もう少しでシリアスゾーンを抜けて、原作キャラ(女性)にぐちゃぐちゃにされる主人公が描けるはずなんだ....!
エレーナが去っていった後、旅人一行はトボトボとした足取りでモンド城へと向かっていた。
あまりにも早すぎた別れに、たまらず失意の念があふれ出す。
「...オイラが変な質問をしたからだ。オイラが何も考えずにあんなことを聞いたから...。」
「パイモンは悪くないよ。」
「で、でもエレーナだって、別に悪い奴じゃないだろ?じゃなきゃ、胡桃があそこまで信頼するわけないぞ!」
「それは...そうだけど。」
どこか歯切れの悪い返答をする蛍。
蛍にとっても、エレーナという少女は決して悪い人間ではないと理解はしていた。
初対面の時から今現在に至るまでの短い道筋で、彼女のおおよその人となりは分かっていたからだ。
どこか暗い雰囲気を醸し出してはいたが、そこに悪意はなかった。むしろ警戒していたことを謝罪して、こちらに歩み寄る姿勢を見せてくれた。
その上、往生堂の堂主である胡桃から、直々に同行の依頼を託されたのだ。
胡桃とはあまり長い付き合いではないのだが、彼女との短いやり取りを行う中で、胡桃もまた信頼に足る人物であるという印象を受けた。悪戯心があって少し掴み所が難しいが、ここぞという瞬間にはしかと己の役割を務める...胡桃はそんな人間だ。
でなければ、葬儀屋の堂主としてやっていけるはずがないのだ。
それでもエレーナは道を違えることを選んだ。
沸かせた怒りの感情を抱いたまま、己を纏う炎を滾らせてあの場を去った。
「とりあえず、私たちは当初の目的を果たそう。」
「...お、おう。そうだな。」
そのように心を切り替えたように振る舞った二人だったが、胸の中にしこりは残ったままだった。
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さて、そんな彼女らは酒場に訪れていた。
たった二人で件の男を探し回ってもキリがないと判断したのだろう。比較的馴染深い土地ではあるとはいえ、国中を探し回るのは気が滅入るだろうし、そんなことをするよりももっと効率の良い方法があると考えたのだ。
冒険者であるのなら、このモンドに訪れた大人は必ずこの国の名酒を味わいに来る筈だ。テイワット各国で見ても、モンドの酒造技術は目を見張るものがあり、その酒を飲むためだけにモンドを訪れる人間もいる程だ。
ゆえに、旅人たちは酒場に謎の男が出現するのを待つことにしたのだ。
喧しい男たちの喧騒が煩わしいが、この場所ではそれさえもどこか心地いい音色のような気がする。カタンと木のテーブルを叩く音がする。きっと誰かがジョッキを勢いよくテーブルに置いたのだろう。さぞ良い酒を飲んでご満悦であるに違いない。
酒だけではなく、この酒場にいること自体が、ここに居る酒飲み人間たちにとっては心を満たすものなのだろう。だが、旅人たちの目的は酒に耽ることではないから、そのような蠱惑には負けない。
とはいえ、そう何度も香しい酒や、つまみの香りを嗅いでいれば、嫌でも食欲は増すものだ。特に、パイモンは既に限界点を迎えていた。
半開きになった口元からは透明な涎がたらりと下がり、彼女の胃袋が貪欲さを増してきていることを物語っていた。目線も辺りのテーブルに置かれた料理に移ろい、どこか挙動不審だ。
「旅人ぉ...お、オイラもう限界だぞ。目の前にあんなに沢山の料理があるっていうのに、なんでオイラたちは二階のこんな隅っこでコソコソ隠れてるんだっ。」
「我慢してパイモン、後でたっぷり奢ってもらえるだろうから...エレーナから。いや、もういないんだった...。」
「む...むぐぅぅ...。」
だが、生憎と旅人たちは酒を飲みに来たわけではない。
何かを口に運びたい衝動を抑えながらも、じっと二階で伏せて謎の男を待ち続ける。
先刻までしんみりとした空気を醸していた二人とは思えない程には滑稽な姿だ。
食欲を擽る美味そうな料理や酒の香りに耐えながら、件の冒険者の来訪を待ち続けている。口の端からは涎が垂れている。
既に腹の虫は限界点を越しているのだが、辺りのテーブルに飛びつきたい衝動をなけなしの理性で抑える。
パイモンは既に臨界点に達したのか、白目を剥くような形相で一階部分のテーブルに手を伸ばしていた。ばたばたと騒がしい音を鳴らしながら幻想の翼をはためかせている。本来ならば彼女はとっくの昔に料理という快楽に在りつけている筈なのだが、それを阻止する刺客がいた。
蛍だ。
彼女は抜けがけしようとするパイモンのマフラーをむんずっと掴んで離さない。ここまで我慢しておいて、ここでつまらない誘惑に負けることは許さないと言わんばかりに、蛍はパイモンという軟弱者を掴んで離さない。
「離せえぇぇぇ...旅人ぉ!」
「もうちょっと我慢してよ!ここまで長い時間待ち伏せしたのに、全部台無しにするつもりぃ...ッ!?ちょっと、力つよ!?」
「んぎいいいいいい!」
「...な~にやってんだか。」
「さぁな。」
周囲の現地民に呆れられていることを彼女らは知らない。
彼女らは空腹でそれどころではないようだ。
実に情けないものだ。
モンドの危機を救った異郷の旅人といえば、西風騎士の承認を得た武君の一人であり、その栄光はもはや人々が敬いを抱く程だ。かつての守護の一角である龍の怒りを鎮めて国に安寧をもたらした存在なのだから、それはそれはモンド中で大きな時の人となった。
そんな旅人が今度は璃月を救ったと来たものだから、モンド国内での旅人の評価は本人の知らない所で上がり続けていたのだ。
その話題の旅人は今、酒場で飢えながらも来るかも分からぬ人間を待っている。喚く白い旅のお供を羽交い絞めにしながら。
情けない。
おぉ、かの風のライアーを爪弾く詩人よ。
貴方の見染めた人間は今やこのような醜態を晒すまでに落ちぶれたのだ。
ともかく、旅人一行は限界を迎えようとしていた。
そのような限界ギリギリの状態でひたすら待ち続けた。
何分も
何十分も
......そして、その機会は訪れた。
カラン
エンジェルズシェアの鈴が鳴る。
「「!!!!!」」
それは酒場に新たな客が訪れたことを示すもの。
ギシ...ギシ...と年季の入った木製の床を踏みしめる音が少しずつカウンターに近づいていくのが分かる。蛍たちは身を潜めて一階のバーカウンターを観察していた。
そこに立っていた来訪者は、他の冒険者とは異なる装いで身に纏い、歪な雰囲気を醸し出しながら酒をオーダーしているのが見えた。
男はカウンターでのオーダーを終えたのか、再び厳かな足運びで窓際のテーブルへと歩き始めた。
明らかに件の冒険者だ。きっとそうに違いない。
「来た!来たぞ、旅人!」
「ちょっ...シーッ!パイモン、声抑えてッ!」
「むぐっ!?」
蛍は慌てて、喚くパイモンの口を塞いだ。
ここで潜伏がバレてしまえば、これまでの苦労が水泡に帰すかもしれない。それは断じて許されないことだ。
「本当に来た...。」
会える確証もない賭けだったのだが、粘り強く待ち続けたことが功を奏した。
兎にも角にも、件の人物に出会うことに成功した一行は、決心を固めて変わった風貌の男-ダインスレイヴ-へと話しかけるべく彼の動向を見守る。一抹の不安と、微かな希望を乗せた蛍の吐息が、男の世界に入り込んでいく。
その瞬間に、テイワットにおける蛍の運命が定まった。
その出会いは必然であり、世界樹と言う概念を介さずとも歴史という巻物に記されて然るべき史実であろう。
何故なら、その出会いは物語の中で定められたものであるからだ。
男が席に腰かけたことを確認した一行は、二階から降りてきて彼の座るテーブルへと向かった。そしてなんて事のない無害な人間を装って声をかけた。
「あの.....。」
「...。」
だが、男からの返答はない。
だが、返答などなくとも蛍は確信を得た。男が自身の兄ではないという確信を得た。
明らかに背丈が異なるし、髪型も僅かに違うようだ。それに纏う衣装も全体的に黒ずんでいて...とてもではないが蛍の兄が好んで着るような代物には見えなかった。
二階から見下ろしていた時からなんとなく分かってはいたが、別人であることを目の当たりにするとどうしても意気消沈してしまう気持ちを隠せない。
とはいえ、手がかりを得られる可能性があるのも事実だ。ゆえに、たとえ本人ではないのだとしても、何かしらの足跡を得るために話しかけたのだった。
「何者だ。」
ようやく返ってきたのは旅人たちの身の上を訪ねる言葉だった。
そのような質問をするのは、そこまでおかしなことではない。酒場で一人、酒を飲んでいたところに見知らぬ人間が話しかけてきたのだから。男からすれば恐ろしさすら感じるだろう。
おかしな点があるとすれば、男は全く動じることなく旅人たちに質問を返したことだろう。
「た、ただの旅人です。」
「旅の目的は?」
またも手短に訪ねてきた。
急くような威圧感に当てられながらも、蛍は落ち着いて回答した。
「人捜しの、ため、です。」
男の発する威圧感にたじろぐ蛍とパイモン。
恥じるような理由ではないはずなのに、思わず煮え切らない応え方になってしまった。迷いはなかったが、声に震えが乗ってしまったようだ。次にどのような言葉が返ってくるのか内心ビクビクしていると、少ししてから男の口が開いた。
「ふん、悪くない理由だ。誰かと旅をするのも悪くないだろう。」
男はその出立ちと雰囲気からは打って変わって、蛍たちの投げた言葉を肯定するような事を言った。どこか威圧を感じる厳かな声色こそ変わってはいないが、そこには確かに、蛍とパイモンに対する敬意のような、或いは興味に似たような含みを感じさせた。
「向かいに座るといい。」
男は姿勢はそのままで、蛍たちに席に座るように促した。男に言われた通り向かいに座った蛍と、彼女のそばに浮遊するパイモン。
彼女らが居座ったことを確認した男は、改めて自己紹介をした。
「俺の名前はダインスレイヴ。何か用か?」
モンドの酒場でひっそりと佇んでいたこの男はダインスレイヴと名乗った。
聞いたことのない名前だが、何故か拒否感は覚えない---いや、初対面で拒否感を覚える方が珍しいのだろうが。その男は顔の半分を黒い仮面で覆っており、その隙間から見える瞳にはダイヤモンドのカタチを持った不気味な瞳孔がこちらを覗いている。
男は無表情のまま蛍たちへと会話を続ける。どこか掴みどころのない雰囲気を纏うこの男は、どうやら最近、冒険者協会の中でも噂になっている。
そのような存在ならば、兄の居場所について知っているかもしれない。
そんな淡い期待を持った蛍は、早速ダインスレイヴに誘いをかけた。
「冒険者の募集をしてて....。」
半ばダメもとで話しかけた蛍だったが、その気持ちはいい意味で裏切られることになる。
「いいだろう。」
「...え?」
「こんなにあっさり!?(こんなにあっさり!?)」
「ちょ、パイモン。多分だけど声に出てる...。」
「あ」
「...。」
二人は驚愕を隠せない。
それまで突き放すような冷たい態度だった男は、意外にも蛍の提案に快諾した。身体の奥底にまで響き渡るような低く渋い声色を奏でる男は、その声色に反して蛍の誘いに対して"Yes"の意を返したのだ。
俄かには信じ難い。
だが、訝しむ蛍たちを知ってか、ダインスレイヴはそんな彼女たちに対してとある条件を示した。
「ただ、いくつか条件がある。その条件を飲んでくれれば、俺も貴様の要望に応じよう。」
ダインスレイヴは一呼吸置くと、旅人に条件を提示した。
「
「五百モラ.....?あれ、そんな事でいいのか?オイラてっきりもっと怖い事を要求されると思ってたぞ....。」
提示された条件の安易さに思わずそう零すパイモン。思っていたよりも簡単な代価が突き付けられたために、肩透かしを食らった気分だった。
ダインスレイヴはその服装や声色、雰囲気などからして少し危険な香りがしていた。まるで通常の人間よりも多くの経験を積んだ超人のような、或いは歴史に名を遺す偉人のような気配がしていた。
それこそ、璃月で出会った仙人のような、触れるのも憚れる何かを発しているような、そんな気がした。だからこそ、どのような条件が提示されるのかと構えていたのだが、目論見が外れたようだ。
「まぁそれだけの対価でいいのなら。」
なんだか気が抜けた蛍とパイモンは、その場で五百モラを支払った。ダインスレイヴはモラを受け取ると、金額を確認して頷いた。
モラの額ではなく、言質通りモラを渡したという事実によって発生する信頼を確認したかのようだった。
「五百モラ。確かに受け取った。」
「それで、質問って何?もし上手く答えられなかったらどうなるの?」
対価としては軽すぎる条件である五百モラ。
『もしかするととてつもない難題を質問されるのでは』と危惧した蛍は、不安を感じて思わず苦言を溢す。
だが、ダインスレイヴはそんな不安を抱える彼女に対して次のように回答した。
「そう構える必要はない、重要なのは貴様の考えだ。その是非自体に俺の求めるものはない。」
「は、はぁ....。」
蛍はどこか納得のいっていない様子ではあったが、有無を言わせぬダインスレイヴの態度に曖昧な相槌を返す他なかった。そんな彼女の様子を問題ないと判断したのか、ダインスレイヴはもう一つの対価である四つの質問をし始めた。
「一つ目の質問だ。モンド城の龍災は貴様と....ウェンティと名乗る風神が解決した。では、かの災いを終わらせた鍵は誰だと思う?」
「....なんでウェンティのことを?」
驚愕を隠せない。このダインスレイヴという男はなんと、かの風龍と風神が織りなした一連の事件を知っているらしい。
ならば、男にとっては蛍とパイモンに顛末について質問するのは無意味なことであり、この問答をしている時間はただの無駄骨ということになる。
だが、異様な雰囲気を醸し出す男は、敢えて質問してきた。ということは、重要なのは結末ではなく、蛍の答えや考え。この事件を経て当人が何を感じて、何を考えたのかがこの問いの本質だ。
「俺は知るべきことを知っている。」
そう答えるダインスレイヴ。
これ以上の追及を許さないと言わんばかりの沈黙に蛍も口を閉じざるを得ない。
あくまでもこの男は自らの正体を露わにするつもりはないようだ。
「...あの災いを終わらせたのは、あくまでもウェンティが
それは蛍にとっての紛れもない本音であり、揺らぐことはない考えだった。このテイワットにて目覚めて間もない頃に訪れた国であるモンド。
そこで得た様々な出会いと経験は彼女の世界を広げるきっかけとなった。かつての血生臭い争いを以てして得れられた現代の平和な時代で生きるモンドの人々は、事情もよく知らぬ旅人たちに親切にしてくれた。
アンバーは風の翼の楽しさを教えてくれた。
リサは元素という概念について教えてくれた。
ガイアは飄々としながらも、影から戦いを支えてくれた。
ジンとディルックは最後まで一緒に戦ってくれた。
自由という名の運命を背負う彼ら彼女らは、決して考えなしに生きているのではなく、己の中に確固たる信念を持っていた。流されるのではなく、自分の大切なものを守るために必死に戦っていたのだ。そして、それは最後の瞬間まで変わらなかった。
旅人である蛍とパイモンの助力はあくまできっかけであって、モンドを救ったのは...トワリンという友を救ったのは紛れもなくモンドの人々に違いないのだ。
だからこそ、蛍はそのように返答したのだった。
「...それが貴様の答えか、把握した。」
蛍の見解を聞いたダインスレイヴはそれだけ呟く。
非難も賞賛もない。ただ相槌を打つだけだった。ダインスレイヴは黙々と蛍の回答の意味をよく噛み締め...何も言わなかった。そんな彼の態度にまたも不安を覚える蛍だったが、先程彼が言っていた言葉を思い出す。
『そう構える必要はない、重要なのは貴様の考えだ。その是非自体に俺の求めるものはない。』
彼は確かにそう言った。
彼が知りたいのは事実ではなく旅人である蛍の見解だ。そこに意見の相違があったのだとしても、不安に思う必要はないのだ。
そう自己解釈した蛍はさっきまでとは異なり、少しだけ開き直った様子でしっかりとダインスレイヴを見据えた。
そんな彼女の覚悟を知ってか知らずか、何も言わずに次の質問へと移る。
「璃月港を幾千年も守ってきた岩王帝君は、自らの神の心を用いて『全ての契約を終わらせる契約』を交わした。では、神を失った今後の璃月港は、誰が守る?」
「...。」
またも驚きたくなるような質問だ。
先ほどの質問といい、彼は恐らくこれまでの出来事の一連を全て把握しているのだろう。でなければ、岩神であるモラクスが契約を履行したことまで言及してくるわけがない。
トワリンの時とは異なり、その規模は凄まじいものだった。下手をすればすぐにでも国が滅んでもおかしくなかったあの騒動は、蛍とパイモンの脳裏に鮮烈な記憶として焼き付くのには十分なものだった。
そして、その新しい記憶の中で奮闘していた存在もまた、しっかりと覚えている。
ダインスレイヴが蛍たちの旅路の真相を知っていることにもはや驚くこともしなくなった蛍は、ただ淡々と質問に回答した。今度は先程よりもしっかりとした自信を持って答えた。
「璃月の人々だと思う。」
「...それが貴様の答えか、把握した。」
男はまたもそれだけを口にした。
ここまで態度が一貫していると、もはや感心すら覚えるというものだろう。蛍は目の前の男の性格や人となりが何となく分かってきたような気がした。
淡々と進む問答に緊張感が走る。側にいるパイモンが珍しく黙りこくって見守っているのがその証拠だろう。
そのままの調子で三つ目の質問が来た。
「三つ目の質問だ。この世界には『神の目』を持つ者と持たざる者が存在する。では、神にとって、どちらの方が重要だと思う?」
「『神の目』...。」
それは蛍にとっては悩ましい質問だった。
彼女は七天神像に触れるだけで元素力を使えるが、このテイワットに生きる者たちはそういうわけにもいかない。才ある者が窮地に陥った時、強く力を渇望したときに『神の目』が人間の下に出現するのだと言う。
であれば、神がいなければ『神の目』を使うことは出来ないので、重要なのは神であるということにある。
しかし、民なくして神はあり得ない。それは先日のオセルとの一件でひしと感じたばかりだった。相反する意見が蛍の胸の中でグルグルと周り、何度も路頭に迷った。
だがいずれ彼女の中で回答が見つかったのか、蛍はダインスレイヴの目を見ながら次のように答えた。
「どちらも重要じゃない、と思う。」
これまでよりも重苦しい沈黙が彼女らを貫く。気まずさとは違う...形容し難い雰囲気が辺りを支配していくのがわかる。この沈黙を破れるのは質問を飲み込み咀嚼しているダインスレイヴだけだ。
「...。」
彼は五秒ほどの沈黙の後、どこかで納得のいく見解を導き出したのか少し間を開けて返事を返した。
「...それが、貴様の答えか。把握した。」
「ほっ...。」
これまでと同じ言葉だがどこか重みがあった。彼にとってこの質問は、より重要で回答を切望していたのだろう。彼にとって満足のいく回答を出せたことに少し安堵した蛍は、少しだけ息を漏らした。
だが、少ししてから、まだ質問が残っていることを思い出した。彼が提示した条件には『四つの質問』とあった。そして、これから来るのはその最後の質問だろう。これまでの傾向から考えて、最後の質問も答え難い難問が来ることが予想出来た。
ごく...と喉をならしたパイモンと蛍。
彼女らを見たダインスレイヴは、彼女たちの準備が出来たと判断したようで、最後の質問をした。
「......最後の質問だ。」
彼の低い肉声が鼓膜を揺らす。
緊張が高まる。
しかし、彼の口から出てきた四つ目の質問は、思っていたものとは異なるものだった。
「数年前、テイワット全土で深淵の者たちの目撃情報が極端に減るという現象が発生した。当時の冒険者や各国の要人たちは総力を挙げて原因を調査したが、煙に巻いたように奴らの姿は消えてしまっていた。」
「...え?」
ここにきて質問の性質が急激に変化した。
これまでは蛍とパイモンの旅路に関わる質問がほとんどだったが、この質問は違うようだ。
「不気味に思った彼らはこう考えた。『アビス教団の者達が何か良からぬことを考えているのではないか』と。」
「(この質問は...なに?)」
「だが、何も見つけられなかった。
淡々と話すダインスレイヴ。
「では、当時の奴らがその数を一時的に減らした要因は、何だと思う?」
これは、知らない。
テイワットで冒険業をしていると、否が応でも見聞きし、遭遇することになる敵、それが深淵の者たち。彼らはその多くが集団を成して行動しており、そのどれもが厄介な手段で攻勢に出てくることで評判だ。
ある者は水の泡を地中から生成し、それに触れた者を泡に閉じ込めて翻弄する。
ある者は烈火を生み出しこちらを焼き尽くさんと迫ってくる。
ある者は氷の氷柱を生み出し、それらを空中より降らすことでこちらの動きを制限する。
ある者は雷の輪を自らの周囲に展開して、敵の接近を防ぐ。
またある者は、四風守護の一角にも名を連ねる風龍を魔術と話術で巧みに騙し、一国を陥落させんと策を巡らせた。
こちらは先の問答の通り、モンドの人々と旅人たちの功労によって防ぐことが出来たわけだが。
とはいえ、その勢力の牙の一本を折ることが出来ただけで、根本の力を削ぐことが出来たわけではない。
未だにその危険性は健在だ。
それこそ、
それほどまでに膨大な数と歪な力を操る未知の存在が、
だがそんな存在が一時的にとはいえ"数を減少させた"ときた。
それこそ俄かには信じられないことだ。狩れども狩れども減ることのない獲物の群れのように湧いて出る彼らは、文字通りテイワットの至る場所に居座っている。
うんざりするくらいには数が多い。
「(...そんな存在が、数をめっきり減らすなんて...そんなことあり得るの?)」
「...。」
蛍の漏らした言葉に対して、ダインスレイヴは何も言わない。
ただじっと答えを待つのみだった。
彼の態度からして、この話はおそらく嘘や誇張の類ではなく紛れもない事実なのだろう。だが、少なくとも蛍はそのような話は知らないし、聞いたこともない。
であれば、この話が発生したのは相当昔のことである筈だ。少なくともここ数か月の話などではないだろう。
...待て、であれば目の前の男は一体何年もの間、テイワットを見て回ったのだろうか...?
「余計なことを考えるな。問答に集中しろ。」
思考を読まれたのではと勘ぐるほど、鋭い注意が入った。
男の求めている答えは事実ではなく"思考"だ。起きた事象に対してどのように考え、どのように行動したかを考慮しているのだろう。であれば、この出来事を蛍が知らないという事実はそこまで不味いことではない。
思ったままを、心のままに応えればいい。
ならば、ここで答えるべきは...
「....わからない。」
絞りだした応えは、それだった。
「.......それが、貴様の答えか。把握した。」
ダインスレイヴはこれまでの問いと同じようにそう返した。
しかし、そこにはこれまでのやり取りにはなかったような沈黙が加味されていたような気がした。この問いは、彼にとっては特別な意味を含むようなものだったのかもしれない。
三つ目の質問までは、これまでの旅人の旅路についての是非を問う内容だった。
だというのに、最後にやってきた質問は、予想だにしないものだった。彼が何故深淵の者について問いかけてきたのか、そもそも深淵の者たちがその勢力を縮小せざるを得なかった時代があったこと自体は事実なのか...自身の経験と知識だけでは消化しきれない疑問が泡のように出てくる気がした。
旅人たちと男の間に沈黙が生まれる。
酒場の喧騒がいつもより賑やかに感じる。窓の硝子を通して入ってくる日差しが蛍の顔を半分ほど照らしているが、向かいに座るダインスレイヴには日差しが掛かっていない。席に座る位置関係的に自然なことなのだが、そこに不吉な運命を感じてしまう。
まるでこの男と自分の間に見えない壁が存在していて、どう足掻いても触れることが出来ないような気さえした。こちらがどうコミュニケーションを図っても、見えない糸で体を縛られて深淵の奥底に戻されてしまいそうな、不吉な予感がした。
この男は、きっと劇物だ。
一度飲んだら身体を蝕む毒のような、ナニカだ。
「質問は以上だ。」
ダインスレイヴはそう短く言うと、放っていた威圧感を少しだけ収めた。
蛍の意識は、問答を始める前よりも一層張りつめてたままだった。
「(...さっきの質問の答えが正しかったのか、未だにわからない。)」
旅人たちは始めに酒場に来た時よりも、更に体調が悪くなったような錯覚に陥った。
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得体の知れない男と旅人たちが酒場を出ていく。カランと鈴が彼女らの出立を知らせた瞬間、酒場の出入り口を見ていたエレーナがうんざりした様子で立ち上がった。
「やっぱりこうなるか...」
遠くを見るような眼差しをしたエレーナは体調が優れないのか、顔色が悪い。
「当分はモンド一周の旅にでも行くのかな...はぁ、喧嘩なんてするんじゃなかった。」
エレーナはまるでこれからの行先を知っているかのような言動を見せた後、旅人たちが進んだ方向とは逆方向に歩き出した。
「もう少し、時間を潰しておこう。」
誤字がある方に、花京院の魂を賭ける。