた。耳を覆いたくなるような甲高い音が聞こえ、次第に近づいて....正確に言うと降ってくる。
それはまるで剣の雨。一矢一矢が床を抉るほどの威力を持った矢の豪雨が黄金の世界に降り注ぐ。隙間や間隔などありはしないその驟雨を凌ぐのは至難の技であり、事実エレーナに逃げ場などありはしなかった。
ついに雨が到達する。床が抉れて破片が飛び散り、辺りが疎な黄金で彩られる。形容し難い轟音が矢の雨を持ってして鳴り響いて空気を振動させる。エレーナはそれを防ぐための傘など持たない、いやそもそも、これを防げる傘など存在しない。無邪気な
ズガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!
重機で鉱石を掘っているのかと勘違いしそうになるほどの轟音が鳴り響く。この音を聞いた者は黄金屋に削岩機でも投入されたのかと勘違いをするだろう。しかし、この音の発生源は間違いなく天井より降り注ぐ矢の群であり、それを一人の人間が放ったというのは紛れもない真実だ。執行官『公子』は不条理とも言えるほどの武力と、それによってもたらされる圧倒的な理不尽を相手に見せつけて戦意を地の底に叩きつけるのだ。
矢が黄金の床を抉り出して金粉を空中へと舞い上げる。タルタリヤの視界をキラキラと光る破片が飛び散って舞う。ある意味で幻想的とも言える水と黄金の景色は見る者を魅了してやまない魅力を孕んでいるのだろうが、抉られた床がその幻想を叩き潰す。
砕け散る床が、"もうやめてくれ"と叫んでいる気がする。
それでも雨が止むことはない、いかに堅固なる建造物が傷つこうが知ったことではない。むしろ初動よりも勢いを増した雨は更なる群れを率いて黄金を削る。立ちはだかる存在や運命が苛烈であればあるほどその攻勢は増していき、その魔力を高めていく。
その様は、この世の光景とは思えぬ----まさに『地獄』のようであった。
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どれほど時間が経っただろうか。先ほどまで降り注いでいた恐るべき矢の雨はいつの間にか鳴り止み、空間には無残にも朽ち果てた黄金屋の光景だけが広がっていた。唯一傷がついていないのは矢を放った本人である『公子』の立っている場所のみであり、それ以外の場所はほとんどが朽ち果てていた。
タルタリヤが放った無慈悲な攻撃はそこに存在するすべての物体を穿ち、切り刻み、破砕させた。その御業はまさしく『魔王』そのものであり、彼の狂気の一端が顔を出した瞬間だった。これこそが彼が畏れられる所以の一つであり真髄。まさしく『魔王』そのものであり、エレーナもその刃をその身に受けることになったということだ。
「...しまったな、少しやり過ぎたか?」
だが、そんな彼も一人の兄であり、エレーナという妹を愛しているようで、手加減をしているつもりだったらしい。手加減で矢の雨を降らせたとでも言うのだろうか、恐ろしいものである。
ふと、タルタリヤは足元の
「紅い....アクセサリー?」
彼の足元にあったそれは淡く輝く紅い光玉を携えたピアスだ。光玉とはいっても人一人の親指一本ほどしかない小さなアクセサリーだったが、黄金色のみが存在する黄金屋の光景を見飽きた彼にとっては、その紅い輝きは何故か視界の中で存在感を放ち、印象強くその運命を語りかけてきた。
なんとなくそれを拾い上げる。やはり軽い。少しでも力を入れれば砕けてしまいそうなほどに繊細で、脆いアクセのようだ。これほど脆いのなら、アクセサリーとしての価値はとてつもないものになるのだろう。何せ、脆いということは、それだけ加工に繊細な気遣いと卓越された技術を要求されるということだ。いかに璃月とは言えど握るだけで砕けそうな繊細さを持つ鉱石を磨き上げるというのは至難の業だろう。
それが輝きを損なわずに、となれば猶更だ。
「一体だれが磨き上げたんだろうか。」
タルタリヤはそのように興味を持つ。
これまで璃月に滞在する中で、この国が優れた目利きと技術を持つ人間たちの集う場所だとは理解したが、その技術の限界まではまだ知り得ない。ゆっくりと観光するだけの時間はなかったがために、そういった興味を彼はまだ消化しきれていないようだ。
「しかし綺麗なピアスだ。」
そうだ、エレーナなら似合いそうな.....
いや、まて
「(エレーナは、一体どこにいった?)」
突如として訪れた静寂は空間を覆い尽くしてタルタリヤの動揺をより一層濃いものとする。先ほどまで激しい水飛沫と砕け散る黄金の嵐によって賑わっていたというのに、今では見違えるほど鎮まり返っている。その静けさは、自身の鼓動すらもはっきりと認識出来てしまうほどだった。
一瞬、身構える。
タルタリヤは彼女を見失っていた。手に汗握るような激しい攻防を経て訪れた静寂に心を奪われた隙に、最愛の妹の姿を完全に視界から外してしまった。それまで正面からやり合っていただけに、身を隠されるという絡め手を警戒し損ねていたのだ。タルタリヤは百戦錬磨の武人ではあるが、ようやく邂逅出来た妹に対して冷静さを欠いていたらしい。そのことを本人もようやく自覚するに至った。
雨が止み、ふと足元のピアスを拾い上げてから今に至るまで、およそ10秒ほど。それまでの僅かな間に、タルタリヤは形容しがたい違和感を感じていた。
「(今の攻撃を前にして逃げ場を確保出来たとは思えない。)」
だが、事実として視界には彼女が映らないことから、どこかに潜伏している可能性が高いのも事実だった。では....一体どこに隠れたのか?
今の一瞬で黄金屋の外に逃げ仰たとは考えにくかった。それに加えて、気になることがもう一つ。
血が、まったく流れていない。
妹の血が見たいわけではない。むしろ愛する妹が苦しみ血を流すようなことがあれば、そんな状況を作り出す愚か者がいればタルタリヤは躊躇せずに殺す。すぐにでもその穢れた息が空気に触れないように。
ただ、事実として、人間が流すであろう赤い血がまったく見当たらないのだ。逃げ場などなかった。いや、仮に彼女が運よく逃げおおせたのだとしても、
タルタリヤとエレーナが戦っている間も、千岩軍の兵士たちはまだ黄金屋のあちこちで倒れ伏せていた筈だ。彼らを襲撃し、完膚なきまでに叩き潰したのは他でもないタルタリヤだ。どこに、誰がいたのかくらいは把握していた。
だが、今この瞬間には、その兵士たちの姿は一人たりとも見当たらないときた。ここに至るまでに幾人も斬り伏せてきたはずの存在は綺麗さっぱりといなくなり、その痕跡すらも消えているのだ。
何か奇妙なことが起きている気がする。妙な緊張感が場を支配するのを肌で感じる。凡人ではない何かと相対している気分が喉奥からこみ上げて、彼の食道を行き来する。
「..........ふ〜っ。」
タルタリヤは体の奥底から空気を吐き出す。静まった辺りに息遣いだけが残る。
さっきまで気にならなかった水の滴る音が妙に耳に残る。頭に響く。
ポタ
水が滴る音がする、それ以外は何も聞こえない、動いていない。
ポタ
水が滴る音がする、それ以外は何も聞こえない、動いていない。タルタリヤもまた動かないじっと気を伺う。
刹那
エレーナを探すタルタリヤを嘲笑うように、
「ッシ!」
男に刃が差し向けられる。
「(....モラの中に隠れるなんてねっ!?)」
タルタリヤが放った矢の雨、いや、流星と言った方が適切か。
その流星を放った時には、エレーナは地上に逃げ場がないことを察した。
もはや黄金屋全体を覆い尽くす矢の雨は、確実にエレーナの逃げ場を封じていた。
だからこそ、地中に紛れた。
黄金屋に無数に築かれたモラの山に隠れることで、一時的に攻撃を凌ぎ切ったのだ。
タルタリヤは、死角から襲いかかってきた凶刃を上半身を逸らすことでなんとか躱すが、二手目の回し蹴りを横腹に入れられてしまう。
「ぐは!?」
みし.......
骨が軋む音がする。
「吹っ飛べっ」
ドゴォッ!!!
勢いのままにそのまま吹き飛ばされたタルタリヤは床を転がる。予想以上の威力に顔を顰めながらも、体勢を立て直す算段を立てる。
右手の指を地面に這わせて勢いを相殺するように試みる。ザザザ!と床を引っ掻くような音が鳴り、側に落ちていた砂金の粒子が手袋の間に入り込んできて不快感を与える。だが、その不快感を無視して手を床に立て続ける。
十数メートルほど後退したところでようやく勢いが鎮まり体が止めることに成功した。荒い息が迸り喉が脈動している感覚に陥る。ドクンドクンと心臓がタルタリヤの耳小骨に高鳴りを伝達し、脳はそれに対して高鳴りを潜めることを辞めた。
妹だと侮っていた目の前の少女は、テイワットでも屈指の実力を誇る猛者なのだと考えを改めることにしたタルタリヤは、少しだけいつもの調子が顔にで始めたようで、仮面の奥底で獰猛な笑みを浮かべた。
「ぐ....ハッハ!!いいねぇ、戦いはこうでなくちゃあね!.........ゴホッゴホッ!!!」
先ほどの蹴りの当たりどころが悪かったのか、彼の肉体はいまだに衝撃によるダメージに悶えているようだ。しかし、それすらも彼にとっては戦いを続けるためのスパイスになってしまう。退屈な任務の一幕で訪れた束の間の宴だ。彼が歓喜を覚えないはずがなかった。
それに彼にとっては、痛手を負ったことよりも妹の成長が何よりも嬉しかった。そんなタルタリヤの様子を見たエレーナは、ゲンナリとした表情で彼に対して罵倒を浴びせた。
「これだけやってもなんで楽しそうなんですか.....この戦闘狂!鬼!悪魔!兄さん!!!」
「はぁ.........どんな罵詈雑言を吐いても可愛いものだよ....それはそうとして最後のは悪口になるのかな?だとしたら兄ちゃんはすごく悲しいんだけ......ど!!!」
稚拙な罵倒を浴びたタルタリヤは、悲しそうに眉を下げながらもその攻撃の手を緩めない。息を整えた彼は身を少し屈めて膝に力を貯めるとほんの少しだけ跳躍し、そのままの姿勢で弓を構えた。矢の先に淡い光が集まる。
綺麗で幻想的な光を帯びた彼の矢は、次第に不思議な膜を帯び始めた。その膜の正体は蠢く水元素の集合体であり、それは彼の『神の目』が可能にしている身技だった。
きり...という弦の軋む音が空気を伝ってエレーナの耳小骨を揺らした時には、既にその矢は放たれていた。黄金色の床を這うようにして進んでくるそれは、矢言うよりはある種の生き物のようであり、妙な生々しさを感じさせた。それが余計に受ける側の危機感を刺激する。
バヒュッ!という激しい音が鳴る。およそ矢を放つ音とは思えない音が。
エレーナはその異様な攻撃を避けるべく左に跳ぶが、その先でも再び矢による猛攻撃が待っていた。水を帯びた矢が弾丸となってエレーナを貫かんと次から次へと飛んでくる。一矢躱せばまた一矢。それを躱してまた次が来る。まるでキリがなかった。
「ハッハハハハハハ!!」
「楽しそうですねぇ...。いいご身分。」
まるで戦闘そのものを楽しむかの如く笑顔で矢を放つ男を見たエレーナは、そのあまりの狂人っぷりに辟易する様子を見せる。
歓喜するタルタリヤとは対照的に、エレーナは至って冷静沈着にたち振る舞っていた。眼前に迫り来る矢の濁流をヒョイヒョイと身軽に交わし続ける。シンプルで味気ないが、ゆえに合理的な動きで、その戦い方はタルタリヤとはまるで正反対な戦法だった。
時たま少しだけタイミングをずらして放たれる矢に関しても、手に持つ双剣で両断して無効化している。どのような攻撃も彼女には一切届くことはない。
「ハハッ!」
そんな彼女の実力を目の当たりにしたタルタリヤは、その光景に歓喜してより輝かしい笑顔を見せた。
長年探していた妹が、自分と戦っている。空白だった思い出のページが一つ、また一つと染まっていく。滑稽だと、物騒だと思われても構わない。誰がなんと言おうともこの一幕は自分とエレーナの団欒なのだ。
タルタリヤは歓喜に満ち溢れている。妹の成長ぶりを見ることが出来たことは彼にとってはこの上なく心躍らせる出来事だったのだ。
そして最愛の妹に向けて次なるプレゼントを送るべく矢を番える。しかし、その際に妹の顔が映ったことで、またも笑顔で語りかけてしまう。
「流石だねエレーナ。俺も兄貴として誇らしいよ。」
「嬉しくないです。」
「釣れないなぁ。」
妹に思いっきり蹴り飛ばされたにしてはニコニコと上機嫌なタルタリヤ。対して嬉しくなさそうなエレーナ。対比が妙に哀れで茶番の雰囲気を醸し出す。
「....まさかモラの山に潜っているとはね。単純だけどそれ故に見逃してしまっていたよ。」
感心半分、呆れ半分といった面持ちでそう語りかけるタルタリヤ。
エレーナがとったその行動は、あまりに古典的で稚拙な方法であったが、それゆえに戦いという行為に慣れた『公子』はそれを察知するのが少し遅れた。これまで正面から突っ込んでくるような戦い方を取っていたエレーナが、このような不意打ちを使ってくるとは思っても見なかった。だからこそ、結果的にモラの山から飛び出してきたエレーナからの一撃を貰うことになってしまったのだ。
足音一つ聞こえなかった静かさにも納得がいった。さすがは我が妹だと感心さえした。だが、それでもまだ心の隅っこに僅かなシコリが蠢いている。
どうしてもその疑問を消化したいタルタリヤは笑顔のまま問いかけた。
「どうやって
「...。」
タルタリヤの質問に対して沈黙を貫くエレーナ。
「さっき動きを止めたのは、エレーナが視界から消えたからじゃあない。どちらかといえば、さっきまでそこらに転がっていた千岩軍の兵士たちの姿が全く見えなくなったからだ。」
「....そうですか。それは不思議ですね。」
エレーナは肯定も否定しない。
その様子を見る限り恐らくは彼女の仕業であることは明らかだ。
しかし、鋭い矢の雨が降り頻る地獄絵図の真っ只中で、少なくない人数の大人を音もなく退避させるなど不可能だ。もしそれを成し得る存在がいるのなら、それは同じ『執行官』か『俗世の七執政』くらいだろう。であれば目の前の妹はそれらに匹敵するほどの”何か”であると言うのだろうか。
「....ハハ、それこそまさかだ。」
タルタリヤは苦笑いをしながら再び闘気を纏う。
「まぁいいさ。口で話す気がないなら.......
『公子』はそう叫ぶともう一度弓矢を番えて水元素を集約させ始めた。先程とは異なり、それはもう随分としっかりと力を溜めて、ありったけの威力を込めたことが窺えた。
黄金屋に積まれたモラの山々が振動に震える。
ビリビリと音のない振動が辺りに伝わり気迫が伝播していく。その最中にいるタルタリヤを油断なく見据えるエレーナは、これから起こるであろう衝撃を予見して冷や汗をかいた。
タルタリヤは矢の照準を天井へと向けた。そしてやがてそれは放たれた。
ピュンと彼の『冬極の白星』から悲鳴とも取れる甲高い音色が小さく鳴り響く。思い切り溜めたのだからより大きい音が鳴るものだと思っていたのだが、予想に反してその音はとても静かだった。先程の一撃よりも。
天井へと放たれたはずの矢はいつの間にか肉眼では見えなくなっており、その行方を暗ましていた。しかしその影は間も無くしてすぐ側にて出現することになる。
フォン........
静かで不気味な音と共に足元にまたも紋様が浮かび上がる。
いや、足元に、というのは少し過小表現であったかもしれない。
正確には黄金屋全体の床を覆い尽くすほど大きな紋様が出現した、という方が適切だろう。
これは何の比喩でもなく、実際に水色の紋様は床全体を染め上げる程の大きさを持ってして出現していた。嫌な予感が悪寒となって全身を駆け巡り警鐘を鳴らす。
これは、まずい......本格的に不味い。
エレーナは即座にそう悟る。彼女の足元に浮かび上がるこの紋章は、決して一般的には目にしない特徴的な形をしている。紋様と表現してはいるが、実際のところそんな繊細な様相をしているわけではない。具体的には、まるで荒波が来る予兆を示すかの如く粗く波打つ水の濁流が、円形を成しているのだ。なんてことない元素力の一環。だが、エレーナはこれが何を意味するのかを知っている。
星海より往来せし怪物。
テイワットの外より飛来し、食欲のままに目の前のあらゆる物を飲み込むことを吉とする怪物であり、タルタリヤの根源を揺るがした怪物---その幻影。
「『止水の矢』!!!!!」
一撃が放たれる。
やってくる。
どこからやってきたのか、この世では見たこともない造形をした生き物が産声を上げながら迫り来る。それはかの星海を遊泳する------外界から来たりし白鯨の形を持ってして、こちらを飲み込まんと肉薄する。
ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!
洞に吹く温風のような鈍い音が黄金屋全体に響き、見る者に恐怖を抱かせる。この鯨を目の当たりにした者は、その強大な存在感と未知に対する畏怖の感触によって一瞬思考を制限される。それほどまでに巨大で圧倒的な一撃。たとえ角に退避しようが、出来うる限りの防御姿勢を取ろうがもはや無意味。逃げ場など与えぬ程の巨体によって圧制されるのが、『魔王』を前に絶望した者に残された唯一の末路なのだ。
ゆっくりと、しかし確実に巨体が地面へと迫ってくる。常人であれば慌てふためくかあまりの絶望に呆然とするだろうが、エレーナはそのどれでもないようだ。彼女は
「....流石に
エレーナはそう呟いた。
手に持つ双剣はそのままで、しかしながらその身に何か異質な膜を纏い始める。
膝を少し曲げて身体の芯を捻るように構える。
脳裏に浮かぶは暖かい暖炉の火松と、冷ややかで冷徹な涙。あの日への羨望と後悔を一心に己へ向けて、歯を食いしばる。身体が、心がこれからの行いを拒否しているのが分かる。その証拠に全身に鳥肌が広がり、嫌な脂汗が服と肌の境界を曖昧にしている。
それでも----いや、だからこそ、私が何故こうして立っているのかを思い出させてくれる。この感情は私をここまで生かしてくれたのだ。きっとこれからも動力源として機能するのだ。ゆえに悪寒を全て武者震いに。鳥肌を全て高揚感に。あの日の罪を、生きるための縛りに....。
エレーナを決意を胸に抱き前を見据えた。
その様子を見ているタルタリヤは無慈悲にも告げる。
「.....無駄だよ。これはそう簡単に凌げるものじゃあ.....。」
「深淵の潮鳴り.....。」
何かを、唱えた。何をどう唱えたのかは定かではない。
そもそも、唱えたのかどうかも曖昧なほど、小さな声だった。
しかしながら彼女が何かを呟いたのは聞こえた。普通ならば考慮しない些末ごと。戦闘において、対峙する相手が窮地を脱する策を練るために思ったことを口に出して整理するという行動はそう珍しくもないからだ。
或いは、それが命乞いであるかのどちらかだが。
いずれにしても、『公子』にとっては目の前の人物が戦闘の最中に何かを呟くなど気にも留めるようなことではなかったし、今回もその例に漏れないと感じていた。ただ、何か強烈な違和感が彼の脳裏にしこりを残す。
そう思案し、結論に至るまで僅かコンマ数瞬。彼が思考を完結させた時には、もう事は起こっていた。
鯨が地面に漂着するまさにその瞬間、何かの光が見えた。
それは一筋の軌跡を刻みながら鯨へと迫り、やがては
その刃は水色の光を纏うもので、鈍い闇を携えていた。
何とも不気味なものだ。
鯨を裂いてもなお勢いの収まらぬ斬撃は、そのまま『公子』の元へと辿り着く。
「....は?」
彼はあまりに突然の出来事に思わず呆けてしまい、一瞬反応が遅れた。
渾身の一矢を躱されるでもなく、正面から破られた。その事実がどうしようもなく彼の脳を空所へと放置した。
だが、迫りくる刃は待ってはくれない。
「...っく!?」
何とか身を翻してその場を飛び退き事なきを得たが、内心では冷や汗が止まらなかった。脳内で思考を巡らせて今の事態への理解を図る。いや、理解する時間などない。
第二、第三の刃が水の飛沫の向こうから飛来する。床をスライスしながら男を等分にせんと迫る。
「....これは、反撃の隙なんてっ......ないね!」
そう判断した彼は反射的に横に飛び退き難を逃れた。自身の数センチ横を斬撃が凪ぐ。床をスライスして空気を震わせ周囲に風圧を生み出す。どれほどの威力と切れ味なのかは火を見るより明らかだった。これを目の当たりにしてもなお平静を保てるのは余程の実力者か間抜けのどちらかだろう。
とはいっても、この男はその二択にすら該当しない
彼が躱した斬撃はそのまま黄金屋の壁へと到達し、堅い金属を切り刻んだ。黄金屋の壁は非常に柔らかいスライムで出来ているのではないか? と、そう錯覚してしまいそうになるほどの切れ味を見せつけられ、男は思わず呆然とする。
これまでの人生では見たことのない恐ろしい攻撃は黄金屋の風貌を痛々しい光景へと変えてしまった。
「壁や床をこうも.....紙切れみたいに刻むなんて。ハハッ、執行官でもこうはいかないだろうね。まったく、生きた心地がしないな。」
彼は斬撃の発生源であるエレーナに対して視線を戻し、警戒をより強める。
斬撃を受けて散って行った鯨が、その水を黄金屋全体にぶちまけて室内に雨が降る。舞った土埃と一時的に降る雨がひしめき合って金属の嫌な臭いが漂う。
その臭いが
斬撃の猛攻をなんとか凌ぎ切ったタルタリヤは、息を切らしながら再び思考に耽る。
「(誤算だった....まさかこれほどの実力を兼ね備えているなんてね。これまで送ってきた捜索隊が消息不明になってきたことも納得がいく。)」
エレーナの兄であるタルタリヤは消息を絶った妹の安否を心配して、定期的に小規模の捜索隊を送っていた。
行方不明になった妹がいる、テイワット中のあらゆる場所を捜索して傷つけずに連れ帰れと。しかし、そのことごくが捜索に行ったきり一度も報告を寄越さずに音信不通となった。一つの例外もなく。
タルタリヤが妹の探索を命じた者たちは皆、組織の中でもそこそこ歴のあるもので、ある程度実績のある者も多かった。それでも彼らが帰ってくることはなかった。
恐らくは、みなエレーナに亡き者にされたのだろう。確証はないが...。少なくとも現状の状況証拠ではそう結論付ける他ないのだった。
エレーナが土埃の中からゆっくりと歩いてくる。コツコツと靴が黄金を踏みしめて鳴らす。たった今巨大な鯨を切り裂いた彼女は眉を顰めながら、どうやら不服そうな顔をしている。双剣は未だにその手に握られており戦意が衰えていないことを示しているが、少しだけ震えているようだった。掌で握りしめていることからかなりの皺が出来ている。
まるで彼女の怒りを体現するかのように。
「何のつもりですか。これは。」
そう呟いた彼女はやはり不服そうだった。
どこか気に入らないところでもあっただろうか。いや、兄妹でこんな果し合いをしている時点で今更なのだが。
そもそもこの戦いは彼女から仕掛けてきたものだ。「妹に乱暴するなんてサイテー!!!」とでも言いたいのなら、前提として彼女から仕掛けたことの辻褄が合わなくなる。
では、一体何にこんなにも憤っているのだろうか。
恐るべき斬撃を放った本人に是非を問う。
「どうしたっていうんだい?戦っている時はいかなる瞬間も気を緩めることを許されない絶対の場だ。こんな風に悠長にお話をする時間なんて...。」
「舐めてるんですか?なんでこんなヌルい攻撃しかしないんですか?さっきから殺気の欠片も感じられない.....少なくとも『公子』としての実力は全く発揮していないでしょう?」
彼女が放った言葉に、思わず耳を疑い顔を傾ける。開いていく瞼を抑えることが出来なくなるのが分かる。それほど衝撃的な一言だった。
彼女は男が手加減をしていることに対して不満を抱いていたのだ。...イヤ、そもそもの話、彼女は執行官である人間が密かに手を抜いていたことを見抜いたというのだろうか?....この激しい戦闘の最中に?
タルタリヤは、何度目かもわからない驚嘆を感じる。
「いままでうんざりするほど刺客を差し向けておいて、よくもまぁぬけぬけと顔を出したもんだとある意味感心しましたよ、ええ。」
エレーナはタルタリヤが口を挟む間もないほど、立て続けに己の憤りを放出させる。その供述を聞いたタルタリヤはさらりと告げられた事実にやはりと納得を得る。彼女の捜索にと送った人間は、エレーナも認識していたようだった。もっとも、その使者をどうしたのかまでは告げられなかったが。
少なくとも、怒りを露わにしているエレーナを相手にそのことを聞き出すことは難しいだろうとタルタリヤは結論付けた。口を開かずに妹の言う言葉に耳を傾ける。
「ですが、いざ対峙してみればなんですこの戦いは。今になって決意が揺らいだんですか?」
「....。」
「
「.....!?どうしてそのことを?」
タルタリヤは声を荒げて沈黙を破る。誰にも話していない彼の秘密を唐突に暴露されてしまった。それも、肉親である彼女に。なぜ知っているのか、なぜこのタイミングでそんなことを言い出したのか。彼には知る由もない。
そんな兄を気にもせずエレーナは主張を続ける。
「やはり兄さんは駄目ですね。いつまでたっても中途半端なまま....。」
タルタリヤの記憶にあるエレーナは、いつだって笑顔で、元気に過ごしていて、それで.....。
それなのに目の前の彼女は、そんな様子とはまるでかけ離れていて、別人なのではないかと疑いたくなる。
タルタリヤがいないこの空白の数年間で、彼女の身に一体何があったのか。彼女がどうしていたのか。何もかもがわからない。知る由もない。
自身の無力を自覚し、拳に力が入る。
「.....テウセルたちの子守りをしてたエレーナは、毎日家族に優しくて、温かい笑顔を向けていた。」
タルタリヤは混乱する。記憶の中の妹の姿と目の前にいる妹の姿が乖離し過ぎていて理解が追い付かない。
記憶にある妹の姿を口に出してなんとか状況を整理しようと試みる。
「その、全部諦めたかのような顔はなんだい?エレーナ。」
「...はは。こちとらこれまでビクビクしてた分、幾つもの修羅場を超えてハイになってるんですよ。」
「.....いつから、君を見失ったんだろうか。....いつからこうなってしまったんだろうか。」
類を見ないほど深い闇を抱えるエレーナに思わず頭を抱える。在りし日の可愛らしく優しい妹は一体どこへ言ってしまったのだろうか。予想だにしていなかった変貌ぶりを目にして、実家にいるトーニャを案じてしまう。
ついこの間、故郷から届いたトーニャからの手紙を思い出す。『雄鶏』からのプレゼントに大喜びしているようで、随分と強い筆跡で近況について綴られていた。なんとも微笑ましいもので、慣れない地での疲労を吹き飛ばしてくれたものだ。
エレーナも、そこにいるはずだった。
手紙のやり取りをして、たまの休暇にしか会えないその機会を毎回喜んで...それで......。
だが、そんな未来は訪れない。
「なんで.....。」
そんな兄を見て不満を感じたのか更に声を荒げて問い詰める。
「何ボソボソ喋ってるんですかッ。」
「っ降参だよエレーナ。俺の負けだ。」
「.......降参って何ですか?つべこべ言わず武器を構えてください。」
「っエレーナ?」
エレーナが拳を握ってフルフルと震えながら言葉を散らす。
この状況を第三者が見れば、間違いなく『ただの兄妹喧嘩だ』と感じるだろう。何かに怒る妹と、そんな妹に狼狽える兄。
だが、どこか歪だった。
兄の方は努めて妹の心中を理解しようと必死な様子だが、対する妹の方は決してそうではないようだ。
何か焦る様子を見せている。
兄が本気を出さずにいることを酷く糾弾しているようだ。だが、エレーナはバトルジャンキーというわけではない。むしろその逆で、したくない戦いは避ける主義だ。
稲妻には、犬も歩けば棒に当たるなんて言葉があるが、彼女の場合は当たる可能性を極力排除するように尽力するのだ。
だが、今の彼女は『公子』の実力を、本当の力を見ることを渇望している。その様子にタルタリヤは思わず怖気を感じた。
「どうして、私には見せないんですか。やっと巡ってきた機会なのに....ッ!」
「いったい何を...?」
「貴方はこと戦闘において、降参なんて腰抜けのする選択肢は絶対に取りません!!負ける時は潔く負けて、無様にもがいて、それで.....再び同じ相手に戦いを挑むような人ですっ!!!」
エレーナは酷く狼狽した様子でタルタリヤに本気を出すように促した。
「なのに....なんでっ。私にはそんな、降参なんて.....馬鹿げた真似をぉ....!!!!」
汗をかきながら涙を溢し、首元にまでその水滴が伝う。あまりの様に、幾許か前の出会いを想起した。あの大雨の中、地面を這いずりながらも....世界に絶望するかのような顔。一筋の光に従って求めて、その末に何も得られなかった者の絶望。
全てを失い、なりふり構っていられなくなった者の窮地-------。
執行官として何度も人間の醜さを感じてきたタルタリヤだが、彼にはエレーナの様子が、そのどれらよりも悲惨で、"何かを求めている"ように見えた。
「なんで、そんなに優しいんですかッ。」
「っ.....」
今回もお読みくださりありがとうございます
何度チェックしても誤字が見つかるので、もはや読者の皆さんが見る時だけ誤字として認識される特殊現象に思えてきた。
南無