おいタルタル、追ってくるな   作:飲み会後の味噌汁

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書いてて思ったこと

「仙人の名前複雑や...これもう『誤字の悪魔』だろ。」


ということでこれからは、誤字報告してくださった方に出来る限りこの場を借りて感謝したいと思います。

・詠乃さん

誤字報告ありがとうございます




 

 

 

「さて、どうしたものかしらね。」

 

大粒の雨が降りしきる景色を眺めながら、ある妙齢の女性が憂鬱気に呟く。口元に笑みが浮かんではいるものの、目元には影が差している。

 

女性の名は凝光と言う。

 

璃月を束ねる立場にある彼女は迷っていた。

 

突如として璃月に訪れた前代未聞の危機。かつての魔神戦争時代に、我らが岩王帝君の手により鎮められた筈の『魔神オセル』がどうしてか息を吹き返したのだ。彼を封印していた孤雲閣の岩の槍はその衝撃で崩れ去り、代わりに嵐が吹き荒れることになった。

 

この事態に対処するべく彼女はいち早く要人を集めて会合を開き、仙人たちとの協力体制を敷くことを決めた。

 

煮え切らない思いを抱えていたのは仙人たちも同じだったようで、こちらの協定の提案を渋々だが飲んでくれた。

 

『もはや言い争いをしている場合ではない、今この瞬間だけは手を取り合って立ち向かうべきである』と言ってくれたのだ。

 

「迷っている場合ではあるまい。こうして我ら仙人とお前たち七星が結託することを決めた以上、進む道は一つだ。」

 

そう語るのは三眼五顕仙人が一人、『削月築陽真君』だ。

 

「渦の魔神の撃退.....言うのは簡単だけれど、あの巨体を鎮めるのはそう簡単ではないわよ。」

 

「それは我らとて理解しているとも、今世の『玉衡星』よ。だからこそ、こうして知恵を寄せ合っているのだろう?」

 

「...ええ、そうでしたね。」

 

唸るような削月の言葉にそう返した刻晴。どこか納得していない様子だが、緊急事態の解決のために時間を割くことに決めたようで、それ以上の反論はしなかった。彼女らにとって悩みの種となっているのは、渦の魔神の怒りをどのようにして鎮めるかということだ。あの魔神を鎮めることが出来なければ、璃月という国は瞬く間に滅んでしまうであろうことは、この場にいる全員が理解していた。

 

とはいえ、それを解決する手立てがないのも事実だった。

 

いや、正確に言えば『対抗策はある』。

 

しかし決定打に欠ける。その上、人手も足りないときた。

 

この戦場における戦力差はあまりに残酷なまでに浮き彫りになったのだ。数だけで言えば璃月には多くの千岩兵が存在しているが、その大多数が魔神オセルの『気』に当てられてしまい、気を失ってしまったのだ。

 

そのため動ける人間はごく少数となってしまったこの現状で、いかにあの魔神を打ち倒すかを考える必要があるのだ。

 

このような難題には、仙人や七星でさえ頭を悩ませていた。

 

「ん?」

 

ふと翡翠色の髪をした仙人が訝しむような声を上げた。彼の名前はいくつかあるが、その中でも比較的俗世に知られているのは『降魔大聖』と言う名称だろう。彼は璃月でも有数の実力を誇り、岩神に仕えて以降の何年もの間、幾つもの厄災を祓ってきた。

 

しかしその生涯はあまりに過酷かつ悲惨なものであり、かつての明るい性格はいつの間にか消えてしまっていた。度重なる怨嗟に侵された彼はいつしか誰かを頼るということを控えるようになり、必要な時以外はあまり口を挟まない性分となった。

 

そして、それはこの場においても同様だった。

 

そんな彼が自ら言葉を発した。

 

それまでほとんど発言をしなかった彼がここにきて珍しく声を発したことで、仲間たちは驚いたように声をかけた。初めに声をかけたのは削月築陽真君だった。

 

「どうした『降魔大聖』?」

 

彼の低く深みのある声が響く。変わらず威圧感のある声ではあったが、そこには仲間を案じる色が隠れていた。それを汲み取った降魔大聖は些細な疑問でも共有しようと考えた。こうして己の異常を察知して声をかけてくれた以上、その不安を払拭するのがその誠意に報いることだと考えた。ゆえに彼はそこまで深く思案せず、思った疑問をそのまま全員に共有し、訊ねた。

 

「....あれは七星の遣いか?」

 

なんてことはない問い。

 

彼が右手の人差し指で指差した方向の先には、かの魔神オセルが海を荒立てながらこちらへと迫ってくる様子があった。だが、降魔大聖が言っている"あれ"が魔神オセルのことではないのは火を見るより明らかだ。それは全員が理解している。

 

では、一体何のことを言っているのだろうか。この場を代表してその疑問を返したのは刻晴だった。彼女は眉を顰めながら降魔大聖へと疑問の詳細を求めた。

 

「...あれ、とは?」

 

すると、降魔大聖は己の説明不足を嘆いたのか一拍置いてから、再び空を指した。

 

「あの霧だ。雨雲とはまた違う異様な雰囲気を放っている存在がいるだろう?」

 

「霧?...そういえばオセルの周りにいつの間にか変な霧が出ているわね。」

 

彼らの言う通り、降魔大聖が指を指している先には黒がかった霧のような何かが覆い尽くしていた。

 

それは明らかに雨雲とは異なる様相であった。それを決定的にしているのが、不自然に煌めく星のような光だった。黒い霧の中に、不規則的に黄金色と白色に輝く粒のような物体が点在しているようで、その見た目はまるで星空を想像させた。

 

その霧がかかっている位置は魔神オセルの首とほぼ同一の場所にある。もし"それ"が星空であるのなら、オセルの更に上空にある本物の空に位置するはずだ。

 

しかし、その霧が地上に近い高度に位置しているのならば、純粋な星空でないのは明白だ。それに、このような大荒れの天気の中で乱れることなく一定の高度を保持し続ける姿は、まるで生き物が蠢いているかのようで気味が悪かった。

 

当然、そのような不気味な霧のことなど誰も知る筈がなく、皆が口を噤むのみだった。

 

「....その様子から見るに、あれはお前たちの仕業でもなさそうだな。」

 

降魔大聖はそう言って納得する。彼の中ではひとまずあの謎の存在の所在が、味方側にいなかったことに少し安堵したようだが、不安の色は抜けきれていない。それもそうだ。この場にいる誰もあの存在について説明が出来ないと言うことは、まだ敵である可能性が拭いきれていないことを示しているからだ。

 

それを他の者も理解したのか、彼と同じように空を睨む。

 

「むぅ....であればあの人間は何者なのだろうか。渦の魔神を前にして臆せぬとは...何とも剛毅果断な者だな。」

 

焦茶色の羽に身を包む巨鳥の姿をした仙人-理水畳山真君-が同じく疑問を口にする。だが、彼の発した言葉にはとてもではないが無視できない内容が含まれていた。そのことに気が付いた凝光は彼に問いただした。

 

「待ってください。その言い方.......まさか、あれが"人"だと?」

 

「愚問よ。姿こそ見えないがひしと感じる。あそこにいるのは人間....或いは人の形をした生き物だ。」

 

凝光は訝しむ。それほど信じられない内容だった。彼女の認識では、人間という生き物は空中に浮かぶことは出来ないし、黒い霧のような得体の知れない物質を体外に放出させることなど出来ない。まして、巨大な魔神とやり合うなど以ての外だった。

 

「あれが人?俄かには信じられませんが....。」

 

思ったことをそのまま意見として口にする。だが、無情にも彼は仙人。その感覚は常人のそれとは比較にはならないほどに研ぎ澄まされており、彼にしか感知出来ないこともあるのだ。しかし、頭では分かってはいてもそう易々と受け入れることは出来ない。凝光が葛藤を抱いていることを知ってか、理水畳山真君は彼女を見据える。

 

「無理もない。だが、現に我ら仙人とて姿を自在に変化させられる。容姿はあくまでも材料の一つであり、本質ではないのだ。それに、解るのはあれが人間であるということだけで、それ以上のことは我にも解らん。だが、時にはそのような不理解へも目を向けるべきであろう。」

 

「これこれ。ここには説教をしにきた訳ではあるまい。」

 

「むぅ....。そうだな。」

 

思わず説法の時間に入りかけた理水畳山真君に、ピンばあやが待ったをかけた。少し熱を入れすぎたことを理水も理解しているのか、バツが悪そうにしながらも頷いた。だが、説法を受けた凝光も彼の言葉に何かを感じたのか、むしろ感謝の言葉を向けた。

 

「いえ、貴方様のお言葉も解ります。我々人間は皆様方のように自由自在に姿を変えることは出来ませんが、最終的に物事の良し悪しを定めるのは、"何を成したか"です。そこに種族の違いはありません。」

 

「ほっほっほっ。『天権』様の方が器が大きかったようだねぇ、理水や。」

 

「....。」

 

ピンばあやにそう言われて黙りこくる理水。この非常時にしては少しだけ微笑ましい一幕を見ることが出来たことで、皆が僅かに頭を冷やすことが出来たようだ。それを知った凝光は一呼吸を置いた後、改めて話しを切り出す。

 

「...さて、話を本題に戻しましょう。あの謎の霧の主の正体についてですが、仮に正体が人間であるとして、それがあと何人ほどいるかどうかが重要です。もし第三の勢力であるのならこちら側に取り込むことも策の内でしょう。」

 

彼女が提案したのは『霧の本体を味方に引き入れること』。彼女が先ほど驚いたのは、オセルに対してただの人間が立ち向かっているという事実であって、未知であるという状況に恐怖を覚えたわけではない。むしろこちらが知らない不確定要素は、魔神オセルすらもその本質も知らないという可能性がある。

 

であるならば、ここで選択すべきは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。如何に得体の知れない者であれ利用する他ない。それこそが彼女が『天権』の地位まで上りつめることが出来た理由なのだから。だが、彼女を待っていたのは、またも受け入れ難い事実だった。

 

「一人だ。」

 

理水がそう言い放った。

 

「...今、なんと?」

 

彼が言った言葉の意味を理解しかねている凝光は思わず再び問う。彼女だけではない。同じく七星である刻晴もまた目を剥いて驚いていた。理水だけに説明させるのは申し訳なく感じたのか、削月が彼の代わりに説明する。

 

「あの渦の中にいる刺客は一人だけだ。断じて集団や何かの軍隊などではない。どうやら国一つを崩しかねない存在を相手に、ただの一人で挑むつもりらしい。」

 

「そんなバカな」

 

凝光がそう叫ぼうとしたその時。

 

 

 

ゴォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオッ!!!!

 

 

 

激しい雨風が束となって群玉閣に押し寄せてきた。冷たい風が鼻腔に入り込んで痛いが、そんな痛みなど感じないほどに衝撃的な光景が繰り広げられていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

いくつもの頸を持つ魔神オセルと謎の黒い霧が真正面からぶつかり、両者を中心に衝撃波が発生して海を荒立てる。地平線に沿って陸地へと到達したその衝撃は堅固な造りである璃月の家屋たちを震わせた。

 

空に浮かぶ群玉閣すらもゆらゆらと揺さぶるほどの衝撃を生み出したオセルとその刺客は、接触したまま互いの力を再び爆発させ、目の前の敵を殺すつもりで力を振るう。

 

また大きい波が来る

 

それをいち早く察知した甘雨が、らしくないほどに凛とした声で叫んだ。その手にはいつの間にかしろく輝く弓矢が握られていた。心なしか少しだけ冷気が漏れ出している。どのような佳境に立たされても『神の目』を軽率には使わない彼女が咄嗟に『神の目』で元素力を増幅させた事実は、彼女をよく知る者達の心を一気に恐怖に染め上げた。

 

それはつまり...あの謎の存在は、何千という齢を重ねた麒麟(戦士)に対し、危機感を抱かせたということ。

 

「...っまた大きいのが来ます!!」

 

甘雨が叫ぶ。

 

普段は穏やかである彼女が声を鋭くして警告する意味が分からない者はここにはいない。甘雨の声を聞いたもの達はすぐさま姿勢を低くして衝撃へと備えた。また、仙人たちは自らの力を使って群玉閣を覆うように壁を生成した。仙人たちの仙力により展開された透明の壁は、一時的に雨風すらも通さぬ小さぬ要塞を作り出した。

 

その数瞬後に、第二の衝撃がやってきた。

 

文字に起こして形容するのが困難なほどの轟音が鳴り響き、その衝突の凄まじさを語る。屋根がガタガタと軋んで悲鳴を上げている。

 

「なんて力なのッ。」

 

「皆さん、気を緩めないでください!」

 

「言われずともっ!」

 

ここにいる者達は全員が歴戦の猛者であるが、それでも目の前で繰り広げられる戦いを前に、ただその場で踏ん張るしかない。天候すらも容易に操るほどの荒くれ者同士の果し合いに恐怖すら覚える。しかし、凝光がこのような状況で感じる感情は、"歓喜"と"奮起"だった。危機に見舞われていた自分たちに降りかかった不確定要素に対して一筋の光を見出したのだ。

 

凝光はしっかりと床に足を付けて姿勢を正し、この場にいる七星と仙人たちに作戦を伝えた。

 

「これはチャンスです!魔神オセルをたった一人で抑え込めるほどの戦力が、私たちに見向きもしていない今こそが好機ですッ!!このままあの『霧の主』にオセルを押さえてもらい、我々はその内に作戦を続行します!」

 

一般人からしてみれば、異常だと感じるだろう。凝光が口走った内容を反芻し、その度に顔を真っ青にして叫び出すに違いない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と叫びたくなるだろう。だが、だからこそ彼女は『天権』なのだ。

 

強大な敵を見て絶望するのではなく、その隙間に隠れる弱点を暴きだす。恐ろしい敵が現れたのならば、その者を味方に引き入れるべく交渉の席を設ける。

 

強欲、しかして尊大であるが故に彼女は人々に恨まれ、妬まれ、果てには尊敬されるに至ったのである。そんな彼女が何の策もなしに『好機である』と宣うわけがない。きっと何か有効な策があるに違いない。少なくともこの場に居合わせた猛者達はそう結論付けた。

 

衝撃が突風と激しい雨風を伴って暴れ狂う中、体勢を立て直した仙人達の中から、美麗な白い鳥-留雲借風真君-が、勇ましく猛る凝光に質問する。

 

「勝算は?」

 

重要な質問だ。

 

例え、考えなしに突っ込んでも死ぬだけ。出来る限り着実な策を持ってして臨む必要がある。言い出しっぺである目の前の女がそのような素晴らしい策を持っているのかを確認したかったのだろう。値踏みするような視線にニヤリと口を弧にした凝光は、次のように回答した。

 

「一割ほど。」

 

およそ10パーセントほどの確率で成功する作戦であると言ってのけた。裏を返せば『ほぼ失敗する』。そんな言葉を聞けば誰もが絶望してのたうち回るだろう。だが、問いかけた主は仮にも仙人。『天権』の異名を授かる人間の豪胆な態度に留雲は、同じく笑ってこう返した。

 

「なるほど、思ったよりも高いようだ。して、その作戦とやらの内容は?」

 

「先ほども言ったように、オセルの対処はあの『霧の主』にすべて任せます。私たちは防御をすべて捨て、オセルへの攻撃にすべてのリソースを投入します。『帰終機』もまた例外ではありません。あれのエネルギーを蓄積するには、オセルの様子を見ながらでは遅すぎるのですよね?」

 

「ふむ.....なるほど。」

 

十分だと言った。彼女にしてみれば回答された可能性は思ったよりも高いものであったらしく、彼女を動かすに至るものだった。数多のからくりを世に放ってきた彼女にとって、凝光から提示された一割という確率は試すに余りある確率であり、むしろ留雲の探究心を刺激した。

 

「そこまで言い切るのなら、我の『帰終機』をしかと操って見せよ。」

 

「ふふ。言われずとも。」

 

笑みを浮かべながらそう返答した凝光に対して安堵したのか、留雲は視線を魔神オセルへと戻した。

 

留雲は大きく翼を広げて雨風を床から吹き飛ばし、威勢よく空へと羽ばたいた。我の集大成を見せる時が来たと言わんばかりの勇ましさを体現するが如く輝く白き羽は、見るものを魅了した。そしてそれまで失意の内にいた者たちの心を奮起させた。

 

「俺たちも行くぞ!」

 

「自分たちには仙人が付いている...ゆえに恐れる必要などない!」

 

「仙人様に続けっ!」

 

そのような勇気を杖にして、ずぶ濡れの衣服の重さに負けじと兵士たちが立ち上がっていった。これまでは畏怖を抱くだけの存在が、尊敬と崇拝の対象へと移り変わる瞬間を見たのだ。

 

それを見た凝光もまた動き出した。群玉閣の僅か数メートルほど上空へと上昇したかと思えば、胸の前で印を組み群玉閣の真なる力を解き放つ。

 

キィィィ.....

 

群玉閣に埋め込まれた菱形のシンボルが浮遊して、ほのかな光を放ち始める。すると、次の瞬間にはそれぞれのシンボルが融合して透明の足場を作り出す。

 

「行くぞっ!」

 

『おおおおおおおおおおおッ!!!!』

 

千岩軍の兵たちの割れんばかりの雄たけびが轟く。足場を作ってくれた我らが『天権』に感謝をしつつ、各々が集って魔神オセルへと突撃していった。

 

そんな彼らの雄姿を前に、同じく仙人である削月たちと刻晴は少しばかり呆れた顔をしながら立ち尽くしていた。それは凝光と留雲に向けられている気がした。刻晴がぽつりと思ったことを口にする。

 

「....一割って、少ない方...よね。」

 

それはそうである。先ほどの会話にあった一割という可能性は、客観的に見ればかなり低い確率であり、普通なら尻込みするものである。なのにも関わらず当然のようにゴーサインを出した凝光と留雲に半ば呆れているのだった。

 

だが、このような切羽詰まった状況においては、どのような手も尽くすに限る。それを理解しているからこそ、その決定権を下すのが如何に重いものなのかも、刻晴たちは理解しているのだ。

 

だが、そんな重大な決定をあっさりと下す『天権』と仙人を見て、"何が彼女たちを彼女たちたらしめるのか"を垣間見たような気がした。国の頂点に立つ者や、可能性を追求する者たちのイカレ具合を改めて目の当たりにして、思わず呆れ笑いが出たのだ。

 

それはある種の尊敬から来るものではあったが、その無茶な作戦に己も加わるのだと再認識した時には、笑いも出なくなっていた。

 

そんな刻晴を見た他の仙人たちは同情の言葉をかけた。

 

「そう嘆くな、『玉衡星』よ。留雲の考えに一々口を挟んでいてはキリがない。『天権』にもな。」

 

「....行くぞ。」

 

「...嘆いていても仕方ない。」

 

妖しく眼光を輝かせる凝光と留雲借風真君に辟易した刻晴と他の仙人達は、少しばかり締まらない様相で戦場へと駆り出したのだった。

 

 

 

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「『ご機嫌よう、クソ野郎。』」

 

 

 

オォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ.......

 

 

 

ここは璃月海上

 

果てしない水の元素力と荒れ狂う嵐によって海面がぐちゃぐちゃになっている混沌としたステージに、二名の選手が睨みあっている。

 

魔神オセルとエレーナは互いを油断なく睨みあい、今にも果し合いが始まりそうな雰囲気が醸し出されている。エレーナにとってはオセルは既知の存在だが、オセルにとってエレーナは未知の存在だ。

 

地面を這うだけの存在であるはずの人間と同じ形をしているのに、オセルの同じ目線にまで空中を浮遊している。それに加えて、体から謎の黒い霧を纏っている。それはどこか異様な存在感を放っており、まるで()()()()()()()()()()()()()()()であるかのような感覚を覚えた。

 

それに、魔神の圧を受けても平然としている。他の人間の大半はオセルの存在を認知しただけでも立ってもいられないというのに、目の前の人間はさも当然のように存在し、それだけに飽き足らずオセルの攻撃を正面から受け止めて見せたのだ。

 

それがひどく恐ろしい。

 

『グルルルル....』

 

「『.........。』」

 

未知の存在に対して唸るオセル。正体不明である以上迂闊に動くことも危ないと判断したようで、すぐに攻勢に出ることはなく暫く様子を伺っていた。対する『霧の主』もまたオセルと向き合ったまま動かない。彼らを急かすように雨粒が激しく降り頻るが、両者は頑なに動かない。彼女らを動かすことが出来るのはどちらかが鳴らす角笛のみである。

 

そして、角笛を吹いたのはオセルの方だった。

 

オセルは目の前の『霧の主』を"脅威"とみなし、攻撃を開始した。

 

三つある内の、真ん中の頸が顎を開き水を圧縮していく。オセルの口内に澄んだ水が集結していく。天や海からそれぞれ集まった水はみるみる育っていき、やがては小さな丸の塊と成った。オセルの頭部をも超える大きさを誇る水の球体はゴポゴポと異様な音をたてながら、敵を屠る時を今か今かと待ち侘びている。

 

そしてそれは勢いよく放たれた。

 

 

ゴゴオォォォォォォォォッ!!!!!!

 

 

水鉄砲と称するにはあまりに巨大で鋭く、殺意の籠ったその一撃は山を削らんばかりの勢いでエレーナ目掛けて放たれた。山すらも削るのではと危惧する程の威力を持つ一撃だ。それは目にも留まらぬスピードで空を駆け抜けて行き、一秒も立たずにエレーナへと攻撃が到達する。

 

だが、待てども待てども水が炸裂する衝撃音が響かない。

 

『...?』

 

全く手ごたえがないことに疑問を抱いたオセルは、憎しみと嫌疑の眼差しをエレーナに送る。エレーナはその場から動いていなかった。確かにオセルの放った攻撃の射線に存在しており、先ほどの攻撃も確実に当たるであろうことは明白だった。

 

しかし、事実として彼女に攻撃が当たった形跡は見当たらない。

 

オセルは、何故攻撃が敵に当たらなかったのかが理解出来なかった。明確に狙いを定めて一撃を放った筈だが、黒い霧の向こうにいる存在には届いていないという現実を受け入れられなかった。

 

グルルッ......

 

不快感と嫌悪感を感じて喉の奥を鳴らす。一個の生命として最大限の警戒心を露わにするオセル。彼は次こそは確実に目の前の敵を抹殺するため、先ほどよりもエレーナを凝視しながら再び水元素を口元に集結させる。澄んだ色の水が生き物を殺す武器へと姿を変えていく。だが、それが放たれることはなかった。オセルの遥か上空から、先ほどオセルが放ったはずの水の砲撃が放たれた。

 

 

 

ズゴオォォォォォッ!!!!

 

 

 

『.......ゴッ!?』

 

唐突に、オセルの背後から水の砲撃が飛来した。それはエレーナが生み出したものではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

思いもよらぬタイミングで、思いもよらぬ方向から己の放った攻撃が到来した事実にオセルの脳は未だ理解が追い付いていなかった。そんなオセルを嘲笑うが如くエレーナがようやく口を開いた。

 

「『随分と元気ですね。久しぶりに外界に出られたからってはしゃいでいるんですか?』」

 

彼女の声はどこか歪な響きをしていた。通常の人間が放つ肉声とは異なり、くぐもったような...何か被り物をしている人間が言葉を話しているような感じがした。そんな彼女の声を聞いて癇に障ったのか、オセルが再び咆哮して空気を震わせた。

 

その事実が更にエレーナという少女をベールで包み隠して不気味さを増長させる。

 

『....ガァァァァァァァァ!!!』

 

一体何をした

 

オセルは解せなかった。己の放ったはずの攻撃が何故か己に牙を剥いてきた。水を操り天候すらも左右させる程の力を持つオセルにとって、その力をいとも容易く利用されたことはオセル自身を侮辱されたも同義であり、腹立たしいものだ。これほどの屈辱はかつての岩の神を相手にした時にも劣らないものがある。

 

「『本来なら、旅人がオセルが目覚めると同時に地上へ戻り、仙人たちと共に貴方を鎮める筈ですが.....私の介入によってその正史は消え去りました。』」

 

彼女の知る歴史では、永き眠りから目覚めたオセルを璃月七星と仙人、そして旅人が結託して撃退する。そのはずだが、エレーナが介入したことで旅人がタルタリヤと邂逅するタイミングが少しズレてしまった。

 

本来ならばタルタリヤと旅人の戦闘が一段落した後、予備プランとしてタルタリヤがオセルを呼び覚ますというシナリオだったのだが....エレーナは兄の役割である()()()()()()()()()という行いを横取りした。汚れ役、というより完全に悪役に近い役割なんて誰もやりたがらない。だというのにエレーナがその役を奪ったのは、タルタリヤが今後の璃月でも過ごしやすいようにするためである。

 

正史ではオセルを呼び覚ましたとされる彼は、璃月を貶めようとした黒幕として噂を流されることになる。いや、それはあながち間違いではないのだが。とはいえ肉親が世間からそのように爪弾きにされるのは心苦しい。如何に悪事に手を染めた狂人とはいえ可哀想だと感じたのだ。普通なら彼に同情するような人間なんていないのだろう。嬉々として戦いに身を投じ、目的のためなら手段を選ばない悪役を救おうなどとは思わない。

 

だが、エレーナの頭の中で最後に見たタルタリヤの顔が反芻するのだ。久しぶりに顔を合わせた時に彼が見せた嬉しそうな顔や声色が何度も何度も思い出される....その度に忘れて、必ず再び思い出す。そして焔を焚きながら上空へと羽ばたく最中に見た、悲しそうな表情を何度も思い出す。

 

兄は確かに人でなしだ。だがそんなことは関係ない。

 

助けたいから助けるのだ、そこに正当性なんて必要ない。

 

「『このままでは璃月は、旅人という助力を得るまもなく滅びてしまいますが...』」

 

まだ蛍は仙人たちと合流はしていない。おそらくまだタルタリヤと戦っているのだろう。だからこのままオセルが進み続ければいずれ港へ辿り着き全てが終わってしまう。

 

「『けど、このまま璃月が沈んでいく様を見ているほど、私はお利口でもありませんから。』」

 

よく口が回るものだ。

 

本当は、そんな善良な心なんてこれっぽっちも持っていないというのに....。ただテイワットの辿る歴史がズレることを恐れているに過ぎない。こんなハリボテのような建前で恐ろしい怪物の前に立ちはだかれるのは誇らしいが、理由が理由なだけに少し情けなく思える。

 

「『だから、旅人が来るまでの間、私と遊んでください。』」

 

霧から殺意が漏れ出る。

 

「『まぁそう怖がらないでください。ほんの一二本、首を貰うだけですから。』」

 

少女の手に握られているのは、人一人よりも遥かに大きい背丈の武器。紫なのか黒なのか判別出来ないようなドス黒い漆黒色に染まっており、その刀身は全体的に少しだけ湾曲している。その刃は鋭く研ぎ澄まされており、魔神すらも切り裂くことが可能である。どこかエレーナの放つ黒い霧と同じような雰囲気を放つその剣は、この世のものではないかのような容貌だった。

 

明らかに命を刈り取る形をしたそれは、何百何千と生きてきたであろうオセルを慄かせるには十分だった。オセルは鳴らしていた喉の唸りを収め、静かにエレーナという敵を見据えた。オセルはエレーナに対する認識を改めた。

 

 

コイツは、侮っていい相手ではない

 

 

そう判断したオセルは身を屈めて目を細めた。それから動くことはなく、あくまでもエレーナの動きに対応することにしたのだろうことが伝わってきた。

 

降り頻る雨粒でさえも存在しないと思えるほどの静けさが辺りを包み込む。いつの間にか雷鳴も収まっていた。

 

だが、それの代わりというかのように、あるものが場を支配していた。

 

 

 

 

殺意だ

 

 

 

 

盗賊やそこらの魔物が優しく感じるほどの殺意がオセルとエレーナから漏れ出ている。生物の芯を凍り付かせるのではと錯覚しかねないほどに冷め切った鋭い殺気は、震い立っていた千岩軍の兵士たちをも鎮まらせた。

 

無限にも思える時間が過ぎた....そう脳が勘違いを起こすには十分過ぎる威圧感が漂っている。

 

どちらが先に動くのかは誰にもわからなかった。

 

片や久遠の時を生きる大魔神

 

片や正体不明の霧の主

 

戦力、胆力、歴史、経緯....そのどれもが不明なこの奇妙な邂逅は、やがて衝突した。

 

此度に先に動いたのはエレーナの方だった。

 

彼女は霧を己に纏わせたままオセルへと急接近し、禍々しい刃を思い切りスイングした。

 

ここで言う"急接近した"とは、凄い速さで近づいたと言うことを指すのではない。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

何の予備動作も、音もなく、エレーナは一秒足らずの時間でオセルの眼球の目前へと姿を現したのだ。

 

そのあまりの唐突さに対応出来たのは、オセル()が歴史に名を遺す程の太古の魔神だったからだろう。

 

オセルは一瞬こそ驚愕したが、そこからすぐにエレーナの攻撃に対応して見せた。

 

 

ドバァッ!!!

 

 

己の体を構成する水を敢えて四散させたのだ。両者を大量の水が包み込む。そしてその大量の水はすぐさま円形となりエレーナだけを捕まえると、凄まじい速さで上空へと飛び立っていった。

 

まるで昇降機化の如く垂直に天へと昇る水の玉は、やがてエレーナを雷の迸る雷雲の中にて解放した。

 

「『悪趣味な....ッ!』」

 

エレーナは思わずそう愚痴る。

 

そんな彼女を嘲笑うかのように雷は網となって彼女の周囲を囲み迸る。もはやどこにも逃げ場などない、感電死、あるいは生き延びても下で待ち構えるオセルに食い殺されて終わるのがオチだろう。

 

そう考えたエレーナは、辟易し憂鬱な気分になったが、反して爽快な気分にもなった。彼女自身としても解せなかったが、いわゆる走馬灯のようなものだろう。

 

「(あぁ.....。)」

 

彼女の脳内を一瞬でこれまでの人生の一幕が、まるで絵巻のようにスラスラと流麗な様にて流れていく。記憶の濁流に抱かれる最中に感じる思い出の中に浸るエレーナは、ふと懐かしい記憶を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フフッ....面白いね貴女。いいよ!じゃあ次期往生堂堂主である胡桃()が、エレーナ(貴女)の葬儀を取り持つことを約束してあげる!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(そうだ、胡桃.......そうだ。私はまだ、死ねない。)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------------------------

 

 

 

エレーナが上空に追放されてからどれくらいの時間が経過しただろうか。

 

あれからというもの、邪魔者を排除してようやく心置きなく進行出来るとふんだオセルは、これまで以上の速度で璃月の港へと歩みを進めていた。

 

その行手を阻もうと仙人と七星たちも躍起になっているが、肝心な時にファデュイの大群が押し寄せて邪魔をしてきた。

 

これが『公子』の指示によるものなのかは定かではなかったが、いずれにせよ厄介なことに変わりはなかった。

 

「くっ!こんな時に寄ってたかって....邪魔ね!?」

 

「うあ!?」

 

ごねながら剣を振るう刻晴に切り倒されたファデュイがまた一人、透明の床から切り離されて広大な海へと落ちていく。

 

「うわあぁぁぁ..........!?」

 

「はぁ...はぁ...キリがないわね。」

 

オセルとファデュイとの戦いが始まって幾分か経過したころ、凝光たち七星と仙人は佳境に立たされていた。

 

帰終機を活用してオセルを打倒しようと作戦を開始した直後、どこからともなく出現したファデュイたちが邪魔をしてきたのだ。何か裏で企んでいるだろうことは、凝光も把握していたが、このタイミングで牙を剥いてくるとは思ってもみなかった。

 

それに、こんなただでさえ人員も資源も限られる状況下ではファデュイたちに割くリソースなど、どこにもない。故に、刻晴を含む数人の実力者が無理をしてでも対応するしかなかったのだ。

 

刻晴も有数の剣客であるためなんとかファデュイを捌いていたが、それも限界が訪れた。休憩もなく動き続けた彼女の心肺機能と筋肉はとうの昔に悲鳴を上げて、それに伴い動きのキレも悪くなっていた。

 

これではいつ崩れてもおかしくはない。

 

刻晴は疲れ切った様子で汗を拭った。

 

「何か、この状況を打破する方法を...!」

 

ピリ

 

ふと、雷の迸る感覚が過った。雷の『神の目』を持つ刻晴だからこそ気が付いた微細な空気の振動。これまではなかった違和感に怖気を感じた彼女は、大声を張り上げて味方へと情報を共有し、避難を促した。

 

「全員っ!!すぐに後退してッ!!急いで!」

 

唐突に挙げられた声に敵味方関係なく硬直したが、いち早く事態の異常さに気が付いた降魔大聖は彼女へと駆け寄り事情を問いただす。

 

「何事だ。」

 

余計な飾りがない、短絡な問いかけ。あまりに足りない言葉だったが、これは『状況を素早く手短に話せ』と言う彼の意思の表れだろう。それを察した刻晴は出来る限り短く、しかし確実に考えを伝えた。

 

「大きい一撃が来るわッ。もう説明している暇もない!」

 

「根拠は?」

 

「直感よ...それ以外に根拠はない。」

 

「....。」

 

彼女の言う根拠はあまりに希薄で頼りなく、説得力に欠けるものだ。到底信じられるものなどない。

 

だが、彼女の表情と声色が物語る。

 

 

ここにいてはみんな死ぬ

 

 

刻晴の気迫から何かを感じ取ったのか、降魔大聖は一瞬だけ考えて、そして何かに納得した様子で周囲の仲間へ呼びかけた。

 

「お前たち、急ぐぞ。」

 

それは刻晴の言う根拠のない忠告を受け入れることと同義。彼女の訴えが仙人たる彼の疑心を晴らして見せたのだ。

 

そんな彼もまた、仲間に信頼されている。だからこそ彼の一声は"鶴の一声"となって仲間の納得を獲得した。

 

「降魔大聖がそう言うのなら、そうなのだろう。」

 

「ほほ。素直じゃないねぇ。」

 

皆が慌ただしくも、迅速に後退し始める。

 

その様子に安心したのか、刻晴は大きく息を吐いた。彼女にとって自身が抱く感覚を信じてもらえる確証がなかったことが不安でしかたなかったのだが、こうして撤退することになり安堵したのだ。

 

彼女は降魔大聖の判断の早さに感謝した。そんな彼女に対して削月が問いかける。

 

「して、『玉衡星』。その攻撃とやらはどの範囲に、どのタイミングで来るのだ?事と次第によっては群玉閣(ここ)も危ないが...。」

 

「....とにかく群玉閣まで来れば安全じゃないかしら。.....ふぅ。」

 

息を切らしながら刻晴はそう答える。

 

「けど、実際に攻撃が来るタイミングまではわからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

ドガアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

突如として轟く雷鳴に一同は驚愕した。あまりの轟音に身を竦ませて反射的に音の鳴った方を見る。視線の先には藻掻き苦しむオセルの姿があった。

 

彼を襲ったのは天より降り注いだ雷だった。

 

それは肉眼で捉えることは出来ないほど凄まじい速度でやってきて、眼下にいた不届き者(オセル)を貫いた。それは耐え難い熱をオセルに与え、彼の身体に苦痛を刻み込んだ。

 

『~~~~~~~~~~~~~ッ!?』

 

これまで味わったことのない苦痛に悶え苦しむオセル。よく見れば。五つほどはあった彼の頸の内、向かって右側にあった頸が消え去っていた。地を焼き尽くす雷に焼かれた頸は、纏っていた水を瞬時に蒸発させたのだ。これまで己を纏っていた水がいきなり剝がされたことで訳のわからない痛みに襲われたオセルは、津波を発生させるのではと危惧させるほど派手に暴れまわる。

 

オセルがのたうち回ることにより、彼の周囲にある渦の群れもまた暴れまわり、海を荒らす。

 

渦の魔神がその権能を我武者羅に開放することにより、海から天に掛ける竜巻がいくつも発生し、大雨と突風はさらに勢いを増す。

 

海の上に浮遊する群玉閣もその影響を激しく受けることになった。堅固である権威と商業の城は天災によって大きく揺れ動き、瓦はガタガタと震えている。

 

「ぐッ....振り落とされないように気を付けて!!!」

 

凝光がそう叫ぶころには、既に他の者は体制を低くして衝撃に備えていた。誰に言われるまでもなく、反射的に身体が動いていたのだ。思いもよらぬ壮大な力の存在の到来に、無意識的に怖れを抱いていた。

 

かつての魔神戦争で猛威を振るった魔神の頸を一撃で屠ったという事実と、それを可能にする存在がこの場に居るという状況に、その場にいた全員が戦慄した。

 

「あれが、お前の言っていた一撃か?」

 

冷や汗をかきながらも油断なくオセルを見据える降魔大聖は、刻晴に問いかけた。こう尋ねてくるということは、この状況は彼にとっても異常なことなのだろう。

 

そんな問いかけに対して、刻晴は膝を付いたまま答えた。

 

「おそらく...けど、まさかオセルの頸を一撃で....。」

 

「我もあれほどの一撃を見たのは久しぶりだ。おそらく、先ほど空へと追いやられた『霧の主』の仕業だろう。」

 

天より出でた裁きは仙人である彼にとっても衝撃を与えた。多くの災厄を見てきた降魔大聖にとっても、あの『霧の主』は大いなる力を持つ存在であるらしい。

 

凝光が提案した『霧の主を味方に付ける』とい作戦はある意味で軌道に乗ったと言えるだろう。

 

最も、まだ意思疎通すら出来ていないのだが。

 

「だが恐れている暇はないぞ。むしろオセルがダメージを受けている今が好機だ。」

 

留雲はそう言うと、凝光を見た。凝光はその意図を汲んでいるのか、笑顔で次のように答えた。

 

「...ええ。今こそアレを使う時でしょう。」

 

「『天権』、帰終機でとどめを狙う気だな?」

 

凝光に留雲が問いかける。

 

「ええ、今の一撃でダメージを受けたのはオセルだけではありません。退避し損ねたファデュイたちも群玉閣の足場ごと海に落ちたようです。邪魔者がいない今こそ、仕掛ける時です。」

 

「だが、足場がないのは我らとて同じ。どう帰終機を扱うつもりだ?」

 

「...。群玉閣にはまだ足場は残っています。」

 

「なに?」

 

「まさか、凝光様...。」

 

凝光の考えを察したのか、甘雨が悲痛な面持ちになる。恐らく凝光が対価として差し出そうとしているものに心当たりがあるのだろう。

 

甘雨に対して凝光は穏やかな表情で諭した。

 

「ええ、お察しの通りよ。群玉閣本体を足場とすれば良い。」

 

「しかし、それでは群玉閣はいずれ...。」

 

「ええ、オセルの猛攻によって崩れるでしょうね。けれど、これ以外に方法がないないのも事実よ。少なくとも、崩れ行く群玉閣と璃月の安全を天秤にかけた時、器がどちらに傾くかなんて考えるまでもないわ。」

 

「しかし、帰終機を群玉閣本体に設置するにしても、それを守る守り人がいなければ我ら共々爆散して終わるぞ?」

 

「問題はそこです。この状況では明らかに人手が足りていません。少なくとも、魔神に抗えるほどの実力を持つ誰かがいなければ...。」

 

凝光はそう零した時、彼女の言葉を削月が遮った。

 

「...!『霧の主』がこちらへと近づいているッ!」

 

「なっ!?」

 

そう彼が叫ぶも、時既に遅し。

 

いつの間にか地上へと帰還した『霧の主』は群玉閣へと接近していた。これまで遠目に見るだけだった黒い霧が遂に凝光たちの目の前にまで近づいていた。群玉閣そのものを覆いつくすほどの霧が迫り、やがては凝光たちの視界を埋め尽くした。

 

星空よりも輝き、それでいて暗闇ですら隠し通すのではと思わせるほどの黒い霧。それは瞬く間に群玉閣を包囲して凝光たちの疎通を断絶した。

 

何も見えない。

 

文字通りの真っ暗闇に視界を遮られてしまった。ただでさえ雨雲で光が遮られていたために視界が悪かったのだが、これはその比ではない。本当に何も見えないし聞こえないのだ。自分の身体に打ち付ける雨粒も、睫毛にかかる前髪も、鳴り響いていた雷鳴も、オセルの怒号も...何も見えないし聞こえない。

 

どうやらこの霧には外界と内とを隔離する術を有しているらしかった。そのような技など、仙人とて容易く再現出来ないだろうが、『霧の主』はこんなにもあっさりとやってのける。先ほどのオセルへの一撃といい、まるで『神』のような強大さだと凝光は感嘆した。

 

だが、そのように感心している場合ではない。

 

「まずいわね...。」

 

凝光はこれまでにない焦りを抱いていた。味方とまではいかずとも、少なくとも敵ではないと思っていたが、ここに来て襲撃してくるとは思っていなかった。

 

いや、もしかすると『霧の主』にとっては攻撃のつもりではないのかもしれないが、それはそれで問題だ。攻撃のつもりすらない行動が、凝光たちにとっては生死を左右し得るというのはあまり心中が穏やかではないものだ。

 

本来ならばこちらから『霧の主』にコンタクトを取り主導権を握りたかったのだが、もう遅い。こうして接近されたからには『霧の主』の判断を待つ他ないだろう。どうせ五感を奪われている状況では足掻くことすら出来ないのだから。

 

凝光はそう覚悟し、衝撃に備えた。強張る身体をなんとか地に立たせ、拳を握る。もはや今更どのような困難が来ようが気にしない。なんとかして乗り越えるまでだ。

 

「...?」

 

だが、いつまでたっても攻撃は訪れない。

 

それどころか、何故か凝光の周囲は淡い光で照らされていた。何も見えなかった凝光の視界に僅かな世界が生まれる。ほとんど何も見えないのは変わらないが、その光のおかげで見えるものがあった。

 

「これは...。」

 

人影だ、凝光よりも大きい人影がそこにいた。それは霧に覆われているから細かいところまでは分からない。性別や顔つきも...何も見えない。だが、直感で理解したことがある。

 

「あなたが、『霧の主』なの?」

 

そう尋ねる。

 

すると謎の人影 -『霧の主』- は凝光の質問に対して肯定の意を示すかのように少し頷いた。穏やかにゆっくりと蠢いた『霧の主』に共鳴するかのように、周囲の淡い光が少しだけ輝きを増した気がする。

 

そんな『霧の主』を見た凝光は、先ほどの決死の覚悟を忘れたように訝しむ。

 

「(...おかしい。こんなにも無防備な私を、少しも攻撃しようとしないなんて。)」

 

不穏なほどに穏やか霧の空間は、いつまでたっても自分たちを害することはない。オセルと渡り合える実力を持つ存在にしては違和感を覚える。

 

もしかするとこの『霧の主』は、いよいよ本当に自分たちの味方なのかもしれない。

 

そんな淡い期待を抱く。

 

少しだけ恐怖が和らいだ凝光は手を伸ばし、捉えようのない霧の中に誰かがいないかを探す。そんな期待を裏切るかのように手は空を切る。海の中でどれだけ藻掻いても無情にも水の間を手が通るだけに終わるのと同じように、凝光が伸ばした手は黒い霧を少しだけかき分けただけで、目の前の人影を掴むことは叶わなかった。

 

だが、それでも凝光には目の前に何者かがいるという確証がある。

 

その直感を信じて彼女は霧に向かって投げかける。

 

「聞こえているかしら?ええと、いつまでもあなたのことを勝手な渾名で呼ぶのは失礼だろうから、まずはあなたの呼び方を決めたいのですけれど...。」

 

もやもやとした気持ちを晴らそうと凝光が、霧の向こうにいるであろう人間にそう持ち掛けた。それは彼女らしからぬたどたどしい表情だった。

 

それまで様々な経験をした彼女にとって他者に対して交渉を持ちかけるのは十八番だが、いかんせん顔も姿も正体も分からない恩人に対して対話を試みるのは初めての経験だった。

 

それに、これは彼女にとっては"賭け"だった。

 

相手が言葉を話せるかもわからない状況で、未だに彼女は『霧の主』を味方に引き込むことを諦めていない。そこには、もはやここまで来たからには引くことは出来ないという彼女なりの意地もあった。

 

すると、そんな彼女の熱意を感じ取ったのか、それまで全く言葉を発さなかった『霧の主』が初めて言葉を返した。

 

「『...ローズ。』」

 

「!」

 

「『ローズと、呼んで。それに改まる必要もない。』」

 

「ええ、ええ!ありがとう『ローズ』!」

 

返事をくれた。

 

その者の名前は『ローズ』と言うらしい。名前からして女性だろうか...?

 

いずれにせよ会話をしてくれるということは、それだけ友好的であることの証明でもある。ここまで来れば後は説得するだけだ。彼女はこれまで何度もこちらの窮地を救ってくれたのだから、少なくとも無下にはしない筈だと踏んでいた。

 

少しの希望が見えた凝光に心の余裕が生まれた。

 

雨音などの雑多な音が聞こえてこないこの状況が、今だけはありがたい。

 

「安心したわ。オセルの敵だからといって、私たちの味方だとは断言出来なかったから...ああ、別に『ローズ』に対して敵意を持っていたわけじゃないのよ?」

 

「『わかってる。それに、その考えは私もよく解る。この世界にはなんでもない顔をして近づいてきて、背中から刺してくるような屑がたくさんいるから。そして、その様を見て喜ぶ者たちも。』」

 

「...貴女の生い立ちに関しては、敢えて聞かないわ。私が提案したいのはあくまでも協定関係だもの。」

 

凝光は『ローズ』に対して深く踏み込むことはしなかった。交渉において、それが悪手になるからというのもあるが、よくない予感がしたからというのもある。

 

息が詰まるような緊迫した空気が『ローズ』から漂う。

 

心なしか霧の濃度も段々と濃くなっているような気さえした。彼女にとって、人間とはあまり良い生き物ではないという認識なのかもしれない。恐らく過去に彼女は形容し難い凄惨な経験をしたのだろう...でなければここまでの殺意を漲らせることなどそうそうない。

 

その圧をまとも浴びた凝光は、思わず憎きオセルを尊敬した。

 

「(こんなものをまともに浴びてもなお、頸一つの代償で済ませたオセルは大したものね。私なんて、今にも自死してしまいたいくらいだわ。)」

 

口を開くことすら憚れる濃密な殺意を前に、凝光は動くことを許されなかった。動いてしまえば、『ローズ』に何をされるかわかったものではないからだ。

 

彼女がこちらを害するつもりがないのだとしても、己の身の安全を危惧してしまうほどの殺意だった。

 

ここで彼女について踏み込めば、おそらく国を巻き込むほどの渦が襲ってくるのだと直感で感じ取った。

 

「『...貴女に話すようなことでもなかったね。ごめん。』」

 

「...ッ大丈夫よ。」

 

喉につっかえていた空気が抜けて呼吸が楽になった。口では去勢を張っているが、実のところ限界だった。これ以上殺気を浴びていたら気が狂っていたかもしれない。

 

額の汗をさりげなく拭いながら凝光は何もなかったかのように会話を続ける。

 

「さて、改めて聞かせて。私たちと手を組んでオセルを打倒してくれるかどうかを。」

 

「『...代価は?』」

 

「全てよ。私を含む璃月の全てを貴女に捧げるわ。」

 

迷いなく答える。

 

それに対してエレーナは驚くこともなく呟いた。

 

「『それは、なんとも貴女らしいね。』」

 

「私らしい?」

 

「『璃月を捧げると見せかけて、私に璃月のことを任せるつもり?』」

 

「...。」

 

「『岩王帝君が死んだ今、この国を引っ張っていける存在が必要になる。そこにオセルを打倒した英雄がいれば...そういうことでしょ?』」

 

凝光は驚愕を隠せなかった。

 

『天権』として名を馳せて以降の彼女は、基本的に全ての商談において優勢に立ってきた。化かされたフリをして相手を術中に落とし込み、逃げられなくしてからこちらの提案を押し通す。そのような巧妙な技を駆使して璃月の商いを発展させてきたのだ。

 

だが、此度の商談相手はそのような術に嵌る気配がない。それどころか、凝光の心の内の狙いをピタリと言い当てられてしまった。このような経験は久しくしていなかった...貧しい幼少時代ぶりだろうか。なんだか呆気にとられた凝光はこの状況で現れた得体の知れない相手に対して、尊敬と畏怖の念を抱くと同時に、可笑しさすらも込み上げたのかつい吹き出してしまった。

 

「...ふふっ。私、『ローズ』にもっと早く出会いたかったわ。」

 

「『抜け目のない...。これだから商人は。』」

 

軽口を叩く二人の間には、先ほどのような警戒はなかった。お互いのことはまだ知らないが、目の前の人間がどのような性分であるかはこの会話で十分に感じ取れたからだ。利害関係のみを重視する冷たい関係だったが、それが却ってこの二人にとってはお互いを尊重し信頼する材料になり得たのだ。

 

だが、それでも彼女の意思は堅固なようだった。

 

「『とにかく、私は貴女たちの手を取ることは出来ない。』」

 

ふと返ってきた否定の声。

 

冷静になった凝光は、これまで意識していなかった『ローズ』の声に違和感を感じた。

 

彼女の声はくぐもっていて聞こえ難かったが、不思議なことにすぅっと耳に入ってきた。

 

敵意は感じない。

 

それに、会話が出来たことの嬉しさのあまり気付かなかったが、彼女の声は...肉声ではなく、何か網目を介した後のような....いや、というより仮面越しに喋っているような印象を受ける。

 

彼女は一体何者なのだろうか....想像が止まらない。何も見えないからこそ豊かな感性が働いて色々と想像してしまう。

 

これまで自分たちと共にオセルと戦っていた戦友の顔が一目見たいが、霧に包まれてよく見えない。

 

そんな凝光の内心を知ってか、『ローズ』は彼女を諭すように静かに呟いた。

 

「『私の顔を見てしまえば、貴女は私を人とは認識出来なくなる。忌むべき存在としか認識出来なくなる。だから顔を見せることは出来ない。』」

 

声の主はそう言って凝光の興味を拒否した。

 

この者にとっては凝光たちと結託することに何か不安要素でもあるのだろうか。それとも別の理由でもあるのだろうか?

 

いずれにせよここで『霧の主』の協力を得られなければ、この後にオセルを打ち倒すことなど出来ない。なんとしても引き留めなければいけない。

 

「...どうしても?」

 

「『ごめん。』」

 

「...。」

 

希望は打ち砕かれた。最後の希望だった強力な助っ人はあっさりと拒否の意思を示した。とりつく島もない。

 

凝光は黙りこくって俯いてしまった。だが、諦めたからではない。『霧の主』の助けを得られないとわかった今、どのようにして状況を打開するかを考え始めたのだ。これこそ彼女が『天権』の名を戴くに至った理由だろう。どのような危機的状況でも希望の糸を探すことを諦めない。

 

そんな凝光を気の毒に感じたのか、或いは敬意を感じたのか、『霧の主』はほんの少しの希望を垂らした。

 

「『けれど、代わりに彼女を送ることくらいは出来る。』」

 

「...彼女?」

 

具体的に"誰か"とまでは言及していないが、どうやらこの状況を打破するには十分な戦力に覚えがあるらしい。それも、『霧の主』の取って代われるような精鋭が。しかし凝光の脳内にはそのような人物に覚えはない。

 

類まれなる記憶の棚をありったけ探しても、心当たりは見つからない。

 

狼狽える凝光を他所に『霧の主』は無情にも別れを告げる。

 

「『どうか、武運を。』」

 

少しずつ霧が晴れていく。これまで凝光を覆っていた暗闇はまるで嘘だったかのように消えていく。降りしきる雨粒が再び凝光の髪を湿らせていき現実へと引き戻す。少しずつ『霧の主』が離れていくのを感じる。焦りを感じた凝光は目を見開き去っていく霧へと呼びかけた。

 

「ま、待って!」

 

再び手を伸ばした。

 

しかしそこにあるのは人一人ほどの体積を持った霧のみで、先ほどまでの存在感は失せている。明らかに『霧の主』はこの場を去ったのだろうと確信した。一瞬だけ失意に打ちひしがれそうになるが、凝光は先ほどとは異なる妙な感覚を感じることになる。

 

その手の先にあったのは『霧の主』ではなかったが、彼女にとっては思いもよらぬプレゼントがそこにいたのだ。

 

「けほっけほっ。おい、旅人...大丈夫か!?」

 

「な、なんとか。それにしてもここは一体...あれ?」

 

そこにいたのは、かの旅人。

 

生き別れた兄妹を探してこの地を踏み鳴らす実力者であり、この窮地を脱する希望を持つ存在であった。彼女たちがなぜここにいるのかは定かではない。

 

この非常時に群玉閣に現れるということは、加勢に来てくれたのだろうか。真意を探るべく旅人たちへと言葉をかけようとした時、向こうから話しかけてきた。

 

「ええっと...?まさか私たちを呼んだのは貴女たち?」

 

戸惑う様子を隠せていないようで、たどたどしく凝光へと質問をしてきた旅人。

 

その様子からして、どうやら彼女たちは意図してここに来たわけではないらい。怪訝な表情でが何よりの証拠だろう。凝光はもう何がなんだか分からなくなっていたのだが、一つだけ理解していたことがあった。

 

先ほど『ローズ』が言っていた言葉から察するに、旅人たちをここに招いたのは、彼女らを助っ人として凝光たちに紹介するためだろう。断言こそ出来ないが、彼女が去り際に放った一言を思い返すと、ここに旅人がやってきたのは偶然ではないと感じるのだ。

 

 

 

けれど、彼女を送ることくらいは出来る

 

 

 

『ローズ』が去り際に残した言葉の意味を理解した。

 

恐らく、旅人というイレギュラーを助力として送り込んでくれたのだろう。

 

霧の中から現れた旅人がわけのわからないと言った表情をしている所を見ると、彼女自身は何の説明も受けることなくこの場に送られたのだろう。

 

しかし申し訳ないことに説明している時間はない。彼女に納得してもらうような解説をしていたら日が暮れてしまうし、そもそも信じてもらえるか分からない。

 

だが彼女は冒険者だ。冒険者は利益や損得を天秤に掛けて己の動きを決める....なんだ、いつもやってきたことじゃないか。

 

凝光に委ねられた行動は、これまで彼女が行ってきた生業と同じく『目の前の人間に交渉を持ちかけて、利益を獲得すること』だ。

 

与えられた情報こそ少ないし、失敗した時のリスクも大きい。

 

だが、不思議と恐れはなかった。それどころかワクワクしていた....何だか不謹慎だと思われるかもしれないが、この一世一代のチャンスに商人としての血が、骨が、肉が、脳が喜んでいるのを感じるのだ。

 

璃月七星という立場を手にしてから久しく味わっていなかったこの感覚にしばし浸る。決して心地の良いものではないし、むしろ身体を不安が蝕んでいくような不快感すら覚える。だが不思議と"嫌ではない"。誰かに試されるような感覚は、しばらく味わっていなかった辛酸を舐めるような心地よい不快感を凝光に与えてくれた。

 

凝光は心の中で『ローズ』に感謝した。

 

「(誰かに課題を出されるような、この感覚...これが初心に帰るってことなのかしらね?)」

 

もう迷いはない、前途多難な方が今の凝光にとっては心地いい。

 

それに何だか、目の前の旅人はきっと交渉に応じてくれる気がしたのだ。

 

即座に理解した凝光の次の行動は決まっていた。彼女は旅人たちに笑顔を向けるといつものように『天権』としての顔で交渉を開始した。

 

「待っていたわ、旅人。貴女たちが良ければ一緒にこの璃月を救ってみないかしら?報酬は弾むわ。」

 

彼女の笑顔はその日の中で一番輝いていた。

 

 




激遅ペースで申し訳ないです

ペース上げてきます(上がるとは言ってない)
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