どこの誰のことだよ、顔見せろ。
...私です。
それはそうと、『詠乃』さん、誤字報告ありがとうございました。
本当、毎度のことですが早くで驚いております。
※20250112に追記※
上げてから数時間内に3件くらい誤字報告きてた。
早すぎて笑ってしまった。
なんだ、まさかその技で普段飯食ってるのか....?
早すぎた離別
さくさくと草木を踏みしめる音が心地良い。
穏やかな気候も相まって、自然の恩恵をたっぷり受けた草原を歩くのは実に良い気分だった。
新しい仲間であるエレーナという少女を迎え入れた旅人たちは、風に乗って流れてきたとある噂の真相を突き止めるために、自由と風の国であるモンドへと向かっていた。現在歩いているのは、モンドの中でも穏やかで澄んだ空気の漂っている場所だ。
そこは人々から『風立ちの地』と呼ばれている。
巨大な大樹がそびえるそこは訪れる者に癒しという名の風を与える。
「いい天気だな~。エレーナが『璃月からモンドに徒歩で戻ろう』なんて言い始めた時はどうなるかと思ったけど。」
「たまの気分転換にはいいでしょ?冒険者としての依頼とか、生き別れたお兄さんを探すのに躍起になってるだろうから、普段の景色なんかに目もくれてないだろうからね。」
なんてことない会話を嗜みながら一行は進む。先日までの怒涛の日々の喧騒を忘れ、一時の平穏を噛み締めることの出来るこの瞬間は、何物にも代え難いものである。
契約の国を出てから少し歩いた旅人一行は、何気ない会話に耽っていた。
「それに、モンドに着いてからはまた人捜しに明け暮れるのなら、道中くらいは何も考えずに歩くのもわるくはないでしょ?」
「そうだね、璃月でもあんまりのんびり出来なかったし、今くらいはゆっくり進むのもいいかもしれない。」
蛍はエレーナに同意すると、足下にあるたんぽぽを優しく撫でながらささやかな笑顔を見せた。モンドを旅立ったのはそう遠い昔のことではないのだが、それにしては澄んだ風が吹くモンドの大地が懐かしく感じる。
蛍は、それまで湧いていた喧騒を忘れさせてくれるような心地よさに身を委ねていた。
これまでの慌ただしかった旅での疲れを癒すためにも、この心地よい草原の音に耳を澄ます一行。さぁぁぁ...と乾いた草木の歓声が響いている。かの風神バルバトスがかつて奏でたライアーの音色にも劣らぬのではと内心で評価してしまうほど、なんとも言えぬ爽快感に包まれた。
ふと、蛍の視界に大樹が映る。
『終点は全てを意味するわけではない。終点に辿り着く前、君の目でこの世界を観察するといい…』
神として告げられた言葉の重みは想像するに余りあるが、彼なりの激励...いや、彼はそんな改まった雰囲気は好まないだろうから、きっと"それっぽい言動と立ち居振る舞いでも以て、旅人たちを盛大に送り込んであげよう"という善意から来た言葉なのだろう。
誰よりも自由を重んじる彼は、他者から命じられた自由ほどままならないものはないと知っている。規律や目的のない無法地帯で告げられた放牧は、当人にとって事実上の放任の宣言に過ぎず、それは結果として自由とは程遠い現実を見ることになる。
きっと、本当の自由とは『己が抱いた信念を貫くこと』にあるのだろう。ウェンティはこの旅路の意味を忘れることのないように、改まって言葉を送ってくれたのだ。
ならば、この瞬間だけはいただいた自由とやらを行使させてもらう。
思い切り深呼吸をする。
純粋無垢な酸素が肺を満たしていく感覚に溺れる。昼間の日差しが程よく気持ちいい。いっそのことここで横になって眠ってしまいたいくらいだ。
それはパイモンも同じようで、ウトウトとした様子で目を細めている。
彼女はフワフワと幻想の翼で漂いながら、ふと湧いた質問を口にした。
それは本当に他愛もないものであり、例えるのならば、朝食の仕込みをしている母親が寝ぼけている我が子に苦言を呈するかのように普遍的。例えるのならば、暖かな家屋に入って暖炉の前に暖を取りに行く幼子のように当然の行動だった。
「そういえばエレーナはどうして旅をすることにしたんだ?」
パイモンは白く淡い綺麗な銀髪を揺らしながら頭をこてんと傾けた。
愛らしいその仕草を見る度に同行者たちの心は休まり、癒される。
彼女は純粋無垢なテイワットのガイド(自称)であり、そんな彼女はとっても好奇心旺盛だ。気になったことがあれば遠慮なく聞くだろうし、自身の中で納得する回答を得るまでその問いかけが終わることはないだろう。
無論、相手が難色を示せばその限りではないだろうが。
パイモンは己の価値観の中で反芻する些細な疑問を解消するべくエレーナに問いかけた。
それはいたって普通の質問であり、基本的には拒否されることはない話題だった。広大な大地が広がるテイワットでは旅を目的としている者は多くいるが、その旅そのものの最終着地点は各々による。
ある者は自身の課題研究のためであるだろうし、ある者はただ単に世界を見てみたいという純粋な動機から旅をしていることもあるだろう。
それほどまでにこの世界は美しく、様々な色を持っている。旅人一行が踏みしめている土地もまた、そんな者たちにとっては訪れがいのある良い国だった。
爽やかな風が吹く草原を行く旅人一行は、これといったトラブルもなく安全な道筋を辿っていた。天気にも恵まれ、サンサンと輝く陽の光が彼女らを照らしている。あまりの心地よさに思わず眠ってしまいそうになる。そんな心地よい空気を感じていたら、考えなしに質問してしまうのも無理はない。
それが解っているからこそ、蛍は少し穏やかにパイモンを窘めた。
「パイモン、その質問はしない約束だよ。胡桃から聞いたでしょ?エレーナは事情があって璃月を離れることになったって。それ以上も以下もないよ。事情はそれぞれだから。」
「...あっ!ご、ごめん!オイラ別に悪気があったわけじゃあ...。」
エレーナはやんごとなき理由から国に定住出来ない。
それが意味するのは果たして...少なくとも穏やかな理由ではないだろうことは想像に難くない。
璃月は比較的人の手による統治が行きわたっている場所だ。
交通の便もそこまで悪いわけでないし、何よりも交易が盛んなことから様々な異文化が交わっているために非常に有名な観光地にもなっている。普通に暮らしていれば千岩軍の兵士にしょっぴ抜かれることはないだろうし、少しモラに余裕があればむしろ思いっきり楽しく有意義な時間を過ごせるに違いない。
だが、そんな国にすらいられないともなると、想像だに出来ないほど複雑な事情があるということに他ならない。
パイモンは、その溢れんばかりの好奇心と、『少しでもエレーナと仲良くなりたい』という純粋無垢な願いから少女に質問をしただけだった。旅を行う冒険者にとって、会ったばかりの人間に生い立ちや旅の目的を問うのはもはや定石とも言える行動であり、褒められこそすれ責められることもない普通の話題だった。
モンドの馴染深い景色を目にしながら草木を踏みながら歩くのも飽きが来たからこそ、暇をやり過ごすための話題作りために投げかけたのだが、エレーナの場合は少々複雑かつデリケートな事情がありそうな気配はしていたために、不躾に問いかけるのはあまり適切ではなかった。
故に蛍はパイモンを窘めたわけであるし、パイモンも即座に自身の失態を恥じて謝罪した。
「どうして、か。そうだね...」
だが、二人の懸念に反してエレーナは当然のように質問に回答したのだった。なんてことのない内容に答えるように、それまで話していたのと同じような単調な声のトーンで答えてくれた。
「私の旅の目的は、二つある。」
全く戸惑う様子を見せることなく。エレーナは回答し始めた。その瞳は揺らぐことはなくしかと世界を見定めていた。
一つおかしい点を挙げるとするのなら、彼女の瞳に光が一切宿っていないことだろうか。
様子のおかしいエレーナに違和感と少しばかりの恐怖を感じたパイモンは、己が失言をしてしまったのかと危惧したのか、汗を流しながら狼狽え始めた。だが、エレーナは意に介していないようだった。
その淡々とした態度が、余計に違和感を増長させていた。
「ふ、二つ?」
「一つ」
戸惑うパイモンを意に介さずエレーナは続けた。
「
「あ、
「もう一つは...」
パイモンの疑問に答えることはなかった。
普通ならばそれは『無視された』とれる行為。非常に不快な反応であり、語りを妨げてもおかしくはないだろう。だが、蛍もパイモンもそうしようとはしなかった。
エレーナの様子が少々おかしい。
視線があらぬ方向を向いている。
焦点はどこにも合っていない。誰に話しているのかもわからない。
ただ、己の中に巣食う憎しみと邪気の一切をこの世に振りまくだけを目的とした無法者のように、万物全てを侵食する微細なウイルスのように世界を飲み込まんとしていた。
世にも恐ろしい怪物のような気配を垂れ流す少女に対して、旅人たちはかける言葉など持っていなかった。
「国を亡ぼすこと。」
「.......は?」
蛍は、自分の聞き間違いかと思った。
少なからず、可愛らしいと思っていた少女の口から出た言葉だとは思いたくなかったからか、即座に理解することは出来なかった。理解したくなかった。
今まで他愛無い話で盛り上がっていたとは思えぬ程に空気が凍りつく。旅人たちがエレーナと初めて出会った時以上の哀しみが風と共に辺りに蔓延る。
あまりにも突然訪れた空気の変化に戸惑う蛍とパイモン。
なんとなく話題を振ったパイモンは、予想外の答えが返ってきたことに狼狽えている。それほどまでに、エレーナの無表情から飛び出てきたものは、想像を絶する程の憎しみと後悔の渦だったのだ。
張り付いた空気を弛緩させるためにパイモンが精一杯の甘言を出す。
「エレーナも冗談なんて言うんだなっ。オイラちょっとびっくりしちゃったぞ!」
「...。」
「じょ、冗談だよな?」
そう言いすがるパイモンを待っていたのは沈黙だった。すなわち、エレーナが語った呪詛が冗談の類などではないことを示している。彼女は本心からそれを望んでいるのだ。
人を殺し、体制を崩し、秩序を砕く....彼女が望んでいるのはそういうことだ。それは決して許されてはいけない蛮行であり、己が身を修羅へと堕としかねない悪行だ。
それが例え復讐のためであったのだとしても、非人道的な行いであり、合理化されるべきではない。ついこの間、『公子』が愉快犯的に一つの国を海の底に沈めようとしたというのに、エレーナはそれ以上の業を犯そうとしているのか。
到底信じきれない蛍は震える声でその真意を訊ねた。
もしかすると、何かの比喩かもしれいない。そう思いたかった。胡桃が愛してやまない少女の本性がこのような屑であることなどあってはならない。これから共に旅路を行く仲間がそのような悪であると信じたくなかった。
共に旅をする少女の根幹に闇が渦巻いているなど、信じたくはない。きっと聞き間違いなのだと心の奥底で願うが、その願いは容易く手折られることとなる。
「それ、本気で言ってるの?」
「う、旅人。落ち着こうぜ、きっと言い間違いか何かだって。」
蛍の声に少しの怒りがこもっていることを感じ取ったパイモンが、あたふたしながら蛍とエレーナの間に入った。
両者は一触即発の状態であり、今にも飛びかかりそうな気配さえした。もっとも、そのように構えていたのは蛍だけであり、対するエレーナは腰の愛剣を構えるどころか目線を寄越すことすらしていなかった。
「...言い間違い?」
エレーナは自然体で、己の主張がさも当然の摂理であるかのような態度で蛍の問いに答えた。
「冗談じゃない。これは本気で言ってるよ。私はあの忌まわしい国の汚水を全てこの手で刈り取らなきゃいけない。自分たちの信じる正義がこの世を正す規律だと疑わない愚か者の寄せ鍋....考えただけで吐き気がする。」
少女とは思えぬまでの汚らしい罵詈雑言に絶句する一行。エレーナという少女は、少しばかり棘のある態度で接してくることは理解しているつもりだった。実際、ここまでの道中でも彼女は少しつっけんどんな物言いで遠慮なく会話していたから、エレーナはそういう人間なのだと判断していた。
彼女の理解者たる胡桃からもそのように言い伝えられていたからだ。
だが、今の彼女はその比ではない。明らかに常軌を逸している。おぞましい憎悪の荒波を以てして、何かを亡ぼすことだけを考えている。並の惨劇ではここまでの感情を抱くことはないだろう。
その憎しみの根幹を解き明かすために、蛍は恐る恐るその国の名を聞いた。
「...その国の名前は?エレーナが憎んでいるのは、なんていう国なの?」
蛍の問いにエレーナは答えた。
「
乾いた唇から放たれた国の名前は、これまで旅人が訪れたことのない場所だった。
フォンテーヌはテイワットの国々の中でも科学技術の発展がめざましい国家でありその名声は誰もが知るところだ。
豊かな水源に恵まれ、凛としていながらもウィットに富んだ法律の数々が人々を飽きさせぬその国は、水神フォカロルスの統治の下に今もなおその輝きを増しているという。
あらゆる物事を喜劇として楽しむその国民性は中々に人を選ぶと言うが、エレーナほどフォンテーヌを憎んでいる人間はいないだろう。
水の国を皮肉たっぷりに紹介したエレーナは、その憎しみの炎の目を未だに滾らせていた。まるで溶岩のような色をしたその炎はやがて青色へと変化した。それはつまり、彼女の発する炎の温度が上昇していることの証明である。
ゴオォォ....
やがて、エレーナから陽炎が生まれる。彼女の周囲は忽ちその高温によって歪んでいく。彼女が身に着ける『神の目』がけたたましい輝きを放ちながら膨大な炎元素の出力を高めていくのが分かる。
彼女の抱く憎しみに呼応するように溢れ出る炎によって足下の草木は一瞬にして焼け焦げていき、命を終える。その火の手はじわじわと拡張しており、そばにいたパイモンすらも焦がすのではと危惧するほどだ。
「ひっ...!」
「パイモン、こっちに!」
予想だにしていなかったエレーナの怒りに怖れをなしたパイモンは、悲鳴を漏らしながらすぐさま蛍の背後に避難した。
蛍も危機感を覚えたのか、焦りを隠せずに少し声を荒げながらも事態の収束を図った。
「エレーナ!落ち着いて!ここはフォンテーヌじゃない、モンドだよ!?こんなところで炎元素の力をいい加減に振りまいたら、あっという間に火の手が回って焼野原になる!」
焦りを隠せない蛍だったが、無慈悲な炎はその熱を冷ます気はない。陽炎はドンドンと拡がり、モンドには似つかわしく無いほどの灼熱が辺りを支配した。
見慣れた筈の黄色のベリーの一房は、まるで何年もほったらかしにされたかのようなグロテスクな見目に変化し、モンドに君臨する青々とした草木はみるみる内に枯れ果てていき、その痕跡すらも消え失せていく。
自由を謳う風の楽園が紅蓮滾る地獄の窯へと変貌していく。現実離れした光景は、華やかな旅路で肥えた目の色を爛々と輝かせた。あまりにも華やかで鮮やかで...鮮血のような赤と、それによって生まれる焦げた臭いが、モンドの風を殺していく。
「エレーナッ!!!!!」
蛍はこれまでの旅路の中でも一番の大声を出した。
「...。」
エレーナは蛍が大声を出したことに少しだけ驚いた後、うんざりした様子で炎の元素力の出力を抑えた。先ほどまでの業火が嘘であるかのように、あっという間に鎮火した炎は、今ではエレーナの拳にのみ宿っていた。
「...そんなにマジになんないでよ。冗談だって。ホラ、火もすぐに消したから。」
そう言うエレーナの目は全く笑っていなかった。口では穏やかなふりをしているようだが、その心の奥底には誤魔化しきれない程大きな憎悪の感情が存在していた。
あまりに危なっかしいエレーナに対して危機感を一層募らせたのか、蛍はまたも声を荒げながら抗議した。
「全然信用出来ない。ついさっきまで『冗談なんかじゃない』って言ってたのはエレーナの方でしょう?...それとも、冗談でパイモンごとこのモンドの国を燃やすつもりだったって言うの!?」
「お、おい。旅人もそんなに怒るなって!オイラなら大丈夫だし、エレーナだって別に悪気があったわけじゃないって!」
「....パイモン。確かに私はテイワットのことをそこまで知らない。けどね、テイワット以外の場所なら誰よりも見てきた自負がある。花を踏むことすら心を傷める人もいれば、人の命を摘んでも涙の一つも流さない人もいた。」
「旅人....?」
「エレーナは、
灼熱の渦を滾らせる少女を糾弾する。
己は一体何者なのか
己が為そうとしていることは一体何なのか
人間としての本質を問い掛けるような言葉に耳を傾けるエレーナは、それまで陽炎で歪んでいた周囲の熱を一時的に収めた。気温が正常な状態に近づいたことで、再びエレーナと蛍の顔がはっきりと、お互いに見えるようになった。
くたびれた老人のような瞳をしたエレーナを見た蛍は、もはや目の前の少女がただの人間ではないということを確信した。蛍は多くの世界を見てきたが、エレーナほど憔悴した瞳を持つ人間は出会ったことがなかった。
何年、いや何十年...もしかするとそれよりももっと多くの歳月を過ごす中で、身体と心が摩耗してしまった魔神を思い出す。だが、その神よりも悲惨な状態であることは明らかだった。
「...確信した。私と
エレーナは吐き捨てるように断言した。自身の抱える怨念を理解してくれるとは思ってはいなかったからか、その顔に落胆や失望の色は一切なかった。ただ、淡々と道を違えることを宣言するだけだった。
このままではマズイと感じたパイモンはやはり慌ててエレーナを留めようとする。
「ま、まぁまぁ。二人とも落ち着けって。ホラ!モンドのダンディライオン酒を飲めば、沈んだ気分もきっとマシになるだろうし...とにかく、早くモンドに...っ。」
「生憎、私にはそんな気力はもうない。モンドでは別行動するから。」
エレーナは単独行動を宣言した。このままでは埒が明かないと判断したのだろう。綺麗な夕焼け色の髪を揺らしながら振り返って旅人たちとは異なる道を行こうとしている。
あまりに突然のことにパイモンは驚いた。
「ええ!?まだ一緒に旅立って二日くらいしか経ってないぞ!?今は気が合わなくても、これから仲良くなればいいじゃないか!ここでお別れなんて、いくらなんでも急すぎるぞ!」
「違う、違うんだよパイモン。」
低いままの声色でエレーナがパイモンの言葉を遮る。
「私も蛍も子どもじゃない。これまでの人生の中で自分なりに見つけた価値観を持っている。それはちょっとやそっとのことじゃ揺らがないし、互いに譲る気もない。」
「...。」
「ここでの正解は『ここで道を違えること』なんだよ。無理に付き合う必要もないし、そうするつもりもない。...モンドは自由の国なんでしょ?なら、風神もこんな我儘でもきっと許してくれるよ。」
「で、でもぉ...。」
狼狽えるパイモンは未だにエレーナを引き止めようとしているようだ。優しい彼女は共に過ごして間もない知らない少女のことを本当の仲間だと信じているらしく、己の中に巣食う葛藤の奔流に抗ってまでエレーナの前に立ち塞がっている。
「それじゃあ、またどこかで会えるといいね。」
そう言い残すとエレーナは歩きだした。小さな体躯が焦げた草木を踏み荒らしながら、旅人たちから遠ざかるその背中は、体躯以上に小さく見えた。
この大きく広い世界に独りぼっちの少女が、再び孤独の旅路を歩き出そうとしている。かつて往生堂の少女と生活を共にし、人の温かみを取り戻した人間が暗闇に戻される。
蛍は何も声をかけなかった。口に猿轡をされたわけではない、普通に喋ることは出来る。だが、彼女は意識的に沈黙を貫いた。彼女の眼に映るエレーナという人間は、蛍にとって類を見ない人間だった。
快楽のままに人を殺すわけではなく、かと言って理想論を振りかざして不殺を誓うわけでもない。彼女は彼女なりの生き方の信条があり、そこに不殺の律はない。必要であれば躊躇わずに他者を殺すであろう。
そんな彼女が敢えて旅人から去ったというのは、エレーナが他者を傷つけないための方法の一つでもあり、彼女なりの優しさなのかもしれない。
「...。」
「うう...エレーナ。」
残ったのは、灰になった草木と旅人たちだけだった。
誤字とは根絶することが出来ない。それはまるで共感覚領域に居座っているのではと思ってしまうほどに執拗であり、振り払うことは困難な運命だ。
貴方は、靴裏の溝に入り込んだ小石やガムを取ろうと思うか?
貴方は、夢の中で感じた違和感に対して追及を行い、その違和感の解消を試みるか?
貴方は、『忘れないようにメモを残しておこう。』という健気な思いで作成した紙のメモを紛失し、己に再度絶望したことはないか?
つまり、小説における誤字もそれらと同じだ。
どのように対策しても足下に引っ付いてくる怨念のようなものであり、本人の意識や行動によって払拭することは不可能に近いだろう。
だから私は悪くない。
悪くないったら悪くない。